老いの一筆

昔、銭湯で年寄り連が湯船につかりながら、政治談義に花を咲かせていました。今は、私がその年寄り。世事・世相を飾り気なしに語り合う伝統を銭湯ならぬネットで守り続けたいと思います。

愛媛県警巡査部長とわが身(続)

  昨日の続きである。どうしても言っておかなければならないことなので、くどいと分っているが勘弁してもらいたい。

  それは、巡査部長の場合は報復人事であるが、私の場合は、客先が中国に工場を作ったため、注文が無くなり、それにつれて、私に合うような仕事も無くなったという単純な理由からということである。

  創立者は敬虔なクリスチャンで、社風はおっとりしていて、下町の町工場がそのまま大きくなったような雰囲気であった。もちろん、組織が複雑になるに従って、さなざまな人間が現れ、すべてがすべて仏様ということではなかったが、出世してしまった元の同僚にも引け目を感じることもなく、周りの若手も先輩をそれなりに見てくれていた。まして、愛媛県警のやったようないかにも日本の宦官というような陰湿さはなかった。25日になれば、欠かさず給料は振り込まれたし、賞与は仕事をしていた時と変らず、パートのおばさんの1年分が1回に出た。最後に、経営方向転換のために実施した早期退職制度でも、私に在籍・退職の選択の余地を与えてくれた。

  愛媛県警のように明らかに組織に非があると確信しているから、あの巡査部長には、1年や2年の牢屋暮らしは、なんでもないと思う。鈴木宗男にからんで罪を負わされた外務省の中級役人が、正真正銘の牢獄で数百日を過ごした(しかも、本は読み放題!)という話を耳にしたときも、己に恥じない行為で罪に問われた本人にとってみれば、たいした苦痛ではなかったろう。しかし、牢獄でなく、同僚が忙しく働いている真ん中に置かれ、ただ座っているだけで、果たして、私のように1年半も発狂しないで過ごせたか。

  内部告発は必ずと言って差し支えないほど、報復人事がからんでくる。報復人事は決まって孤独な窓際への配置転換だ。そのニュースを聞く度に、私は子供の頃、カバヤ文庫で読んだ岩窟王を思い出す。情けには弱いが、怨みには強い、それが人間だ、普通の人間だ。

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