全国放送は知らないが、今でも、仙台局からは、10名の捜索活動を報じている。何百人か何十人かで、毎日続けている。
生存の見込みは皆無である。生存者を探しているのではない。遺体を捜しているのである。
これからどれほどの人と金が使われていくのか。最後の一人の遺体が確認された時、どうするか。火葬場で骨となり、墓に入る。結局、土に還るのである。それなら、このまま、土に還していいのではないか。少し前は、日本は土葬であったのだ。今の時代でも、世界を見渡せば、土葬が普通の土地もありそうだ。
こういう私に向かって、遺族の身にもなって見ろといっても、通用しない。生きていればこそ、捜索する価値があると私は覚醒しているからだ。イエス・キリストも、死者をして死者を葬らせよと言っている。私も同じ意見である。
私は、リビング・ウイルをもっている。1部は家族が保管、1部は島の病院が保管、一部は私自身の手元と、計3部である。ついでに言うと、戒名もすでに授かっている。あの世があるかないかが確かめられないので、言ってみれば、インシュアランスである。
今回の捜索活動をニュースで見て、今は、デッド・ウィルも早急に用意することにした。
曰く、「私が陸上・海上問わず(もう飛行機には絶対に乗らないから上空は書かない)72時間経過しても発見されない場合は、捜索を打ち切るよう関係各位に申し上げます」、と。
付の1:
水さえあれば、海上で1週間位生きていられそうだが、カヤックや小型漁船で海岸をうろうろしている程度の海難を考慮にいれれば、72時間で十分である。
付の2:
捜索期間は生命保険の求償がからむ。しかし、些細なことである。

