世の中が嫌にならない方法
なぜなら、2年目からは、バイロン卿の詩「チャイルド・ハロルドの巡礼」の中で出会った、「私は世を愛さなかった、世もまた私を」が出勤途中の私の頭を占めたからである。都立大で学ぶ頃には、「オクラホマ」はとうに消えてしまっていた。
それでも、無差別殺人に走る少年Aにならなかったのは、世の中が嫌になっても、好きになっても、世の中それ自体は、私とは別であることが分っていたからである。バイロンと同じ心境になっても、お坊さんになるつもりはなかった。もっと歳をとってからで十分と思っていた。
もう一つは、個人と個人の間に、優劣が歴然として存在することを小さい時から知っていたことである。ある子供は足が速い、ある子供は足が遅い代わりに勉強ができる、魚採りは上手いが、めんこ、ビー球はからきし弱い、数えれば切りがないほど、体験している。
高校では、頭の良し悪しを別にしても、水泳部で、優劣を味わった。速い者は、後輩でも選手になる。遅ければ、上級生となっても、一番端のコースでしか泳げない。私は、それに何の疑問を持たずに、楽しく高校時代を送れた。
社会に出れば、すべて実力次第である。運・不運をいう人もいるが、長い目でみれば、出世しそうな同僚は出世しているし、どうも私と似たり寄ったりは、そこそこで終わっている。私は、優劣を意識するが、それが自然であることを知っているから、なんの不満も持たなかった。
世の中なんて、そういう所である。この事を、最近の若者は分っていない。分らない程度で済めばいいのだが、優劣を認めないばかりか、優劣を認めている他人まで憎む。これが、動機不明の凶悪犯罪の源である。
というわけで、無差別殺人を防ぐには、世の中はすべてにわたって優劣が存在するものであることを、小さい時から、体と頭に覚えこますことである。
そこで私の教育論を披露する。
小学生は、隔月で、全寮生活と家庭生活を繰り返す。すなわち、半年は学校で仲間と共同生活を送る。優劣をあるがままに受け入れるようになる。
中学生は、2か月を寮、1か月を家の3か月サイクルを繰り返す。
これでは、学力の低下が避けられないと心配する人がでるかもしれない。私の答えは、低下は後からいつでも取り戻せるということ、学校が学童に教えることはほとんど何もないということである。集団生活を送れば、ウソをつくと、どうなるか、人の物を盗むと、どういう結果になるか、弱い者はどう強い者に向かえばいいのか、家の中で通用するものの中に、仲間とでは通用しないことがある、等々、実社会のリハーサルは一通り経験できる。
全寮制といっても、軍隊生活を送るわけではない。部活の延長くらいに考えればいいのだ。
都市部は別として、過疎地の学校統合が進む地区だけでも、こうしたらいい。家にいる間は、野や山、川や海で、存分遊ぶ。一生の内で、気兼ねなく遊べる時期は、15歳までである。知識の増加を目的とする学力のために、ムダにしないように、教育制度の改革を提案する。
同時に、これが、世の中が嫌にならない方法、ないし、世の中が嫌になっても他人や自分の命を奪う人間にならない方法である。
コメント
そうです。。。今の若い子は分かっていません!
私の息子が幼稚園の時、学芸会は主役が何人もおりました。徒競走も順位がつきません・・もちろん上位者?に
鉛筆もノートも無しです。そうです、差別は致しません・劣等感は持たせません主義です。挫折感なんて何の事?
です。こんな子供達が外見上、大人になって・・弱肉強食
の社会にでるのだからたいへんです。それこそガンダム
の一場面です(笑)・・・失礼
寮生ですか・・英国の伝統校みたいですね!
100名入学したら2週間目で70名になり、家に帰った時点でさらに半分は、戻ってこないような・・・・・?
”一流校に絶対合格”のエサをぶら提げれば、だいぶ改善
されると思いますが?・・・困ったものです・・!
子供は分かっていない・・・と言ってしまいましたが、
逆に変に分かり過ぎて、大人の世界に夢も希望も無いと思い込んでいる場合もあるかも?・・・
私なんかが子供の頃は、早く大人に成りたい!大人になれば、好きなことが出きる!!欲しい物を買って・・好きな物を食べる!大人に強制されない・・・自由だと・・!
今の子は大人に成りたがらない、子供の方が楽だと言う・子供で居たいと言う・一筆さんが見た、秋葉原の人々・・大人の責任ですね!!
- 2008/06/24(火) 14:35:48 |
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