老いの一筆

昔、銭湯で年寄り連が湯船につかりながら、政治談義に花を咲かせていました。今は、私がその年寄り。世事・世相を飾り気なしに語り合う伝統を銭湯ならぬネットで守り続けたいと思います。

私の小さな楽園 鶏の章

  私が島に連れてこられたのが2005年の6月だから、この世で3年が過ぎた。春から秋まで卵を毎日のように産んだのは、大人になってからの最初の1年だけで、最近はほとんど産まない。昔なら4年も5年もかかる数の卵を、品種改良によって短い間に産むようにされたためである。採算ラインを切れば、廃鶏としてどこかに引き取られる。多分、ペットの餌になるのだろう。1年半から2年の短い寿命である。

  彼(小国寡民のこと)は、体力の衰えを意識し、ピーク時には60羽を越えたものを徐々に減らし、私の代は5羽である。育苗小屋の大勢の中から無作為に選ばれた私は、300坪の彼の敷地を自由に掘り返し、ミミズや小さな他の動くものを存分についばんできた。カラスに襲われることもあったが、オンドリが間に入って、身代わりになってくれた。鶏を飼い始めた頃は、犬がいなかったので、年中、野良猫にやられたそうだが、今は、犬も猫もいるので、外部からの侵入者はいない。

  同じ時期に産まれた仲間は、とうにこの世にいない。私たち5羽だけが、こうして、春の日差しの下、砂かぶりをしながら、昼寝を楽しんでいる。

  彼の懐具合から、1個100円が限界であることは前々から分かっていた。今は、私たち5羽で3日に1個のペースだから、1個300円の単価となっている。産卵時期の春でこの程度であるから、これからの1年、せいぜい50個である。年間4万円をエサにかけて、50個だから、単価は800円となる。いくら放し飼いの自然卵とはいえ、800円の卵は常識外だ。

  そこで、彼は、5月から隔週で、私たちを1羽づつ処分することに決めた。老鶏だから、肉はまずくて食えない。内臓だけを取る考えでいる。隔週にするのは、一度に処分すれば、保存に困るからである。

  私は何番目になるかわからない。最後の番に当たっても、7月の日光浴はもう望めない。家禽である私は、それで仕方がないと思っている。家禽に限らずすべての生き物は、遅かれ早かれ一生を終える。私は、鶏舎の狭いケージで生涯を送ることなく、心ゆくまで、鶏らしく生きることができた。これで十分である。

  ここは、私の小さな楽園である。しばらくすれば、「楽園であった」と表さなければならないが。

コメント

こういうのは、好きです。。!考えさせられます。。
人間は、いつしか自然の摂理の外側に出たような気に
成っていますが、そんな事は無い。。。
 人生観・死生観と言いますか・・・時間の経過は、粗・平等とすると・・その使い方(消費のされ方)によって、
分かれてきますね。勿論、その評価だとか満足感は、あくまで個人の保持するもので在らねば成りませんが・・・ * 文中に”粗”としたのは・・最近、命の時間も金や
  名誉で差別されるし、重さが違うのを再認識させら
  れたからです。

  • 2008/06/21(土) 16:02:29 |
  • URL |
  • m-papa #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://winelight.blog112.fc2.com/tb.php/320-579b8e5a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)