老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

弦楽四重奏曲  音楽対文学

私の知的生活の大部分を占めている音楽と文学を、これまで一緒に考えたことはありませんでした。

昨夜、布団の中で、ふと思いました。

小説は交響曲、
随筆は弦楽四重奏、
詩はソナタ。

オペラはなんだ、協奏曲はなんだ、戯曲はなんだ、こういう分類や対照に気を配りません。単純な発想ですから。

TPOを考えます。

小説は電車の中でも読めます、筋に惹かれたら布団に入ってからも読み続けられます。

詩は、春にはベランダで、夏は海辺で、秋は公園で、冬は安楽椅子に座って楽しめます。

随筆はそうはいきません。

電車の中で降りる駅をきにしながらは読めません。辞書を(冊子であれ電子であれ)引きながら読むのは無理です。

何度も読みなれた随筆でなければ、詩のようにはいきません。

随筆は熱いコーヒーと重厚な辞書と百科事典を脇に置いた明窓浄机でなければ無理です。

音楽も同じ条件のように思えます。

交響曲はヘッドセットで聴いても大量の情報量でなんとかごまかせます。ソナタは逆に少量の情報量のおかげを蒙ります。

しかし、弦楽四重奏は‘そうはいきません’。

屋内空間が4畳半や6畳では聴けません。
暑さフリー、寒さフリー、外部騒音フリーでなければいけません。
照明も蛍光灯や裸のLEDであってはなりません。

少なくとも、目を閉じたら演奏会場のS席は身の程知らず、C席に座っているものと錯覚できるようでなければ楽しめません。

今の私は弦楽四重奏を楽しむことができます。

随筆と弦楽四重奏曲、知性の双璧です。

生きていてよかった(これ蛇足)。


付:
1. ここでいう音楽はクラシック、文学は英・漢で印刷された古典です。
交響曲やソナタが車内向けということではありません。弦楽四重奏を聴ける環境はどんな音楽にも適しています。
2.中学2年、ああ65年前!、パイオニアのPIM16というスピーカーから始まったオーディオの趣味、一区切りがつきました。
3.誤字、脱字、SV、SVC、SVO、SVOO、SVOC崩壊はあっても恥じを感じないことにしました。気にしだしたら、一筆も進みません。

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