我輩は猫である。まだ名前はない。ここからの続きはない。私の主人(小国寡民のこと、以下面倒なので彼)は、この本の最初の数ページを読んだだけで、“ロマン・ロランに遠く及ばない、つまらない作品だ”と言ってやめてしまったからだ。しかし、記憶力がいいとは言えない彼でも、ここまでは覚えている。
私には名がある。母猫の乳を飲んでいた時は、「たけぞう」だった。武蔵か竹三かわからない。その家の小学生がつけてくれた名前である。もらわれて来た先の彼は、私がアメリカン・ショートヘアの雑種であることから、アメリカ人の名前に代えよう目論んだ。シュワルツネッガーが第一候補、ホイットマンが第二候補、ポール・ニューマンも上がった。ヤンキーもあった。他いつもの様に口から出任せで、彼はあれこれ名前を挙げたが、いずれも彼の女房に断られ、ロッキーだけ残った。スタローンの映画の主人公である。決めようとした段階で、ロッキーではつまらないから、ロをリに代えると女房が言い出した。すべてに独断専行の彼は、ここで譲歩し、寛大な人物であることを女房に印象づけようと、素直に従った。それで、リッキーという名が私に与えられた。
最近観た映画で、リッキーという名が女性のものであることを知った彼は、かなりショックを受けたようだ。すでに、3年目に入っているので、今更、別の名にできない。
さて、私がここを小さな楽園というのは、周囲1万坪に車の気配がしないことである。ジャングルであるから当然であるが、猫の私にとってありがたいことだ。ネズミも適当にいる。小鳥も鳥獣保護区だから狙える。
食べ物は、私がガォガォガォと催促すれば、どんなに難しい形勢の碁を打っていても、彼は、中断して用意してくれる。後で、お前のせいで負けたと文句を言うが、私は知らぬ振りを通す。
冬は、寝ている彼のベッドにもぐりこむ。夜遊びして帰るのは大体午前3時頃と決まっているから、私の足の裏は氷のように冷たい。先ず、ベッドに飛び乗る。彼の腹の辺りだ。それから、上の方に移動する。彼は額と頭の分かれ目がとっくに消えているから、かまわず、顔の上を歩く。彼は目を覚ますが、怒りもせず、ふとんの中にいれてくれる。彼を起こす方法は、他に、耳元でささやく手、鼻を私のざらついた舌でなめる手がある。適宜使い分けている。
春から秋までは、ふとんの上に乗る。主に脚の上で寝る。彼が、夢の中で悪漢に襲われても逃げられないのは、私の体重によるものである。私は、それでもかまわない。
遊びたい時に外に出る、食べたい時に戻ってくる、寝たい時には、ふとんの中か上。私の小さな楽園である。
私の小さな楽園 その一 猫の章
コメント
ねこ好きの私としては、楽しく拝見させて頂きました。
わがまま・きまなな性格のねこは自由の象徴みたいです。
- 2008/06/25(水) 03:15:33 |
- URL |
- m-papa #-
- [ 編集 ]

