老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

日本人に憲法はいらない

日本の世界に誇れるものは色々あるかもしれないが、世界で一番となると、普通の人は長寿くらいしか浮かばないだろう。

長生きが誇るに価するかどうかは、国や地域の人々の生死観・宗教観次第である。寿をライフに載せて寿命とする地域では誇れても、ただライフで済ます地域では、「ロング」ばかりが能ではないよと無視されるかもしれない。

もっとも、寿命の開発国でも、「馬齢」があるから、寿命もあまり確かとは言えない。

私が日本人の世界一と確信しているのは、「ホンネ」と「タテマエ」の使い分けの技術である。

技術とは、タテマエを表にして、ホンネを堂々と通す技術である。

これはどこの地域の民よりもうまい。 

何よりの証拠は国の柱である憲法である。

日本国は武器をもたない。最高裁判事でも、ひら仮名の覚え始めの幼稚園児でも、憲法では「持たない」と読む。これがタテマエ。

25万人の兵隊と5兆円の軍需予算で世界のトップ5の軍事力を「持っている」。これがホンネ。

憲法九条問題がいつまでたっても埓があかないのは、護憲主義者がタテマエに固執しているためである。

固執するものがあるから、護憲活動が無意味に続けられている。お経が唱えられている。

彼らがそうするのは彼らの自由だからよしとする。よしとしないのは、憲法があるために、最高裁があることである。守りもしないで憲法の番人であると堂々と開き直り、深夜のビルのガードマンの収入の数千、数万倍の額の税金を堂々と消化ことにある。

日本国には聖徳太子の憲法があった。

それから明治まで、その憲法の改定も廃止もなかった。鎌倉幕府を経て江戸幕府まで、千年以上も憲法の必要性を日本人は認めなかった。支配する側も支配される側もである。

日本国憲法が明治政府によって作られたのは、列強の仲間入りをしたかっただけのこと。国内の統治の必要から作られたのではない。

今、民進党代表選で二人が争っている。

憲法をどうするかの違いも争点になっているそうな。

どうするかもこうするかもない。どうなって、こうなっても、タテマエなのだからどうでもいいのだ。

去年の戦争月間(8月)ころ、私は憲法厳守主義者から憲法不要論者に「変節」した。

5兆円の予算は連合傘下の組合企業を潤している。宗主国アメリカからも軍需産業上得意様として丁寧に扱われている。25万人は失業対策の公共事業だ。

この三つのホンネにどうして六法全書の数枚の紙っペラが対抗できよう。

加齢も馬鹿にならない。いっそのこと憲法をなくしてしまえ、それがベスト・チョイスであることに私は気が付いたのである。

付:
1. 明治憲法は、作ったのではありません、他人の物を少し工夫しただけのもの。(漢字から仮名、モノマネ技術も世界で一二を争うかもしれません)
2. 外国人が現行憲法を読んだ時、どんな顔をするのか、興味津々。先ず、自分の読んだ憲法の訳文を疑います。次は、訳文に間違いがないと知って、仰天します。最後は、日本人を「世界で一番いい加減で信頼できない」民族とあざけります。
3. ホンネとタテマエの世界一は私の確信です。強度の主観です。絶対に正しいという保証はありません。
4.5兆円と25万人。防災に回せば、限りなく増え続ける天災事故が限りなくゼロに近づきます。憲法は不要ですが、防衛省が防災省に転身したときには、5兆円も25万人もがっちり温存します。

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