老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

都民ファ、SNSなど発言制限(続)

発言制限の通達は、組織においてはなんら不自然な行為ではない。

読売新聞には、その政治姿勢に批判的な文芸部員がいるかもしれない、営業部員にもいるかもしれない。彼らが、自分の名刺の肩書きで「今日の社説に私は反対だ」などと自由にパブリックに発言したら、読売は黙っているだろうか。

Never!

それだからと言って、別に読売新聞社を非難すべきではない。組織として当然の行為だからだ。

都民ファーストの通達が、都民ファースト議員の肩書きで自由に発言するのはこれと同じである。

都民ファーストの議員は公民である。

発言したければ、一公民として発言すればいい。まさか公民権まで都民ファースト党は制限しまい。

実名の勇気がなければ、新聞記者へのコメントはハンドルネームでいい。新聞自体が幽霊を利用しているのだ。

もっとも、マスコミからちやほやされるのは、公民の部分でなく肩書きの部分、ハンドルネームでは誰も相手にしてくれないだろうが。

付:
少し前、日本共産党iの役職者がテレビで「自衛隊は人殺し」のような発言をして(私は観ていない)、深手を負いました。

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