老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

高校数学Ⅰ ― 頭→目→手

今日、第2章2次関数を終えた。

使ったのは数研の教科書。

教科書傍用を含め、およそ100題を解いた。

正解は20に満たない。試験なら20点である。

大体教科書にでている問題は、復習用だから、易しいものばかりだ。

それで、20点とは!

間違った原因はその問題毎に記録してある。

考えが及ばなかったのが、1問。

残り99問は、頭の中で、パッと解法が浮かんでいる。はは~ん、ああしてこうすれば、解は得らる。簡単、簡単。それでいてなぜこうなのか。

頭の解は紙に記して、初めて解となる。

問題を紙に写す。読み違いが生じる。

辺周と面積の取り違い。最大、最小の取り違い。含む、含まない、等々。

ここで間違えると後がいくら正しくてもダメ。その数およそ20問。責任は頭2割(早トチリ)、目8割。

残りの間違いはすべて、演算中にある。

移行するときに、正負を間違える、係数を書き忘れる。自乗の小文字2を忘れる。6とbを取り違える。移行すべき数字や文字を忘れる。加減乗除が正しく行われない。

1題に計算式は3行から6行ある。数字と文字は平均50個位、少ないものでも30個は書き写さなければならない。

一つでも間違えると、正解は得られない。

目は読んでいても、手は勝手に別の数字や文字を書いている。目はそれを見ても、間違いと気づいて、その間違いを脳に伝達しない。

演算だけは、どんどん進む。

当然、5分も10分も計算して得られた解は解でも、正解ではない、誤解だ。

よく人は言う、高齢者は頭では分かっていても、体が言うことを聞かない、と。この体とは普通運動機能を指しているが、私の場合は目と手である。

第3章は三角関数。

これからも注意しても、同じ誤りを犯す。今日までだって注意はしていたのだ。

それでも、私のセンチメンタル・ジャーニーは続く。楽しいという単純な理由で。

付:
1. 数学Ⅰに集合があります。私の時代にはなかった。それで、記号の読み方がわかりません。独学の悲哀です。
2. コピー用紙を片側をボンドで綴じています。最初バラバラのままでしたが、前に書いた紙を探すのに苦労しました。

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