老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

中日大辞典 第3版 ― 語彙が増えれば増えるほど使い難くなる

ひょんな事で第3版が出たことを知った。

御多分に漏れず、改版ごとに語彙が増えている。

この辞書特有の欠陥が改められていないことは、ネットで読んだ能書きでわかる。

その1.発音か文字か











他の中国語辞典は発音が異なれば、その発音に従って字を振り分けている。

中国発刊の現代中国語詞典も然り、独立させている。

なぜこの大辞典だけが、字で一括りにしているのか。

これは、大修館書店のマーケティング・ミスであるという結論に達した。

2千数百ページの辞書を入門・初級者は使わない。

漢字を知らない日本人は、これまた使わない。

これを買うのは中国語を一通り学び終えて、さらに中国語を(文学として)続けようとしている者だ。

かれらは「説」を部首や総画数から引くようなことはしない。

「shuo」か「shui」で引く。

「調」は「tiao」か「diao」引く。


その2.⇒記号

これがこの辞書の最大欠点である。

何度もブログで文句をつけてきたから、繰り返さないが、いい加減にしたらどうか。

この辞書に好意的なコメントを付けている中国語関係者(読者、訳者、学者、同好者など)はただ語彙に惑わされているだけで、本当は使っていないと思う。

私のように毎日のように数時間中国語に向き合っている者が、この辞書からのストレスで発狂しないはずがない。

発狂しないのは彼または彼女がドンな証拠だ。

私は年齢を重ねるに連れて、ドンになってきた。しかし、この辞書に耐えるだけのドンは備わっていない。

初版は2千ページ。第2版は2千5百ページ。どちらが引きやすいが自明である。

それで私は初版をマーカー塗り用に「愛用」している。

他の中国語関係出版社が、この欠陥辞書の厚みにたじろいて、試合放棄している現状を大いに不満として、再度採り上げることにした。


付:
1.元祖中国には労働者階級支配が始まって以来、ろくな辞書がない。それでは、日本に期待していいか。私は否定的である。
2.なんと英語学習者は恵まれていることよ。たかだか千年程度の英語文化に中国文化が遅れをとるなんて、「完了!」
3.需要予測が新規参入を拒んでいるのは明白である。儲からなくてもやるのが文化を担う業界のプライドではないのか。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad