老いの一筆

昔、銭湯で年寄り連が湯船につかりながら、政治談義に花を咲かせていました。今は、私がその年寄り。世事・世相を飾り気なしに語り合う伝統を銭湯ならぬネットで守り続けたいと思います。

戦争  歴史教科書 

  私は、何事につけ、公平でありたいと願っている。私自身の考えと正反対の意見や見解にも耳を傾けるようにしている。頑として譲らない事もあるが、それでも、人の言う事は、一応聞いてみようという考えである。天邪鬼の私が、歳を重ねることにより、次第に素直にかつ円満に成長してきた証拠である。

  さて、今回は、私の考えと相反するグループの歴史教科書をテーマにする。三省堂でその教科書本体が手に入ることは分ったが、千三百円也が惜しくて買わず、図書館でその系列の本を借りて済ませた。

  大いに賛成できたのが、日本がアメリカの属国と成り下がったという主張である。歴史を見れば、敗戦して占領されれば、国そのものが無くなることは普通の出来事であることがわかる。それから見れば、日本という国名が残されただけでもありがたいのかもしれない。だが、名目は独立が保たれているが、実質は属国であるから、ありがたさもそこそこである。これを、嘆いているようなのだ。

  それなら、なんとかして属国状態から脱却すべしと大和魂に訴え、ふにゃふにゃ日本人を鼓舞するかと思いきや、アメリカなアの字も出てこない。中国や韓国・朝鮮にもっと毅然とした態度で向かえ、日本の政府・外務省は弱腰だ、日本人としての誇りを忘れるな、と続く。更に、アジア進出、朝鮮半島や台湾の日本化では日本が取り立てて悪かったわけでないと主張するのである。

  これをピント外れという。今はどんなカメラでも、昔覚えたコマーシャルの“わたしにも写せます”だ。ピントが外れることはない。そのピント外れの現象が、よりによって、中学生相手の歴史教科書に残されているとは、驚きの一語である。

  私は、海外出兵は理由がどうであれ正当化できないという考えである。まして、占領して、自国の領土として併合するなんて、もってのほかである。だから、中国や韓国・朝鮮に対しては、しばらくは(まあ、3世代90年として、後40年位は)、腰を低くしているようでなければいけないのだ。しかし、太平洋戦争の相手であったアメリカに対しては、いささかの負い目も感じることはない。軍と軍が戦っただけのことであるからである。“勝敗は兵家の常”、負けたからと言って卑屈になることはない。

  アメリカの軍と日本の民、これがどうであったかことこそ、歴史教科書に語らせよ。朝鮮統治、中国侵略、その時の中国人・朝鮮人の心情を歴史教科書に語らせよ。そこから産まれ出るものが、自国・他国に拘らぬ本当の愛国心のというものだ。

  志と誇りを失った今の日本人を嘆く前に、先ず己のピント外れを反省してもらいたい。

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