映画は楽しい。最近、と言っても私の歳で最近というのは、数年前のことだが、私設映画館で『真実の行方』という映画を鑑賞した。
リチャード・ギアとエドワード・ノートン共演の裁判映画である。久しぶりに面白い映画に出会った。筋にいささかの無理・不自然さがない。また、配役もそれぞれの役をきちんとこなしている。リチャード・ギアは、『コットン・クラブ』以来、よく知っているが、エドワード・ノートンは、この映画で初めて知った。見事な演技である。俳優であるばかりか、映画監督としても名を為しているのも頷ける。
筋はここに書かない。この映画を取り上げたのは、裁判員制度が、一般庶民の能力を超えた判断を、我々に要求していること、また、判断がいかに難しいものであるか、この2点を映画『真実の行方』が語っているからである。
悪法も法とは、ギリシャかどこかの昔の偉い哲学者の言。日本社会が大変な不幸に見舞われようとしている今、平民は、悪法は無法と公言し、司法関係者を糾弾しよう。

