野党がまた、大臣更迭を要求している。ナンセンスである。石破大臣を腹話術師の顔と揶揄した私だが、更迭には、反対である。反対の理由は無意味であるばかりか、防衛省の役人根性を助長しかねないからである。
大臣の失言で大臣の地位を失う。失言するような国会議員を大臣にするような首相も連座して当然と思うが、そこまでしつこくしなくとも、「身から出た錆び」だ、失言大臣がクビになるのは当たり前である。
だが、今回のような事故の責任で、大臣が罷免されるとなれば、大臣のなり手がいなくなる。大臣になってもいつ罷免されるかわからない、これではおちおち大臣でいられない。
エリート官僚の不祥事を未然に防ぐことは、大臣の手に負える代物ではない。総理大臣でさえできない。もちろん、今クビを求めている野党の中、誰が、「それなら私に任せてください」と言えるか。一度でも、官僚の立場にたって、今の大臣を眺めてみるといい。
親の敵どころか曽祖父の代からの敵のような二世、三世議員が代議士先生となっているのだ。群馬がいい例だ。小渕首相が倒れたら、その娘が国会議員に当選してしまう。群馬にはまともな政治家がまるで一人もいないようだった。群馬に限らず、日本全土に言えることだ。門閥を頼りに一介のサラリーマンが総理大臣になる、いわんや、平の大臣においておや。片や、国家上級試験を抜群の成績で通った実力一本やりの集団。勝負はすでに終わっている。
大臣の更迭はいともたやすい。だが、そこからは、何も生まれない。大衆の溜飲を下げるだけでしかない。つまらないことに野党はエネルギーを消耗しないように。
追:
“親の仇”は“親の敵”が正しいような。先の入試センターの倫理試験で知った。前のブログは仇となっているはず。いつか書き直します。

