老いの一筆

昔、銭湯で年寄り連が湯船につかりながら、政治談義に花を咲かせていました。今は、私がその年寄り。世事・世相を飾り気なしに語り合う伝統を銭湯ならぬネットで守り続けたいと思います。

稽古

  月に一日だけ、早起きしなければないらない日があります。2月は今日がその日。氷点下の外気は冷たいのですが、起きないことには、連絡船に乗れません。乗れなければ、隠居の手習いに差し支えます。

  教える時は、口で言うばかりでなく、体でやって見せることが、大事であるものと、聞いていました。スポーツはむろんのこと、倫理・道徳も、先ず、上に立つ者がお手本を示すということでしょう。その通りであると思ってきました。

  ところが、私の師匠は、お手本を最初に見せて(尺八ですから、聞かせて)くれません。一緒に譜面を声を出して読むだけです。西洋音楽でも、オタマジャクシが並んでいる譜面を見て、即座にメロデーをとらえることのできる人は、アマチュアでも上位の人ではないでしょうか。当然ながら、初心者の私は、どんな曲なのかさっぱりわかりません。家に帰って、自分で譜面を見ながらつっかえつっかえ練習することになります。正しいものかどうか、次回の稽古まで、わからないまま・・・。

  お手本を初めに示してくれない理由は、今はわかります。すなわち、師匠のお手本に頼るクセをつけないようにするためということです。いろいろ耳にしていますと、この稽古の仕方は、邦楽では、普通のようです。

  同じ稽古でも、プロ養成となれば、殺人事件が起きるまで、人を殺すことが悪いと知らない(それも、本人が自ら気づくのではなく、周りが悪いというものだから、悪いと知る、あるいは知ったふりをする)スポーツがあるのですね。隠居の手習いでよかった、よかった。

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