老いの一筆

昔、銭湯で年寄り連が湯船につかりながら、政治談義に花を咲かせていました。今は、私がその年寄り。世事・世相を飾り気なしに語り合う伝統を銭湯ならぬネットで守り続けたいと思います。

公務員制度改革  施政方針演説を読んで

  今日で、福田首相の施政方針演説は終わりとする。万能細胞、五里霧中年金、はては信頼という定義まで、細かく言えば、言えるが、もう読み飽きた。

  “公務員制度のあり方を原点に立ち返って見直すことが必要です。行政に対する信頼を取り戻すため、公務員が能力を高め、国民の立場に立ち、誇りと責任を持って職務を遂行できるよう、総合的な公務員制度改革を進めてまいります。
 国民への奉仕者である国家公務員の一層の綱紀粛正と倫理の向上を徹底します。“

  下克上の時代や戦国時代を除いて、公務員制度の改革に成功した地域も時代もかつてあったためしがない。

  大昔、イエスは、ヱホバから付託されたと自作自演した律法官ら官僚に逆らったため、磔(はりつけ)の刑に処せられた。原罪を背負ってなどというのは、あとから信徒が勝手につけた物である。

  江戸時代、3つの改革が試みられたが、いずれも、武士階級の官僚に潰されている。

  近くは、毛沢東の文革も、長征の経験がないエリート官僚によって失敗している。

  官僚組織にメスを入れようとして、すべて無残な敗北を喫している。平和が長く続けば、国という大きな組織の維持に官僚が欠かせなくなる。彼らは、強烈な自己保存・増殖本能があるので、国が次の戦乱あるいは無政府状態に陥るまで、絶対に、ギャフンという目に合うことはない。

  最近の日本ではどうか。橋本さんは省庁を改変しただけで、それを行革といっている。太陽の季節の作家の息子が行革大臣になっても、ただボケーと口を開けたままで終わってしまった。誰がやってもできないのだから、特別に非難されなくていい。

  今回、福田さんが、公務員改革を施政演説で公約した。私は、彼にも絶対にできないと断言して憚らない。できる程度の改革は、上っ面の改革である。有識者懇談会や学識経験者諮問委員会など、あれこれ立ち上げて、それの勧告を受けて、立派な規定を作り上げる。それで終わりである。

  福田さんの後、10年後の、さらにその先10年後の首相が国会の施政方針演説で、「国民への奉仕者である国家公務員の一層の綱紀粛正と倫理の向上を徹底します」と繰り返す、これも私は保証する。

  追:
  不祥事続出の官庁・警察やでたらめ企業がテレビカメラに向かって、必ず使う言葉、“真摯”と“より一層の”はなんとかならないものか。耳障りでいけない。福田さんの施政方針演説にも、使われている。一体どれだけの民衆が真摯の意味を理解できるのか。また、“一層”とは、あるレベルまで到達している状態にあることが前提である。彼らが“一層”というと、何か、これまでも“真摯”に努力してきたかのような幻覚にみまわされ、老いの身、寝つきが悪くなる。




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