老いの一筆

昔、銭湯で年寄り連が湯船につかりながら、政治談義に花を咲かせていました。今は、私がその年寄り。世事・世相を飾り気なしに語り合う伝統を銭湯ならぬネットで守り続けたいと思います。

方丈記 質素な食べ物


  ネット・オークションで届く品物の緩衝材として、ときどき、新聞紙が入っている。それを、しわを伸ばして、見る。昔に比べると、全面広告がやたらに多いこと、活字が大きいこと、どの頁にもカラー写真が載っていること、などが挙げられる。

  社説はつまらないから読まない。民放のテレビ番組表を見て、どんな番組が組まれているかを、知るようにしている。新聞の緩衝材は稀であるから、運が良くなければ、テレビ番組の頁は入っていない。今回は、運が良くて入っていた。

  目を通したら、昔とまったく変わっていない。食い物のオン・パレードである。食道楽は趣味の一つであるから、個人が三昧にふけるのは結構だが、日本全国、こんなことばかりを見せつけられた日にはたまったものではない。

  民放の専売特許でないことが、あのNHKの昼の番組で分った。世間では、箱物と言って、建物ばかりが豪華な公共事業を嗤う。テレビだって民生エレクトロニクスの最先端技術の結晶である。そういう立派な箱物の中身が食い物、しかも、アナウンサーかタレントかしらないが、意地汚く大口を開けて、「うまい、うまい」と見せつける始末。

  これからクリスマス、新年と、食い物番組が軒を連ねるのは、明白だ。日本人よ、いつからこんなに食い意地を張るようになったのか。情けない。

  方丈記(昨日の続き)
   〜
  衣食のたぐひ、又同じ。藤の衣、麻の衾、得るにしたがひて肌を隠し、野辺のおはぎ、峰の木の実、わづかに命をつぐばかりなり。人にまじはらざれば、姿を恥づる悔もなし。糧乏しければ、おろそかなる報いをあまくす。惣てかやうの楽しみ、富める人に対していふにはあらず。只わが身ひとつにとりて、昔今とをなぞらふるばかりなり。

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コメント

食い物番組の「飽食」状態

ふだん、自分ではニュースとサッカー中継、それにドキュメンタリーぐらいしかテレビを見ません。家族との夕食時など旅・食べ物番組を見ますと、小国寡民説に賛同します。
なぜああも「金太郎飴」(どこを切っても同じ)番組が多いのか、いわずと知れた視聴率VS製作コストの対比で最大で最小が見込めるからです。「テレビに出た」ということが何よりも
宣伝になるご時世(新聞広告代は安くなったことでしょう)、
旅館も料亭もテレビ取材に対しては「顎・足つき」でしょう。
視聴者がスイッチに物を言わせない限り、「金太郎飴」は
なくなりません。

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