何順目かするうちに私の番が、ハムレットが王妃である母に文句をつける場面にあたった。その中の母の言葉に、“Come, come, your answer with an idle tongue.”がある。このcomeを“来い、来い”と訳した時、先生が、突然、大声で笑いだし、しばらくは、止まなかった。先生は学生の誤訳は笑わない。笑っていたら、授業中、笑い通していなければならない。笑ったのは、私の「来い、来い」が前代未聞の珍訳だったからだ。
予習の時、ハムレットが、王妃に答えて、“go, go”とやっているので、深く考えなかった。先生の爆笑で中断しなければ、私は、「行け、行け」と訳していた。笑いが収まって、先生は「さあ、さあ」と訳すものと正された。ハムレットは、母の気安く声を掛けて言ったcomeを不愉快に思って、本来のcomeに戻したのであるから、“go, go”を同じように、「さあ、さあ」や「さて、さて」では、訳としては、不十分である気がしてならなかった。「来い」も「行け」も悪いが、所詮、日本語に訳しては、シェイクスピアはダメなどだと負け惜しみで済ませておいた。
それから、二十年近く経た後。中国ビジネスに就いた時のこと。当時は、一つ契約が決まると、必ず一つ宴席が設けられた。大きな丸いテーブルに担当者の他に10人位の酒飲みが集まる。初めは、この料理はどうの、この酒はこうの、あるいは、日本ではどうの、中国ではこうの、等と比較文化論をおとなしく語り合っているが、呑み助の常として、酔ってくれば、そんなことはどうでもよくなってくる。盃の応酬となる。この時、乾杯を促して発する彼らの言葉が、きまって「來、來(来の中国語漢字)」である。英語なら、come, come。その度に、酔いの最中でも、「来い、来い」と訳した永川先生の授業が亡霊(先生ではありません、授業です)のように現われた。まさに、ハムレットだ。
東京の仇を北京で討たれたようで、今も、懐かしくもあり、恥ずかしくもある。
The Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark
ACT 3 Scene 4: The Queen’s closet
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HAMLET. Now, mother, what’s the matter?
QUEEN. Hamlet, thou hast thy father much offended.
HAMLET. Mother, you have my father much offended.
QUEEN. Come, come, you answer with an idle tongue.
HAMLET. Go, go, you question with a wicked tongue.
QUEEN. Why, how now, Hamlet?
HAMLET. What’s the matter now?
QUEEN. Have you forgot me?
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