老いの一筆

昔、銭湯で年寄り連が湯船につかりながら、政治談義に花を咲かせていました。今は、私がその年寄り。世事・世相を飾り気なしに語り合う伝統を銭湯ならぬネットで守り続けたいと思います。

銃社会アメリカの血 日本の銃犯罪に思う 

  
  日本が長い間、「飛び道具は卑怯なり」を通してきたのは、武道という“道”が確立されていたからだ。アメリカはそんな呑気なことを言っていられない事情から国が成立した。そもそも、飛び道具無しでは、イギリスから独立できなかった。これも、大昔のことならともかく、1776年の独立宣言から、250年も経っていない、つい先ほどの話だ。領土の拡大も、金で買うか、戦争で奪うかのいずれかであった。

  私は、これをアメリカの血と言う。中国の歴史教科書がどうなっているか知らないが、時代の認識は別として、三千年から五千年のスパンをカバーしているのではないか。アメリカは、逆立ちしても、三百年。だいたいが、イギリスやヨーロッパで食い扶ちのない人間が流れ着いたような形でスタートしたのだから、伝統や教養が無くても不思議ではない。これが、イギリス国王か女王が王政反対党の迫害から逃れるため、ナイト(騎士)と共に、アメリカに渡ったということであれば、まったく別のアメリカとなっていたはずだ。議会制民主主義を世界最高の政治システムとえばっているが、彼らには、他の選択肢がなかっただけのこと。

  アメリカの歴史教科書は、金と力の成功経験で満ちているのではないか。貧しい国からの移民、音楽家、野球選手、科学者、国連での追従者<国)、すべてが、金と力を背景にしたものと、自然に子供のころから身に着いてしまっているのではないか。

  日本は、中国ほどではないにせよ、歴史の蓄積がある。笑うのは同じでも、落語や漫才の笑いとジェリー・ルイスが好例の喜劇とは、品格がまったく違う。我ら日本には、“落ち着き”がある。彼らは、つねにドタバタしている。そうしなくなるまでには、あと250年は必要であろう。

  大橋巨泉が、以前、アメリカからジャズを取ったら、何も残らないと言った。産軍共同体が残るではないかというのは、間違い。巨泉は、“世界に誇れるものは”何も残らないと言っているのだ。私も、同意見であるので、彼の言葉を今でも覚えている。アメリカ文学も粗末の限りである。

  外国からの情報といえば、ニュース、文化、スポーツ、等々、そのほとんどがアメリカであるNHKは、少しは、この点を考えなければいけない。アメリカは先端技術に限れば先進国であるが、国としての重みがまったく感じられない軽薄な文化国家である。建国の歴史でいたしたがないことだが、アメリカを論じる時には、常に、このアメリカの血を意識しておかなければならない。

  マス・メディアや政治家がこれを意識しないまま、アメリカを崇め奉っていると、治安の悪化のみならず、日本の社会全体が、アメリカにミニチュアとなってしまう。“金と力の日本”、私は大反対だ。

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