外相、外務省役人、インタビューに対するコメントは、きまって、「北朝鮮の今後の動向を見守る」である。
物は言いようとは、正に、これである。要するに、何もしないということなのだ。「何もしません」と言えば、国民は、「何をしてんだ」となる。「見守る」なら、体裁がいい。
拉致被害家族会と同じレベルである。あれも、これまで、何度、「重要であることを再確認した」ことか。アメリカ議会に出向いて、フランスに出向いて、他、あれやこれやの来日政治家と会って、やることといえば、「再確認」である。彼らは、自分で段取りが出来るはずがない。みんな、政府の助けでやっている。税の無駄である。
「見守る」、「再確認」には、何の能動性、主体性がない。こんなことで、わざわざ、外務官僚を北京まで行かせる事はない。
発言を許されない、あるいは、発言しても、周りから鼻であしらわれることほど、会議に出て、みじめな思いはない。もともと発言する内容をもっていないのだから、参加することに意義があるなんて思っているのか。
北朝鮮代表は当然として、飼い犬位しかみていないアメリカも、当然として、中国も韓国もロシアも、要するに参加国すべてが日本を無視して、会議を進める。普通の感覚をもった人間なら、そんな中に、1時間も、座っていられまい。
外務官僚の鉄面皮は、田中真紀子の時、既に確認されているので、ここで改めて再確認!する必要はない。
確認したいのは、会議への参加が税の無駄使いであるということである。
税の無駄使いー六カ国会議参加
コメント
税の無駄遣いー六カ国会議参加
小泉前首相の政策もスタイルも支持できませんが、唯一の例外が
訪朝しての<平壌宣言>です。先方の<将軍サマ>も日本人拉致
を認めざるを得ませんでした。このことは改めて評価すべきです。
そこから安倍官房副長官の「強硬路線」となり、外務省は出番を
失いました。「核問題」の六カ国協議で「ラチ、ラチ」と唱えるしかない
日本人拉致問題を棚上げせよーと言っているのではありません。
しかし、それだけに絞り込んでしまった<視野狭窄症>を問わないと外交は始まりません。司令塔を代えることでしょう−活路を開くためには。

