老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

戦争月間・・・戦争仕掛け人は新聞社ではなかったか

戦争が8月15日で終わったことを、知らない日本人はいない。

しかし、原因となると、各人各説である。

昨年までは、私は国民大衆の無知蒙昧が根本と考えていた。

今は違う。

情報がラジオと新聞だけの当時、国民大衆は新聞の記事でしか政治を知ることができなかった。

大正デモクラシーで赫々たる業績を残した新聞を信じるのは自然である。実際信じた。

新聞はそれに気を良くして、民衆を焚き付けた。

元を正せば、新聞社に責任があるのではないか。

来年の戦争月間までじっくり考えて再度取り上げるつもりでいる。

補:
シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」は示唆に富んでいます。

逆なで、心を踏みにじる・・・タテマエ


原爆で戦争は終わった。
放射能が着いた指だよ。
金目でしょ。

そして、今度は、石井発言。

政治家は代議士、話さないで一票という手もあるが、話してナンボが原則である。

話す権利も保証されている。

彼らが、ホンネを吐くと、周りは即座に拒否反応する。

ちょっとした冗談には、被害者の立場に立っていない、被害者の感情を逆なでする、こう反応する。

めぐみさんが生存しているのかいないのか、これについてどんな考えを披露しようが、日本人の自由である。

拉致被害の会とやらは、日本政府が支援しているのだ。納税者である日本人にその使途にコメントを付けるのは権利である。

私は、このブログで幾度となく繰り返して言ってきた言葉が、石井代議士の口からもでている。

「(被害者家族が)かわいそうだから返せ、と騒ぐこと自体がマイナスなことではないか」

これである。

本当に吾が娘の身の上を案じるなら、朝鮮政府を刺激するはずがない。私は実の親子がと疑うまでになっている。

朝鮮政府が非情であれば、「死亡」していなくても、「返せ、返せ」とうるさく騒げば、いっそのこと、本当に「死亡」にしてしまえ、となる。

誘拐犯による身代金目的の誘拐なら、金で事がたりる。

国家の誘拐は、別口である。

「実は、生きていました」

石井代議士の言う通り、将軍様の面目、丸つぶれ。

被害者の会だって、生きていると叫ぶだけで、実際に顔をみたわけではない。

「死んでいる」と「生きている」の信頼度は同等である。

「生きている」と信じているのなら、「経済制裁は娘の命が危なくなるかもしれないから、止めてください」と、日本政府に陳情するのが親心である。

いわんや、自分から朝鮮政府を攻撃するなど常識では考えられない行動である。

私は、石井代議士が周りのタテマエ論者(全員卑怯者であり偽善者でもある)に屈することなく、最後まで持論を押し通すことを願っている。

補:
・民主党の長島某が国益だって。笑わせてくれます。まず、拉致された日本人(生存している前提で)の安全確保が第一でしょうが。
・拉致被害の問題には、絶対に裏があります。外交文書公開で分かります。

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「めぐみさん死亡」発言 民主・石井一氏、改めて「帰国あり得ない」
産経新聞 8月31日(日)7時55分配信

石井一氏の29日発言要旨(写真:産経新聞)
 神戸市で29日に開かれたパーティーで、北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさん=拉致当時(13)=らについて「もうとっくに亡くなっている」と発言した民主党の石井一元国家公安委員長(80)が30日、産経新聞の取材に応じ、「北朝鮮が一度、死亡を認定した人が日本に戻ってくることはあり得ない、という趣旨で話した」と改めて主張した。

 石井氏は「拉致被害者の家族が『生きて帰ってきてほしい』と思うのは当然だし、帰ってくれば、それ以上にうれしいことはない」と話しながらも、「金正日(キム・ジョンイル)総書記が小泉純一郎首相(当時)に伝えた拉致被害者の『死亡』という事実は大きい。いったん受け入れたものを、ひっくり返せるのか。被害者家族を思えば痛ましいことだが、それはほとんど不可能に近い。国際社会としては決着がついている話だ」と同様の主張を繰り返した。

 そのうえで、「(被害者家族が)かわいそうだから返せ、と騒ぐこと自体がマイナスなことではないか」と述べ、発言を撤回する考えはないとした。

 一方、民主党の長島昭久党拉致問題対策本部長(52)は30日、産経新聞の取材に対し、石井氏の発言に関し、「元気に戻ってくることを待ち焦がれている横田ご夫妻の心を踏みにじる言語道断の発言だ。民主党の政策、方針とは全く関係がなく、直ちに撤回してほしい」と述べた。

 さらに、長島氏は「(拉致問題の進展も想定される)この時期にこういう発言をすることが国益を毀損(きそん)することはもとより、どういう利益があるのか理解に苦しむ」と話した。

朝日新聞購読・・・元地検のキテレツ論理

この弁護士によると、「返せ」は難しいとのこと。

テレビ番組欄を見ているのだから、難しいという。

レストランで、寿司とうな丼とステーキを食べた。ビールの付き出しの塩辛が古くて、食中毒になった。

このレストランの店主、「寿司とうな丼とステーキは、食べたでしょ、食事代は返しませんよ」。これが通用するようになったら日本も沈没だ。

この沈没の正当性を元検察が語っている。いま弁護士だからいいようなもの、検事の時にどんな起訴をしていたのか、恐ろしくなる。

慰謝料だって、100万円分神経が参りましたとは言わない。言う必要もない。裁判所は、100万円分証拠を出せとも命じない。

因果関係の立証をせよと裁判所が命令するか、新聞記事について命じるようなら、その裁判官を精神鑑定にかければいい。

賢治は喧嘩や訴訟はつまらないから止めろと言っていた。

その通りかもしれない。

購読料を返せというのも面倒なことだろうから、購読中止運動で丸く収める方を私はお勧めする。

補:
・大誤報なんてもんじゃありません。全世界を襲った巨大誤報です。
・集団訴訟はカネ目ではありません。世間をお騒がせする、いえ、鈍感朝日に鉄拳を下ろすのが目的です。

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朝日大誤報で集団訴訟の動き 「購読料返せ」はできる?できない?(zakzak)

 ホテルやレストランで食品偽装が発覚した場合、客がすべて食べた後でも料金を全額返金するケースは多い。今回も可能ではないのか。
 この件について、元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は「購読料を返せという訴訟は難しいと思う」といい、その理由をこう解説する。
 「新聞には、テレビ番組欄や暮らし面などさまざまな記事がある。こうしたサービスをまったく受けていなかったかというと、そうとも言い切れない。精神的苦痛を理由にした損害賠償請求訴訟も、具体的な被害や因果関係が証明できない限り難しい」
(一部)


戦争月間・・・忘れちゃいませんか、民放さん

69回も同じ事を繰り返せば、何だって飽きが来る。

いくら好きでも、同じ碁敵と69局続けて、碁が打てる碁キチはいない。

終戦特集も例外ではない。

原爆、空襲、疎開、赤紙、もううんざりするほど聞き飽きている、見飽きている。

民放は種切れなのか。

否。

これまで一度も特番にならなかった戦前・戦時の新聞が残っている。

民放は新聞社の支配下にある。だから、特番にしてこなかった。

「鬼畜米英」
「赫々たる戦果」

当時の記事がどんなものか、来年の70週年記念日に特集を組んでもらいたい。

視聴率の回復、間違いなし。

勇気を出せ、民放。

補:
・今の高画質画面であれば、新聞の活字も読めるでしょう。それに確か、漢字にはかなが振ってあったように思います。アナウンサーが読み上げてもいいですね。
・何を伝えるのか。これが問題だ。

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テレ朝はワンコーナー 「終戦特番」視聴率1ケタ連発の寂しさ
日刊ゲンダイ8月21日(木)10時26分配信

各局とも苦戦/(C)日刊ゲンダイ
 戦争体験の風化が叫ばれて久しいが、さらに拍車がかかっている。69回目の終戦記念日を迎えた今年、戦争関連番組への関心も寂しい状況であった。

 15日放送の戦争特番はNHK、民放含め計4本。そのうちテレビ朝日系はコーナーのひとつで取り上げるにとどまった。 いずれもゴールデン帯の放送だったが、視聴率は1ケタ台が目立ち“惨敗”。横並びトップはTBS系のバラエティー「ぴったんこカン・カンSP」で、平均視聴率12・9%だった。

 映画「硫黄島からの手紙」は地上波初放送。渡辺謙主演で興行収入51億円をマークしたヒット作である。
 唯一のドラマとなった「命ある限り戦え、そして生き抜くんだ」(フジテレビ系)では、上川隆也(49)と溝端淳平(25)の中堅&若手コンビでパラオ・ペリリュー島の過酷な地上戦を描いた。見ごたえのある良質な番組だったが6・2%と残念な結果に終わった。コラムニストの桧山珠美氏が言う。

「広島の地方局が制作する戦争特番はいまも毎年、放送されていますが、それらは地方限定の放送だったり、全国ネットされても夕方の放送時間帯だったりと矮小化されている由々しき現状です。視聴率至上主義なのは致し方ないとしても、ときにはそれらを度外視してつくらなければならないテーマがある。戦争はそれの最たるものであり、語り続けることはテレビ報道の“使命”。見る側に訴え続けてほしい」

 歴史の忘却は罪だ。テレビには、伝え続ける責任と義務がある。

国境守備の経費

フランスとスペインの国境はピレネー山脈にある。

この国境は地図でわかるが、行ってみても実際には分からない。

フランスがスペインに無断で、100メートル、スペイン領に入っも、スペインは怒らない。

スペインがそうしても、フランスは怒らない。

発覚しても(非現実的想定だが)、それで国境に戦車の基地を設けることはしない、軍隊を配置しない、哨戒機を24時間体制で上空を飛ばさない。

国土保持のために、フランス議会、スペイン議会、どちらも、政府の予算増額要求(これも非現実的だが)を認めない。

何故か。

答えは馬鹿馬鹿しいほど簡単。無意味だからだ。

大体、国境は人が住めない所で落ち着くものだ。

険しい山脈の尾根、広い河川の中央、それに海。

平地の国境は、人的区切りだから、年中紛争が絶えない。

自然の国境は、余程の事態にならない限り、保たれる。

その余程の事態が収束すれば、やはり、尾根、河川、海が国境となって落ち着く。

尖閣諸島も釣魚島も、どちらの名称にしても、人の住める所ではない。

ピレネー山脈の尾根である。

日本の政府が、自衛隊や海保に防衛を命じているのは、ピレネー山脈の尾根に潜水艦を配置するようなものだ。

潜水艦はタダではない。使えても使えなくても、潜水艦メーカーは儲かる。

尖閣諸島の防衛の本質はこれである。

補:
・「国土を守る」国民の福利をないがしろにして、土を守るのは、話しが逆です。国「民」が平和に自由に安全に生活できるために国土があるのでしょう。毎年風水害で死者が出ていながら、予算をケチって、何が「国土を守る」ですか。
・複雑な民族混交地域は尖閣諸島の参考にはなりません。 
・四面海に守られている日本国土のありがたさが、災害でぼやけています。災害を防げば、美しい日本国土のありがたさが実感できます。防衛予算要求は、百万円の束が5百万束。防災予算に組み替えませんか、安部首相殿。

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防衛省、過去最大の概算要求 武器調達で膨張5兆円
2014年8月30日 07時15分
 防衛省は29日、2015年度予算概算要求を発表した。総額5兆5百45億円と過去最大。他国を武力で守る集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、専守防衛からの転換姿勢を強める安倍政権の方針を反映して、垂直離着陸輸送機オスプレイをはじめ、質量とも従来をしのぐ防衛装備品が盛り込まれた。攻撃型の武器も目立つ。防衛省は、まとめ買いの予算を確保できるよう特例的な法整備も検討中で、抑制的な防衛政策の変質が進んでいる。 (東京新聞・中根政人)
(注:漢数字はアラビア数字に換えました)

役立たずの尖閣諸島になぜこだわるのか?

九州からざっと900キロ先の小さな島々。

中国大陸から300キロ。台湾から200キロ。

「オレのオレの」の争いから、サッサと「一抜けた~」と宣言するのが、日本国民にとって最善の選択である。

オリンピック開催地決定、政党総裁選、決選投票方式は珍しくない。

尖閣諸島は小島だが、それによる領海は広大なものである。

尖閣諸島ではコメは作れないが、地下には天然資源が無尽蔵にある。

だから、尖閣諸島は日本のモノとして、守らなければならない。

本当にそうなのか。

感情論的「寸土を守れ」より少しはマシな思考であるが、思考は思考でも、机上の思考でしなかい。

一つ。

領海を守って、日本漁船だけが操業できるようにするのか。他国の漁船が魚群を追って領海内に入るのを阻止できたとする。

日本の漁船の水揚げがそれでどれほどになるのか。納税額がどれほどになるのか。

防衛予算の10%5千億円にも達しないだろう。1%の500億円でさえ怪しいものだ。

1を得るために100を失う。「一文惜しみの百知らず」

一つ。

地下資源が豊富だ。なるほど。

先ず、資源の種類と埋蔵量の調査だ。

できるか。

中国が黙って、日本の採掘調査を眺めているワケがない。

共産党独裁だからではない。国として中国は拱手傍観しない。

北方四島がいい見本だ。

ソ連からロシアに代わって、1島でも返還されたか。

ライオンの足元のダイヤモンドは、千カラットでも、1万カラットでも、有って無きに等しい。

尖閣諸島が釣魚島に町名変更されて、最も恩恵を受けるのが、必ず到来する災害で死ぬかもしれない日本国民、最も苦虫を噛みつぶすのが、軍需産業の企業とその労働組合。

900キロの往復、千8百キロの燃料は、海水の温暖化と大気汚染に寄与するだけ。

任務を終えて帰還した自衛隊員と海保の職員の疲労(精神的、肉体的)がオマケ。

表題を、「私はなぜこだわらないのか」にした方が良かったか。

大政翼賛政治はこうして育成されていた

国分寺市のどこかでお祭りがある。恒例行事だが、今年は「9条の会」が締め出された。

この会長の談話が戦前の大政翼賛政治を象徴している。

賛否両論があるのが好ましくないというのだ。

親睦を図る集まりは、最適な市民の意見交換の場である。

多少の嫌がらせは、会で抑えればいい。手に負えなければ、警察に警護させたらいい。

賛否両論を抜きにしたら、何が残るか。

東京音頭と金魚すくいだ。

この500万円は、市税の無駄使いである。

国分寺は、国糞痔に市名変更したらいい。国分の名が泣いている。

補:
遠くの小さな市のささやかなお祭りに口を挟んだのは、たまたまで、我が石巻市が同様な態度にでれば、このブログばかりか市議に直接苦情を呈します。
・イチャモンをつける市議、唯々諾々と従う市役所。戦前の日本の再現ですな。
・9条の会は、憲法の「条文」を守る会です。心配するようなモノではありませんよ、イチャモン市議先生。

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9条の会の出店拒否 「国分寺まつり」毎年参加一転
2014年8月29日07時04分
 東京都国分寺市で十一月に開かれる「国分寺まつり」で、毎年ブースを出している護憲団体「国分寺9条の会」が今年の参加を拒否されたことが二十八日、分かった。市などでつくる実行委員会は、内容が政治的であることを理由としている。9条の会は「表現の自由のじゅうりんで、到底承服できない」と同日、実行委と井沢邦夫市長に参加を認めるよう要請書を提出した。 (林朋実)
 同会は立川市内で記者会見した。まつりには二〇〇八年からブースを出し、憲法九条に関するパネル展やシール投票をしている。
 まつりは今年から、ブース出店者の募集要項に「政治・宗教的な意味合いのある出店」の場合は参加を不可とする文言が加わった。
 実行委の島崎幸男会長は「市民が親睦する場で賛否両論あるものを取り上げ、いざこざが起きるのは好ましくない」と説明する。
 これに対し、9条の会事務局の増島高敬(たかよし)代表(74)は「政治的内容についても市民が意見交流してコミュニケーションを深めることは、まつりの趣旨にも沿うはず」と話す。過去にトラブルはないという。
 市議会の議事録によると、昨年十一月の総務委員会で委員の一人が、特定の政治思想を帯びた内容の出店が続くなら市は五百万円の補助金支出をやめるべきだ、との趣旨の発言をし、市側は「指摘の趣旨に沿う対応を検討する」と回答していた。
 増島さんは「市が補助金をたてに出店拒否を主導したのでは」と疑念を募らせている。
 今回のまつりでは9条の会の他にも、「バイバイ原発/国分寺の会」も同じ理由で参加を拒否された。同団体は二十九日に対応を協議するという。
 国分寺まつりは十一月二日、国指定史跡「武蔵国分寺跡」に近い都立武蔵国分寺公園で開催。今年で三十一回目。歴史行列や多数の模擬店があり、例年三、四万人が訪れる。
(東京新聞)

罪悪感が感じられない、エリート朝日

週刊文春の広告を断った。今度は、週刊新潮である。

己の非を難ずる相手を次々と排除していく。

子供の頃、馬鹿の相手をすると自分も馬鹿になると、年上から教えられたものだ。

週刊文春や週刊新潮は、馬鹿の見本である。

真正面からケンカをするのだから、朝日も馬鹿の見本ということになる。

誤報の重大さと深刻さに朝日は鈍感すぎる。罪悪感が感じられない。

広告掲載拒否は、文春や新潮にしてみれば、「まんまと引っかかった」と呵々大笑。

益々火は燃え上がる。

朝日に常識のある社員がいれば、黙って広告を引き受ける。

その内に日本の別のどこかで、巨大なスキャンダルが露見する。「誤報」のページは少なくなる。

どんなに罵詈雑言が広告になっても、身から出たさび、しばらくはグッとこらえる。

待ちも立派な作戦だ。

この程度の知恵さえ出なくなった朝日。

だれかが、廃刊せよと言った。

言わなくても、この調子では、新聞業界の山一になる。

私の一年休刊案は「友情ある説得」である。

私の言うことを信じて、実行すれば、来年の今頃は、敗者復活間違いなし。運が強ければ、ご祝儀購読者も出てくる。

朝日よ、君にはもう友はいない。いるのは、お抱え評論家くらいだ。その評論家さえ、旗色が悪くなれば、さっさと去っていく。

今のままでは、政府の怠慢に対して何も言えない、不正が発覚しても、その企業に何も言えない。

国会証人喚問の回避のために、自民・公明政権に擦り寄るかもしれない。少なくとも、矛の先は鈍くなる。

政治、経済を報じる資格がなくなる。

成れの果ては、スポーツと芸能とスキャンダルの専門紙だ。

週刊文春と週刊新潮の新聞版だ。いい勝負になる。

補:
・ここで言うエリートとは大学で優の数が多い卒業生を指しています。誇りと名誉には無関係です。
・購読解約がでてくのはこれからです。
・社主交代で幕が降りますかね。

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朝日、慰安婦巡り週刊新潮の広告も掲載拒否
読売新聞8月28日(木)14時34分配信

 新潮社(東京都新宿区)は28日、同日発売の「週刊新潮」9月4日号について、朝日新聞社に新聞広告の掲載を拒否されたことを明らかにした。

 新潮社によると、9月4日号には、朝日新聞社が一部記事の誤りを認めた従軍慰安婦報道についての記事が掲載され、広告には「1億国民が報道被害者になった『従軍慰安婦』大誤報!」などの見出しがある。朝日新聞社は26日以降、一部見出しの修正を求めてきたが、新潮社が拒否。27日になって、朝日新聞社が広告を掲載しない方針を伝えてきたという。新潮社は「言語道断の行為」としており、今後、今回の件について批判・検証記事を掲載していく構えを示している。

盲導犬は日本になじまない

盲導犬をいじめる人間が1億3千万の中に10人や20人いても不思議でない。

盲人は犯行を目撃できない。
盲導犬は反抗しない。

それが分かっているから、いじめる。

弱い者いじめの典型的行動である。

官庁でも教職員室でも会社でも教室でも宗教団体でも、自衛隊でも、およそ他人が集まる所ならどこでもいじめは存在する。しかし人対人だから、対等のいじめあいである。対抗できる余地はある。盲導犬は対抗しない。

人間という種が地上に現れて以来、延々と続いている行動である。もちろん未来永劫、続いていく。

盲導犬いじめもなくならない。

だから、私は盲導犬は廃止しなければいけない、代わりに盲導人制度を早く導入せよと訴えているのである。

犬が人の代わりになれる程度のことは、人ができないはずがない。

先ず、失業保険の受給者を盲導人に育成する。ハローワークで1週間も座学と実習を受ければ、免許皆伝間違いなし。

それから、大学生のアルバイトにする。

今の大学生活を見ていると、カネがなければ大学に入れない、入っても授業料(年金納付義務はどうなているのか)のために働かなければならない、そういう学生が、大多数ではないか。

近頃流行りのボランティアを大学生に求めるのは大変悪いことである。

きちんと支払われるべきである。

例えば、1日2万円。

学生は、月に5日で10万円。これなら授業料の足しになるだろう。

盲人一人あたりの年間経費は730万円也。

千人で73億円。1万人で730億円。

国にカネがないですてって。

ご冗談を。

占領軍上納金が1,907億円あるではないか。

私が占領軍上納金と翻訳している正式な呼称
は、「在日米軍駐留経費負担」である。

その内訳は、
特別協定が1,407億円
提供施設の整備が247億円
基地従業員対策等が253億円。

最後の「等」が胡散臭いが、まあいい。

要するに、アメリカ軍が日本に居座っているだけで、日本人の盲人の1万人が犬でなく人に助けられて公道を歩けるということだ。

盲人は人と対話ができる。眼がみえない人にとっての耳の楽しみは、想像をはるかに超えるものであろう。

上納金を半分に減らしても、まだお釣りがくる。

地位協定は戦勝国と敗戦国の間の不平等条約(協定)である。

日本の政治家の誰一人、撤廃に声をあげようとしない。

話しが飛ぶので、止めにするが、とにかく盲導犬制度は即刻廃止すべきである。

答えのでない問題は、問題そのものをなくせばいい。

今は亡き島の賢人の言葉である。

イジメは弱い者が更に弱い者に対してするもの。失業保険受給者や大学生をイジメだけの度胸のある弱い者はいない。


補:
・これまで2回ブログにしています。今回が3回目となります。私に4回目を書かせないでください、担当大臣殿。
・千葉で貸し自転車が戻されない現象が起きているそうです。99.999%の善意の日本人。0.001%の不心得者。統計学的にもこれ以下にないでしょう。その数、13万人。

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<盲導犬>たばこの火押しつけ、顔に落書き…心無いいたずら
毎日新聞 8月27日(水)23時29分配信

腰付近を刺される被害にあった盲導犬「オスカー」=佐藤徳寿さん提供 (写真割愛)

 さいたま市の全盲の男性(61)が連れていた盲導犬が先月、何者かに刺され、けがをする事件があった。全国に11ある盲導犬育成団体の一つの「日本ライトハウス」(大阪市)によると、盲導犬に対する悪質ないたずらは初めてではないという。最近10年間でも顔を蹴られたり、歩行中にしっぽを引っ張られたりしたなどのいたずらが数件報告されている。

【埼玉のオスカー(ラブラドル、9歳)は刺された】

 同ハウスの盲導犬訓練所の赤川芳子所長代理は「十数年前には盲導犬にたばこの火を押しつける場面がある映画の公開後、香川県などで数件まねしたような被害が出た。今回も模倣する人が出るのでは」と懸念する。今回被害に遭ったオスカーを訓練した育成団体「アイメイト協会」(東京都)の関係者も「これまでもたばこの火を押しつけられたり他のペットにかみつかれたりという盲導犬被害は多々あった」と明かす。

 また、福岡県内の女性(43)は2010年4月、地下鉄で移動中に盲導犬の顔にペンで落書きされたことがある。目の辺りが丸く囲まれ、鼻の下には線が書かれていたという。女性は「目が見えないことと、盲導犬がおとなしいことにつけ込まれた。今回の被害男性も私と同じ悔しさを味わったはずで、周囲の人が気づいたら声を上げてほしい」と話した。【垂水友里香、木村敦彦】

なぜおっぱらわない、海自と空自

領海侵犯の外国船を追い払うなんて、マイクで「これはオイラの海だ、出て行け、出て行け」の連呼でできるわけがない。

ソ連が日本漁船にやったように、漁民をダダダダ、漁船は没収、これは有効である。

あるいは、日本が領海と主張している円周にロープを張るか、機雷を設置するか、これの難点は海が広いことだ。

いずれにしても、物理的対応では、この二つ以外に手段はない。

無役と分かりきっていながら、なぜ船を増やす?飛行機を増やす?

売り手が喜ぶからである。

売り手は、ハテだれでしょう。

補:
中国も中国で、ダダダダが日本から来ないことを知っているから侵犯してくるのです。(そもそも侵犯の意識がない。ソ連領海の拿捕とはこの点は違う)
なぜ中国は知っているのでしょう。
日本政府がきちんと中国政府に確約しているからですよ。
「お互いにラッパの吹きっこで軍備拡張に励みましょうね」「了解、了解」

なくていいカネ、尖閣警備費

海上保安庁が、職員の激務と過労に悲鳴をあげて、国に予算を倍額してくれとお願いしている。

報道をよく読むと、人に掛けるカネでなく、軍需産業の儲けのためのカネだ。

防衛省と同じ穴のムジナに劣化していることが読める。

無人島をなぜ24時間体制で見守らなければいけないのか。

寝ている間に、誰かがコッソリ盗むというのか。朝、眼が覚めてみたら、「アリャリャ、尖閣諸島が消えちゃってるよ」、千年先には古典落語だ。

尖閣諸島は、日本にとって便秘の元である。喉につかえた小骨である。

欲しい国があれば、さっさとくれてやればいい。

腸は快調、喉はスッキリ。

相当の治療費を付けてもいい位だ。

断るまでもないが、海保が劣化したのではない、海保に24時間体制を命じる政府が劣化したのである。

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海保、尖閣警備強化へ倍額要求 15年度予算、24時間監視
2014年8月27日 02時00分
 沖縄県・尖閣諸島周辺の領海警備強化のため、海上保安庁が2015年度予算の概算要求に、関係予算として14年度当初の約2倍に当たる504億円を計上する方針を固めたことが26日、海保関係者への取材で分かった。
 新型ジェット機3機と高性能小型巡視船4隻などの導入を盛り込むほか、15年度に尖閣警備の専従チームを完成させるため、大型巡視船10隻の新造や増員、尖閣に近い石垣港の施設整備も急ぐ。
 尖閣周辺では中国公船の領海侵入が頻発し、外国漁船の操業も活発化しており、海保は航空機による24時間の監視体制構築を急ぎ、巡視船の機能を強化する。
(共同)

フォールスタフ・・・シェイクスピアが最も軽蔑した男

フォールスタフほど、陽気で愉快で人懐っこい男はいない。

Honourを徹底的にバカにする独白は、いつ読んでも楽しくなる。憎めない男である。

当時の舞台でも、この場面では、役者は観客からやんやの喝采を浴びたことだろう。

シェイクスピアの偉いところは、観客を喜ばせて、後で冷水を浴びせたことである。

観客は大衆である。大衆はHonour より金銭と快楽を求める。

そういう大衆の総代であるフォールスタフをシェイクスピアは唾棄した。

「ヘンリー四世(第2部)」で足らず、「ヘンリー五世」にまでフォールスタフの惨めな末期を彼の仲間に語らせた。

「ヘンリー五世」はhonour の戯曲である。

フォールスタフに登場されては、舞台が汚れる。

舞台は汚れないが日本が汚れる二つの事例を挙げることにする。

日本、その1.

野々村竜太郎・元兵庫県議(48)は、議員に許されている政務活動費を枠一杯に使った。政治の勉強でもなく、市政の実態調査でもなく、カラ出張、カラ切手に使ったのだ。

彼は、「使い切らないといけないとの考えがあった」と答えていた。

この男にHonour はない。

日本、その2.
都議会のヤジが自民党席から飛んだ。笑って済ませば済むものを、マスコミは得たりとばかり飛びついた。

これは、マスコミの品位の問題だから、ここでは問題にしない。

問題は、ヤジった本人がだんまりを決めていることである。

一人は自首したが、彼一人でなかったことは確かなことだ。

野次った当人は当然のこと、両脇にいた議員も誰が残りかは分かっている。

それでいて、「知らぬ存ぜぬ」だ。

都の自民党本部が、調査を命じた様子はない。一片のHonourでもあれば、除名処分である。

仮に都の自民党本部がなんら処分を講じなければ、国の自民党本部が、都の自民党本部を叱りつけなければいけない。そして、だんまりを決め込んでいる都議を洗い出させ、除名処分を命じなければいけない。

自民党本部がおろそかにしているなら、安倍総理大臣自ら先頭にたって、ハッパをかけなければいけない。

動きはまったくなし。

自民党にHonourはない。

Honourのない政治家は、上に立つべきではない。フォールスタフと一緒に安酒場で、クダを巻いていなければいけない。

シェイクスピアの勝手読みをご披露した次第。

「だまされた」・・・逮捕されてよかった

中国の近代史を高校社会で習った者なら誰でも中国が麻薬に神経をとがらすことを知っている。

この日本の市議、ウソの臭いがプンプンする。

7千3百万円を取り戻してやるとの誘いに応じて、中国まで行く、旅費は向こう持ちでだ。

ここで普通の人間なら「異常」に気がつく。市議を5期努めているということは、5回、当選したということ、その間に何人の後援者に会っているか、何人の地元民に会っているか。

周りから信頼されている人物に違いない。狂人でも変人でもない、普通の人より知能指数は高いかもしれない。

彼は、最初から異常に気がついている。

サンダルを預かったという。サンプルのサンダルなら航空貨物扱いなら1週間と掛からない。

しかも、依頼主でなく届けにきたのは仲介役である。麻薬取引きの典型的なパターンである。

彼は、これも気づいている。

麻薬運搬が中国では死刑が適用されるほどの重罪であることだけが分かっていなかった。弁護士に言われて、青くなった。

そこで、日本国内で有効な手段、すなわち「知りません」で通すことに決めた。

例の「想定外」と同じ感覚である。

明代までの裁判所なら、ワイロで罪を逃れることができた。今の中国の司法がどう判決をするか。

ただし、私はまったく関心がない。

手荷物検査で発覚したことは、大変結構なことだと、中国税関に感謝はしている。万が一、日本の税関を無事に通っていれば、3.3キロの麻薬が日本にばらまかれた。

これは想像であるが、中国から帰国する日本人が麻薬を携帯しているとは、日本の税関は想定しないのではないか。(中国の厳しい処罰を知っているから)

少なくとも、他国からの帰国者のようには検査は細かくないのではないか。無事通過の可能性は大である。

依頼主もそこに目をつけたのである。

「だまされた」

その代償とウソ証言の代償のどちらが重いか、私はこれにも関心がない。

だまされたなら阿呆、ウソ証言ならペテン師。こんなのが市議を5期続けられている地元選挙民がどんな顔をしているのか、こちらの方に関心がある。

補:
・外務省が情状酌量を願えば、日本は中国政府に借りができます。つまらない日本人のために借りは作るべきではありません。
・「涙を流す」市議の間で流行っているのでしょうか。
・故意でなくても、麻薬を日本に持ち込む行動が事実であるだけで、この市議、懲戒免職に相当します。
~~~~~
<中国覚醒剤公判>「だまされた」涙流し訴えた稲沢市議
毎日新聞 8月26日(火)21時23分配信
 【広州(中国広東省)隅俊之】中国広東省の空港で手荷物のスーツケースから覚醒剤が見つかり、麻薬運搬罪で起訴された愛知県稲沢市議、桜木琢磨被告(70)の初公判が26日、広州市中級人民法院(地裁)で開かれ、自称ナイジェリア人から預かるよう頼まれたというスーツケースについて桜木市議は「異常は感じなかった」と述べて無罪を主張した。中身の覚醒剤を認識していたかが争点で、検察側、弁護側双方の質問もそこに集中した。

 「軽率だとは思いませんでした」。傍聴人によると、桜木市議は、広州市内のホテルで初対面という仲介役のマリ人から荷物を預かったことを検察官に問われてこう答えた。受け取りの際に中身がサンダルであることを確認。その後、自分でも再び開けて他の物がないかを確かめたが、不審には思わなかった。約3.3キロの覚醒剤が入ったケースの重さも「異常は感じなかった」と繰り返した。

 桜木市議はこの日、足かせをはめられて入廷。黒色スーツにノーネクタイで無精ヒゲが伸びていたが、顔色は良く、廷内に響き渡る声で「罪は認めません」と無罪を主張した。

 弁護側などによると、桜木市議は十数年前、ナイジェリアを中心に広がった投資詐欺に遭い、多額の損失を出した。数年前からメールでやりとりをするようになった自称ナイジェリア人の男から「(損失分の)70万ドル(約7300万円)を取り戻してやるので必要な書類にサインしてほしい」と誘われて昨年10月に広州に来た。航空券は男が用意した。

 書類にサインした後、男から「日本の妻に商品サンプル入りのスーツケースを渡してほしい」と電話で依頼され、ホテルに現れたマリ人から受け取った。覚醒剤は、帰国のために広州から上海便に搭乗しようとした際、手荷物検査でスーツケースの二重底と中身の女性用サンダルの厚底から見つかった。事件では、マリ人と同居していたギニア人の2人も起訴されたが、男の行方は分かっていない。

 メールや電話だけのやりとりで面識のない男の話を信用したことについて、桜木市議は「4年間も連絡をとってきた。3、4年もするとその人のことは分かってくる」と強調。ナイジェリアの最高裁が桜木市議の詐欺被害を認定したとする書類を男がメールで送ってきたといい、「信用力のある組織の書類に私の名前があれば信用します」と述べ、訪中の正当性を訴えた。

 公判では検察官からの厳しい質問に「その質問を待っていました」と述べて反論し、余裕を見せる場面もあった。「5年も議員を務め、社会経験もあるのになぜ」と検察官に聞かれると「(5年ではなく)5期です。18年も議員を務めています」と反論した。空港で覚醒剤が見つかった場面に話が及ぶと、「だまされたのだと思いました」と当時を振り返り、涙を流した。

 公判は27日に証拠調べや証人尋問が行われ結審する見通しだが、通訳に時間がかかり28日も続く可能性がある。判決は通常は3カ月以内に言い渡される。

眼光紙背に徹す

旺文社の英和中辞典が最近、やけに読みにくくなった。

しばらく考えてわかったことは、裏側の文字がにじむように浮かんでいるのだ。

初めての経験で、何と表現したらいいのか、分からない。

英詩百選の時からこの辞書は千回は開いてきた。

千回を超える私の眼光で、紙が薄くなったのだろうか。

1989年の机上版は持っている。マークやアンダーラインが気になって、この通常版を求めた。重さといい、大きさといい、柔らかさといい、非常に使いやすい辞書である。

それが見辛くなった。

お蔵から机上版を引っ張りだして、試しに使ってみた。裏のページのにじみはほとんど気にならない。活字もルーペなしで読める。しかし、開くまでが携帯版と比べ、格段に劣る。

私には中辞典はどれも大差ない。納得できなければ、研究社の新英和大辞典がある、SODがある。

中古の紙辞書はタダ同然の安さで美本が手に入る。

白内障も進行しているし、歳も歳だから、あと何年辞書が引けるかわからない。

どうせならきれいな辞書を使いたい。

中型辞書を、また買ってみようか。裏ページのにじみあれば、また次を買おう。いつかは望み通りの辞書に会うだろう。

待て待て、この旺文社版も最初は読みやすかった。私の眼光で透けてきたのだ。

買い替えても、数ヶ月で、同じ症状が発生するのではなかろうか。

どうしたらいいものか、悩んでいる。

補:
・中辞典であればこそ、LかMで区切って、2分冊にすべきです。紙の厚さを倍にできます。私の眼光に負けない丈夫な辞書になります。
crepitateなら前巻、spheroidalなら後巻、慣れれば、無意識に左手が選びます。
どこの出版社が最初に手掛けるでしょうか。
それまで宵待草になりますか。
・「眼光紙背に徹す」があったので使いました。
・辞書は最初から同じ状態で、私の方に変化があったためかもしれません。

写真
(ほとんど開いていない古語辞典と比べれば、読みにくさは歴然としています)
20140826英和

20140826古語

分かっていながら、なぜやらぬ?

土砂災害は例年発生し、これからも増え続ける。

地球が人間によって健康を害されているのだから、発熱・悪寒は地球の自己防衛である。

1年前、今度の広島災害を予測した役人が何人いただろう。

集中豪雨はいつ来るか分からない、来るか来ないかも分からない。

「来れば大変なことになる」と考えるが、これを測とは言わない。

しかし、広島を日本に置き換えたら、中学生でも日本災害は予測する。

当然、大人の役人も予測する。災害担当部署の役人は、中学生ではない、予測を超えて確信する。

災害が来ることを確信していながら、対策を講じようとしない。

職務怠慢である。

避難訓練や被災地の首相参観はお茶を濁す類である。

一時避難場所の公民館や体育館の様子をテレビでほとんどの日本人は知っている。

テレビからは、いびきは聞こえない、乳幼児の泣き声も聞こえない、異臭も漂ってこない、寒い時期の夜冷えは感じない、暑い時の寝苦しさも感じない。

3.11の時、私の島の住民も公民館に一斉避難した。

現場をこの目で見た私は、ここで一晩過ごす位なら、自分の家で、モモ(犬)、リッキー(猫)それとメリ―(山羊)と一緒に死んだ方がましと確信した。

あれは、ヒトではない、モノ扱いである。

日本人の我慢強さに呆れるばかりである。

私は我慢できない。

災害が起きる度に、仮設住宅を建てる。災害が発生した1時間後には、避難民全員が全員収容できる戸数が建てば結構だが、そんな話しは一度としてなかった。

既存の体育館や公民館でお茶を濁してきた。

私はこの「お茶濁し」に我慢ができないのだ。

くどいが、日本のどこかで必ず土砂災害、河川氾濫は発生する。それは、日本人の犠牲に直結している。

無人島の確保と比べようのない重さである。それなのに、無人島にはカネをかけて、人命にはカネを惜しむ。

安倍内閣ばかりではない、歴代政権が当たり前のように続けてきたのである。

1県に避難用住宅(仮設ではない、耐用年数20以上の本格的家屋である)を毎年200戸建てる。

1戸300万として、6億円である。

都道府県全部で300億円か。

次期戦闘機(F―35A)の取得が4機693億円。(アメリカがウハウハ)

これだけで、2年分、各県400戸が建つ。

まだある。

次期戦闘機の取得693億円にはオマケが付いている。

国内企業参画に別途560億円。(死の産業がウハウハ)

教育関連経費に別途374億円。(ご指名機材業者がウハウハ)

別途の方は、さすがに気が引けるのか、小文字になっている。

まだある。

三沢配置に27億円。

もう計算するのがアホらしくなるほど、日本にはカネが余っているのである。

紙飛行機でも飛ばして、この千億円を災害避難常設住宅に回せば、日本全体で3万戸がはわずか1年で用意できる。

建築作業員に不足はない。自衛隊員に働いてもらえばいいのだ。高級優遇でも、有為のカネである、惜しまない。

戦闘機同士の空中戦は、あり得ない。ある時は全面戦争で、これがあった後は、元も子もない、日本滅亡である。

結果が分かっていながら、空中戦をするバカはいない、安部首相だって、それほどバカではない。彼は、口を酸っぱくして、「戦争は起きません」と国会で繰り返しているのは、バカでない証拠だ。(戦争が起きると思う方がおかしい)

戦闘機に千億円をかけるのは、ウハウハ組のためである。

今年は半分を過ぎた。しかし、台風シーズンが待っている。また日本のどこかで犠牲者が出る、避難民が出る。

その度に、地方行政は慌てふためく。首相は休暇を返上して慰問に駆けつける。

これまで繰り返され、これからも繰り返される年中行事である。

首相の往復旅費で済むのだから、安いものだ。

日本人の命の軽さにふさわしい安さである。

いい加減にしてくれ。

補:
・我が国の防衛と予算(防衛省)平成26年度
・計算に間違いがあったら乞う御免。言いたいのは防衛予算を防災に回せば、亡くさなくてもいい命が亡くならないことです。

~~~~~

<広島土砂災害>広島市、仮設住宅建設へ 避難の長期化必至
毎日新聞 8月25日(月)7時0分配信

「土砂が流入した住宅で、土のうに土砂を詰める出す人たち。この民家には親戚やボランティアら約20人が後片付けに駆けつけた=広島市安佐北区で2014年8月24日午前11時26分、小川昌宏撮影 (写真割愛)」
 広島市北部で20日発生した大規模な土砂災害で、広島市は24日までに、被災地周辺に応急仮設住宅を建設する方針を固めた。既に市営や広島県営などの公営住宅を無償提供する方針を決めているが、すぐに用意できる公営住宅は少なく、家を離れて遠方に転居するのが難しい人も多いと判断した。被災地に出された避難勧告は多くの場所で解除されておらず、約1700人が避難中。避難所生活は長期化の様相を見せている。市は各避難所などで被災者の要望をとりまとめた上で早期の着工を目指す。

戦争月間・・・女子供は戦争で死なない

女子供は戦争で死なない、兵器で死ぬ。

源平合戦は国内の戦争である。兵(つわもの)が陸と海の戦場で、名乗りをあげて、刀と槍で戦う。弓もあった。

関ヶ原の戦いでは、陸の戦場で兵隊が集団で戦った。

兵の行列がやって来れば、民百姓は、裏山に逃げ隠れ、戦さが終わるのを待っていた。

たとえ逃げ遅れた女・子供がいても、兵は、相手にしない、するゆとりなどないのだ。そんな呑気をやっていては、敵に殺される。

死ぬのは兵と馬(あわれな動物よ)である。

シェイクスピアのヘンリー五世。

彼がフランスで出張戦争をしても、イギリス兵とフランス兵の戦場での戦いで決着がついた。

ここでも、女・子供は死んでいない。

今、ガザで一般市民が死んでいる。聞けば、ミサイルやロケット砲の応酬らしい。

パレスチナ兵とイスラエル兵が、戦争をしているのではない。兵器対兵器の飛ばしっこで殺戮を繰り返しているのだ。

地上戦でも、兵器対兵器の構造は変わらない。刀と槍と弓で、家屋や橋梁は破壊されない。女・子供は巻き添えで死なない。

迫撃砲、戦車、爆弾投下、等々、兵器が殺すのである。

何かというと、「戦争反対」。

戦争は中国の春秋時代から人間の業として、絶えることはなかった。数千年の実証済事実をこれからも生じる事実として認めることだ。

その戦争反対エネルギーを兵器廃絶運動に使わなければならない。

わずかな可能性であっても、ゼロではない。

「飛び道具、卑怯なり」

実践した国が歴史に記されているではないか。

補:
・「業」としたのは、戦争そのものを語るのが面倒になったからです。以前、ブログにもしましたし。
・女・子供に老人を加えなかったのは、私が老人だからです。

大きなお世話だ、カストリ産経

このニュースを読んで、呆れない日本人は多分いないだろう。

韓国の大統領が沈没事件の発生した日に、旧友と会っていたと日本の新聞記者が書いて、それが本当かどうか韓国で裁判が行われるというのだ。

産経側は守秘を通すかもしれないし、韓国裁判所は証人喚問をするかもしれない。

旧友と会っていたのか否かが争われる。

ナンセンスと思わないか。

本当かどうかなど、他国の大統領のこと、どうでもいいではないか。

全く余計なお世話で、これがお世話で収まればいいが、産経はこれをネタにまた反韓国感情を日本人に焚きつける。

もともとその意図で、記事を書いたのだから、そうなれば願ったり叶ったりである。

他国のアラ探しは、言論・表現の自由の濫用である。

自国の首相の怠慢を記事にするのは、記事にした新聞の品を落とすだけだからまだ許せる。

わざわざ外国に出向いて、その国のトップの怠慢(産経の見方で)を記事にするのは、無礼である。古来礼儀の正しさが美徳とされてきた日本の恥である。

産経新聞はカストリ新聞である。

補:
・首相の怠慢は、広島災害時の休暇ゴルフのことです。私は怠慢とはいいません。
・支局長は産経社内の英雄でしょうね。昇格・昇進はこれで確定しましたか。(あるいは懲戒免職かもしれません。これなら産経を謝罪と共に見直します)
・韓国の裁判所が、会った、会わないの争点で納めてくれれば、感謝感激です。
・会った相手を男性と書く品の悪さ。文春、新潮週刊誌に負けていません。
・日本人の犠牲者が一人でもいたなら、また話しは別です。いましたか、支局長さん。

~~~~~

産経支局長、起訴の方針か=大統領への名誉毀損で―韓国紙報道
時事通信 8月26日(火)11時13分配信
 【ソウル時事】26日付の韓国紙・中央日報は、産経新聞ソウル支局の加藤達也支局長(48)が朴槿恵大統領の名誉を毀損(きそん)した疑いでソウル中央地検の事情聴取を受けた問題で、地検が刑法の名誉毀損罪で起訴する方針を固めたと報じた。
 問題となった8月3日にホームページに掲載された記事は、韓国紙・朝鮮日報や証券業界の情報誌を引用し、客船「セウォル号」沈没事故が起きた4月16日、朴大統領が元側近の男性と会っていたなどのうわさを紹介した。
 中央日報によると、地検は15日に元側近を参考人聴取。元側近の供述や事故当日の大統領府の出入り記録から、朴大統領と元側近が会っていた事実はないと確認した。
 地検は18日と20日に加藤支局長から事情聴取。近くもう1度聴取し、朴大統領の疑惑を報じた客観的根拠があるかどうかをさらに調べるという。 

戦争月間・・・なぜ私が遠い戦争にこだわるか

侵略戦争の非を正義の戦争とか、戦争だから仕方がないとか、都合にいいように捻じ曲げる同胞日本人を恥としているためだけではない。

私個人の問題でもあるからだ。

都市の空襲と原爆がなければ,昭和20年8月15日はなかった。

ウソと保身で固めた政府、ウソを丸投げする日本放送協会、ウソを垂れ流す新聞。

負けるはずがない戦争だから、日本政府が停戦を敵国に申し出ることはない。

いつの日にか、必ず勝つ。それまでの辛抱だ。

そうしているうちに、鬼畜英米の兵隊が主要な沿岸都市に上陸し進行(政府は侵攻と言わない)すべての日本人は、立ち向かう。竹槍で・・・

戦争はどちらかが降参しないかぎり続く。日本は降参しない。

しない限り、日本人は死んでいく。最後の一人が反抗すれば、その最後の一人も相手は殺す。

原爆や焼夷弾がなければ、機関銃と手榴弾と戦車だ。掃討作戦は長い時間が掛かる。

あれから20年で日本民族が地上から消えて、戦争が終わったとする。

私は最後の一人になる前に死んでいるが、仮に最後の一人であっても24歳の命だ。

僻地とはいえ曲がりなりにも東京都在住の私は、たぶん昭和22年には、家族と共に死んでいたろう。6歳の命だ。

それが、今、73歳。73引く6は67。この67は、原爆と焼夷弾によるものであることは間違いない。誰が何と言おうが間違いない。

戦争は原爆があったから終わった。まるでお陰と言わんばかりで何事かと、非難され、辞職した大臣がいた。非難される筋合いではなかった。

お陰といえば、語弊があるが、戦争は焼夷弾と原爆で終わったのである。なければ、続行していたのである。

私は、あと何回8月を迎えることができるか分からない。

迎える限り、ウソをついた政府と、ウソを流した時のNHKと、ウソを流した時の新聞をブログに載せる。

戦争が終わった8月15日があるから、私が生きているのだ。

補:
原爆、焼夷弾なんのその。最後の一人まで戦う意志が当時の国民にありました。ですから、正しくは、昭和天皇のご英断が、私の命の元というべきでしょう。このブログに立ち寄ったあなたの命もですよ。(若い人でしたら産まれてきていません)

期限切れ、Welcome!

私は大の甘党。

以前はあずき缶を買っていたが、今は、豆を買って、自分で作る。圧力鍋は重宝する。

島の人の間でも、知る人ぞ知る。

お盆が過ぎると、仏壇だか神棚だかのお供え物がどっと、下りてくる。

私が移住する前は、カラスにやっていたそうだが、どうせやるならまともな日本人に、というわけで、この時期になると、軽トラに積んで届けられる。

Welcome!

春の彼岸のお供えがお盆にも使われ、御役目御免となった物も多い。

賞味期限切れもあるが、まったく気にならない。

甘い物は甘い。

それでいいのだ。

補:
・賞味期限のいい加減さに呆れます。私は自分の目と鼻と舌しか信じません。
・期限切れを守ったら、島では大量のゴミが出ますね。もったいない。
・モモがいた頃は、恨めしそうな顔を見るのが辛かったです。モモも大の甘党でした。
・写真以外は、フィクションです。

20140822賞味期限切れ

竹林、必ずしも安全にあらず

私の家は傾斜面の竹と雑木の林の中の一軒家である。

林が林に住んでいるとダジャレを飛ばすのは小学校1年まで、今は、漢詩の中の風流と褒めてくれる仲間ばかりである。

引っ越してきた時、300坪の敷地のうち200坪が竹林であった。

若かったので、全部自力で倒した。その後に、業者に頼んで根っこを根こそぎ掘り起こして貰った。

竹は根がネットになっていて、どんなに多くの竹が生えていても、根は一緒である。

自民と民主のようなものだ。

そのネットは地下に根ざすような根はひとつもない。ネットそのままである。

宙に浮いたセイフティネットのようなものだ。

ネットの深さは20センチもない。

豪雨が続いて、地盤がゆるめば、ネットそのままスライドする危険がある。

これまでの18年、毎年のように1回か2回、豪雨に見舞われた。

去年は沢が土砂で埋まった。

10年以上前だったが、市道に続く道が崩れて、車が通れなくなった。

その後も、台所の床収納ボックスが、流れこんできた大量の水で浮き上がったこともあった。

それでも、家は流されず、従って私も生きている。

私の家が土砂で埋まらないのは、傾斜がゆるい事と竹の中に大きな常緑樹が混じっているためである。

これが分かっているので、どんなに雨が降っても、雨漏り以外に心配はしない。

竹林は安全であるとは限らない。

役所が安全と言っていても、信じてはいけない。

自分の目で確かめることだ。自分の目に自信がなければ、専門家に見てもらうことだ。

タダだからと言って、役場の担当部署に頼んではいけない。

添付記事のように後悔する。

補:
「足りない部分があったかもしれない」よく言うよ。あったから犠牲者が出たんじゃないの。

~~~~~

「安全と信じていたのに」=避難先で犠牲の住民も―集会所に土石流直撃・広島
時事通信8月23日(土)4時51分配信
 広島市で20日未明に発生した土砂災害では、安全と信じて避難した地元集会所が土石流にのまれ、犠牲となった住民もいた。この集会所は、広島県のホームページに「避難所・避難場所」として掲載されていたが、実際は避難場所の「候補施設」に過ぎず、土砂災害時の避難には適していなかったという。
 同市安佐北区可部町の無職中川喜代子さん(86)は20日午前4時ごろ、息子(68)とともに自宅近くの「山田自治会集会所」へ避難した。親族によると、息子が近所に避難を呼び掛けている間、中川さんが集会所の外階段に腰掛けていたところ、突然裏山から土石流が押し寄せてきたという。
 木造平屋建ての集会所は跡形もなく押しつぶされ、中川さんは翌日遺体で見つかった。親族の男性(46)は「元気なおばあちゃんだった。集会所の裏には竹林もあるので安全だと信じていたが、こんなことになるとは」と声を詰まらせた。
 市によると、この集会所は高潮や洪水の際に避難できる「避難場所候補施設」に当たり、土砂災害や地震時の緊急避難には原則として利用できないことになっていた。しかし、県危機管理課が運営する「広島県防災Web」では「避難所・避難場所」としてひとまとめに紹介されていた。
 同課は「サイトの避難所情報は各市の担当者が入力したもの」とした上で、「市民になるべく多くの避難所を周知したいという目的だったのではないか」と説明。広島市消防局の担当者は「緊急時にどこに避難すべきなのか、周知の方法に足りない部分があったかもしれない」と話した。 

戦争月間・・・なぜ私が遠い戦争にこだわるのか

侵略戦争の非を正義の戦争とか、戦争だから仕方がないとか、都合のいいように捻じ曲げる同胞日本人を恥としているためだけではない。

私個人の問題でもあるからだ。

2個の原爆と主要都市の空襲がなければ昭和20年8月15日はなかった。

ウソと保身で固めた政府、ウソを丸投げする日本放送協会、ウソを垂れ流す新聞。

負けるはずがない戦争だから、日本政府が停戦を敵国に申し出ることはない。

いつの日にか、必ず勝つ。それまでの辛抱だ。

そうしているうちに、鬼畜英米の兵隊が主要な沿岸都市に上陸し侵攻する。

すべての日本人は、立ち向かう。竹槍で・・・

戦争は相手が降参しないかぎり続く。日本は降参しない。

しない限り、日本人は死んでいく。最後の一人が反抗すれば、その最後の一人も相手は殺す。

原爆や焼夷弾がなければ、機関銃と手榴弾と戦車だ。長い時間が掛かる。

あれから20年で日本民族が地上から消えて、戦争が終わったとする。

私は最後の一人になる前に死んでいるが、仮に最後の一人であっても24歳の命だ。

僻地とはいえ東京都在住の私は、たぶん昭和22年には、家族と共に死んでいたろう。6歳の命だ。

それが、今、73歳。73引く6は67。この67は、原爆と焼夷弾によるものであることは間違いない。誰が何と言おうが間違いない。

戦争は原爆があったから終わった。まるでお陰と言わんばかりで何事かと、非難され、辞職した大臣がいた。辞職する必要はなかった。正々堂々とマスコミに立ち向かえばよかったのだ。

お陰といえば、語弊があるが、戦争は焼夷弾と原爆で終わったのである。なければ、続行していたのである。

ウソをついた時の政府、ウソを流した時のNHK、そしてウソを流した新聞。

私は、あと何回8月を迎えることができるか分からないが、かれらが自己反省しない限り、8月は私の戦争月間である。

「漱」と「嗽」

ロビンソン・クルーソーの単語カードを後追いで作成している。

英語の単語カードは、たぶん誰でも皆同じだと思うが、意味が裏に書かれる。発音まで書く受験生はまずいない。あっても、せいぜい、気をつけなければいけないアクセントだろう。

私の中国語単語カードは、発音だけである。日本語をひと通り習ったお陰で、読めない漢字でもほとんどの場合意味だけは分かる。

単語だけ独立して読むことはない、すべて文章の中にある漢字だ。前後の文脈から推測できることも多い。

だから発音だけが裏に書かれている。昔覚えた単語でも、発音はすでに忘却の彼方に去っているのだ。

この文章の「嗽口」も「口を漱ぐ」意味であることはひと目でわかった。

そこで「嗽」を引く。

講談社:souの第4声。目に入ったのが意味の所。「咳をする」があるだけで、「口を漱ぐ」がない。

講談社の語彙が少ないのは分かっているので、驚かない。

中日大辞典を引く。やはり、咳だけ。

現代漢語を引く。「咳嗽」だけ。

ついでに、香坂版も引いてみた。やはり咳だけ。

翻訳者がたまに間違えることは知っている。「
漱」(shuの4声)と間違えた可能性もある。

そこで、久しぶりに漢和を取り出した。

諸橋、大修館の新漢和と漢語新、旺文社、全部に咳と並んで「すすぐ」があった。

翻訳者は間違った使い方をしていない。

現代漢語詞典は中国の発行だから、とやかく言わないが、日本の中国語辞典は、しっかりカバーすべきである。

今が「漱」であっても、辞書は(古)、(旧)あるいは(廃)として載せていなければならない。

そうでないものだから、この問題のために私は1時間近くを費やした。

中国語には漢和が不可欠であるという持論を再確認できたことに満足して、時間を無駄にしたとは感じない。


我本来就有一只专门煮肉的罐子,就把一部分肉放到里面煮起来,做成了鲜美的羊肉汤。我先吃了一点,然后也给了点他吃。他吃了之后,感到非常高兴,并表示很喜欢吃。但最使他感到奇怪的是,他看到我在肉和肉汤里放盐。他向我做手势,表示盐不好吃。他把一点盐放在嘴里,做出作呕的样子,呸呸地吐了一阵子,又赶紧用清水嗽了嗽口。我也拿了一块没有放盐的肉放在嘴里,也假装呸呸地吐了一阵子,表示没有盐肉就吃不下去,正像他有盐吃不下去一样。但这没有用。他就是不喜欢在肉里或汤里放盐。过了很长一段时间之后,他也只是放很少一点盐。

and having a pot fit for that purpose, I boiled or
stewed some of the flesh, and made
some very good broth. After I had begun to eat
some I gave some to my man, who seemed
very glad of it, and liked it very well; but
that which was strangest to him was to see
me eat salt with it. He made a sign to me
that the salt was not good to eat; and putting a
little into his own mouth, he seemed to
nauseate it, and would spit and sputter at it,
washing his mouth with fresh water after it: on
the other hand, I took some meat into my
mouth without salt, and I pretended to spit and
sputter for want of salt, as much as he had
done at the salt; but it would not do; he would
never care for salt with meat or in his broth;
at least, not for a great while, and then but
a very little.


補:
そういえば、夏目漱石は「漱」でした。

広島の土砂災害は人災である

大きな事故や災害が起きる度に、その責任者は、「想定外でした」と言い逃れをする。

想定していなかったことが災害を惹き起こしたくせに、これで被害者を納得させようとする。

被害者も、想定外なら仕方がないかと、半分諦める。

FUKUSHIMA原発事故では、関係官庁の責任者も東電の責任者も御用学者も、「想定外」を連発した。

私は「想定外」を濫用する輩に対抗して、「すべての天災は人災である」と決めつける。

広島で49人が亡くなられた。土砂に埋まって窒息死したのか圧死したのか、その苦しみがどんなものか、一度プールに行っ1分間沈んでみるといい。

従来、そして現在も土砂災害は想定外の大雨による天災とされている。

異常気象が通常気象になった今、集中豪雨が発生するのは気象庁の役人でなくても、地学の学者でなくても、分かる。

広島の現場は、一目見れば、豪雨による土砂災害の危険性は想定できたはずだ。

県や市の役人が知らないわけがない。

知っていながら、防御できなかった。

詰め寄られれば、答えはいつも同じ。

「予算がありませんでした」

県や市の予算がないことは、納得できる。だが、国土保全に国の予算を使わない手はない。

国はカネがダブダブあるのである。

潜水艦 1隻 513億円

広島のこの場所に513億全額とは言わない、せめて10億円でも防御壁なり何なり専門家の知恵で予防措置をしていれば、49名の命は失われなかった。

現有の潜水艦は16隻。これでもまだ不足で、カネをよこせというのだから、国にカネはダブダブあると私は見ているのだ。

土砂で埋まった土地は、復旧工事がなされるだろう。それはタダではない。

災害が起きれば、どのみちカネは掛かるのだ。

「起きない」とういう想定は、もはや通用しない。復旧工事に掛かるカネを前もって予防に使う方が余程賢い。

復旧作業は救助活動と一体だ。作業員の疲労と焦燥は思って余りある。

予防であれば、作業工程に大きな支障が起きない限り、雨が降れば一日延ばすこともできるだろう。

作業員にストレスはない。

繰り返す、潜水艦1隻が513億円也。

10億円の災害予防工事なら51地点が対象になる。

1億円の小規模工事であれば、513箇所だ。

護衛艦 1隻 733億円。

10億円で73箇所。

1億円で733箇所。

広島の49名の命は戻らない。

私は後出しが大嫌いだ。だから、これからのことのために言う。

土砂災害は広島で終わらない。オモチャの潜水艦や護衛艦を追加しなければ、千2百億円の予算が災害対策に回せる。

死ななくてもいい日本人あるいは在日外国人が一人でも死から逃れることができれば、千2百億円はドブに捨てたことにはならない。

去年か、今年の初めか、私が眠っていた間に、八丈島か大島か、東京都の島で、大勢の犠牲者が出たそうだ。

地震でなく集中豪雨だったとは聞いている。

例によって、自衛隊の出動があったろう。私は3.11で救助活動をする自衛隊員の滅私奉公振りに頭を下げた。

同じような姿勢で救助に当たったにちがいない。

しなくてもいい苦労である。

一々オモチャを挙げるのは面倒だ。

平成26年度防衛予算概算要求4兆8千億円。

10億円の防災工事が幾つできるか。

4千8百か所である。

1億円なら、4万8千か所である。1県平均1000か所。

しかも、戦争ごっことちがって、年々防災完了箇所が増えていく。

10年経てば、1県で1万か所だ。

体力なら並の工事作業員に負けない自衛隊員が陸上15万9千人、海上4万5千人、航空4万7千、眠れる獅子である。

人手不足の危惧は皆無である。

やればできる。やらないから命が失われる。

天災は人災である。

補:
他国との戦闘で一人の自衛官も失われてこなかったこの30年。その間に何人の市民が「人災」で命を失ったことか。恐ろしい数字を私は調べる勇気はもはやありません。(以前はありました。ブログにしました)

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土砂災害 二次災害のおそれで捜索中断
(NHK8月24日7時33分)

広島市の土砂災害は、発生から24日で5日目となります。
警察と消防、自衛隊による捜索は現場付近で降り始めた雨のため二次災害のおそれがあるとして、現在中断されており、天候を見極めたうえで再開される見通しです。
警察によりますと、広島市の土砂災害でこれまでに死亡が確認されたのは49人、行方不明のおそれがあるのは41人となっています。
警察と消防、自衛隊による行方不明者の捜索は23日夜から24日にかけておよそ1300人の態勢で続けられ、大きな被害を受けた広島市安佐南区の八木地区では、現場を投光機で照らしながら手作業で土砂を取り除いたり、捜索を阻む大きな岩や木を重機で移動させたりしていました。
その後、現場付近では雨が降り始め捜索は、二次災害のおそれがあるとして、午前3時20分からいったん中断されており、天候を見極めたうえで再開される見通しです。
24日日中の捜索の態勢は、23日とほぼ同じおよそ3000人になるということです。
一方、今回の土砂災害で被害が出た広島市の安佐南区と安佐北区では合わせて13の避難所で依然、1600人余りが避難生活を続けています。

私の夏休み

白浜海岸。

空にはうっすらと秋の雲。

水は泳ぐには少しぬるすぎる。

仰向けになって浮く(うつ伏せなら土左衛門だよ)。

完全なる脱力である。

頭の中は空っぽ(昔は脳細胞が高密度のため頭が沈んだものだ)。

気分がいいので記念に海水浴客に撮ってもらった。

今、夜9時半。

秋の虫の声がはっきり聞こえる。

熱いジャスミン茶を飲む。

いい香りだ。

この時期になると必ず口から出る。

「生きているとはこのことか」

20140823白浜海岸午後2時

中国語・・・変な出題

砂糖と塩を間違えた料理を、客から「この味、変だね」と言われた。

「あらまあ、塩と砂糖を間違えたんだわ」

こんな会話が試験問題にでたのに呆れたとブログに書いた。入試センターだったと思う。

今度は、中国(HSK)の呆れた問題である。

甲:「今、何時ですか」
乙:「4時20分です。でも、私の時計は5分遅れています」

問う、「今、なんどきなりや?」

正解は4時25分となっている。

おかしいと思わないか。

人に聞かれて、腕時計の針を見る。短針が4と5の間、長針が20を指している。

聞かれた当人は自分の時計が5分遅れているのが分かっている。針を見て、4時25分と答えるに決まっている。

だれが、小学校レベルの20+5を、聞いてきた相手に問題を出すか。

甲:「え~と。それでは4時25分ということでしょうか」
乙:「ピンポ~ン」

または、

甲:「お前、アホか」
乙:「いえ、中国語の試験官です」

言葉の上だけで物事を処理するからこうなる。

砂糖と塩、5分遅れ、いずれもれっきとした中国語専門家の出題であろう。

机上の専門家というものの象徴である。

多数の受験生が、私と同様呆れたことだろう。そして、バカバカしくても、4時25分に○をつけたことだろう。

補:
・一事が万事、専門家の非常識的底抜けに用心しましょう。
・針を若干進ませて、余裕をみる人はいます。しかし、遅らせる人を私は知りません。電車、汽車、飛行機、連絡船、役場、銀行、1分遅れても手遅れ足遅れ。
・腕時計を5分も遅れたままにしておく人も知りません。
・今の時計で5分遅れるまで、何十年かかるでしょう。
・試験官をまず試験せよ、これは私の持論です。くだらない試験問題にさんざん苦しめられた私恨もないとは言いません。

戦争月間・・・玉音の解釈

昭和天皇は戦争の実態を知らなかった。

政府がウソを報告していた。

政府の誰一人、「勝負あった!」と言わなかった。言えば、暗殺、命が惜しい。

大東亜共栄圏は本気で考えていた。朝鮮と中国も賛成しているものと思っていた。

そうでないことは知らされていなかった。ごく一部の反対者が朝鮮、中国にいて、その排除のための戦争と確信していた。

周囲の誰一人、耳に逆らう事実を上奏しなかった。土匪か馬賊の反抗と上奏していた。「朝飯前に平らげます」と添えたことだろう。

臣民の声は新聞で知っている。新聞に焚きつけられた民衆は戦争大賛成一色である。

好戦記事満載の新聞が土匪・馬賊説を裏付けた。

裸の王様であったことに気がついたのは愛国日本人によるものではなかった。鬼畜とバカにしていた敵の英米に教えられた。

玉音は恨み節である。誰に対する恨み節か。

東條以下東京裁判でA級戦犯と指名されたウソ付き連中である。

A級戦犯が合祀されて以降、靖国神社に一度も英霊を見舞わなかった事実が証明している。

以前このブログで、戦争を始めるのは誰でもできる、矛を収める決断は真の勇者しかできない、と書いた気がする。

昭和天皇は勇者である。

玉音は、わずか4分か5分。来年からは8月15日の黙祷の代わりに玉音を流すことだ。

広島、長崎の原爆の日にも、黙祷はいらない。玉音を流す。列席の総理大臣にとくと聞かせるためである。

以上が私の解釈である。

補:
政治を決める主人公に政府官僚がウソをついたり、隠したりするは、今も変わりありません。当時は天皇、今は選挙民。

やるなら止めるな、中国語

すぐに使える中国語。
聞くだけで上達する中国語。
速習中国語。
やめてもともと中国語(これはなかった)

オークションを開くと、中国語の参考書のなんと多いことよ。

初級は、選り取り見取り、しかもタダ同然の価格である。

恩師長谷川寛先生の参考書がオークションに出ていた。とっくに読んで処分しているが、懐かしく思って落札した。

50年前の参考書である。

今の参考書がどういうものか、興味が湧いて、10冊ほど入手した。いずれも定価の2割かそこらで買えた。

HSK以外は、ほとんど同じシチュエーションでの会話である。

・自己紹介
・教室と学友
・夏休みの旅行
・郵便局で
・銀行で
・空港で
・食堂で
・病院で


これでは学習者の意欲が失われる。なぜなら、来日した中国人相手は当然のこと、中国でも英語で十分カバーできるからである。

今の英語は世界共通語である。

外国人と接する機会がある中国人は、この程度の英語ができないはずがない。

私は、1年や2年で中国語を止める位なら、最初からやらない方がいいと勧める。

もう少し強く言えば、中国文学を原語で楽しむ目的でなく、ビジネスや観光のためでも、やらない方がいい。

昔と違って、中国のビジネス相手は流暢な英語を話す。流暢な中国語ならともかく、たどたどしい中国語は歓迎されない。

病気にならなければ、病院の会話は活きない。今どき英語の通じない病院があるとは思えない。

銀行で兌換するのに中国語が必要であるのは、僻地のそのまた僻地の銀行だ。中国語は中国語でもひどい訛りの方言で応対される。北京人でも通訳が必要な方言のなかで日本人が銀行に行かなければならないシチュエーションがあろうはずがない。

要するに、日常会話レベルは英語で十分ということである。

「食堂で」、「病院で」、「銀行で」、こういう無味乾燥かつ青春無駄遣いの訓練は英語だけで沢山だ。

ちょっとやってみよう。

やっぱり面白く無い(参考書の著者の責任でもある)。止めにしましょう。

50年後。

中級程度で止めていれば、何もやっていないようなものだ。

60過ぎになって、まだ「空港で」、「郵便局で」はあまりにも可哀想。

私は今、シェイクスピアの戯曲を中国語で楽しんでいる。漢詩を原語の発音で鑑賞している。ロビンソン・クルーソーやガリバー旅行記の中国語訳を読んでいる。

これができるのは、一時期、本格的に勉強したからだ。

やるなら止めるな。いっそ、最初からやるな。

話す中国語を勉強する時間があったら、話す英語に回すことだ。

中国語に限らないと思うが中途半端な英語以外の外国語はまったく時間の無駄である。

補:
・楽器はいいですね。若い頃に少しでも習った楽器は、50年後、立派な趣味となります。基礎ができているからでしょう。
今更遅い私の尺八。
・長谷川先生の参考書は密度が高い。常々、語彙が命だと説かれていた。今の参考書は卡拉OKが単語になっています。世も末ですよ。
・サプリの宣伝のようなタイトルの参考書、テキスト。羊頭狗肉かと疑います。
・もちろん、翻訳家、通訳を目指す奇特な若者は別途考慮です。

休暇はしっかり取ってもらろう

よく遊びよく学べ。

これは子供に限ったことではない。

大人は学ぶ代わりに働くである。

普段が忙しければ忙しいほど、休みを取らなければいけない。

働くばかりで休みを取らなければ、遊ばないで勉強ばかりしている子供と同じで、頭の活動に問題を生じる。

日本で最も忙しい職業といえば、総理大臣であろう。それならなおのこと、休暇ぐらい、自分の好きに過ごさせればいい。

今日のネットで、安倍首相が休暇をとっていて、広島の災害でその休暇が中断されたことを知った。

災害は起きる。首相の休暇を避けて災害を起こすような神様はいない。

休暇中に起きた災害で一国のトップが休暇を返上するとはいかにもケチくさい。

どこの会社の社長が、事ある毎に、休暇を返上して会社に駆けつけるか。そんな会社があるとすれば、零細企業かワンマン企業である。

しっかりした大会社は、担当部署がそこの長の指揮下でしっかり対処する。そもそも一々社長が口を挟むような会社は、大会社にならない。

一時戻って指示をしたという。

戻る必要はなかった。電話一本でいいのである。

ゴルフが好きなら、ワンランド、100でも200でも存分たたけばいい。星にロマンを願うなら、夜通し空を眺めればいい。
尺八が好きなら、お付きを集めて独奏会を開いてもいい。

平社員とちがって、有給休暇も仮病休暇もご法度である。好きで引き受けた総理大臣職とは言え、わずかな休暇を彼から奪う行為は選挙民の越権行為である。

休暇が過ぎても、首相官邸に戻らず、相変わらずゴルフにうつつを抜かせば問題であるが、期限内の時間をどう使おうが安部首相の自由である。

防災担当相が批判は当たらないと言った。

全くその通りで、言い訳するまでもない。

安部首相にゆっくり休暇をとってもらい、頭の中を少しでもスッキリしてもらう事の方が、トンボ返りよりずっと日本のためになる。

だれが批判したのか、批判した者こそ批判されるべきである。一般市民は批判しない。マスコミに決まっている。劣化著しいマスコミ以外に私は思いつかない。

これから災害は増え続ける。首相、大臣、知事、市長、町長、必ず誰かの休暇に起きるようになる。

その度に、休暇を中断していて、いつ英気が養えるというのだ。

補:
私は以前、事件が起きた時、警察官が慰安旅行していたとマスコミが騒いだ愚かさを取り上げました。そして、警察官を擁護しました。1週間に1日の休みは、本人にも、組織にも、国にも基本的健康を保証するものです。この点、天地創世の神様は卓見でした。

~~~~~

安倍晋三首相は21日午後、広島市の土砂災害を受け、山梨県鳴沢村での静養を打ち切り帰京した。首相官邸で開かれた関係省庁災害対策会議では、被災者の救命・救助に全力を挙げるよう重ねて指示した。古屋圭司防災担当相は、首相が20日夜に一時、静養先に戻ったことに関し「連携を取りながら対応している。何の問題もない」と官邸で記者団に述べた。
 首相がゴルフをしたことについても「死者が出たことがはっきりした時点で、官邸に帰る支度をしている。批判は当たらない」と強調した。
 一方、政府は官邸の危機管理センターに置いた官邸連絡室を官邸対策室に格上げし、情報収集や分析を急いだ。


「食言」と「尾を踏む」

面白いので記しておいた。

(1)
食言
英語に同じ言い方があった。

PHEBE
I will not eat my word, now thou art mine;
Thy faith my fancy to thee doth combine.
菲苾
(向西尔维斯)我不愿食言,现在你已经是我的;你的忠心使我爱上了你。
(As You Like It 第5幕第4場)

食言
释义:
不履行诺言,失信。
按,“食言”,据《尔雅》解释:“食,言之伪也。……言而不行,如食之消尽,后终不行,前言为伪,故通称伪言为食言。”这就是说:凡假话都可以叫做“食言”。因为吃的东西,吃下就没了。假话也如此,说过就完了,不需要实行和兑现的。形容说话不算数,不守信用,只图自己便宜,即为“食言而肥”。表示坚决履行诺言,说话一定算数,即为“决不食言”。
出处:
《左传•哀公二十五年》:“公宴於五梧。武伯为祝,恶郭重,曰:‘何肥也?’季孙曰:‘请饮彘也!以鲁国之密迩仇雠,臣是以不获从君,克免於大行,又谓重也肥。’公曰:‘是食言多矣,能无肥乎?”

(2)
「虎の尾を踏む」
日本語になっているが元は「虎尾春氷」
死神に尾っぽがあるのだろうか。

And the surest way of becoming unique is to trail one's coat in the presence of Death and challenge him to tread on the tail of it.
(THE DAREDEVIL BARBER by Robert Lynd)
trail one's coat:喧嘩を売る
Death:死神
tread on:踏む

漢語:虎尾春冰
【拼音】:hǔ wěi chūn bīng
【釋義】:踩著老虎尾巴,走在春天將解凍的冰上。比喻處境非常危險。
【出處】:《尚書•君牙》:“心之憂危,若蹈虎尾,涉於春冰。”

初泳ぎ

我が島の白浜海岸は、海水浴場として有名である。

3.11で地盤沈下し、白浜が半分になってしまった。

前は、いくら歩いても、まだ足が着くような感じであった。今は、ストンと足がつかなくなる。

30ストローク。周りにはだれもいない。遠くで声が聞こえるだけだ。

仰向けになって空を仰ぐ。

「ああ、海はいい」

お盆前は本土から海水浴客が押し寄せてくる。私は苦手である。毎年お盆過ぎまで待機する。

それで、今日が初泳ぎとなった。例年のことで、9月一杯泳げるので、不満はない。

去年の今頃、「来年は泳げるだろうか」と焦っていた。

今は、もう焦らない。

今日、泳げた。明日も泳げればありがたい。泳げなくても、ここで二十年近く泳いできた。

欲はない。

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