老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

ブログ、しばらくお休み

2日前、突然、尿が出なくなった。思い切り力んで、チョロ。チョロチョロでない。ただのチョロである。

下腹はコチコチに膨らん来るわ、尿意は収まらないわで、何かするどころでなかった。

このまま、気絶して死んだらどれほど楽かとさえ思った。

気絶の代わりに不快感が益々強くなって、今朝、島の医院に駆け込んだ。

いくつかの対処を示してくれたが、島から出なくていい「尿道に管」をお願いした。

これは物理的な措置だから、副作用がない。それに、2年前、脱腸の手術の当日の深夜、経験しているから、気分的には楽だった。

排出口から40センチばかりの管が垂れ下がっている。誰が見るわけでなし、平気である。

管の栓を抜くと、尿が待ってましたとばかり、落下した。

医院から3時間ごとに開栓するといいと言われた。無論尿意が起これば、待つことはない。

便秘の苦労は記憶にない。排尿はこれで2度目だ。

これからは、更に、あちこち、不具合が生じてくるのだろう。

嘔吐と悪寒を伴ったこの2日間で、体力も気力も失せてしまった。

絶対に欠かせないのは、メリーの餌時間の確保。裏山には這ってでも行かなければならない。それ以外は、すべて緊急避難とする。

漢詩百選はもう1回書くつもりだった。どうなることやら。

携帯型ゲーム機の将棋

ここ1年ほど、将棋に凝っている。寝床に入ってからやる。

アマ2・3段を相手にできるほど強いそうだ。

私の棋力は、見落としと早とちりがなければ6級、あれば8級。この弱さだから相手はパカパカ指してくる。

勝負がつくと、勝っても敗けても、挑発メッセージが画面に現われる。

勝てば、それならもう一丁負かしてやるか、負ければ、こんどこそとなる。

敗けたままでは寝付けない。それで1回勝つまでやる。気がついてみたら、深夜1時を回っている。

人間は学習能力があるとどこかで聞いたことがある。

これは総論であって、私の腕は1年前から少しも上がっていない。対戦相手が6級のままでいるから分かるのである。

この将棋、字が非常に細かい。それでいて読める。辞典ではとても読めたものでないのに、なぜか。

辞書は読めなくても、脳細胞にダメージは受けない。大判の辞書に替えれば済む。

将棋は、似ている馬と龍(角と飛車の裏)を見間違えたら即投了だ。マッタ機能はあるが、武士に二言なし。

この真剣さの違いによるのではないか、こう考えている。

中国象棋(半島も同じようなもの)に比べて格段に複雑な将棋。

うまくなりたや、あと一級。

補:
一級上がっても、強いレベルではないので、「強くなりたや」を止めにしました。

漢詩百選(沈園二首)・・・帰ってきた藤堂漢和

其ニの4句目、

猶弔遺蹤一泫然

「遺蹤」が分からない。

鎌田漢語、不記載。
赤塚漢和、不記載。
諸橋新漢和、不記載。

遺のところに遺蹤がない。

遺は見慣れているし、意味もそこそこ分かっている。

知りたいのは遺蹤である。

それで蹤を探した。

鎌田漢語:1156頁を見よ。
赤塚漢和:あと。
諸橋新漢和:①あと②あとをつける、など4行。

遺蹤の意味を知るために、遺を開く、遺蹤がないから、蹤を開く。自分で遺蹤をつなぎ合わせる。

鎌田漢和はひどい。時間をかけて蹤に辿り着いたら、別のページに行きなさいと言う。

これでは子供の探検ゲームか宝探しだ。

どうせダメだろうと期待はしなかったが、先日追放処分にした藤堂漢和を持ちだして遺を開いてみた。

遺蹤:以前におこった物事のあと。あとかた。「猶弔遺蹤一泫然=なほ遺蹤を弔ひて一たび泫然(涙のあふれ落ちるさま)たり」[陸游・沈園]

おおっ、あるではないか。

泫然はどうか。

鎌田漢和:涙などのはらはらと落ちるさま。
赤塚漢和:涙をはらはらと流すさま。
諸橋漢和:涙などのはらはらと落ちるさま。
藤堂漢和:涙が人知れず落ちるさま。

これが決定打となった。

人前ではらはらと泣いても泫然ではない。玄から来た言葉であるからである。

陸游は、召使いや仲間と一緒の時は、泣かなかった。一人庭園を逍遥しているとき、遺蹤に泫然したのである。

藤堂漢和、逆転満塁ホームランである。

藤堂漢和にない漢字(例えば先日の氵に食)に遭遇したときだけ、他の辞書を当たることにした。

諸橋新漢和、鎌田漢語、赤塚漢和と大金を叩いて買ったこの3冊、ベンチ・ウオーマーになっただけだった。

字典について、一言。

頁表示がどうして小説や雑誌などと同じように小さいのか、出版社の感覚を疑っている。

索引で頁を知る。その頁を探す。

頁の数字が大きければ大きいほど、当たり前のことだが探しやすい。

鎌田漢語:不可。
赤塚漢和:本文まで漢数字とは。しかし見やすさでは可。
諸橋新漢和:可。机上版だから、比例して大きな字になっている。
藤堂漢和:不可。

好奇心は止まらない。

広辞苑:不可。
新明解:不可。
金田一古語:不可。

旺文社英和中辞典:不可。
旺文社新英和:不可。
研究社新英和:不可。
新コンサイス(大活字版):不可。

とここで考えた。国語辞典と英和辞典は、「不可」とはしたが、本文が索引のようなものだから、まったく問題ない。私は、国語と英語を頁から検索した経験はない。

問題は漢和に限って存在する。

出版社は、本文とのバランスなど体裁から頁表示フォントサイズを決めているのではないか。

漢和字典の頁表示が2倍のフォント、それもゴシック体であれば、どれほど使用者が助かることか。

出版社は従業員を対象に一度、数種のサイズを示し検索所要時間の違いをテストしてみるといい。

繰り返す。

漢字にたどり着くまでの時間は言語活動に無関係で無駄な時間である。

補:
岩波漢和は、店頭で売れてしまったとのこと。もうあと数日で漢詩とは再見、再見です。他を当たら無いことにしました。390円、安かったのになぁ。

漢詩百選・・・陸游の釵頭鳳

漢詩の中から最も好きな詩を選べと言われれば、ためらわずこの釵頭鳳と答える。

陸游は無理やり離婚させられた気持ちを絶句・律詩でなく俗歌形式で、好きなように表現した。

百選にある沈園2首と内容は似たような物だが、迫力が違う。

百選に選ばれなかったのは残念至極。

2段目は、自作の唐琬の返歌である。

釵頭鳳
  (陸游)
紅酥手
黃藤酒
滿城春色宮墻柳
東風惡
歡情薄
一懷愁緒
幾年離索




春如舊
人空瘦
淚痕紅邑鮫綃透
桃花落
閑池閣
山盟雖在
錦書難托




東風悪について、中国詩詞網が通説を否定していた。興味がでてきたので、現代中国語の漢字の鑑賞を兼ねて、転載した。

「悪」はただ「強い」というだけのことで、姑に当てつけたのではないと述べている。

私はこれはやはり通説通りダブル・ミーニングだと思っている。せっかくの「满城春色宫墙柳」を台無しにする東風は強い、無情なものよ、ということだが、「東」には主人の意味があり、ここでは姑を指しているのである。「悪」は「にくむ、きらう」の意がある。

陸游が李白のような無頼漢だったら、夜逃げもあったろうが、お坊ちゃんとお嬢さんの夫婦では、家の命令に逆らえなかった。

あからさまに、自分の母親を非難するなど世間が許さない。そこで、「東風」としたのだ。

錯、錯、錯。
この音感、自分の軟弱さの他に向けようのない怒りそのものである。

莫、莫、莫
この音感、唐琬の虚しさそのものである。

~~~~~

“东风恶,欢情薄”是借春风吹落繁花来比喻好景不常,欢情难再。“东风恶”的“恶”字多有人理解为恶毒之恶,这是不对的。由于对“恶”字语义的误解,更将此句加以引伸,认为“东风恶”是陆游影射自己的母亲太狠毒,拆散了儿子的美满姻缘。这更是望文生义的无稽之谈。为了纠正对此句的错误理解,在此不得不稍加辨证。盖宋元时语中的“恶”字本为表示事物程度的中性“甚词”,义同太、甚、极、深,并不含有贬义。如康与之《忆秦娥》词:“春寂寞,长安古道东风恶。”意谓春光已去,而长安古道上的春风还在劲吹。周邦彦《瑞鹤仙》词:“叹西园,已是花深无地,东风何事又恶”。是说西园落花已经飘零满地,东风又何必刮得如此之甚呢!元胡只从《快活三过朝天子》散曲:“柳丝舞困小蛮腰,显得东风恶”。这是形容春风中杨柳不停地迎风飘舞,显得东风甚猛;如果柳丝是小蛮(白居易有妾名小蛮,善舞)的腰肢,她必定感到十分困倦了。据此可知“东风恶”并非影射陆游的母亲。至于《钗头凤》这首词在客观上是否具有反封建的社会意义,这是另一回事,不应和词的本文阐释混为一谈,否则将会曲解作品原意而厚诬古人之嫌了。

補:
・東:主人。中国語で「作東」は「主人になる、すなわち、おごるの意」
・錯:強い下り口調のツオという音です。
・莫:下り口調のムウという音です。
・この詩に反封建思想があるかどうかは別の問題と言っています。半世紀前は、絶対に「半封建・旧社会への痛烈な批判詩」であったはず。隔世の感がします。
・中国語、自信がありません。たぶんそういうことだろうという程度のものです。アマチュアの気楽さです。
・上はフランク永井、下は青江三奈、デュエットで歌ってくれたら、泣けてきます。

沈園

漢詩百選・・・韋応物の氵(サンズイ)に食

人に中国語読みを勧めている以上、自分にも厳しく、漢詩は1字たりとも、おろそかにしない。

順調に百選が終えることができそうだと楽観していたのが、この韋応物でつまずいてしまった。

氵(サンズイ)に食の漢字が諸橋にも藤堂にも赤塚にも出ていないのである。

紙辞典が役に立たないから、仕方なく生き字引にお願いした。

「餐と同じだよ」と返ってきた。

お陰様でこの詩を朗々と読むことになったが、噴き出してきたのが、紙辞典に対する不満である。

山だ、川だなど中高で習う漢字はどうでもいい。普段目にしない漢字こそ辞典・字典の配慮すべきものではないのか。

「泥」で諸橋漢和の権威は失墜した。私は机上から追放した。

今度の氵(サンズイ)に食で、手持ちの漢和すべてが空しく感じるようになってしまった。

生き字引氏によれば、現代漢語詞典には出ているとのこと。

私は漢字の辞書は中国より日本の方が数段優れているとの経験則を持ってきたが、大いに怪しくなってきた。

帽子から靴下、運動靴まで全部中国製の日の丸日本。

字典よ、お前もか。

その日のことである。

机の引き出しを別件で開けたら、大修館の漢語新辞典があった。つい先日買ったのにすっかり忘れていた。10万円の本なら絶対に忘れないが、数百円だ、忘れても恨まれない。

期待はしていないが、一応開いてみた。

驚くなかれ、載っていたのである。

「餐と同じ」

諸橋新漢和の親字は9千、この鎌田漢語は1万2千。この差によるものか。

鎌田漢語も見捨てたものではない。諸橋新漢和のどちらをメインにしたものか、悩んでいる最中である。

出還
(韋応物)
昔出喜還家
今還獨傷意
人室掩無光
銜哀寫虚位
悽悽動幽幔
寂寂驚寒吹
幼女復何知
時来庭下戯 
咨嗟日復老 
錯莫身如寄 
家人勧我飡 
對案空垂涙 

・この詩は他の漢詩と違って探すのに苦労しました。やっと見つけたのがこれ。氵に食が冫(ニスイ)に食となっています。Why?

補:
・今日、岩波新漢和を注文しました。「泥」と「氵の食」がどうなっているか、気になって落ち着かないからです。

出還

老い風呂・・・昔サッパリ、今グッタリ

暖かくなってきたのは、本当にありがたいが、暖かくなるにつれて、体のあちこちが痒くなってきた。

孫の手は置いてあるが、そんな生易しい痒さではない。

いっそのこと、リッキー(飼い猫)の手で掻いてもらうか。

毎週水曜の入浴を一日早めて、今日した。

痒みはだいぶ収まったが、その代わり、疲れがどっと出た。

日本人の風呂好きは世界で有名だが、なぜ好きかと外国人から問われれば、風呂あがりのサッパリ感がなんともいえないと答えるだろう。

昔の私もそうだった。今は、風呂から上がると疲労感の方が強い。

毎日欠かさず続けているラジオ体操をやる元気はない。湯上がりの汗が引いたら、寝台に直行だ。

昔サッパリ、今グッタリ。

老化現象はここにも現れた。

Mr.クスイ― ジンピンとは俺のことかの習近平

第二次世界大戦の戦勝国として国連で大きな顔をしている中国、まあ、大きな顔をしても文句はないが、ローマ字表記の人名には世界から文句がでそうな気がする。

習近平主席の習のローマ字は思い出すのもいやなxiである。

PekingがBeijingになっても慣れるまでそれほど時間はかからないだろうが、このxiに慣れるにはかなりの時間がかかるのではなかろうか。

補:
・中国が偉いのは名刺の順が姓ー名を守っていることです。韓国・朝鮮も同じ。なんで日本だけひっくり返しが慣習になったのでしょうか。
・私がしばらく世話になった貿易会社の社長は、英文名刺を姓ー名で通しました。名刺交換のウケ狙いでなく、信念で姓―名を通したのです。いい社長でした。





中国語の発音符号

注音符号(昔)
ㄅ ㄆ ㄇ ㄈ
ㄉ ㄊ ㄋ ㄌ
ㄍ ㄎ ㄏ
ㄐ ㄑ ㄒ
ㄓ ㄔ ㄕ ㄖ
ㄗ ㄘ ㄙ
ㄚ ㄜ ㄧ ㄨ ㄛ ㄩ ㄝ
ㄞ ㄟ ㄠ ㄡ
ㄢ ㄣ
ㄤ ㄥ ㄦ

漢語拼音(今)
b  p  m  f
d  t  n  l
g  k  h
j  q  x
zh  ch  sh  r
z  c  s
a  e  i  u  o  ü  ê
ai  ei  ao  ou
an en
ang  eng r

注音符号から覚えなければいけなかった。

端境期だったのだろう、在学中に漢語拼音(漢語ピンイン)になった。

これはこれで、私には問題だった。

b,d,kを習慣で英語の発音をしてしまうのだ。最も困ったのがxで、こんなんなら、注音符号の方が良かったと恨んだものだ。

その注音符号は昔の話。

これの前はどうだったか、知りたいはずだ。

ちょっとした漢和なら説明が載っているだろうし、ネットを開いても分かると思うので、わざわざ私はブログにしない。

言いたいことは、わずかこれだけの発音をしっかり習えば、漢詩の世界が立体化するということである。

漢詩百選・・・漢詩講座でなく中国語講座を

漢詩に関心をもつ成人が通う先は、多分カルチャー教室の漢詩講座ではないかと思う。

これは間違いである。

漢詩に限らず、韻文はすべからく聞いて楽しみ語って楽しむものである。

漢詩は見慣れた漢字が多いから、書かれている文字を目で読んで、内容を理解することはできる。つい安易に走る。

理解するだけなら、随筆など散文の方が格段に優れている。文字は自由に選べるし、文章の長短を気にしなくていい。

繰り返すようだが、詩は発声してなんぼの世界である。

漢詩の場合は、日本語読みができるだけに、本来の音(おん)が無視されてきた。英詩ではあり得ないことだ。

江南春
(杜牧)
千裏鶯啼綠映紅
水村山郭酒旗風
南朝四百八十寺
多少樓臺煙雨中

現代中国語の発音はこうなっている。

jiāng nán chūn
qiān lǐ yīng tí lǜ yìng hóng
shuǐ cūn shān guō jiǔ qí fēng
nán  zhāo  sì  bǎi  bā  shí  sì
duō  shǎo  lóu  tái  yān  yǔ  zhōng

一つひとつの音は後の話として、音の塊がきちんと7個になっている。また、1行目、3行目と4行目が―NGから同じ韻であることもわかる。

この二つが聞いて心地よく、読んで気持ちいい理由である。

それを日本語で読むと、音読、訓読、5音、6音、7音、めちゃくちゃである。

漢詩教室では、これは解決できない。中国語教室に行って、中国語の発音を習う以外に手段はない。

幸い、現在は発音はローマ字で発音が分かるようになった。

中国語の講師に、「漢詩を読みたいので、発音だけ教えて下さい」と申し出たらどうだ。

熱烈歓迎間違いなし。

ニーハオから教えて中国語を物にできた受講者がいなくてイライラしているはずだからである。

それから3ヶ月の後、私の言ったことの正しさが分ってくれるにちがいない。

補:
・私の世代の発音記号を次回紹介します。苦労しました。
・20歳を過ぎたら、外国語は無理です。ボケ対策や趣味でやるのはいいでしょうが。
・漢詩の解釈本はいくらでもあります。学校でも漢詩は習ったでしょう。音(おん)、音、音です。

江南春

漢詩百選・・・薛濤と小野小町

『春望詞四首 其三』 
 (薛濤)
風花日將老
佳期猶渺渺
不結同心人
空結同心草

こういう詩は中国語読みでなければ気分がでない。

絶句だから老、渺、草に押韻があるのは当然として、終りの2句が出色。

書き下ろしは内容は同じでも、ただの自由詩である。

中3字は全く同じ、頭の不と空、尻の人と草のそれぞれの対比。見事である。

当時の妓女の知性の高さを再確認した。

同時代、中国に薛濤があれば日本に小野小町あり。

両人とも美女の中の美女。

まさに妍を争うである。

花の色は
移りにけりな
いたづらに
わが身世にふる
ながめせしまに
  (小野小町)

補:
老 ラオ上声
渺 ミヤオ上声
草 ツアオ上声

薛濤a

小野小町a

漢詩百選・・・李白の泥

贈内   
(李白)           
三百六十日
日日酔如泥  
雖為李白婦  
何異太常妻

李白のこの詩に酔如泥を見つけた。

嬉しい発見である。

文庫の解説は、「酔いつぶれて泥のようになっている」である。

それで、泥酔もこの辺りからでているのではなかろうかと、直ちに漢和を開いた。

買ったばかりの車を、どこでもかまわないとにかく走らせてみたいという心理に似ているだろう。

諸橋新漢和を開いて驚いた。

泥はどろんこでなくて虫の名前であるというのだ。

私は泥はどろんことばかり思っていた。

それでは藤堂漢和はどうなっているのか。

泥:どろのようにねちねちしたさま。「泥酔」

泥を虫の名として扱っていない。虫の名を意識していれば、「泥の虫のように」となっているはずだ。泥の語義の所で、「虫。体ばふにゃふにゃである」とあるべきも記載なし。

広辞苑はどうか。
「正体を失うほど酒に酔うこと」

泥をどろんこともいわず、虫の名ともいわない。肩透かしを食った。
国語辞典はこれでいい。

ここまで来たら、マニアックの私、どうにも止まらない。

赤塚漢和を開いた。

「海虫の名。骨がなく、水を失えば泥のようになるので、ひどく酒に酔うたとえに用いる。「泥酔」
語義に解題すべき語を入れているのは、釈然としないが、しっかり載せている。

手持ちの辞書を片っ端から調べた(と言っても残り1冊)。

新明解は、泥酔の泥を虫とはっきり述べている。小さい字が続いて眼が疲れたので、転載は勘弁してもらうが、最も丁寧に説明している。小粒でも山椒。

正論に多数決はないが、この酔如泥は多数決で正論を決めた。

多数決の他のもう一つの根拠は、「如」にある。

志や信念は「岩の如し」でいいが、人を地質学的「泥」になぞらえていいのかどうか。やはり、生き物(その様も)には生き物で形容するのが普通ではなかろうか。

惜しいことに、もはや太常にも李白にも、メールを送信して真意を確かめることはできない。

この詩も、酔っぱらって馬車から落ち、泥まみれになり、お付の者や仲間から「如泥」と笑われて「笑ったな~」とムキになって作ったのかも知れない。それなら、伝説の海虫「泥」のイメージはなかったから、文庫解説の通りとなる。

どちらにしようか。

今夜は寝つきが悪くなりそうだ。

補:
贈なんて体裁のいいこと言って、謝(すいません)でしょうが、李白先生。

李白 贈内

辞書・・・新漢和

諸橋新漢和は新英和と同じように美品である。開くのが楽しい。この楽しみ、CDやネット辞書では味わえない。

途中下車はいつものこと。1字は知っていても、連結した語となると初めてのものが相当ある。

知れば、直ぐに使ってみたくなる。

珍しい漢語がでてきたら、私の悪癖とお許し願いたい。

ついでに、前回の記事に補を入れ忘れた。急ぎ、補を補足する。

~~~~~

辞書は安い

補:
・50年前は岩崎民平編だったと思います。五版は小稲義男となっています。体裁は同じですが、発音が米語優先に変っていました。世の流れとはいえ、研究社の英和位はKing’s  Englishを頑なに守っていて欲しかった。寂しい気がしてなりません。

・1,212円の頭に、「なんと」を付けたいのですが、昔から、「なんと」と「実は」を自主規制しているため、残念でしたが、使いませんでした。「繰り返す」は「なんと」の代役です。

・CD-ROMは求める単語しか表示されません。前後賞があるから辞書はおもしろい。私はそう思います。

・20世紀までの英文学にコンピュータ用語や軍事・医学・原子力用語は邪魔になるだけです。改訂版が出る度に、その分古い版が安くなる。でもほどほどにしてください。

・漢和は手書き入力がありましたね。私の達筆は受け付けてくれません。口偏をいくら書き直きなおしても、言偏が出てきます。漢和CDはどんなもんでしょう。

新漢和

辞書・・・安い、あまりにも安い


英随筆との再会を祝して、英和辞典を購入した。

机上版と思って買った旺文社の新英和がそうでなかったので、改めて探すことにした。

ランダムハウスと研究社の2点が候補にあがった。

ランダムが米語系であることから、研究社を選んだ。

送料込みで1,212円。

漢和辞典で中古本の安さには慣れたはずの私だが、これほどとは想像しなかった。

1980年の第5版、1997年の32刷が、繰り返す、1,212円である。定価は本体13,200円也。

諸橋新漢和は定価4,600円が1,200円(送料別途)。74%の減価。この新英和は90%。特約かも知れないが、ヤマト宅配便がタダであるはずがない。本体は千円しないのはないか。

今や、英語は漢文以上に不人気になったのか。

外箱は本体の保護のため、車でいえばバンパーだ。汚れや破れはどうということはない。

中は添付写真で分かるように、新刊同様、極上である。

私は考えた。

辞書は引いてなんぼの世界である。引かない辞書はインクで汚れた紙の束でしかない。

案の定、多分若い人だろう、こんな口コミがある英和辞典机上版にでていた。

~~~~~

購入してみなものの、PCで事足りています。
辞書はPCを使っていれば、容易に検索できるので、あえて本を購入しても利用率が低く、今でもあまり使わずに本棚に置きっぱなしになってしまいました。ただし、PCから離れた時は電子辞書を使用しているので、それで間に合ってしまい、結局本は利用頻度がどんどん減っています。

~~~~~

なるほど、こうだったのか。

さっそく、手持ちのMS Officeをインストールした。

necessitous

瞬時に日本語が現れた。キーを叩いてから表示まで3秒かからなかった。タイプ打ちが得意の高校生なら1秒だろう。

同じ単語を新英和で探す。箱から出している状態にしておく。12秒掛かった。

長く使うと勘が働きプラス・マイナス20頁の所を開くから、少しは短縮するだろうが、これでは、中学・高校生が紙辞書離れするのも無理はない。口コミは正しかった。

漢和はどうか。

乾坤

これを読めない中学生がCD版で調べるには、紙辞典と同じように総画数や部首から始めなければならないのではないか。

手元にCD漢和がないので、比較できないが、少なくとも、英単語の検索の速さはないだろう。

これが、英和と漢和の減価の差ではないか。

調べる単語に到達するまでの時間はムダと前に書いた。中高生の時間がムダに過ぎていいはずがない。一瞬一瞬が貴重な青春なのだ。

それに対して、私の余生は、有為も無為も等価である。基本的にはすべてがムダである。しかし、一つの単語に15秒かけても、それ自体が楽しければ隠居の道楽だ。ムダで結構。

CD―ROMの効率は認めるが、やはり紙辞典を選ぶことにする。

新英和

新英和箱

短縮語考

このブログのリンク先である「真砂町から望見」は短縮語を毎回のように取り上げている。

とてもためになる情報である。特に私のような「読まない、聞かない、開かない」の三ない人間には、紹介されているすべての短縮語が新鮮である。

この短縮語、二つに分けていい気がする。

一つは、外来語系。
デジタル・ピアノはデジピ。
ヤフー・オークションはヤフオク。
スカイ・パーフェクトはスカパー。
コンビニエンス・ストアはコンビニ。
パーソナル・コンピュータはパソコン。
私が知っているだけでもこうだ。
この外来語系は、ヘンテコな若者やヘンテコなマスコミが使うようになる大分前から、ごく自然に使われてきた。カタカナ語だけではない。従来からの漢語もそうである。

ゼネコン、トイレ、シンパ、ポンジョ。日米安保、国連、宅配、損保、北大。

私は許容の範囲であると思っている。

もう一つは、純な大和言葉の短縮語である。語と言いたくない気分だがやむを得す語とする。

「さりげに」「なにげに」
これが、「さりげなく」であり「なにげなく」の短縮とは、開いた口が塞がらない。

そうでなくても、不速之客で大混雑している大和言葉、文科省が腰を上げて本格的に交通整理をしなければならないのではないだろうか。

万葉・平安の時代に遡(さかのぼ)れとは言わない、せめて独歩・漱石くらいまでの大和言葉は弄(いじ)り回さないことだ。

兼好さんも、この手の言葉にはイライラしていた。

喫茶店をサテン、アルバイトをバイト、平成の今、彼がタイム・マシンで乗りつけたらどうなるだろう。

何事も、古き世のみぞ慕はしき。
今様は、無下にいやしくこそなりにゆくめれ。
~(第二十二段)

憤死は必死。

私はと問われれば、コピペを真面目に使う。就活・終活は皮肉を込めて使う。

~~~~~
何事も、古き世のみぞ慕はしき。今様は、無下にいやしくこそなりゆくめれ。かの木の道の匠の造れる、うつくしき器物も、古代の姿こそをかしと見ゆれ。
文の詞などぞ、昔の反古どもはいみじき。たゞ言ふ言葉も、口をしうこそなりもてゆくなれ。古は、「車もたげよ」、「火かゝげよ」とこそ言ひしを、今様の人は、「もてあげよ」、「かきあげよ」と言ふ。「主殿寮人数立て」と言ふべきを、「たちあかししろくせよ」と言ひ、最勝講の御聴聞所なるをば「御講の廬」とこそ言ふを、「講廬」と言ふ。口をしとぞ、古き人は仰せられし。(第二十二段)

補:
・文科省は言ってみただけで、あそこの役人はまったく頼りになりません。
・ 外来語は言葉のブラックバスですね。
・自国の言語に対する誇りでは、フランスが世界一。日本は後ろから世界一。甘く表現して無頓着、少し辛くすれば「無節操・だらしない」(真砂町から望見の管理者aoniyosi氏など少数派は頑張ってくれていますが)

漢詩百選・・・阿倍仲麻呂またの名を晁衡(2)

「送」は掃いて捨てるほどあるが、「哭」はめったにお目にかかれない。

儒教の関係だろうか、墓前で哭は普通亡き親か亡き伴侶である。(泣き屋は商売だから別として)

白髪三千丈の李白でも、この詩は本物である。全然酒臭くない。

駒田先生は、先の杜甫とこの李白を百選に入れておいてくれた。阿倍仲麻呂を高く評価していた証拠である。

文庫の解説に、阿倍仲麻呂が遣唐大使藤原清河に長安に永住するよう勧めたとある。

藤原清河は理由はどうであれ、帰国せず姓を清、名を河と改名して、漢の美女と世帯を持つまでになった。

これで分かることは、阿倍仲麻呂は唐朝を嫌っていなかったということである。

「こんな職場、こんな生活、ろくなもんじゃない、藤原さん、悪いことは言わない、さっさと日本に帰った方が利口だよ」

ではなかった。

遣唐使の大使役を仰せ付けられるくらいだから、藤原清河が日本の朝廷内で冷や飯を食っていたとは考えられない。帰国すれば、更に上のポストが用意されていたろう。

それを蹴ってまで、長安に留まったのだから、阿倍仲麻呂一人だけが中国の文明に魂を取られたのではなかった。

私は阿倍仲麻呂を悲劇の主人公に仕立てない。望郷で枕を濡らすとも思わない。

もっと積極的に、もっと快活に、「日本人ここにあり」の気概をもって中国人文人に伍していたのである。

そうでなければ、杜甫、李白が相手にするわけがないではないか。

補:
・文庫は、玄宗皇帝の命による一時帰国説を紹介しています。荒唐無稽なら駒田先生は一笑に付してお終いにしたはず。人生の岐路では、進行方向は複合理由と複合背景で決まるもの。古典の解釈は自由でいいのです。

・帰国の航海で死ぬ思いをした。それで帰国の念は吹っ切れた。元船長の私はこれだけは当たっていると確信しています。

・藤原清河、公家の名前に清河は珍しいのではないでしょうか。中国名にそのまま流用できるとは、出来すぎの気がします。そうだとしても、ちょっと横着ですよ。晁衡並に凝った漢字を使ってよかったのに。

・哭、二匹の犬が吠えるから哭。私は漢和字典なしでも分かりました。この犬、チワワではないでしょう。

阿倍仲麻呂2

漢詩百選・・・阿倍仲麻呂またの名を晁衡(1)

Google変換は大した物だ。「ちょうこう」に晁衡がある。なければ、晁に5分、衡に5分、計10分の余命が短縮されていた。

友の送別に餞別は日本の習慣だろうか。王維の時代には詩を贈るのが習慣であった(と思う)。

「送」が頭に乗った漢詩は掃いて捨てるほどだ。

阿倍仲麻呂に王維が詩を贈っただけで、王維と阿倍仲麻呂が特別に親しいという証拠にはならない。

文庫の解説に、五百数十字の「序」が付いているとあった。これで二人が特別に親しかったことを私は理解したのである。

詩の解釈はネットでこれも掃いて捨てる程だから、ここでは略す。ただ、扶桑はありがたいが、孤島はあまりありがたくない。もう少しマシな言葉を使ってもらいたかった。

百人一首でお目にかかった阿倍仲麻呂、ここで再会するとは「奇遇」である。

阿倍仲麻呂1

尺八・・・調子づいてきた「調子」

今日は朝から雨。昨夜から降っていたのかもしれないが、寝ていたから分からない。

昨日は、本当の春だった。

手袋無しで裏山の書斎に出向いた。

暖かくなれば、尺八はよく鳴ってくれる。

手始めは、当然「調子」だ。

この曲、4分程の短い曲で、それに特別に難しいフレーズもない。

譜面だけ追えば、単純で誰でも吹けるように思える。事実、私にも吹ける。

しかし、この曲の本質に到達するのは、並大抵の努力では不可能であると言われている。

この1曲をマスターするために一生を注いだという尺八奏者がいたと聞いた。

それほどの名曲ということだろう。

楽想分析はここまでで、私は吹く側である。吹かなければ話にならない。

尺八吹きは、先ずこれで姿勢やアンブシュア(唇の形)を確認する。

2度繰り返し吹いたら、調子が乗ってきた。

次が、ロング・トーンの練習を兼ねた「虚鈴」。

深山で吹けば様になっているかのような錯覚に陥る。

数曲に過ぎないレパートリーでも、ひと通り吹き通した後のなんと爽快なことよ。

習ってよかった虚無僧尺八。

漢詩百選(番外)・・・日、月、星

旅夜書懐 
  (杜甫)
細草微風岸
危檣独夜舟
星垂平野闊
月湧大江流
名豈文章著
官応老病休
飄飄何所似
天地一沙鴎

~~~~~

圧倒的に多いのが月。名月を先頭に孤月、月光など、すり減るほどある。

月については今更何も加えることはない。漢詩百選にも、勘定はしていないが、10首や15首あるのではないか。

次が日。日落、白日など。日はたいてい白が頭についている。

当時の詩人は、プリズムや分光器無しでも、光の三原色を知っていたのだろう。あるいは、日の音(おん)に白の音がよく合ったのかもしれない。

極端に少ないのが星である。

私は星が大好きである。ギラギラした夏の太陽も好きだし、冬の冴えた月も好きだが、春夏秋冬、いつ見ても飽きないのは星である。

好きな私のために、せめて月10に1の割合で詩に残して欲しかった。

ここの「旅夜書懐」は百選に入っていない。高校漢文の参考書から引いてきたものである。選に漏れた理由は知る由もないが、駒田先生が「日・月・星」の比に関心があったら希少価値として絶対に選んでくれていたと思う。

百選の中で星が印字されているのは、韓愈の酔客1首だけである。

煌煌東方星

なぜ星が詠われないのか、今考えている。自分なりの納得が得られたらブログにする。

中国文学者や漢学者から見れば、既知の事実であるだろうが、教えてもらうのはつまらないし、折角の疑問が勿体ない。

もう一つは星垂と月湧。

通釈では星が広がっている、月が昇ってくるとなっている。

私は、星が落ちていくという風に動的に読んでいる。

月が東から昇っていくに連れて、月の光で次々と星が消えていく(見えなくなる)。満天の星が、あたかも西の地平線に追われていくかの如くである。

地学は地学として、では作文面からみたらどうか。

星垂 平野闊
月湧 大江流

3行目と4行目は対をなしている。

月が運動の表現であれば星も運動の表現でなければならない。

星が広く輝いているのではない。平野が広いのである。「星垂」は飲み屋ののれんのようにぶら下がっているのではない。垂れるように落ちていくのである。

私の勝手な解釈である。

しかし、千年以上も前のこと、誰の言が正しくて誰の言が誤りだと、誰も決められない。和歌もそうだが、漢詩も自分なりに考えてこそ面白いもの。

ここは、やはり自分で考えないと・・・

補:
月は照り星は輝く、こんな文をたまに目にします。夜空を見上げたことのない作家か見上げても何も見ていない作家です。まあ、深い井戸の底から見上げれば両方同時に見られるでしょうが。

旅夜書懐

漢詩百選・・・李白の戦城南

戰城南
  (李白)
去年戰桑乾源
今年戰蔥河道
洗兵條支海上波
放馬天山雪中草
萬裏長征戰
三軍盡衰老
匈奴以殺戮為耕作
古來唯見白骨黃沙田
秦家築城避胡處
漢家還有烽火燃
烽火燃不息
征戰無已時
野戰格鬥死
敗馬號鳴向天悲
鳥鳶啄人腸
銜飛上掛枯樹枝
士卒塗草莽
將軍空爾為
乃知兵者是兇器
聖人不得已而用之

いつもの通り、書き下ろしは載せない。ネットで簡単に探せる。

李白と言えば、「静夜思」。北京で買った「児童朗詠」のカセットを何度も繰り返し聴いたものだ。

この戦城南を読んで、李白の奥の深さが分かった。

主を失った馬のいななき、戦死者のはらわたを啄む鳥、春の陽気では読めたものではない。

農耕民族である漢族は田畑に米や麦を育てる。

騎馬民族である周辺民族は、収穫期になると刈り入れた穀物を奪いに押し寄せ、田畑は漢族兵士の血に染まる。

なぜ数百年ものあいだ長城を築き続けたのか。この詩は語っている。

解説では、「兵者是兇器」を正しく説明していながら、訳のところで、「武器というものは、ただ凶器にすぎない」と間違ってしまった。

日本語の武器に武士や兵士の意味はない。広辞苑と新明解で今、確認した。

駒田先生は解説を書いた。訳は出版社の編集部に任せた。その訳を駒田先生はチェックしなかった。さもなければ、製本までのどこかの工程で士と器がすり替わった。

まあ、300頁のなかのわずか1行である。大した問題ではない。

戦城南

補:
中華人民共和国の時代の現在、周辺の少数民族を弾圧していると、とかく世界から非難される漢民族。弾圧があっても、文人国家の中国の弾圧はたかが知れています。少し我慢しておとなしくしていれば、どうということはありません。

醒と睡は等価である

酒飲みは、飲み助や呑兵衛と呼ばれるようにどこか愛嬌がある。

寝坊の方も、寝坊助と言われれば愛嬌である。しかし、怠け者のイメージがついて回る。

酒飲みは、一日の仕事をきちんと終わらせ、それから飲み助になる。

「お前さん、疲れたろう、一本つけておいたよ」

寝坊助は、ひと様が働いている時間になっても、寝台でゴロゴロしているから、

「お前さん、いつまで寝てるんだい。いい加減に起きなよ」

となる。

天と地の差である。

Time is moneyと英語で習った。寝ている時間を言っているのではない。睡眠はtimeにカウントされない。

私は、何もなければいつまでも寝台でゴロゴロしていたい方である。

血の濃度が薄いこと、低血圧であること、この2点をある時医師から教えられ、しめしめ朝寝の大義名分ができたと、以来益々朝寝に専念するようになった。

春眠暁を覚えず

春になっても、起床は早くて8時、たいてい9時半前後である。7時に起きれば、1時間分何かすることができる。

何かするのも1時間、何もしないのも1時間、優劣はないのではないか。開き直っている。

死を永眠という。

生きている間の時間と死んでからの時間に優劣がないことを悟った人間の言葉で、至言である。

寝台で横になっている時間が、年々長くなった。昼間でも直ぐに横になる。横になれば、うとうとして半刻はすぐ経つ。

こうして、最後には、寝台から離れなくなるのか。

私はそれでいいと思っている。

醒と睡は等価であり、生と死もまた等価である。

漢詩百選・・・韓愈の「酔客」

文人仲間は酒と詩がなければ話ができない。

神田の一杯飲み屋や新宿のデパートの屋上ビアガーデンでサラリーマンが得意とする会社や上司の悪口とはレベルが違う。語彙力が違う。

詩を作り、妓女に詠わせ、わいわい騒ぐ。

飲み始めたら潰れるまで飲むのが酒飲み。

そのプロセスはアメリカのカーボーイも日本の町民も同じで、ちょっとしたきっかけでケンカになる。

韓愈先生の仲間は、それで終わらないところが偉い。

「じゃあ、詩で勝負だ」

妓女たちはクスクス笑って待っている。

漢字かペルシャ文字か区別がつかないような達筆さで詩が次々と出てくる。

妓女たちは困った顔をして、

「先生、読めませんわ」

韓愈の詩だけがどうにか読めた。

それがこの「酔客」である。

文庫の解説には、「作者が酔客たちをじっと見まもっているやさしい眼を想像すれば」とある。

私は別の見方をする。

韓愈も一緒になってへべれけになったのである。

家に戻れば、カミさんから箒で追い回されると分かっていても、酒がまわってくると、つい豪気になってしまう。

今夜はオレのおごりだ。

飲み助の習性だから仕方がない。

酒なんて安いもの。さあ、どんどん買ってくるがよい。(文庫)
酒なんか安いもんだ、どんどん持ってこ~い。(小国寡民)

終りの句はこうでなければ活きてこないのではないか。

月下独酌とは正反対の詩である。

補:
・文庫は場所を自宅のように書かれていますが、私は高級料亭の2階をイメージします。当時の酒宴に妓女がつかないはずがありません。
・置酒
藤堂漢和・・・酒盛り・酒もりをする。酒宴。
諸橋漢和・・・酒盛りをする。酒盛り。酒宴。
給仕が酒をテーブルに置くのも、「酒ヲ置ク」ではないでしょうか。中国語学者でないから断定しません。

~~~~~

韓愈の酔客

漢詩百選・・・推敲

賈島の逸話として有名である。

「推ス」にすべきか「敲ク」にすべきか、That is a question。

私はこれを全然信じない。

理由その1.
科挙で鍛えられた作詩・作文能力からすれば、1首や2首など朝飯まえのことである。

絶句でも律詩でも、詠もうという時は、すでに頭の中で出来上がっている。

日本の和歌でも同じことが言える。

理由その2.
らくだや羊の群れにぶつかったのではない。下僕を従えた韓愈の行列に気がつかないわけがない。仮に豚の行列だとしたら、臭い臭いといって、避けたはずだ。

池袋駅の地下街並みの雑踏で気がつかなかったと想像することはできる。

それで理由の3。
賈島は詩人である。文章家は、他人からケチをつけられることを極度に嫌う。プライドが人一倍に高い人種である。

賈島が自分の詩に助言を求めるなど、常識ではあり得ない。

僧侶が推すとなれば、自分の家に決まっている。他人の家に音もたてず、スタスタ入るのは日本の某島の話である。

自分の家に入るのに何の詩趣があるのだ。

敲くだから、友人か知人の家となり、「よくおいでなさった、さ、さ、どうぞ」となる。

私でもこの程度の違いは分かる。

賈島は最初から敲くに決めていた。それをわざわざ韓愈に助けを求めたのだから、おかしいと思わなければいけない。

結論。

然り、これは賈島の仕官狙いの演出なのだ。今様に言えば当たり屋である。

韓愈は詩人であるが権官でもある。彼に認められれば、職にありつける。

そこで韓愈の文章家としてのプライドをくすぐったのである。韓愈は無論悪い気はしない。

履歴書も保証人も不要である。即決で就職が決まった。

推敲は中学国語の教材にはいいが、故事としてはあまりきれいな話ではない。


漢詩(番外)・・・惰眠暁を惜しまず

宮仕えで何が一番嫌だったかと問かれれば、「遅刻してオズオズ席に着くこと」と答える。

右ではタイプを打っている、左では電話で何か謝っている、前のテーブルでは数人が打ち合わせをしている。怒鳴り声も珍しくない。お茶を飲みながら新聞をタダ読みして、ああ10時か、そろそろ仕事に取り掛かるか、というような優雅な職場は一つもなかった。

席について一応周りに朝の挨拶はするが、自分でも空々しく感じたものだ(こういう時に掛かってくる電話は救いの神様)。

春は眠い。3月は有給休暇が残っていないから、遅刻しそうになったからと言って仮病は使えない。何が何でも定時出社する。必死に起きる。

そんな私だから、孟浩然の朝寝坊をうらやましく思ったものだ。

春暁 
(孟浩然)
春眠不覺曉
處處聞啼鳥
夜来風雨聲
花落知多少

引退してからは、この詩をうらやましく思ったことはない。春に限らず、年中「暁を覚えず」でいられるからだ。

いつまで寝ていても誰からも文句を言われない。迷惑も掛けない。朝がそうなれば、前の晩も当然変わってきた。

夜更かし、朝寝坊、したい放題である。

今の私は、「惰眠暁を惜しまず」である。

気分転換はギター弦で

昨年の暮れ以来、弦は交換していなかった。1弦はヘタって巻いても巻いても落ち着かない。6弦は、ビヨ~ンである。

冬場はどうせロクな音がでない。スラーの練習がせいぜいで、そのままにしておいた。

春の気配がしてきた3日前に、ついに弦を交換した。

新しい弦は輝いている。

音も安定してきた。

ポロロン、ポロロン。

とてもいい気分である。

ささやかな、しかし私にとっては大きな幸せである。

こんなことを平気で書けば、半世紀前の私から「いつプチブルになったんだ」と揶揄されるかもしれない。

君子豹変だよ。

漢詩百選・・・賈島のふる里

渡桑乾
  (賈島)
客舍并州已十霜
歸心日夜憶咸陽
無端更渡桑乾水
卻望并州是故鄕

島に移って17年余になる今日、私はこの詩を詠んだ賈島の心境が手に取るように分かる。

若い時に東京で20余年、中年は埼玉で20余年、そしてこの島。

埼玉で東京を振り返ることはなかった。住民票が埼玉になっていても、いつでも若い時過ごした葛飾区堀切に行けた。あまりいい思い出もない事もあって、一度も行っていない。

私の町は小川が網のようになっていて遊びといえば川遊びであった。それが20年前だろうか、どこかの新聞のコラムで、堀切の小川はすっかり暗渠になって、マンションが林立していると、読んでからは、ますますその気がしなくなった。

賈島は移住して10年。ずっと故郷を想い続ける。こんな土地から出たい、出たいと神仏に朝夕祈っていた。

神様と仏様に通じた事は通じたが、出ることまでで帰ることまでは聞いてくれなかった。それどころは、もっと辺鄙な土地に向かわせた。

その時、賈島は初めて10年過ごした并州が自分のふる里であることに気がついた。

少し鈍感ではないだろうか。

私のふる里は、東京でもなく埼玉でもない。と言って、宮城県でもなければ、石巻市でもない。

自宅の周囲、歩いて10分までの狭い土地が私のふる里である。

移住して1年も経ないで確信できた。モモの墓ができてからは、その確信が十倍二十倍に強まった。

文庫は、この詩が賈島の作でないとの通説を紹介している。

私にはこれが賈島作であっても李白作でも構わない。

ふる里は自分がそう思う土地がふる里である。

詩は素直である。

賈島

補:
解説にある「還俗」。カンゾクと読んで仲間から笑われました。苦い漢字です。ルビが振ってあるのは、カンゾクと読む人が私ばかりでないということでしょうか。

漢詩百選・・・古詩の難と恨


別離の部にある古詩である。

青青河畔草
鬱鬱園中柳
盈盈樓上女
皎皎當窗牖
娥娥紅粉妝
纖纖出素手
昔爲倡家女
今爲盪子婦
盪子行不歸
空床難獨守

分からないのが最後の一句である。

文庫では、「耐え難い独り寝のつらさよ」となっている。

女は美女の中の美女、芸者時代には客の予約は3ヶ月先まで入っている。ある大金持ちの旦那に身請けされて、不自由なく日々暮らせたのも束の間、旦那が亭主に「名義変更」してからは商社の社長だろうか商売か何かで全然家に帰ってこない。

電報も無い時代、どこで何をしているやらさっぱりわからない。

「男なしでは生きていけないわ。浮気するからね」

空床難獨守

床はもちろんベッドである。隣に男がいないベッドで夜を過ごすなんてもうできないとつれない亭主に宣戦布告をしているのである。

じっと耐えて耐えて亭主を待っているなら、難ではなく恨である。

空床独守ヲ恨ム

深窓の令嬢であれば、嘆や悲もいいかもしれない。

しかしこの女は名妓である。男に不自由はなかった。その気になれば、1ダースや2ダースの相手は簡単に入手できる。

古詩は民間の俗歌である。

青青河畔草
鬱鬱園中柳

この2句も女体のパーツを意味深長に連想する位の解釈ができなければいけない。

駒田先生ともあろう風流人が、耐え難い寂しさよと解説しているのが、私には腑に落ちなかった。

補:
・この詩の全句が肉感的であります。金瓶梅・肉蒲団のグループです。「黄河遠く上れば白雲の間」ばかりが漢詩ではありません。
・駒田先生の草稿を出版社が「先生、ここはちょっと」と書き直しを頼んだのかもしれません。
・身請けしたまではよかったのですが、この名妓さん、金遣いがとてつもなく荒い。それでペルシャまで稼ぎに出なければならなくなりました。こんな亭主族でシルクロードはあふれていました。男はつらいよ。
・「難」
諸橋漢和:①かたい②むずかしい③むずかしいと思う、①なやむ②うれい③わざわい④くるしみ⑤あだ⑥くるしめる⑦こばむ⑧なじる、①おにやらい②盛んなさま
藤堂漢和:❶わざわい・うれい❷つらい戦争❸なじる❹むずかしい❺むずかしい事がら❻むずかしいと考える、❶数多く柔らかいさま❷おにやらい、❶欠点❷やっかいなめぐりあわせ

古詩

英随筆を優先する

思案の上に思案を重ねた。それで随筆に決めた、というのではない。

単純に紙の状態の差で決めた。

十訓抄は1983年第3刷発行。30歳。随筆は1960年の購入だから53歳かそれ以上。

本の平均寿命が何年かネットで調べれば分かるかもしれないが、53歳は人間でいえば後期高齢者であるだろう。

頁をめくっていくと、端がパリパリ折れていく。インディー・ジョーンズの映画さながらだ。

日本の出版社の本ならオークションかamazonで必ず探せる。しかし、洋書はどうなのだろうか。

とにかく、今年の夏の終りには、間違いなく粉末だ。

そこで、随筆を優先することにした。

条件も良くなった。

冷蔵庫の庫内温度が室温で、とても机に向かってじっとしていられなかったが、これからは足温器だけで昼間、机に向かえる。

森の書斎は所詮ヒマつぶしの読書である。

本来の私らしく明窓浄机でなければ雰囲気がでない。

随筆は詩歌と違って、目で追って音読してお終いとはいかない。

一語一語の意味を味わいながら静かに読むものである。

アンダーラインを引いた単語で覚えているものは一つもなかった。日本語がメモされている単語も、悲しいかなさっぱりである。

英和辞典は必携である。森の書斎でどうやって重い辞書を開けというのか。

幸い新コンサイスの大活字版が手元に残っている。これを脇に置いて、じっくり読むとしよう。

補:
・古事記以来の久しぶりの本格的読書です。A4拡大コピーは着々と進んでいます。
・江戸時代の本は化学物質を含浸させていないから、今でも当時のまま。江戸文化のなんとか言う専門家が北の大地のシナリオ作家(名前は忘れた)の連続テレビ対談で実際にクシャクシャにして見せてくれました。
・この新コンサイス、外箱はきれいですが、取り出してみたら、やはり頁の周りはヤケがひどい。1990年2月購入とあります。
・試しに書名と著者名で検索したら、amazon(アメリカかイギリスの本社でしょうか、全部英文)で$0.01ドル、送料$3.99ドルが沢山売りにでていました。手元の本が粉末になっても心配ありませんが、手続きが面倒そうです。

英随筆表紙

漢詩百選・・・絶好調

糸綴じ製本のコツを覚えた。

150頁位がちょうどいい。

木工ボンドを背に塗って、一晩寝かせる。

それから自作の治具で等間隔に穴を空ける。

手元に残っていた釣り糸でくくっていく。麻糸が無いので代用しているが、丈夫であればなんでもいい。

最後の結びで糸がどうしても緩む。

いくつかアイデアが浮かんだが、最終的には瞬間接着剤を使うことになった。

文庫サイズとA4の違いをご覧あれ。

ストレスなく文字が読める。

あとは、漢詩を気ままに読むだけ。

気に入った詩に出逢えば、ブログにアップ。

ただ今、私の漢詩、絶好調。

20140315漢詩A4

帰ってきた諸橋漢和

大分前に広漢和4巻辞典を処分した。これから先、二度と漢和を使うことはあるまいと思ったためだ。

この辞典は、北京の書店で買ったもので、紙質や装丁は本物を知らないから分からないが、内容は本物と少しも違わない。

ただ後付けに「内部交流」と印刷されていた。この「内部交流」と印刷れている書籍は奥まった人目につかない場所置かれている。

ちょうどレンタルビデオ店のアダルト・コーナーのような感じで、なんとなく胡散臭いのである。30年近く前の話だ。

今度の漢詩百選がきっかけで諸橋漢和が戻ってきた。

諸橋がない漢和の世界はありえない。

新漢和辞典 新装大型版 出版はもちろん大修館である。

中古本である。

例によって、新刊と見分けがつかない程極上である。

またまた掘り出し物と喜び勇んで開いたとたん、がっくり来てしまった。

字は大きいのだが、色が薄いのである。

A4コピーの目的は拡大にあるが、それと同時に活字をコピー機で濃くして読みやすくするためでもある。

この新漢和は黒インクでなく灰色のインクではないかと疑うほどなのだ。

これではとても引く気になれない。

落胆しながら、あちこち頁をめくってみると、幸いにかすれ文字は一つもなかった。

使っている字体が細いだけかもしれない。それでも結果としては読みにくいことにはかわりない。

しばらくそんな気分でいたが、ふとネット碁を思い出した。

私が入っているネット碁は、白黒の碁石の他に目にやさしいややくすんだ碁石が用意されている。

会員が自由に選べる。

目の弱い私はくすんだ石を使っている。たまに白黒の石をディスプレイで見ると、眩しくて少しの間も見続けていられない。

これで分かった。

大修館はわざと印字を薄くしたのだ。大型版を必要としている使用者は高齢者である。若い世代は、携帯サイズで間に合う。高齢者にギラギラする辞書は疲れるばかりだ。

これが私なりの納得である。

親字が9000。十分である。1000頁は程よい重さである。大型版だから索引の方もA4に拡大しなくていい。

これからはたぶんこの諸橋新漢和と藤堂漢和が中心になるだろう。

定価4,600円。購入価格1,200円。送料500円。いい買い物をした。

補:
・情報量は藤堂漢和。調べやすさは諸橋新漢和でしょうか。
・ 今度買った3冊とも現代中国語の発音が出ています。今の漢和はみんなそうでしょうか。助かります。
・ 「負担」を比べてみました。広辞苑・新明解の日本語辞書側に軍配があがりました。
・ 糞除:旺文社漢和無し、新明解無し、広辞苑無し。広辞苑は糞にたったの1行。藤堂漢和、鎌田漢語、諸橋新漢和有り。
・ 旺文社は大型版だと思って買ってしまいました。611円は付録を読むだけで元が取れます。

漢詩百選・・・回郷偶書と盲導犬

回郷偶書
(賀知章)
少小離家老大回
郷音無改鬢毛衰
児童相見不相識
笑問客従何処来

郷に回りて偶書す
少小家を離れ  老大にして回(かえ)る
鄕音改まること無く 鬢毛衰(すた)る
兒童相い見て相い識らず
笑いて問う 客何(いづ)れの処より来ると

~~~~~

覚めれば、兄弟と遊び回り、眠くなれば、夜昼構わず母犬の懐に潜り込んで眠る。

乳離れする時期に、どこかの家に貰われていく。二度と母犬にも兄弟とも会うことはない。

貰われた家では、幼い子どもが待っていて、いつもかわいがってくれる。遊ぶ時も食べる時も一緒だ。

素直にそしてのびのびと育っていく。

ある時、突然そこから連れ出される。

性格がよいというので盲導犬にさせられたのだ。

犬は何の不平も苦情も言わず、人に従う。

そして10年余。

盲導犬として人に仕えることができなくなる。
頭も体も疲れきった。

ようやく、元の家に帰ってくる。

犬は10年前のことでも忘れない。懐かしくなって、一緒に遊んでくれた子供におぼつかない足取りで必死に駆け寄り、飛びつこうとする。

今では中学生になった子供は、その犬の衰えに声が出ないほどショックを受ける。無邪気にいたずらばかりしていた頃の面影がないからだ。

子供は伸び盛り。犬は衰えていくばかり。

犬はそんなことを気にしないかのように、しきりに尾を振っている。

しばらく泣いたあと、子供は犬に話しかける・・・やっと帰ってきたんだね。

~~~~~

詩は、「お爺さん、どこから来たの」

補:
私は盲導犬制度反対論者である。人の不便は人が補うべきで、他の生き者の生涯を犠牲にしてはいけないのだ。盲導人の制度を確立すべし。(過去にブログにしている)

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