老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

ブログ・・・コメントは作品である

趣味の雑誌に「読者の声」がある。

それを、編集者が一言、二言反応する。

この反応に読者の声以上に優れた物があったという印象は一つとしてない。

私のブログはどうか。

ありがたいことに、これまで幾多のコメントを頂いた。

感謝の意もあって、一つひとつに「反応」してきたが、よくよく考えると、雑誌同様、私の反応がコメント以上であった例はないことに気が付いた。

それ以後、コメントに返信はしていない。

コメント自体が立派な作品であって、それを寸評するのは僭越であるからだ。

賛成のコメントもあれば反対のコメントもある。主張の違いを私は尊重しているので、寄せられたコメントは原則としてすべてアップしてきた。

原則に例外は付き物。

匿名性を悪用する卑劣なクズ人間からカスが来ることがある。カスはタイトルでわかるから、そのままゴミ箱に捨てている。

他の立派で真面目なコメントに同席させるほど私は寛容ではない。

モモ・・・Every dog has his day.

モモが5歳、リッキーとメリーが1歳、私が65歳。

卵を産まなくなったが元気な鶏もいた。

人里離れた静かな場所で誰にも迷惑をかけることなく、みんな自由に生きていた。

この頃が私達の最良の日々だった。

(2005年3月18日撮影。ブログからの転載です)
三人組1

ブログ・・・アルバムである

パソコンの故障、CD-Rの劣化、火災・震災、これらに影響されることなく保存してくれているfc2に感謝している。

ブログを開始した動機は2つだった。

一つは、権威と常識に逆らうことの意思表示。

もう一つは写真を保存してもらうことであった。

論理性に自信を持てなくなった今、何が語れるというのか。

モモがいなくなった今、何を写真に残そうというのか。

積極的にブログを続けるつもりはない。

1か月ブランクにすると、広告ページに置き換えられてしまう。そうされない様に、from time to time アップ・ロードする。

もはやブログの役割は終わったのだ。

モモ・・・三回目の月命日

遠い昔の出来事の様でもあり、昨日の出来事の様でもある。

時間の感覚が失われてしまった。

名前をあやかった映画「MOMO」そのものである。

私の背中をじっと視つめているモモが今でもベッドにいる。

メリーを連れて散歩に出れば、先回りして角の向こうで待っているモモがいる。


五輪招致・・・論理の破綻

A ならばA‘、BならばB’。

堕落したIOCにまともな選挙員がいるはずがない。それなのに、まともな選挙をすると決めつけた私。

BでありながらA’を結論づけた論理の破綻を今回の五輪招致で自覚した。

政治、経済、世情一般、何を語るにも常にこの論理の破綻に注意しなければいけない。

そんな苦労は私の劣化した脳細胞には負担が重すぎる。

これからは花鳥風月を愛で、風流韻事を専らにすることに決めた。

二度と政治を語るまい。

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