老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

2週間、謹慎します

田中真紀子さんがあれほどだらしないとは思っていませんでした。外務大臣どころか、な~んにも役に立たないことにやっと気がつきました。

己の不明を恥として、今日から2週間謹慎します。

週刊現代に毒気を抜かれた日

週刊誌の広告はたまに手に入る新聞で見ることが今でもあるが、中身はながいこと読んでいない。

広告から推測すれば、どうせヘンチキリンに決まっている。

埼玉から送られてきた週刊現代。

表紙の中央に、こうでていた。

~~~~~~

ぶちぬき大特集
日本人よ、もう覚悟したほうがいい
中国は本気だ
人民解放軍230万人が攻めてくる

~~~~~~

この大特集は、白髪三千丈の現代版で世間的かつ常識的な記事であった。

しかし、他の記事に非世間的かつ非常識的なものがあった。

・ 人生のことば(轡田隆史)
今週の寸言 大岡昇平
戦争を知らない人間は、半分は子供である

・ 今週の遺言(大橋巨泉)
自民党も民主党も負けたがっているようだ
苦々しい好戦的マスコミ

・永田町深層レポート
橋下徹と小泉進次郎が手を結ぶ

・ 官々諤々 (古賀茂明)
防災のための公共事業は新たな災いだ

私は、大新聞やNHKの解説や論評を常識的と言ってきた。

上の4つの記事は、そういう解説でもなければ論評でもない。

自分の言葉で語っている。清々しい。

私は、自分のブログを非常識路線で通しているつもりでいた。

この週刊誌で、そうでないことを知った。

大新聞やNHKが常識的であるなら、新聞ほどではないとしても大量に世間にまかれている週刊誌だって常識的である。

なんのことはない、私も常識的なメンバーの一人にすぎない、これが分かった。

私が、わざわざ零細ブログでああでもないこうでもないと言わなくても、週刊誌が言ってくれている。

パソコンはブログをほどほどにして、もっぱらネット碁に使おうという気になった。

付の1.
週刊現代 10月20日 定価400円
付の2.
200ページのうち私の読んだ所は10%の20ページ程度、残りは暇つぶしにもなりません。新聞は5%程度。新聞より密度は濃いようです。
付の3.
広告だけで判断していたことを反省しています。次は週刊ポストにしますか。でも、週刊新潮だけは遠慮します。
付の4.
「戦争を知らない子どもたち、革命を知らない子どもたち」日本の支配層と中国の支配層をブログにする構想を持っていましたが、その気が失せました。

オバマ大統領、再選おめでとう!

大統領が家族と一緒に勝利宣言の場にでた写真をYahooで見たところです。

明るい笑顔は、他国ながら羨ましい。

苦虫を噛み潰したような顔つきはアメリカでは歓迎されません。

軽薄と快活の紙一重の間で交渉すれば、難しい外交交渉もうまくやれます。

寸分の隙もないような秀才タイプ、たとえば玄葉大臣なんかはダメです。ちょっと脱線しても、笑ってごまかすようなタイプ、たとえば田中真紀子さんなどが外務大臣にピッタリです。

温家宝さんが前を通ったとき、「ミスター温、ニーハオ」と笑って声をかけようとしなかった野田さんは、完全にアメリカからバツ・マークを頂戴します。

祝電やメールでお祝いの言葉を掛けても、少しもありがたがられないでしょう。

陰気な面相は、外交に向いていません。

特にアメリカとは。

沖縄の基地問題だって、オバマ大統領にしてみれば、どうでもいいような事。明るい外務大臣に代われば、案外すんなり解決すると思いますね。

付の1.
人種のるつぼと言われて久しいアメリカ。実感しました。

付の2.
外国の選挙に関心はなかったのですが、オバマ・ファミリーの笑顔が良かったので、綴りました。

橋下政権 一縷の望み

既成政党とその仲間たちからのバッシングが強まっているのではないか。

バッシングが常識化しているとすれば、反バッシングの態度に出たくなる。

橋下さんがヒトラーになることはない。ヒトラーが置かれた環境と今の日本とはまったく別である。

橋下さんが戦争肯定派であっても、心配はない。戦争する相手がいない。

橋下さんが集団的自衛権の確立を狙っても心配しない。反安保派が本気で反安保活動をすればいい。

橋下さんには、脱官僚と国会一院制の二つだけ遂行してもらえばいい。戦後と言わず明治時代からの官尊民卑の疲弊を焼き討ちしてもらえば、後は平凡な政治家でもなんとかやっていける。

このためには、あれは嫌だ、これは困ると言ってはならない。

石原さんともたちあがれ日本とも選挙後はスクラムを組むことだ。立ち上がれの代表が超保守であっても、老いの一徹、頑固爺さんと許してやることだ。

それから、小沢グループとの連携も欠かせてはならない。何と言っても、小沢グループは政権政党から野に下った勇気を持ったメンバーである。信条の溝が埋まらないまま、税金を貯めこむ居残り民主党議員とは月とスッポンである。

小沢さんは老人になってあまり元気がないかもしれないが、志を一つにした若手も小沢グループにいるはずだ。

彼らにとって脱官僚は当選した時の初心である。橋下さんと組むことに異存はなかろう。

石原さんの中国嫌いは、これも老いの一徹。ニコニコ笑っていればいい。アメリカに卑屈になっていない政治家は小沢さんの他に石原さんしかいないのだ。

原発だ、TPPだ、年金だと、違いを言い出せば切りがない。

薩長同盟、国共合作、呉越同舟、小異を捨てて大同に就く、いろいろ例えがあるが、官僚の横暴と既成政党の腐敗の2点に集中して、働いてもらいたい。

橋下さんは若い。目が光っている。

優秀な参謀や家老に恵まれれば、これから何十年も日本を引率していける年齢である。

評論家やマスコミの雑音に一々腹を立てたり、反論しては時間のムダだ。

私は、これからの日本の政治はこの橋下さんと小泉進次郎さんの二人によるものと確信している。

敵対するか同期(シンクロ)するかは先の話、私にはどうでもいいことだ。

直下のこの日本を、なんとかできるのは、橋下さん、小沢さん、石原さん、この3人しかいない。

私の好みではないが、私自身にも、国共合作を課すことにして、橋下さんの賢明な応対を期待する。

かれはタガがはずれた日本の再生に必要な1本の糸である。

付の1.
官僚の抵抗は国民を人質にして間違いなく起きます。その時、補助金がなくなる助成金がなくなると橋下政府に不満をぶつけないことです。そんなことをしたら、既得権の復活になり、官僚が生き返ります。我々民衆も相応の覚悟をしておかなければいけません。

付の2.
先々のことですが、天皇が政治に深く関わることになると思っています。日本人は今の象徴天皇のままでは落ち着かないのです。座り心地が悪いのです。日本人の血ですからどうしようもありません。

~~~~~~

日本維新の会:「たちあがれ日本」とは信頼築けず…橋下氏
毎日新聞 2012年10月31日20時06分
(最終更新 10月31日20時15分)

 日本維新の会代表の橋下徹大阪市長は31日、大阪市役所で記者団に、東京都知事を辞職した石原慎太郎氏が新党の母体として想定している「たちあがれ日本」について「信頼関係を築けない」などとして党としての連携は難しいとの認識を示した。一方で「石原さん個人とは一緒にやりたい」と述べ、連携の対象を石原氏個人としたい考えを示した。
 橋下氏は「石原さんの力は必要だと感じている」と強調。そのうえで、たちあがれ日本について「保守ということで全部政策決定されるというところで世代間のギャップを感じる。グループ、党となると(連携は)難しい」と語った。
 一方、石原氏が第三極の「大連合」ができた場合には共同代表に就くよう、橋下氏から提案されたと話していることが31日分かった。たちあがれ日本の藤井孝男参院代表が同日の記者会見で明らかにした。

民主党よ 政治は商品か 

家電メーカーに長くいた私は、新商品の開発過程を近くでみている。

営業の立場から、自分の担当する市場では、どんな物が売れるかを企画に提言したこともあったし、開発製品の評価の会議に参加したこともあった。

新製品の開発に絶対不可欠な必要事項の一つに他社製品との差別化がある。

すでに他社から出ている物と同じ物や似たような物を後から市場に出しても、有利な販売活動はできないし、売れても利幅は薄い。ブランドが付いているだけで売れた良き時代は、すでに終わっていた。

差別化の対象は、機能、性能、それと外観が基本である。

売価の設定がなされた段階で、工場原価の設定は自動的に決まる。どこの家電品メーカーでもだいたい同じ原価となる。

機能部品、性能部品、どちらの部品にしても、部品メーカーから納入される部品単価は1割も割も違わないから当然である。

価格で勝負はつかないということである。

そこで、企画の手腕が問われることになる。


あちら立てればこちら立たず、の通りで、決められた原価設定のなかで、量販店のバイヤーに「なんだ、別に新しいものじゃないな」と思われない製品をつくらなければならない。

これが、他社製品との差別化である。

そのために、企画部門がこれだけは捨てたくないと思っている機能や性能がバッサり落とされたり、販売部門からの(企画部門にすれば)つまらない要求も飲むこともある。私はこういう時の彼らのグチを何度も聞いている。

経営は、売れてなんぼである。他社とのシェア争いに勝たなければどんなに専門家や評論家に褒められても、生産は打ち切られる。

差別化とは、シェア争いのためにあるのである。

さて、民主党が「中道」を掲げて、次期選挙を戦うと言い出した。競合相手が保守的な言動を繰り返しているので、それとの差別化として、中道を採用することに決めたのが経緯とのこと。

民主党は家電メーカーではない。いやしくも政党と名がつく以上、確固とした政治信条と政治理念を持った政治家が集まって結束した集団でなければいけない。この自覚がまったくない。

てんでんばらばらでよければ、自民党で良かったのだ。それが小沢元代表とその仲間が飛び出して以降、政党は体裁だけで、信条・理念はどうでもかまわぬ税金収奪集団に成り下がってしまった。

その最高傑作が、「差別化」である。

民主党の党是が、初めから中道であり、それを信念として持ち続けて来ていれば、「差別化」の非難はどこからも出ない。

周りが保守だから自分たちは中道で行こう、これでは、マーケット・シェアを争う家電品メーカーとなんら変わりがない。

民主党政権は、外交も国内政治もとっくの昔、放り投げている。唯一の関心事は、次期選挙における議員のシェアだけである。

解散が伸びればその分、税金が消えていく。もったいない。

付の1.
これだけでも十分呆れるのに、まだマニフェストを作ると言っていようです。誰が信用するでしょう。

付の2.
小沢元代表とその仲間の潔さは、理念の違う党から離れるという政治家としてごく当然の所作でありながら、際立っています。それほど、民主党はガレキ化したということです。

付の3.
戦さに敗れた軍は、恥も外聞もなくひたすら逃走するものと日本の戦国史は語ってくれています。醜い平成戦国絵巻を見ている錯覚に私は陥っています。

~~~~~~

<民主党>次期衆院選 「中道」路線を打ち出す方針固める
毎日新聞 11月1日(木)2時30分配信
 民主党は次期衆院選で「中道」路線を打ち出す方針を固めた。自民党の安倍晋三総裁、日本維新の会の橋下徹代表、新党結成を表明した石原慎太郎前東京都知事が保守的な言動を強めていることに対し、差別化を図る狙いがある。次期衆院選マニフェスト(政権公約)や策定中の新綱領に盛り込む。

 野田佳彦首相は31日、衆院本会議の代表質問で、民主党の仙谷由人副代表から「改革志向の『民主中道』こそが民主党の理念、立ち位置だ」と水を向けられ、「主張に共鳴する。私なりの言葉で言えば『中庸』の姿勢で明日への責任を果たすということだ」と応じた。

 首相は前日の30日、細野豪志政調会長や安住淳幹事長代行らと首相官邸で会談し、次期衆院選をにらんで「中道」を全面アピールしていく方針を確認している。代表質問の答弁もその一環だ。

 同党幹部は「安倍、橋下、石原3氏の右傾化路線に対する明確な対抗軸になる」と解説する。

 ただ、馬淵澄夫政調会長代理は「『中道』を分かりやすくしっかり伝える言葉を考えなければならない」と語っており、具体的な打ち出し方は定まっていない。

 民主党は98年の結党時に定めた「私たちの基本理念」で「『民主中道』の新しい道を創造する」とうたったが、今年8月の党綱領原案には盛り込まれていない。【横田愛】
(Yahooニュース)

ろれつと政治家とアナウンサー

ろれつが回らなくてもアナウンサーでないから仕方がないと言い訳した政府。

過労が原因なら、そうならないように首相の職務を制限すべきである。

自分の言葉でない故なら、自分の言葉で答弁すべきである。

問題はこういう低次元のレベルではない。

演説は政治家の本質に関わる問題なのだ。

政治家は、代議士。30キロの米俵を担ぐわけでなし、20リットルの灯油を配達するわけでなし、山手線を周回するわけでもない。物を書いて稼ぐわけでもない。議論の議で飯を食っている。舌三寸の商売なのだ。

議場での一言一句が命である。内容がよくて、そのよい内容を民衆に十分分かってもらうことで職責を全うする立場でありながら、ろれつが回りません、アナウンサーではありません、これはどういう神経なのか。

ヒトラーを見よ。
チャーチルを見よ。

ろれつが回らなかったことが一度でもあったか。
議会制民主主義における政治家が言葉によどみがあるようでは失格である。

もう一つ。

アナウンサーではない。これもひどい例えである。

昨日正午のNHKのラジオニュース。

このアナウンサーのトチることわずか15分で10回以上である。

短波放送のアナウンサー上がりが同僚にいた。彼は、1回のニュースで2回トチると始末書だと言っていた。

初めの1回、2回は、聞き流していた。3回目からは、またトチるのではないかと、そればかりが気になり、アナウンサーが何をしゃべっているのか、全然集中できなかった。

イライラして、最後に名前だけは聞いて、ブログでやっつけようとニュースが終わるのをじっとがまんしていた。

名前は「でやま」。漢字は出山さんになるかと思うが、ひどかった。羨ましいほどよく通る声の持ち主なので、声の方がもったいなかった。

多分徹夜マージャン明けか、2日酔いが残っていたのだろう。パイロットだったら強制休養のはず。1回の飛行で10回もミスったら、墜落確定だからだ。

アナウンサーが日本語の発声を間違えるようでは、日本語もお終いだ。

私は、そのニュースの後の「昼の憩い」の出やま、違った出だしがすきである。

日本語の語りはかくあるべしというような、ゆっくりした語り。情報量を半減しても、落ち着いて、かつ安心して聴けるNHKのニュースであってもらいたい。

付の1.
小学校3年の時、先生に話す時の速さを教わりました。驚くほどゆっくりで、ペラペラよく口が回る私は注意を何度も受けました。

付の2.
「昼の憩い」のテーマ・ミュージック、学校に上がる前からあったようと思います。60年は続いていることになります。演歌だか歌謡曲だか、つまらない曲が流れなければ、3重丸です。

付の3.
読み上げる原稿が悪筆だったのかもしれません。それなら、アナウンサーに同情します。

総理大臣の多忙は国を滅ぼす

題名が大げさなのは、最近読んだ週刊誌からの影響による。

野田首相が、国会答弁でろれつが回らなくなったという記事を読んで大変だと思った。

読んでいくと、同じ箇所を2度言い違えたとのこと、少し安心した。

人は誰しも、言い難い言葉を持っている。自分で書いた原稿であれば、絶対にそういう言葉は使わない。そもそも、本人の語彙にないのである。

私は、それで今回のろれつについては、あまり心配していない。

心配なのは、総理大臣の過密なスケジュールである。以前、麻生総理の時だったか、分刻みの行動記録を新聞で読んで、これでは誰が総理になっても、ダメだとブログに載せたことがある。

私は会社の中でかなりの数のトップや役員に仕えたが、一人として、分刻みのスケジュールで行動した人はいなかった。

新聞を読む、昼はしっかり食事の時間を取る、社員が残業している間に、友人か同僚の役員かと電話で笑い合う。静かになったと気が付いた時には、退社していた。

ゆとりである。

しかし、何か大変なミスや問題を下の者がやらかした時には、状況を把握し、その場での最善の方策を指示する。

鳥瞰図をきちんと把握していることから生まれたゆとりがなければできないことだ。

野田総理の行動記録を今は読まない。一つでも二つでも利口になるとか知恵がつくのなら別だが、私にとって何の為にもならないからである。

囲碁や将棋のプロでも、時間に追われれば、なんでもない局面でポカがでる。

かれらのポカは、自分の負けで賞金を逃がすだけであるが、首相のポカは国を滅ぼしかねない。

野田首相に同情するのではない、首相の地位に就いた者がろれつが回らなくなるような疲労をもたらす多忙であってはいけない、これを私は再度言っておきたいのである。

~~~~~~

野田首相、再びろれつ回らず=参院本会議
 野田佳彦首相が2日の参院本会議での答弁で、前日の衆院本会議に続き、ろれつが回らなくなる場面があった。首相は「(東京電力福島第1原発)廃炉に向けた取り組みが、これまで経験のない困難を伴うことら、ことから…」と発言した後、手を口の周りに当てて、言い直した。 
 首相は1日の答弁でも同じ内容の部分で言いよどみ、右手で頬をたたいて、言い改めた。これに関し、首相は2日の内閣記者会のインタビューで「疲れではない。(言いよどみは)たまにはある。アナウンサーではないから」と釈明した。
(時事ドットコム 2012.11.02.21.29)

付:
過労でろれつが回らなかったのかもしれません。そうでない事を願っています。

中国と日本 ウオッチする側、される側

古い仲間から一枚のコピーが送られてきた。

「2030中国」の著者 胡 鞍鋼の紹介記事である。

これを読んで、私はとても気分を良くした。

中国が日本をウオッチする時代がきたことを実感したのだ。

日本のチャイナ・ウオッチャーは、百人や千人できかないだろう。

ほとんどは、経済が停滞すれば、民衆の不満から共産党政権は不安定になる、経済が発展すればするで、民衆は自由を要求するようになる。

中国がどちらに転んでも、中国共産党政権は早晩崩壊するという観点からのものである。

歴史の流れや人口の多さ、国土の広さ、異民族の存在、アジア的人間関係、等々を踏まえた上での、今日の中国を分析した記事はまず見当たらない。政権の内部を分析したものが主流のように見える。

内部抗争や権力争いは、権力者の常であって、日本も似たようなものである。

チャイナ・ウオッチャーはこのことが分かっていても、観察する対象が中国であるから、「日本も似たようなものである」の1文は余計なものとして、書き加えない。

その肩代わりを見事にしてくれたのが、胡鞍鋼である。

・日本人は中国を一党独裁という色眼鏡で見すぎだ。これでは中国の成功の本質はわからない。中国の強さは、集団指導体制にある。党・行政・軍それぞれのリーダーが集団で政策の調整や研究に当たるため、大きな過ちは少ない。

・指導者が日本のように5年に6回も代わるようなことで、責任ある政治ができるのか。機会主義者が人気とりのために使うカネを増やすだけではないか。

・客観的に見て、政治改革が必要なのは中国より日米欧のほうではないか。

・中国の集団指導体制の下では、日本の当局者のような「我が亡き後に洪水は来れ」式の無責任な判断はなされない。

これだけ的確に日本を語ることができるジャパン・ウオッチャーが中国に誕生したのである。

日本人はアメリカがどう日本を見ているかばかり気にしてきた。タレント評論家がテレビで紹介する新聞はアメリカのものばかりであった。

ワシントン・ポストではこう言っている、ニューヨーク・タイムズではこう言っている、横文字を日本語にするだけで済んできた。

これからは、違う。

ジャパン・ウオッチャーの存在が、日本人の平衡感覚を養うことになる。

私は、これからのチャイナ・ウオッチャーの仕事は、中国の政治・経済・社会・文化の紹介と批評に加えて、ジャパン・ウオッチャーの発言の紹介が重要になってくると思っている。

評論家の質はその国の質である。すぐれた評論家が生まれた中国は昔の中国ではない。

「呉下阿蒙」

それを知ったので、私は気分がいいのである。

付:
特集 中国炎上
中国に成長は続くか? interview 2
胡 鞍鋼 精華大学教授
政治改革が必要なのは中国より日米欧だ
東洋経済 2012.9.29.

厳しい声ください、全て受け流します…民主広告

このところ、うまいワインに恵まれている。

先月は、スペインの白と赤、今夜は、オーストラリアの白。明日、空になるから、明後日の晩餐には赤だ。

私は100万円の餞別とファースト・クラスのチケットを貰っても、海外旅行はしたくないが、周りの人の海外旅行は大歓迎である。中にはワインをお土産にしてくれる奇特な方がいるからだ。

どぶろくの酔いとは違った酔い。たまには、こういう気分もいいものだ。

今夜は特に、気分がいい。民主党のユーモアに遭遇したからである。

ネットを開いたら、民主党が、表題の様な広告を億のカネで新聞に出すというニュースがあった。

政党助成金とは政治活動のためでなく選挙運動の資金であることを承知の私だが、民主党や自民党の金庫にはまだまだ何十億円の税金が保管されている。これには腹が立つ。

選挙になれば、金庫は空になる。広告会社や新聞・テレビ、顔写真屋、印刷会社、4年に1度のかき入れ時だ。せいぜい見積りを水増しすることだ。

それはそれ、広告のコピーが気に入った。

「厳しい声ください、全て受け流します…民主広告」

ウソとデタラメで3年余、フラフラ腰が座らないまま、うまい汁を吸ってきた民主党だが、最後は正直なコピーにしたものだ。

野田首相ほか民主党幹部も、ウソとデタラメのまま退陣するのは、さすがに寝覚めが悪いと思ったにちがいない。

厳しい声、全て、受け流します、だって。正直と勇気に拍手。小見出しに、「これまで全て受け流してきました」と入れてくれると一層分かりやかったのに、少し惜しい。

私は、これが本気か冗談か判断しかねるが、うまいワインには極上の肴となった。

~~~~~~~

民主、党内に解散風兆し 月内にもTVスポットCM
産経新聞 11月5日(月)9時7分配信

 民主党が、今月中にテレビのスポットCMを流す方向で交渉を進めていることが4日、分かった。政党が費用のかさむ広告を出すのは選挙期間中か、選挙を間近に控えた時期にほぼ限られる。

 「解散風はいったん吹き始めれば、止まらなくなる」のが永田町の常識。選挙をあおるかのような動きに、党内からは「野田佳彦首相は年内解散のハラを決めたのではないか」との臆測も流れ始めている。

 党関係者によると、民主党は東京や大阪など大都市圏で今月中にスポットCMを流すための交渉中で、最終調整の段階に入った。一部の新聞には3日付でマニフェストの「進捗(しんちょく)報告会」開催を知らせる広告も掲載された。

 離党者が相次ぐ民主党では、あと7人が離党届を提出すれば与党が自力で内閣不信任決議案を否決できなくなる。内閣総辞職を否定する首相にとっては、臨時国会で不信任案可決に追い込まれる前の解散を探りたいところで、政権幹部が年内解散を否定しても党内の疑心暗鬼を誘っている。

~~~~~~~

厳しい声ください、全て受け止めます…民主広告
読売新聞 11月4日(日)8時51分配信

全国紙や地方紙の朝刊に、2009年衆院選政権公約(マニフェスト)への批判を含め、次期マニフェスト作りへの参加を呼びかける野田首相の写真入りの全面広告を掲載した。

 10、11日と17、18日に全国11か所で開催する「政策進捗(しんちょく)報告会」の参加者を募集し、「どうぞ厳しい声をください。すべて、受け止めます」と結んだ。

 民主党幹部によると、費用は数億円といい、衆院解散に向けた環境整備との見方が広がりそうだ。
最終更新:11月4日(日)8時51分

~~~~~~ 
(共に、Yahooニュース)

付の1.
まだマニフェストを作るつもりなのでしょうか。連立政権が仮に成功しても、「二期目の与党となりましたら、一期目の風景とは違った風景が見えてきました」・・・、マニフェストはゴミ箱行きでしょう。

本気とウソの区別ができない民主党。オフェーリアは尼寺に、民主党はセラピストに行きなさい。

付の2.
ほろ酔いでキーを叩いたため、普段以上に悪文となりました。

石巻大川小学校の歌

教師の言う通りにしか行動できなかった子どもたちの死ほど痛ましいものはない。リードに繋がれ逃げることができなかった犬もそうだが、私は海を見る度に、嘆きと怒りがこみあげてくる。

雨さえ降らなければ、毎日海を眺める生活だから、ほとんど発狂の体である。

石巻教育委員会は、罪の意識が全くない。父兄から何を言われようが、悪いという意識がないから、ウソも隠しも平気でやっていく。

大川小学校の悲劇を歌にして、日本の音楽教科書に定番として載せるべきだ。

作詞に1億円、作曲に1億円。日本にかぎらず、世界から応募してもらう。作詞・作曲には2億円である。

公営賭博の寺銭が500億円、オリンピック強化に使われるほんの一部で済むのだ。


歌曲の流れを参考に示す。

大川小学校

一.子どもたちが遊んでいる校庭
二.津波の来襲と子どもたちの死
三.父兄の悲しみ
四.教育委員会の欺瞞と隠蔽
五.父兄の怒り
六.鎮魂の歌

付の1.
私は教育委員会の廃止を唱えてきました。橋下代表には政権を握ったら、まっさきに腐敗・無能の教育委員会を廃絶していただきたいと願うものであります。

付の2.
「真白き富士の嶺」

真白き富士の嶺、緑の江の島
仰ぎ見るも、今は涙
歸らぬ十二の雄々しきみたまに
捧げまつる、胸と心

ボートは沈みぬ、千尋(ちひろ)の海原(うなばら)
風も浪も小(ち)さき腕(かいな)に
力も尽き果て、呼ぶ名は父母
恨みは深し、七里ヶ浜辺

み雪は咽びぬ、風さえ騒ぎて
月も星も、影を潜め
みたまよ何処に迷いておわすか
歸れ早く、母の胸に

みそらにかがやく、朝日のみ光
暗(やみ)に沈む、親の心
黄金(こがね)も宝も、何にし集めん
神よ早く、我も召せよ。

雲間に昇りし、昨日の月影
今は見えぬ、人の姿
悲しさあまりて、寝られぬ枕に
響く波の、音も高し

帰らぬ浪路に、友呼ぶ千鳥に
我も恋し、失(う)せし人よ
尽きせぬ恨みに、泣くねは共々
今日も明日も、かくてとわに

大川小学校の歌は、このような悲しみだけであってはなりません。

付の3.
「八甲田山死の彷徨」
リーダーの良否が生死を分ける見本のような小説です。

付の4.
島の元船長や元漁労長、皆さん中卒ですが、の責任感の強さにはただ驚くばかりでした。学歴や書物からの知識は生きるか死ぬかの瀬戸際では、まったく非力です。

付の5.
地方紙河北新報社は今でもしっかりフォローしています。これは、ネットからの転載です。

石巻・大川小 市教委説明会 前校長「生存の教諭と面会」

東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡・行方不明になった宮城県石巻市大川小の児童の遺族と市教委の話し合いが28日、同市河北総合支所で開かれた。

柏葉照幸前校長が、学校にいた教職員の唯一の生存者で、病気のため市教委が「接触できない」と説明してきた男性教諭に昨年11月に会っていたことを明らかにした。

男性教諭への再聴取を求めてきた遺族からは「なぜ今ごろこんな事実が明らかになるのか」と怒りの声が上がった。男性教諭は裏山に避難し、学校にいた教職員11人で1人だけ助かった。

市教委が昨年4月に開いた遺族向け説明会には出席したが、その後病気を理由に休職。市教委は「主治医に面会を止められ、再聴取ができていない」と説明してきた。柏葉前校長は遺族との質疑応答の中で「昨年11月にたまたま連絡が取れて、男性教諭の自宅近くで会った。話もできない状況だった」と話した。

市教委にも報告していなかったとし、理由は「言葉を交わした程度だったので報告しなかった」と述べるにとどまった。今年3月に退職するまで、月1、2回程度メールなどで近況を確認していたことも明らかにした。

6年生だった次女を亡くした佐藤かつらさん(47)は「当時の状況を知るため、男性教諭の話を聞きたいとずっと訴えてきた。会えないと説明されてきたが、その陰で前校長が会っていたとはひどすぎる」とショックを受けていた。

話し合いの冒頭では、遺族有志が独自の聞き取りなどを基にまとめた事実関係と考察を市教委に提示した。避難が遅れた背景について「学校が命を守る組織でなかった」と指摘。「市教委は体質をただし、真の検証をしてほしい」と訴えた。

市教委は被災状況の検証のための第三者機関の設置に向けて、文部科学省と宮城県教委を交えて遺族と11月3日に話し合うことを報告した。

2012年10月29日月曜日

付の6.
文科省が直接検証することに決まりました。私は全然期待していません。同じ穴のムジナでしょうが。


夜間外出禁止令

人間の行動を束縛できるのは、刑務所だけで十分である。病気になって入院すれば、病院も行動は制限されるが、これは、本人の意志で入院しているのだから、別の話である。

軍人は、戦争状態に置かれている場合はともかく、平時は一般の公務員と同じである。決められた時間、それが昼にせよ、深夜にせよ、に決められた業務、それが実弾を使った戦争ゲームであったとしても、につく。

時間が終われば、軍服・軍靴を脱ぐ。そのあとは普通の人間である。

刑に服している犯罪者ではない。

それなのに、夜間は自由に動いてはいけないという。フェンスの中だけの行動しか許されない犯罪者扱いである。

私は、あちこちの都市を回ったが、深夜の外出をしなかった都市はわずか2つである。

一つは、ソ連時代のモスクワ。外国人の宿泊といえば、メジュドゥ・ナロードナヤに決まっていた。インター・ナショナル・ホテルが英名である。

すぐそばに静かな公園があって、夕暮れは決まって散歩をしたものだ。夜になる前にさっさとホテルに引き上げた。

もう一つは、戒厳令下のソウル。夜11時だったか、零時だったか、覚えていないが、朝鮮料理で一杯やっていても、落ち着かない。ホテルに帰るタクシーは相乗りで、奪い合うようにして乗り込んだものである。

沖縄は昔のモスクワでもなければソウルでもない。南国の空気に包まれた夜は、家の中でじっとしているには惜しすぎる。

それなのに、アメリカ政府は、夜間外出禁止令を出した。これほど、不自然な法律が他にあろうか。軍事独裁政権ならいざ知らず、自由思想のメッカと自称するアメリカのやることではない。

ローマ帝政時代から、兵隊と船乗りの行く先々には酒と踊りが待っていた。それが人間なのだ。アメリカ政府はこれさえも無視した。

いや、無視しないわけにはいかなかった。

日本の政府の強い要請の受け入れのために人間の自然な行動を無視したのである。

こんな不自然な状態が長続きするわけがない。禁酒法時代のアメリカがいい例である。

野田政府は、できもしないことをアメリカに強要した。野田首相、玄葉大臣、森本大臣、夜8時以降は外出してはならないと命令されたら、君らは素直に従うか。

1日は誰にも等しく24時間が与えられている。どう使おうが、当人の自由である。

いつものように、野田首相は、「極めて遺憾だ。あってはならないことが起こってしまった」とリップ・サービスを繰り返した。

極めて遺憾。

あってはならない。

野田首相は、この二つのフレーズを使えば、すべての失政がご破算になると信じている。度し難い阿呆である。

人間性を無視しなければならないような状態は異常である。無理強いすれば、必ず手痛いしっぺ返しが返ってくる。

付の1.
沖縄県民の苦痛だけではありません、志願であっても、沖縄在任のアメリカ海兵隊にも苦痛なのです。同情を禁じえません。
日本の政治家の皆さん、抑止力などという寝言は、目が覚めたら忘れましょう。海兵隊さんがのびのび羽を伸ばせる世界の別の基地に移ってもらいましょう。

付の2.
ドサ回り商売の唯一の楽しみは、取引相手とのディナーを無事に済ませ、ホテルにも取って、普段着に着替え、さあこれからどこに行こうか思案する、これでした。

付の3.
ついでに他の阿呆三者の「空々しい怒り」の言も付け加えておきます。
玄葉光一郎外相:「言語道断だ」
森本敏防衛相:「まったく許し難い行為」
仲井真弘多知事:「政府にはもう少し腹を決めて取り組んでいただきたい」

余命2ヶ月  My Life Without Me

11月になって、ついに私の余命が2ヶ月になった。

死ぬまでにしたい10のことを自分なりに考えてみた。

昨日11月1日から考えているのだが、思いつかない。

青年から中年の頃には、3つあった。

オーロラを仰ぐ。

ギリシャに行く。

オリビエのオセロを観る。


いずれも、諸般の事情3割、自己都合7割で実っていない。

今は、諦めている。

この3つを諦めてからは、特別なものはない。

空がある。海がある。

音楽と映画がある。

尺八とギターの音は出る。

難しい人間関係がほとんどない場所に住んでいる。

安全な環境で生き物がのんびり暮らしている。

身辺整理は着実に進んでいる。物が目に見えて少なくなった。

水と電気と電話とプロパンは供給されている。

生協の共同購入で食料に不自由はない。

老後になった今、老後のための準備も不要になった。

まだ読んでいない本、まだ観ていない映画、まだ聴いていない音楽、なかったことにしている。

海外旅行は思っただけで億劫になる。島さえ出たくない。日々の行動半径は300メートルを超えない。それで満足している。

病気になったら、無理をせず、治ればよし、治らなければ、死ねばいい。

My Life Without Me

私がいなくなっても空は青い、海は広い。

これで結構。

付の1.
死ぬまでにしたい10のこと。映画の題名です。癌で余命2ヶ月。原題がMy Life Without Me

です。私は癌で亡くなった人をかなり見てきましたが、映画のように死の直前まで、元気で血色が良かった人は知りません。
付の2.
先日、お話しましたように、私の余命は生きている間は更新されます。来年の1月を過ぎて、ブログがでましても、「なんだ、死んでいないじゃないか」と怒らないでください。絶対に不渡りにならない約束手形ですね。

TOTO よかった。みんなカッコよくて。(広告)

ロンドンオリンピックで日本は38個のメダルを獲得した。そのうちの35個が助成の対象であった。

どこからの助成かは、ひと目でわかる。

toto・BIGである。

スポーツ振興くじの収益による助成は571億円!

571億円の後ろに感嘆符がついていることに注意する。

私はメダルの単価は世界で最も高いのではないかと疑っている。

メダル1個が1億5千万円である。金(キン)はわずかで、銀と銅がほとんであるが、全部が金でも、高い買い物をしたものである。

世界一かどうかはこの広告からは判断できないが、とにかく高い。

オリンピックがゼニ儲け化したのは大分前のことだが、今では完全に定着して、一人ひとりの選手までがカネで育成されることをオリンピック精神に対する冒涜であると思わなくなってしまった。

内村:
totoの助成金は日本のスポーツを確実に強くしてくれているとおもいます。

吉田:
totoの助成金は指導者の育成にも役立てているんですね。

三宅:
totoの助成金によるサポートはわたしたちを支えてくれているんですね。

入江:
totoのサポートで日本のスポーツ全体のレベルが上がっていると思います。


「スポーツ振興くじ」の実体は公営賭博である。

昔から賭博はヤクザがお天道様に見られないようにコソコソとやるものと決まっていた。

これを国家が真昼間からやっている。それだけでも、国家の品格が疑われるのに、それを新聞に広告を出すとは、恥も外聞もあったものではない。

賭博は脳構造の加減かどうか知らないが、人の本性に基づく欲求によるものだから、飲酒とおなじで禁止はできない。

問題は禁止にあるのでなく、国家がやっていることである。賭博は、胴元が絶対に損をしないように仕組まれている。

公営賭博は、やればやるほど国に寺銭が舞い込んでくる。こんなうまい儲け話はないと、個人が開けば、即お縄頂戴となる。

世界一高価なメダルを買う位なら、こちらは東日本大震災の復旧・復興支援のためにtataとPIGをやろうと企画しても、同じように即お縄頂戴である。

いかに高邁な目的があっても個人には許されない。国しか権利が与えられていない金儲けである。

国だけの儲け話は他に何かあるか?

ある。税金である。

スポーツ振興くじは、真性の直接税である。

これをしっかり認識しておかなければならない。

571億円という税金が東日本大震災の復旧・復興支援にいくら使われたか、次の行を読む前に想像していただきたい。

15億円である。1%にも達しない0.4%である。

1年半が過ぎても、復興・復旧は遅々として進んでいない。復興予算の横領が政府官庁で横行している上に、賭博で徴収した税金までが、三十数個のメダリストのカッコよさに流されていたのである。

オリンピックで金さん銀さんはもういい加減にしてもらいたい。

571億円。この金額が震災前からの累積かどうか知らない。それはどうでもいい。

これからが問題である。

ブラジルオリンピックに向けて、ひっきりなしに公営賭博を開帳するのだろうか。

オリンピックは4年に1度スポーツの祭典と表現するのは、ほとんど間違いと言っていい。

1,460日に20日のプロスポーツの祭典というのが正しい表現である。

金だ銀だ銅だと騒ぐのはたったの20日間。復旧が遅れている罹災地の不幸は、1,460日のうち1,460日である。

よかった。みんなカッコよくて。

冗談も程々にしてもらいたい。

よかったのは571億円を手にしたスポーツ選手と寄生集団である。

スポーツ振興くじが、その名の通り、日本のスポーツを育てるためにあるのなら、見世物・興行スポーツであるオリンピックから手を引いて、日本国民が自分の体を使うスポーツにあてるべきである。

スポーツ振興くじの収益による助成は571億円!

このビックリマークは感嘆符ではない、慨嘆符である。

付の1.
バクチに首を突っ込む人たちは、寺銭がどう使われようが、まったく無関心です。当たるか当たらないか、頭の中にはこれで満タン。
くじ売り場で復旧の助けにでもなれば、と願って買いました。カッコつけおって。本当に助けたかったら、くじを買うカネをそっくり寄付したらどうだ。
言う方も言う方で、取材して放映する方もする方。タテマエは国会議事堂の中ばかりではないようです。
付の2.
選手の発言。あまりにも似ています。それもそのはず、提供したのは、顔写真だけ。文章は賭博経営職員の代筆だからです。
付の3.
J1サッカー選手は、競走馬ですね。

・読売新聞1012年10月24日スポーツページの広告

FC2Ad