老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

旅立ちの音楽 

オリジナル・ソースからパソコンに吸い上げます。wav形式ですから、これをmp3に変換して、zenに移します。

zenにはランダム・ポジションがあります。ランダムにセットします。

これを、寝る時にイヤホンで聴きます。

何が次に聴けるかワクワクします。そのうちにウトウトして寝入ります。

これをここ1週間ほど続けています。嫌な夢を見ません。ありがたいことです。

老人の眠りは短い。夜中に、眼が覚めます。音楽が聴こえます。

まだ、生きています。

目が覚めないまま音楽を聴いているのは死んだ証拠です。

でも、嫌な夢を見ない状態で死ぬのですから、この試み、大成功です。

2時間ほどの中に、数十曲が入っています。最後に聴くのが何であるかは、ルーレットです。

「パペーテの夜明け」を5部入れました。確率が5倍となっています。底抜けに明るい南国。私の心のふるさとです。

チャイコフスキーの「6月」。これは、私が今いる島の印象です。初めてこの島に来たとき、「6月」が頭に浮かびました。なんと穏やかで満ち足りた調べであることか。

「最後の楽園」と「今の小さな楽園」

その小さな楽園で、イヌとネコと肩を寄せ合って生きていきます。冬になるとストーブの前でかたまります。

では、みなさん、4月に再会を願って。

付の1。
ベートーベン以前を第1期、ベートーベンからピンク・フロイドの間が第2期、それ以降が第3期。私の音楽史観です。第3期に生を受けた私は、幸せです。

付の2。
春は隅田川。秋はセーヌ河。秋の音楽はシャンソンではありません。歯切れのいいバンドネオンが奏でるアルゼンチン・タンゴですベッドです。タンゴを聴いていると、自然に足首から先が拍子を取ります。これが最後に巡ってきたら、往生際の悪いヤツという評判がでそうです。まあ、どうでもいいことですが。

付の3。
zenは、mp3の携帯再生ギアの商品名です。こんな小さな物でも2G。まだまだ入れられます。ドアーズとR&Bはこれから追加します。クラシックも数曲追加します。

付の4。
写真は我が方丈が完全に竹やぶに隠れている姿です。隠遁生活を地で行きます。週一回の月下独酌。尺八の響きが聞こえませんか。

s-隠遁生活の場

葬儀用音楽

これは、米米CLUBの予定です。多分、葬儀場は拒否するでしょうが。

絶対に私の棺桶の前で流してもらいたくないものは、二つ。

一つはベートーベンの第九交響曲。どこの偉人の葬式かと疑われます。笑われます。

もう一つは、モーツァルトのレクイエム。死に向かってあがいています。七転八倒です。名曲をいくら作っても、最後があれでは、涙を誘います。

やはり、米米クラブ。

カールスモーキー石井さんに見送られたら、日本人冥利に尽きます。

付:
CDとLD。私の貴重なライブラリーとなっています。

映画大好き ベスト10

それぞれ20回は観ました。年に1回観ても、20年の計算では、驚くほどのことではありません。

☆アメリカ
「ジャイアンツ」
「お熱いのがお好き」
「回転木馬」

アメリカ映画からミュージカルをはずしたら、何も残りません。ディーンとモンロー、アメリカ映画の粋ですね。

☆イタリア
「ひまわり」

マストロヤンニもローレンも私は、もともと、あまり好きな俳優でありません。しかし、この「ひまわり」は別格です。いい映画です。

☆フランス
「ファントマ3部作」
「太陽がいっぱい」

いかにもフランスのエスプリという感じのファントマ。変装の瞬間がぎごちないのもCGにない良さです。「太陽がいっぱい」の他にろくな映画に出なかったドロン。もったいなかった。

☆ドイツ
「Uボート」
「フィッツカラルド」

戦争映画のほとんどを観てきた私が、戦争映画を1本だけと言われれば、躊躇せず「Uボート」を選びます。

「フィッツカラルド」は、僻地にいても生のオペラを聴きたいという執念に敬服しました。私もその執念に共感して検証のためわざわざ現地に行きました(会社のカネで)。

☆スペイン
「カルメン」
フラメンコの迫力。大音響で再生しますと、床が響きます。サタデーナイトフィーバーの軽さと好対照。ラテン民族の深みが伝わってきます。俳優の全員がまたすばらしい。スペイン、万歳!

☆ポーランド
「夜行列車」
ドラマの最高傑作。東欧の映画は理屈っぽくて暗いから娯楽にならないと言う人もいますが、私はその真面目さが大好きです。

☆ブラジル
「黒いオルフェ」(ポルトガル語版)

長い間観てきた手持ちの「黒いオルフェ」はフランス語版でした。今年、ポルトガル語版が入手できました。長生きしてよかった。劇場で観たのも確かポルトガル語でした。手元のLD、何回も再放送したBS-2がフランス語で、おおいに不満でした。サンバはブラジル。ブラジルはポルトガル語。

☆中国
「覇王別姫」
「変臉」(日本題:この櫂に手をそえて)
「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3部作」
「少林寺」

「この櫂に手をそえて」はBS-2で放映されました。録画テープが湿気でカビだらけになり、やむなく処分。DVDを求める段階になって、ネットで見たら、えらく高い値段でとても買えません。「變臉」という原題がわかったので、香港から買いました。英語と繁体字の中国語の字幕だけ。日本語ナシ。安いから我慢。いい映画です。

「チャイニーズ~」はジョイ・ウォンが主役。大好きです。

「少林寺」ジェット・リーになってからさっぱりです。彼は、この作品1本で終にしておけばよかった。残念。

☆日本
「ビルマの竪琴」(モノクロ版)
「野良犬」
「椿三十郎」
「座頭市シリーズ(全)」

ビルマの竪琴」カラー版が同じ監督からでましたが、全くダメ作品。飽食時代の俳優が痩せこけた目だけがギラギラしているような日本兵を演じられません。明るいカラーを作ったのは、お茶の間のテレビで観るようにとの計らいと思います。この映画はお茶の間で観るようなテーマではありません。モノクロ版は、映画館で観るかぎる問題ありません。私は私設映画館で観ています。

「野良犬」題名が気に食わないのですが、いい映画です。私の子供時代の東京が舞台です。なつかしい。シナリオにまったく無駄がない、不自然さもない。とてもいい映画です。三船敏郎は演技でも一流です。

「椿三十郎」はこれまで何度も取り上げています。略。

「座頭市」は勝新太郎でもっているようなもの。他の役者では、つまらないヤクザ映画にとどまるだけでしょう。発売当時のLDにはめずらしい、16:9のレターボックスサイズ。これがありがたかった。

こんな具合です。

舞台がギリシャでも、フランス映画。監督がフランス人でも、ブラジル映画。香港制作も中国にしています。国別は無意味で、整理の都合です。

ベスト10といいながら、10でありません。10に収まらないのです。

今、4:3のLDを16:9のDVDに買い換えている最中です。4:3はダメ。シネスコサイズはシネスコサイズで観なければ、映像美が半減します。

以上の中から、強いて1本と言われますと・・・「黒いオルフェ」ですね。

フランス語版では、80点でした。ポルトガル語になって90点。なぜ100点でないかといいますと、4:3なのです。広がりがない。16:9がいつ出るのか、待ち遠しいです。16:9といえば、ミア・ファローの「ハリケーン」も、是非16:9が欲しいです。

明日の朝を気にしなくていいから、熱いコーヒーを深夜でも飲む。いい香りが漂う。映画が始まる。大画面と大音響。来年の春まで、山の中に篭って映画の幸せを満喫します。

付:
毎晩、映画と音楽を1本づつ鑑賞しても、我がライブライーの消化に1年かかります。その上、スカパーとDVD購入が追いかけてきます。生きる長さと勝負です。

s-100926プロムナードb

旅立ちの音楽(5)日本・東洋の部

小林旭 「北帰行」 
オフ・コース 「生まれくる子供たちのために」 (CD)
ハイ・ファイ・セット 「卒業写真」 
韓国ドラマから 「オナラ」 (CD) 
齊豫 「有没有這種説法」 (CD)
民謡 「花笠音頭」 (CD)
民謡 「斉太郎節」 (CD)
尺八 「産安」 (CD)

100918モモ

旅立ちの音楽(4)一般の部

Michael Jackson 「Thriller」 (LD)
  同  「Billie Jean」 (LD)
Julia Fordham 「Porcelain」 (LD)
ABBA 「Dancing  Queen」 (CD)
同  「The Day Before You Came」(CD)
Grover Washington,Jr. 「Winelight」 (CD)
同  「Just The Two Of Us」 (CD)
Shakatak 「This Boy Is Mine」 (LD)
Pink Floyd 「Crazy Diamond」(CD)
同   「Wish You Were Here」 (CD) 
同  「Us And Them」 (LD)
同  「虚空のスキャット」 (LD)
Whindham Hill 「A Thousand Tears」 (LD)
 同  「Water’s Path」 (LD)
E. Presley 「Are You Lonesome Tonight」 (LD)
Erick Clapton 「Tears In Heaven」 (CD)
John Lennon 「Imagine」 (LP)
Ono Yoko 「Don’t Be Scared」 (CD)
Paul McCartney  「Too Many People」 (LP)
同  「Tug Of War」 (LP)
Duran  Duran 「Notorious」 (CD)
Bananarama 「Venus」 (CD)
Doors 「People  Are Strange」 
Enya 「Storms In Africa」 (CD)
  同  「Exile」(CD)
Crannad 「Mistery Game」(BS2)
Narc Jornson 「Beautiful Love」 (CD)
Amalia Rodrigues 「暗いはしけ」 (LP)
ワルツ 「Non Ti Scordar Di Me (忘れな草)」
  同  「Candlelight (別れのワルツ)」
  同  「Domino」

旅立ちの音楽(3) クラシックの部

無伴奏チェロ組曲 (CD)
バッハ マタイ受難曲 (LD)
ハイドン オラトリオ「天地創造」 第三部の初め (LD)
モーツァルト ピアノ協奏曲第二〇番 ニ短調 
ベートーベン 弦楽四重奏曲第一五番 イ短調 (LP)
ベートーベン 交響曲第六番ヘ長調 「田園」 (LD)
シューベルト 歌曲「冬の旅」から「辻音楽師」 (LP)
  同 弦楽四重奏曲「死と乙女」 第3楽章 (CD)
ショパン バラード第四番 ヘ短調 (LP)  
チャイコフスキー 「四季」から 「六月 舟唄」 (BS2)
プッチーニ 歌劇「トスカ」から 「星は光りぬ」 (BS2)
グリーグ 組曲「ペール・ギュント」から 「ソルベイグの歌」 (CD)

旅立ちの音楽(2) ジャズ・ラテンの部

Thelonious Monk 「Straight No Chaser」(CD)
M.J. Q. 「Django」 (CD)
The Dave Brubeck Quarted 「Take Five」 (LD)
Clark Terry 「Samba De Orfeo」 (LD)
Carlos Santana 「A Love Supreme」 (LP) 
同 「Black Magic Woman」 (LP)
同 「Oye Como Va」 (LP)
Jose Feliciano 「California Dreamin’」 (CD)
Jair Rodrigues 「Sou Da Madrugada」 (LP)
Paulinho Daviola 「Meu Mundo E Hoje」(LP)
 同 「Guardei Minha Viola」(LP)
Sambalacanas 「Dancing Days」 (LD)
同 「Panga Danga Panga」 (LD)
J.C.Lodge 「Home Is Where The Hurt Is」 (CD)
アルゼンチン・タンゴ 「ツクマンの月」 (CD)
同 「君を待つ間」 (CD)

旅立ちの音楽(1) 映画音楽の部

(伊)最後の楽園 「パペーテの夜明け」(You Tube)
(伊)ひまわり
(米)回転木馬  「If I Loved You」 (LD)
(米)オクラホマ! 「Oh, What A Beautiful Mornin’」 (LD)
(米)サタデー・ナイト・フィーバー 「Night Fever」 (CD)
   同  「You  Should Be Dancing」 (CD)
(米)ピンクの豹  (DVD)
(香)チャイニーズ・ゴースト・ストーリー 「永遠に抱きしめて」 (You Tube)
(仏)タンゴ (スカパー)
(仏)ヘッドライト 
(西)“Hable Con Hella” (スカパー)
(波)夜行列車 (LD)
(英)イエロー・サブマリン 「Yellow Submarine」 (LP)
   同   「All Together Now」 (LP)


尖閣諸島 我が国固有の領土だって 笑止千万

今月で冬眠するので、ネットのニュース、ラジオニュース、遮断していた。どうせ、私の想像していた通りに事態が推移するものと確信していたからでもある。

雨降りの今日、何気なく、ネットニュースを開いた。開いた以上、読むことになった。読めば、何か言わなければ気が済まない。

1。大東亜戦争の開戦前の雰囲気。
NHKが「公共」の美名のもとで事件を報道する。新聞各社は、政府の弱腰を非難する。外務大臣が、あれは裁判所がきめたことと、とぼける。菅直人は、無傷である。

2。島は地球の物。
我が国固有の領土とは笑わせる。人間の所有物でない。大海の中でポツンと位置している尖閣諸島は渡り鳥のため、また、漁船の避難場所のため。人間は地球に感謝しなくてはならない。それを、国益の材料にするのだから、呆れる。

3。世界に法務局はない。
日本の土地なら台帳で確認できる。私も何回か通って、土地の名義を私にした。領土は、そうはいかない。無能な国連、無能な国際司法裁判所、訴えてもムダである。よしんば、日本の主張が正しいとされても、相手当事者が、「我が国は納得しない」と一言言えば、パーである。

4。日本の大衆は無条件降伏を理解していない。
日本は戦争で負けた。無条件降伏だから、中国が佐渡島と沖縄を割譲せよと主張したとしても、何も文句が言えない立場だったのである。北方領土は返還されるメドがたたない。戦争で負けて領土を失ったら、それを除いた国土がその時代の「固有」の領土となるのである。いくら、古事記の時代から日本国だったと訴えても、軽くいなされるだけだ。

5。日米軍事同盟を可とする属国日本は、まともに相手にされない。
軍事同盟で、ワシントンやマイアミに日本軍が駐留して、そこそこのドルを受け取っているのなら、対等な軍事同盟である。世界はそれなりに認める。今の安保は沖縄は半分アメリカ、東京の周辺に米軍基地、これで一人前の外交ができるはずがない。軍事同盟は日本の勝手だが、それを相手国がどう見ているかは相手の問題である。

外務省役人はこのことをよく分かっている。卑屈な人間群だから、朝鮮のような弱い者にえばって、ロシアにはへいつくばっている。

対外折衝で何より大切なのは、相手から人格を認められることである。国でいえば、国家の誇りである。

今後、どこの国でもまともに相手にされようと思ったら、日米安保を解消、せめて、対等にすることから始めることだ。

5。日本も原爆を保有せよ。
中国にあって日本にないもの、な~んだ。原爆である。戦争はできない、相手は益々国力をつけてくる。当然出てくるのが、日本も原爆を持つべきであるという、「正論」である。いざとなれば相打ち、これはこれで理屈だ。しかし、この正論は、アメリカが絶対に許さない。原爆保有論は、机上の空論である。

6。欲しけりゃくれてやれ、ちっちゃな島の一つや二つ。
平和は戦争と等しく代償を求める。戦争は生命や財産だ。平和は、生命を奪わない。尖閣諸島、竹島、北方4島、戦争の代償だと思えば、安いものだ。特に、北方4島は、次の戦争までは返ってこない。次の戦争はないから、永遠に返ってこないということだ。それを、担当大臣まで作って、日本大衆に幻想をいだかせる、これぞおためごかしの典型である。

だいぶ前に書いたように、領土問題は、火種である。作為的に解決しないのが国家である。内政の不満を外国に向けるためで、日本に限らない。だから、永遠に火種は絶やさないのである。

知らぬは大衆ばかり。

領土問題は、自国1国で解決できない問題である。だから、いっそのこと、問題自体をなくしてしまうのが最も賢い解決法である。

今日の結論:

日常生活にこれらの島の何が影響しているのか。全くない。あるのは、NHKの「公共」ニュースと新聞各社の扇動記事ばかり。

改めて私は言う。これは、国益(天皇を象徴にして)を失わないとして、大東亜戦争に進んだ道とそっくりであると。

付の1。
これも繰り返しですが、戦争は一旦始まったらもう止まりません。戦後このかた、始まる前の「検証」があまりにもお粗末であります。

付の2。
売り言葉に買い言葉。中国は、領土問題を先送りすることでなんら日本に不満を持ちません。こじれたら、軍需産業が活気づきます。軍需産業はなにも日本ばかりではありません。中国にだって立派な軍需産業がありますでしょ。


1億3000万円機器 海の底

新聞の見出しは、スポーツ紙に限る。センスとユーモアに溢れていて、その大見出しを見るだけで、愉快になる。電車通勤をしていた頃の私の印象である。キオスクで見るだけで、買うことはしなかった。見出しで十分だからだ。

全国紙の見出しはつまらない。これが、タイトルだけで買わずに済ませる私のようなケチに対する深謀遠慮的作戦かどうか知らない。

久しぶりに、センスを感じたタイトルを目にした。

「1億3000万円 海の底」

深部探査船「ちきゅう」が潮流に負けて海に沈んだという記事である。潜水艦ならいざ知らず、ワイアが切れれば、海底まで落ちるに決まっている。それを、端的に「海の底」と言い表した。秀作である。

私は、花火ロケットを打ち上げるほどだから、地中・海底に向かっても税金をムダにして遊んでいるに違いないと勘ぐっていたが、まさにその通り。新聞がなければ、私の目にとまらなかった。

担当者が、「潮流の変化に対する想定が甘かった」と説明している。甘くて、1億3000万。どんな記者会見だったか、新聞からはわからないが、「穴があったら入りたい」面持ちや沈痛な面持ちで担当者が会見したとは思えない。

回収するかどうかを10月に決めるという。回収すればその費用がまたかかる。されなければ、海の藻屑となる。損害保険を掛けているのだろうか。これも気がかりだが、新聞には出ていない。

まさかと思うが、作り直しも技術崇拝の菅さんのことだからやりかねない。この時、発注する額は、いくらになるのか。特注品だから、開発・設計に1億円、機材にはせいぜい3千万という所だろう。同じものを作るのだから、御の字である。政府がいくら払うか気がかりである。

この3千万、年収200万の世帯主になんのメリットもない。エリート企業に吸い上げられていく。中小企業に回るカネは残りカスである。

仕分け対象はここにもあった。

付の1。
海洋研究開発機構。長ったらしい名称はなべて胡散臭いもの。例外ではありません。海のことは海に任せよ。

付の2。
天と海、不要不急の双璧。地でムダが行われていないはずがありません。いつか、新聞記事になるでしょう。

付の3。
讀賣新聞2010年8月13日 社会面。

老いの一筆  手の内公開

If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle,
I wouldn't deserve to be alive.


鋭くなければ、ブログでない。
遊びがなければ、ブログに値しない。

巷間言われるように、零細企業は、大企業と同じことをしていたのでは、生きていけない。生きようが死のうがどうでもいいような我がブログにも同じことが言える。

大衆迎合に無頓着を決めれば、怖いものは何もない。受信料の不払いも、購読解約も心配しなくて済むブログのいい所である。世論がカチンと来ないような内容は我がブログに載せなかった。鋭か鈍かは読み手の判断に委ねるが、私自身は、精一杯、鋭さを意識して書いてきたつもりである。

鋭いだけでは、政治家や人気評論家と変わりがない。彼らには遊びがない。ユーモアのセンスを世論に求めるのは、酷である。冗談を、「バカなやつ」と笑い飛ばせない世論を意識すれば、やむを得ないことである。彼らに同情は少しする。

「日本は神の国」
「女は子供を産む機械」
「原爆は落ちて良かった」

言った当人は真面目であるのはいいとしても、聴き手の世論まで、真面目に「ふざけるな」と怒ったのでは、どうにも救えない。こういう発言をした政治家はバカなのである。笑って、哂って次の選挙で落とせばいいだけのこと、それを世論はムキになって揚げ足取りに専念する。もちろん、ここでの世論はメディアを言う。

私のブログは遊びに溢れている。

あまりにもまともなテーマで、遊びの余地がない場合には、小国寡民自身を遊びの対象に仕立てた。

私の家は、「大邸宅」
私の庭は、「ビオトープ」
私の容姿は、「長谷川一夫かアラン・ドロンか」
私の頭脳は、「諸葛孔明と同等」

どんなにユーモアを解さない読み手にも、遊びであることが分かる。白髪三千丈である。私の大ボラに本気で腹を立てる人がいるとすれば、二度と私のブログに寄らない。

不定期的に、ウソとホラに注意をうながしてきたが、冬眠にあたり、私が意識して遊びを加えたことを改めて、申し上げることにした。

バカだ愚か者だと相手を罵ってきたのも、このライン上にある。バカと言った方がバカと言われた者よりバカである。この普遍的真理を私がわきまえているからである。蛇足かもしれない。

老いの一筆 冬眠の動機 右肘の痛み

少し前に、ブログ作りの苦労を愚痴った。本当に苦しくなったら、グチもでないと、先人が語っているが、その通りグチを言えないほど苦しい。

広辞苑が右手で持ち挙げられない。腕は振り回せるから泳ぎに不便はない。問題は肘にある。激痛に見舞われる。ハサミ以外は右手でこなしてきたから、習慣で、つい右手で広辞苑を引き寄せる。とたんに、イタタタ。

ならば、左手を使えと言われそうだが、老犬に新しい芸は無理。何回痛い思いをしても、右手がでる。

こういう問題は、問題自体を無くす以外にない。

四十肩で約1年悩まされた。病院の世話にならなかった。時が医者だった。先行き不透明だが、半年間、リハビリに専念して、結果をみたいと考えている。

日本国を憂う前に、まず自分の体の世話だ。

国益 国際関係論から学べない

私が大学に入ったころ、国際関係論なる学問が出てきた。比較文学論、文化人類学、こういうあいまい学問の一つである。

大学で、人が余ってきたのに、教授職がない、なんとかいい方法がないものかと、大学が考えだしたのが、こういったあいまいで怪しげな講座である。

半世紀過ぎた今、相撲取りが大学で講義する時代になった。宮城県知事が教授に迎えられる時代になった。化粧水を大学で教える時代になった。このままいけば、ラーメン講座ができて、ラーメン比較論、ラーメン食材論、ラーメン史、ラーメン食器論、それぞれに教授がつくことになるだろう。

国益。

国会なら県益、県議会なら市益。国益は外国との関係で初めて話題になる性格のもの。

それで登場するのが、外交論、国際関係論である。

これは間違い。

国益はこういう他国との関係というレベルで分かるものではない。更に一層登り、文学・芸術の専門分野で考えるべき性格のものである。

私の知る範囲でいえば、音楽である。

ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ピンク・フロイド、この人達の音楽が国益の意味を教えてくれる。

国益は存在しない。あるのは、国益の裏で国益の名目によって得をしようとする国民である。この国民は抽象的な国民ではない。実体を伴った特定された誰それである。「国益に反する」、これがニセ物fakeであることを彼らは歌っている。

大学で国際関係論を学ぶより、ずっと正しい理解が得られる。

Imagine

Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

日中関係 戦略的互恵関係?

分かったようで分からない言葉はたくさんある。

この代表が、「戦略的互恵関係」である。

戦略的というのなら、戦術的相互関係があってしかるべきではないか。この言い方は聞いたことがない。

互恵の互は、お互いの互。双方メリットがある関係ということか。

こんな関係は改めて宣言しても無意味である。

お互いに得をするのなら、黙っていてもいいからだ。

片方が得をする、それで別な片方が損をする。

互恵がほころんだ時にどう対処するか、これが外務省の仕事である。円満解決ができず、あるいは、その努力をしないのなら、あるいは、喧嘩別れする気分でいるなら、高給外務役人はムダである。

当たり前の事を、難しい言い回しを使って、さも、何か偉い事をしているように見せかける。

外務省は仕分けの対象である。

付の1。
「戦略的互恵関係」 確立されていても、外務省がヒマな間だけ活きていて、事が起これば、右往左往。こんな時こそ「戦略的互恵関係」の出番でしょうが、お役人殿。

付の2。
仲が険悪になったとき、頑固者の相手から逃げず、それをうまく処理する人が、交渉人です。

日中関係 ハラハラドキドキ、 誰が?

私は一貫して内政不干渉主義を通している。

朝鮮のことは、日本の世論の質を向上させるために取り上げている。三男の世襲で騒いでいる日本の世論が、自分の身内で何が起きているのか、てんで気がつかない。あるいは、知らぬふりをしている。

中国も然り。チベットや新疆ウイグルで何が起ころうが、日本の世論がとやかく言う筋合いではない。衝突は、双方覚悟の上の出来事だ。何度も何度も鎮圧されて、それでもひるまずに戦う人間集団が自主独立の美酒にありつける。

このブログでは珍しく中国が登場したのは、その流れから一歩も外れていない。

日本の外務省が前原人形を操って、中国に吠え始めた。菅改造内閣での最初のご祝儀のつもりである。

中国が待ってましたとばかり、楯突いてきた。ここまでは、外務官僚の想定内であり、シナリオ通りに進んできた。

さすが、外務省と喝采を受けると信じた。お褒めの言葉も頂戴できるものと思っていた。

とんでもない錯覚であった。

先ず、財界がハラハラし始めた。中国市場から締め出されたら、日本経済は完全に沈没する。商人道よろしく、お客様は神様と、商談に入る前に念仏を唱えなければいけない。たとえ、自分の好みの相手でなくてもだ。

尖閣諸島から数千億の売上げは期待できない。世論が満足するだけの空気である。中国市場を失う比ではない。

片や、中国。苦節半世紀、世界のマネーが外国政府要人によって運び込まれる時代を謳歌している。日本がいなくても、痛痒を感じない。

日本の経済界のハラハラに相当するハラハラは中国にない。最初から勝負は決まっている。

もう一つの国がハラハラしている。当事者でないから、ハラハラ見守っているということか。

それは、アメリカである。

従米派の菅内閣でも特に生粋の従米派の前原さんが外相になったまではいいが、その暴走にハラハラしているのである。

中国でタンマリ稼がせて、それを貢がせる。アメリカが日本を丁重に扱っているのは、これが理由である。鵜飼いである。

中国で商売ができなくなれば、あるいは、難しくなれば、鵜飼いは商売上がったりとなる。アメリカは大いに困る。

先に、日米安保という軍事同盟がありながら、素知らぬ顔を通していることに言及したが、アメリカは軍事など眼中にない、あるのは、マネーである。

一目で頭の悪さが分かる前原さんは、菅内閣の重荷になる。似たり寄ったりといえばそれまでだが。

付の1。
アメリカ政府の不快を買うまでは、想定していなかったでしょう。外務省官僚はサル並みの知恵者の集団であります。

付の2。
船長の釈放は、罰金1円。これを中国は受け入れません。帰国したら英雄です。国益論者は、日本の特許ではありません。愚者はどこの国にもいるのです。

付の3。
ハラハラ、これが続けば、イライラになります。アメリカさんです。

老いの一筆 冬眠します

来る10月1日より来春3月31日まで、老いの一筆、冬眠します。

最大の動機は、日本の政治について、まったく書く気にならなくなったことです。

残りの動機は、今月中に、ボソボソ語ることにいたします。

予告です。

日中ギクシャク 外務省のシナリオ通り

何にも驚きません。

すべて外務官僚のシナリオ通り政府が動きました。

日本人でも私には、閉塞感がまったくないのですが、菅さんは、元気に怒ってガス抜きを図っていますね。

前原さんがいくら吠えても、飼い主のアメリカさんは、かばってくれません。

なにしろ、中国と一緒になって、日本の常任理事国入りを拒否したアメリカですから。

思い出すのは、イギリスとアルゼンチンの間のフォークランド戦争。アメリカは、いちはやく、イギリスに組みすると宣言しました。

これだけ、思いやり予算をつけているのだから、一言日本を元気づけるような言葉をかけてくれてもよさそうなもの。ポチ!ガンバレ、とかね。

日米同盟なんか、こんな程度。

承知の上でワ~ワ~大衆をけしかてているのだから、外務役人も人が悪い。

付:
「日本の領土」とNHKが尖閣諸島の頭に必ず付けているが、中国も日本の領土として認めているのか。NHKに冷静・公平な報道を望む。

浜辺 別の楽しみ

強烈な日差し。気温は24℃。湿度60%。

この気温なら大丈夫。イヌを連れて、浜に下りる。

今日は、Zenを持参した。

この歳になるまで、ラジカセを鳴らしている海水浴客をみると、なんで海にまできて、音を聞くのか、アホと軽蔑していた。

待てよ。若者のグループは大抵もってきている。何かいいことがあるのかもしれない。

メイドの土産に、一応、真似してみるか。

というわけで、Zenの持参となったのである。

海水は理想的な冷たさで、一気に50ストローク。それから、空を仰ぐ。青い。プカプカしながら浜に戻る。寝そべる。ここまではいつものパターン。

それから、Zenを取り出す。最近のイヤホンは、高音質である。葬儀用に準備中の音楽を耳の中に流す。

驚いた。アホどころか、至極愉快なのである。眼を閉じて、風を感じる。厳選した曲が続く。

アマリア・ロドリゲスの「暗いはしけ」になったら、足が自然に動き始めた。

甲羅干しに、満足しない。すっくと立ち上がって、踊り始める。

曲が代って、Night Fever。アイ アム ジョン・トラボルタ!

本格的に踊る。

あっという間に、1時間半が過ぎた。

無人の白浜で、私は心ゆくまで踊る。至福の瞬間。

と、ここで止めれば至福だが、また連想という悪いクセが出てきた。

連想先は、笠智衆である。黒澤明の映画「夢」の笠智衆である。

御歳70の私は、ジョン・トラボルタより笠智衆ではないか。

アム アイ 笠智衆?

嫌だ、嫌だ。

サンバの曲になった。私の心はコパカバーナビーチ。

自己流サンバを踊り始める。

狂ったように踊っているヒト一人と脇で尾を振っているイヌ一匹。

遠くから眺めたら、きっとシュールだろう。

・・・・・

もうすぐ夜は12時。かすかに雨音がしている。

昼間の私は本当に私だったのか。映画の1シーンではなかったのか。

私の夏はまだまだ終わらない。

付の1。
保健師に見られたら大変です。痴呆老人というアンチ・シュールで応対されますから。

付の2。
笠智衆とサンバ。想像できます?

100917白浜

電話が通じないストレス

6月に続いて、まだ、電話がダメになった。

おととい、異変が起こった。回線が切断されたのである。しばらくしたら、復帰した。

昨日は、昼まで良かった。それから、また、切断。何かの拍子に戻るかと期待していたが、やはりダメ。

今朝、NTTにお隣さんから電話した。

「只今、混み合っています。そのままでお待ち!」。お隣さんの玄関でそのまま十数分待った。受話器からは、「そのままお待ち!」が機械的に聞こえてくる。我ながら気長と自慢したい。

限界がきた。宵待草じゃあるまいし、一度戻って、また電話した。継ったら、「島ですから、明日になります」の返事。 これで、プッツン。受け付けが男であろうが女であろうが、ダミ声であろうがオペラ歌手であろうが、もう止まらない。ブログでご存知のとおり、罵詈雑言語彙は人後に落ちない。

一応当たってみるので、折り返し電話するという。ケータイの電話番号を教えてくれという。ケータイが通じない超絶僻地にいるから隣の電話でかけているのだろうが。ここはネバーランドか。docomoがきいて呆れらぁ。怒りは寿命に悪いという。かまうものか。ガガガ!(お隣さん、私の怒りに慣れているので、そばにいたが驚かない)

効果テキメン。すぐに手配するという。

またこれでイラ菅になった。おとなしくしていれば、ほっぽったまま、ガミガミいえば、慌てて手配する。この根性が気に食わない。

田舎の政治家がなにかにつけ陳情するのも根っ子は同じなのだ。黙っていては、中央からカネは来ない。先生には大臣になってもらって、しっかり地元のために働いてもらおう。ガンバレ、新大臣。

たかが電話の不通で、日本政治まで連想する私。自分でも自分が嫌になった。

ストレス解消が必要だ。それで、このブログを書いた。

付:
台風でもないのに、戦争でもないのに、ブログはアップできない。碁は打てない。メールは届かない。CDの予約はできない。振込みはできない。生協に注文ができない。できなければ、来週一週間は、海水だけか。私の楽園、実はこんなもんです。

菅内閣 ほころびは日中関係から(想定内ではあろうが)

まあ、よくも堂々と前原さんを外相にしたもんだ。

これは、中国関係は、日本のリードで進めますよと宣言したようなもの。今の中国と日本の力関係をまったく無視した強がりだ。

昔の中国は、建国の軍人らが政治を取り仕切っていた。勝ち戦さの軍人にありがちな、どこかオットリしたところがあった。悪く言えば、間が抜けたところがあった。対日関係でも、「先の大戦は日本軍部によるもので、日本人民と中国人民は揃って被害者である」と真面目に語っていた。

今どき、こんなのんきな考えで日本人民を語る政治家は中国のどこを探してもいない。資本主義の論理を身につけたエリート官僚(政治家)が資本主義国日本との交渉にあたっているのだ。

アメリカを後ろ盾にしている日本が筋を通すといくらわめいても、13億の市場を自分の持ち駒にしている中国が、それでビビることはない。千客万来だ。

「いやなら、来なくていいよ」の一言でチョン。

菅さんが前原さんを外相に選んだのは、ここまでの覚悟は当然できているからである。「日本にはアメリカがついているからね」というわけだ。

これが、とんだ錯覚であることは、これから前原さんが身をもって証明してくれる。

中国、呉下阿蒙にあらず。

付の1。
中国の一人っ子政策。我がまま一杯に育てられた中国人が、政治に参画する時代でしょう。中華思想の伝統と相まって、ポチ公なんか鼻であしらわれるようになりますよ。

付の2。
中国に嫌われれば、それだけアメリカの重要性が日本国民に理解される。従米強化には好ましい状態になるます。しかし、経済界が悲鳴をあげます。前原さんの更迭を陰に求めるでしょう。

付の3。
中国との交渉に、小賢しい小人は不適切です。嫌われます。太っ腹でないとね。

付の4。
アメリカは、財力がないくせに「ノー」とハッキリいう中国を自称パートナー実質追従者日本よりずっと敬意を払っています。少なくとも互角の相手として認めます。アメリカ人はそういう国民です。

私の小さな楽園 秋の風が吹く

明け方から雨。静かな一日が約束された。昼になって、少し雨脚が激しくなってきた。

毎年、大雨に見舞われる。家から町道までの小道が小川になり、長靴でも通れなくなることが年に何回かある。よほどの事がない限りそういう時は外出しない。

西の国。炎暑の後は、豪雨。大変な様子だ。

海水は蒸発して天に溜まる。太陽が斜めに傾いて、天が冷えると、水滴が我慢できなくなり、それが一気に雨になる。これが正しい理科である自信はない。しかし、私は、炎暑と豪雨は因果関係にあると思っている。

台風にせよ、炎暑にせよ、豪雨にせよ、西を起点にして日本列島を旅している間に、みんなくたびれてくれる。

私の小さな楽園は、北帰行の最終地にある。

昨日は、イヌを連れて浜に行った。ヒトが泳ぐ。イヌが歩く。

小さな楽園に小さな秋がやってきた。

s-100915モモ

民主党 分裂がないはずがない

官僚・メディア連合の圧勝でした。

菅さんがカネの問題を自分から持ち出して戦ったのですから、このままノーサイドで挙党体制が確立されるなんて、とても私には信じられません。

今月中に、小沢さんグループは分党します。

残った菅さん、外交では、アメリカと中国の板挟みにあい、内政では借りができた世論(メディア)に振り回される運命です。

半年を待たずに、にっちもさっちも行かなくなります。

内閣支持率に気兼ねしながら政治を司るとどうなるのか、民衆はツケを払わされます。

私としては、先に希望がない政治の面倒をみるつもりはありません。

どうぞ、ご勝手に!

Alles gut! すべて良し! 人生は線香花火じゃ

浜に寝転んで、しばし沈思黙考。

今年の夏は、快調だった。

何年か前、四十肩で左肩が回らず、一度も海に入れなかった夏が一番みじめだった。

去年は健康保険に世話にならず、保険税がそのまま没収された。

今年は、腰痛と肘の痛み対策で、膏薬を病院から貰っている。それでも、去年より今年の方がずっと体調がいい。楽園に引越してから、もっとも快調と言ってもいいくらいだ。

泳いでも疲れない。40ストロークはお茶の子さいさい、50も平気だ。カヤックだけでは、エネルギーが余って困る。

なぜか。

3月末から、毎日欠かさずやってきたラジオ体操第一と第二のお陰ではなかろうか。晩酌、散歩、囲碁、映画と音楽の鑑賞、尺八、これらについては、例年通りである。始めて良かったラジオ体操。

と、ここで考えを止めればいいものを、いつものように複眼の思想がでてきた。

待てよ。

今年の快調は、ヒョッとして線香花火ではないか。

他の花火は大抵打ち上げられ、人々は仰ぎ見る。線香花火は、見下される。50本か100本でいくらという、1本では日本のお金の単位に達しない哀れな花火である。華やかな花火が全部なくなって最後に、なんだこれか、と軽蔑されながら、登場する花火である。

この線香花火、ご存知のように、一通りパチパチと火花が飛ぶと、ジーという音と共にとてつもなく明るい玉っころになる。明るくなったと思うまもなく、玉っころはストンと地面に落ちる。ジ・エンド。

これを連想してしまった。

私の今年の快調は、線香花火の最終段階ではなかろうか。どうもそんな気がする。

今年、都会では、熱中症で多くのお年寄りが亡くなった。私だって熟成度を抜きにし、年齢だけでいえば立派な老人だ。

今年で終わったとしても、日頃の行いが特別にいいとは言えない私には、過分の処遇である。

ラジオ体操のNHKに感謝すべきか、ご配慮いただいた天帝に感謝すべきか。

強い日差しと爽やかな海風で、頭の中は整理がつかない。次第に面倒になってきた。どうでもよくなってきた。

Alles  gut! 我が人生、線香花火で結構。

付:
ドイツ語。映画「Uボート」の艦長の言葉。字幕で意味を知りました。以来、エブリシング オーケーの代わりに使っています。

0911パドル

厚労省元局長 無罪放免 作為と不作為

昨日の夜のニュースは、これが中心であった。

聴いているうちに、何かおかしいぞ、と感じてきた。

どこが、おかしいのか、考えた。

この元局長、休職中で、無罪になれば元が消え、局長の椅子に座ることになるらしい。

これが、おかしいと感じた原因である。

この事件、厚労省の許認可が正しく行われていれば、起きなかったものである。

マンション建築基準の偽装と、根は同じ、監督省庁の怠慢からである。それにつけ込んだ業者が悪いのはとうぜんだが、ポール・マッカートニーが歌っているように、世の中、善人もいれば悪人もいる。それを、提出された紙切れだけのチェックで、許可する。怠慢と言われても反論できまい。

郵便事業の善意の割安料金体系を利用して莫大な金を節約した悪意をもった団体。この莫大な金は、本来国が手にすべき金ある。

それを見過ごしたまま、局長が、「私は関与していません」で通るか。裁判所は無罪を言い渡した。無罪は「作為」がなかったことによる。これで通ったのだ。

犯罪を未然に防がなかった「不作為」担当局長が、お咎めなしで職場復帰するなら、役人は、どんなに怠慢であっても、一流大学の学歴さえ持っていれば、生涯、いい目を見るというお手本になる。

すでにあの世に去った、名ばかり100歳に年金を給付し続けていた厚労省、年金記録がどうなっているか分からず何回も印刷会社と郵便会社に巨額の税金を払った厚労省、この元局長が象徴している。

0910定点観測b


裁判 あいかわらず少し変よ 鈴木宗男さんに実刑!

実刑2年とは驚いた。

判決を下した裁判官の鉄面皮に驚いた。

賄賂は悪い。どのくらい悪いのか、億の金かと思いきや、千万に満たない金額である。

政治に対する国民の信頼性を著しく損ねたなどは、裁判所の空々しい常套句である。いまどきの国民、だれが政治を信頼しているというのだ。

実刑2年は、鈴木宗男さんが、「悪うござんした」と裁判官に頭を下げなかったからである。国民の信頼性でなく、裁判官のプライドである。

これまで、企業トップによる悪事の裁判で実刑になった例があるか。反社会的行為による消費者の被害は、億の単位である。

トップは、記者会見で、神妙な面持ちで、深く反省する。裁判官は、それを受けて、罪は重いが、重々反省しているので、執行猶予、温情丸出しだ。こういうパターンの連続である。

世間知らずの裁判官だから通用するが、悪事トップは、世間にバレる前から悪事を承知して悪事を働いているのである。確信犯である。確信犯の反省は、「心から」でなく、「都合上」である。

鈴木宗男さんも、自分では悪いと思っていない。確信犯である。違うところは、裁判を通じて、一切「反省」をしなかった点である。

上っ面の反省で、執行猶予がついて、シャバを闊歩する確信犯。片や、己の信念を曲げない故に牢獄につながれる確信犯。

私は、根っから裁判所を信用していない。今回の実刑判決で、私は改めて、信用しないことにした。

0910定点観測

背中に海砂 笑っていられません

美青年の頃から夏は、決まって海辺で過ごした。数日もあれば十数日もあった。湘南が2割、千葉が8割という所だろう。

大学時代は高校の仲間、独身時代は会社の同僚、世帯を重く背負ってからは、ファミリー・ドライブ。中古車が買えるだけのゆとりができたのである。

よく泳いだ。そして甲羅干し。当時は、クロンボ大会がどこの海水浴場でも催されていた。今は、黒人に対する差別用語としてかどうか知らないが、ニュースになっていない。サンバの真似事ばかりがニュースになっている。本場ブラジルのサンバはあんなものではない。日本人の猿真似、残念だ。

話を戻す。甲羅干しの後は、シャワーで海砂をきれいに落とす。

無為に過ごした50年。

この間、背中に海砂が、ついていたままで翌日を迎えたことは一度もなかった。

この驚愕は、数日前に書いてある。

いくら不器用でも、50年繰り返せば、シャワーの放出先ぐらいはわかるもの。それが、今年になって、初めて背中に海砂が残った。

なぜか。私は考える葦だ。自分で答えを出す。出た。

70歳になって、背中の皮膚がシワシワになったのである。皮膚細胞は大きさが変わらない。Beauty is but skin deep. その内側の細胞だけがどんどん小さくなってくる。アンバランスがシワを作る。

シワは山と谷でできている。海砂はこの谷に3日72時間埋もれていたのだ。

だいぶ前に、上着のファスナーが首の皮に食い込んで、痛い思いをしたと書いた。首の皮がたるんで、背中の皮だけピンと張ったままでいるはずがない。

考えれば当然のこと、70という年齢を否応なく実感した背中の海砂であった。

付の1。
細胞が小さくなるのか、数が減るのか、あるいは両方なのか、私は、知りません。知識ではありません、実感です。

付の2。
ご高齢者の皆様、ご自身の背中を鏡に写せば、ウソでないことがわかりますよ。お勧めはしません。(美醜不問)青年諸君、ピンと張った皮膚は若者の証明。無駄にしないように。

s-100911モモa

おとといの慈雨、きょうの晴天

すっかり秋の空になった。

おとといの雨で、水温も相当下がったはず。

昨日は台風くずれの曇天だったので、まるまる2日、海に入っていない。

背中かゆい。触るとボツボツがたくさんできたていた。

掻くと、ボツボツがボロボロ剥がれる。

3日前の海砂が背中についたままだったのだ。

シーザーの物はシーザーへ。海に入って落とすことにした。

期待通り。海水温は24℃になっていた。

気持よく、泳いだ。

それから、カヤック。ブレードの白が、透明な海に映える。

売店は解体されている。浜に誰もいない。何もない。

あるがまま。

福岡正信師が去って早や2年。頭の中はこれだけ。

砂浜に一人でいると、この「これだけ」のほか、何もいらない。

わがブログのこの一年、福岡正信師の思想の再確認に終始したようなものだった。

無為自然。

付:
私の見方では、老子が師、福岡さんは兄弟子。しかし、福岡さん自身は、老子を超越したと考えておられるようです。それで、福岡師と呼ばせていただいています。

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ケンモホロロ  「剣もホロロ」は誤りです

ゆりかもめ様から、ご教示いただきました。 

言い換えは間違いのもと、そのまま、コピーしました。

~~~~~~~~  

うちの電子広辞苑には
 
(「けん」も「ほろろ」も雉の鳴き声。それと「けんどん(慳貪)」をかけたものか)

無愛想に人の相談などを拒絶するさま。

取りつくすべもないさま。

浄、夏祭浪花鑑
「仰々しい何ぞ事も有る様にと、一に顔色も人を殺せし体もなし」。
「・・・の応対」

~~~~~~~~

向かっていったが、相手にこっぴどくやり返された、それが「剣の刃がボロボロ」の表現になったとばかり思っていました。

小学校では英語のワン、ツー、スリーより浄瑠璃を学ばせるべきですね。

ゆりかもめ様、ありがとうございました。

付の1。
自分のブログ中に誤字・脱字を見つけると、本当に国語教育の重要性が分かります。私を反面教師としてください。


100人の侍 東軍か西軍か

数日前に聞いたものです。聞き違いでしたらお詫びします。

ニュースで、衆院一回生が、小沢さんには義理があるし、さりとて、次回衆院選で落選するのは嫌だし、と悩んでいました。

民主党議員の100人ほどが菅さんにつくか、小沢さんにつくか決めていないとも流れていました。

信じられません。

菅さんと小沢さんは自分の党の要人、顔つきから言い方、考え方まで、よく分かっているはずです。菅さんと小沢さんが双子の兄弟なら別ですが、どこから見ても、どこの面をみても、たいへん違っています。

国を背負っている国会議員が、自分がそのどちらに共感をもっているか、とっくに持っているはずです。


100人の侍の腹は決まっている。赤ジュータンの上を歩く紳士・淑女ですから、菅さんにも小沢さんにも笑顔で接しているのです。

と、ここまで書いたが、ほんとかね?

バンドワゴンに乗りたいために、周辺の様子をみているのではないか、そんな勘ぐりが私の頭で大きくなってきました。

地元後援会のご意向を伺いますね。そうすると、後援会会長らは、どちらが次の政権の座に着くか、着く方に貸を作っておけば、自分たちの陳情もやすく受け付けてもらえるだろう、反対に、落ちる側についたら剣もホロロ。こんなソロバンがはじかれます。

代議士先生が落選したら、もちろん、元も子もなくなりますね。だから、後援会も代議士先生に負けずに必死に様子を窺っているのです。

ここには、政治理念や国家の将来など、ひとかけらもありません。あるのは、自分たちの損得勘定だけです。

今、マスコミはあきれるほど足踏みをそろえてバンドワゴンは菅さんとはやしたてています。

これは、損得勘定に基づいてどちらの側に着こうか、悩み多き議員や党員・サポータへの公平の名の下における露骨な選挙干渉でありませんか。

マスコミの世論調査にグラっとくるとは思いたくありませんが、100人のうちには、1人や2人、グラっとくるかもしれません。

そういう人は、政治家は不向きです。地元に戻って大根でも育てましょう。ずっと「世のため、人のため」です。

ついでに一言。

仮にこういう政治家に出会ったなら、私に代って徹底的にその間違いを記者諸君は追求しなければいけません。マスコミがしっかりしない限り、日本の政治はよくならないのです。

今になっても、どちらに着こうか、悩んでいる民主党党員はいないはずです。私の下衆の勘繰りに違いありません。最後に添えておきましょう。

付の1。
Bandwagon「勝ち馬」学のあるところを自慢したのではありません。英米にも、こういう日和見主義者がいることをその単語から知ってもらいたいためです。

付の2。
ケンモホロロ。広辞苑に出ていません。どなたか正しい言葉、教えていだだけませんか。

英語ノート こうして仕分けが骨抜きになっていく 

小学校英語の教材として、無償配布されている。それを、先の仕分けで、廃止することに決まった。

これが復活するようだ。

ネットに載っていた写真では、教科書というより、絵本である。中身はマンガである。

学校の教材に多色刷りは要らない。上質の紙は要らない。生徒の頭に学ぶべき事が入るまでが使命で、その目的が達成されたら、ゴミである。一人として、長く書庫や書棚に飾らない。

子供の時に、「本は体裁でない、内容だ」と体に覚えさせる、これが教育というものだ。

本の体裁はこれくらいにして、問題は復活の過程である。

存続に対する現場からの強い要望によるそうだ。

これがおかしい。

仕分け作業のなかで、何か一つでも、現場から、「私のやっていることはムダです。私もムダでした」と廃止・撤廃を自主的に申し出たものがあったか。どう転んでも見込みがない事業をスケープゴートにしていただけではないか。

そもそも、仕分け作業とは、現場が税金を湯水のように使っている慣性を止めることが目的であった。現場の要望を聞いて水ぶくれした予算を役人に代って取り戻すさなければ仕分け人の一分が立つまい。

私は、一つどこかに譲歩すると、際限なく復活活動(婚活、就活、を真似て復活と言おうか)が始まると大予言をしていた。

スパコン、ハヤブサ、ノーベル賞学者へのご褒美金、今度の英語ノート、ほか私の知らない諸々、カネがないないと政府がこぼしても、これでは、私の同情は得られない。

私と共に怒ってくれ、仕分け作業に貢献した政治家、学者、識者諸君。

付の1。
仕分け作業,盛んなりし頃、政治家が、最後には自分たちが決めるのだと水を差していました。その通りでした。

付の2。
小学校に英語教育はいりません。英語教育は無意味です。報道によりますと、あいさつや数の数え方を小学生に覚えさせるとありました。バッカじゃなかろか。日本語ですよ、義務教育でしっかり教えるのは。(前に書いています)

付の3。
問題の根本に触れないで、枝葉末節を議論する。教育現場の悲鳴は英語ノートの不足ではありません。英語教育そのものの存在に対する悲鳴です。文科省の役人さん、分かっているのに、トボケるなんて、人が悪い。

付の4。
民意を汲んで政治をすれば、いくらカネがあっても足りません。まともな政治家は、時として、民意に沿わない決断が必要、これにこそ「説明責任」がつきます。それでも、分からない民衆は、相手にしないことです。死ぬまで分かろうとしませんから。

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