老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

政党交付金は選挙で消える

前にブログに載せた交付金の明細、大まかな数字さえも忘れたが、民主党には百億円以上、自民党にも数十億円、交付金が出ている。

ポスターに、広告に、パンフレットに、街頭演説に、消えていく。連絡事務所だって、選挙のための応援団用であって、そこで政治が行われるのではあるまい。

ああ、もったいない。

候補者の街頭演説を聴いていると、なんで彼らが必要なのか、益々分からなくなってくる。言っていることは、党首が記者団に語っていること以上にはなにもないのである。

党首の演説を録音して、それを大型ラッパで流せばいいのだ。

都会は、宣伝カーでさぞうるさかろうと、仲間に同情したら、選挙演説は、「馬耳東風」だと返っきた。

一流のジョークで、彼は馬耳どころか、大手新聞社の論説委員で筆を振るっていた。東風は、毛沢東先生が、「東風が西風を圧倒する」と言ったように、たいへん好ましい風のことである。

どの党首の演説を聴いても、彼の耳には耐え難いほど低質であるから、東風とジョークをいれたのだ。

400万以下の低所得者には、恩恵を用意する、と叫んでいた。

冗談もいいかげんにせいよ。公務員の400万円也のボーナスを半額にしてから、消費税を語ってくれ、菅太郎。

付の1。
東風は、体に悪い風とも言われているようです。陸游の詩に、東風悪、とあったと記憶しています。

付の2。
やたらボーダーラインを設けて、制度を複雑にする。官僚主導の本質です。脱官僚はウソでした。ウソつき民主党に鉄拳を!

付の3。
政党交付金を廃止しない間は、一市民の私、絶対に消費税については論議さえ認めません。

参院選とサッカー、どっちが大事?

今朝、うとうとしながらラジオのスイッチをいれたら、ちょうど、ニュースの時間に当たった。トップがパラグアイに負けたサッカー。延々と続いた。申し訳け程度に、参院選の状況。

負けたからいいようなもの、勝ち上がっていったら、参院選は、絶対にニュース番組から消えていた。


オリンピック、W杯サッカー、ゴルフ、熱烈ファンもいれば、無関心派もいる。感動だらけの祭りでも終われば、消えてなくなる。

政治は、そうはいかない。選挙が終われば、支配される側のきびしい現実が残るのだ。

一体NHKは何を基準にニュースを流しているのか。

付の1。
アメリカのプロ野球を中継している陽気ではあるまい。

付の2。
NHKはヒーローを「捏造」しすぎる。政治を直視されては困る大勢の低所得者のガス抜きでごまかそうとする根性が気に食わない。

付の3。
気違い沙汰の報道姿勢のエサにならなければ、日本チームの勝利を願うものである。

付の4。
これも、走り書き。

夏のボーナス

総理大臣が400万円、最高裁で400万円、仙台市長が200万円、これで、財政破綻が起きないわけがない。い。以前、公務員のボーナスについて語ったので、くどくど言わない。ただ、忘れていないことだけは言っておきたい。

つい先日、昔の職場の部下の一人から、きびしい業績で、今年の夏は、10万円だと聞かされた。民間企業の従業員は、業績がどんなに伸びても1億円は配られない。悪くなれば、10万、すずめの涙だ。

菅太郎は、街頭演説で、しきりに財政破綻回避を有権者に訴えている。

そらぞらしい。

鹿児島県阿久根市は、ボーナス5割カットを実施した。それでも、40歳代の男性職員は35万円が渡された。

役人天国、日本。国家上級試験に20倍の応募があるはずだ。

民主党は口先ばかりで、いったい何をしているのだ。

参院選  中村敦夫さんのインタビュー

自分と同じ考えの人がいるを知るのは楽しいものだ。

中村敦夫さんが宮城の河北新報社のインタビューに応じて、いろいろ語っている。

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◎単なる選挙団体

 ―今回の参院選は民主が与党として、自民が野党として迎える初の大型国政選挙になります。
 「両党の背骨を支える政策はあいまいなままで、目指す道筋の違いもはっきりしない。ともに多くの芸能人やスポーツ選手を擁立しているが、無党派層の獲得に向けた単なる選挙団体になっているとの印象を受ける」
 
 ―二大政党制の現状をどう見ますか。
 「日本の二大政党制は時代認識や政策の違いから生まれたわけではない。小選挙区制を導入すれば、金権政治が終わるという根拠のない論理によって物理的に形成されたものだ。多様化する民意の流れからも遠ざかっている」
 
 ―鳩山内閣が退陣し、菅内閣が誕生しました。民主党政権に対する評価を。
 「自民党政治は限界だという世論の高まりで期待を集めたが、民主党はさまざまなグループの“乱婚”を重ねて今に至っており、中核の考えを共有し合っているかどうか疑問だった。昨夏の衆院選でも『政権交代』しか言えないのが実情だったのだろう。官僚任せだった自民党に対して政治主導を掲げたが、未熟さも露呈した」

◎観念転換示せず

 ―参院選では、ともに将来的な消費税率引き上げを訴えています。民主党が現実路線にかじを切り、より自民党との違いが見えにくくなっているとの指摘があります。
 「現在の財政状況を踏まえれば、税率引き上げはやむを得ない。条件として徹底的な行財政改革が必要になる。ただマニフェスト(政権公約)ではどちらも成長戦略という間違った時代認識から抜け出せていない。国内総生産(GDP)が上がっても、格差拡大で生活困窮者はどんどん増えている。成長なき幸せを何に求めるか、観念の転換を示せていない」
 
 ―二大政党制がおおむね定着する一方、参院選で第三極を掲げて多くの新党が参戦しました。
 「野党に転落するなどして権力から遠ざかる恐怖心が先立ち、もうろくして迷い出ただけにすぎない。そこには理念も政策も感じられない。いずれ全部吹っ飛んでしまうだろう。参院選はそんなに甘くない」
 
 ―価値観が多様化する中、二大政党では吸収しきれない民意の受け皿をどこに求めるべきでしょう。
 「地域主権は政治を変えるキーワードになる。いずれローカルパーティー(地域政党)の存在感が増す時代が来ると思っている。地域ごとに抱える事情は異なるが、既存政党の下部組織では受け止め切れない。有権者の政治参加の意欲を変え、二大政党の政策を動かす力になり得ると思う」
 
 ―政党に問われているもの、有権者が持つべき視点とは。
 「わたしは政党を『同質の理念を共有する同志的な団体』と定義している。単なる対症療法でなく、時代の風を読み、針路を示すのが本来の姿だ。しっかりした思想を提起する使命がある。有権者はまず政党を構成する候補者個人の政策をじっくりと見極めた上で、一票を託す姿勢を大事にしてほしい」
(聞き手は東京支社・元柏和幸)

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初めて彼を見たのは、50年前。

彼は、東外大のインドネシア語科だったと思うが、インドネシア語科にギターのうまいのがいて、その音に惹かれて入っていった教室に、聴き手の数人の仲間と一緒にいた。一回だけ、二言三言交わしことを覚えている。インドネシア語はとても合理的であり覚えやすい、覚えたらどうか、と誘われたのである。

彼の第一印象は、今も覚えているが、周りの景色と区別がつかない茫洋としたものだった。中国風大人である。

「木枯らし紋次郎」は観ても、それが、彼であることは知らなかった。わかったのは、どこかの新聞に彼の政治インタビュー記事が載って、それを読んだからである。こんなにまともな政治家がいたとは知らなかった、これが第二の第一印象であった。

以来、参院選では決まって彼に1票を投じた。落選し、政界から身を引くと彼が宣言した時、私は、心底、日本の将来を憂えた。

今、河北新報社の無料ネット配信で、彼の政治感覚がいささかも衰えていないことを知り、感無量である。

絞って、短い文にしようかと思ったが、聞き手の記者の過不足ない表現に敬服し、私の悪文の出る幕でないことを自覚、そのまま転載することにした。

付の1。
著作権の問題があるかどうかわりません。もしも、どなたかから違反のご注意をいただくようなことがあれば、即刻削除いたします。そして、伝言形式に書き換えます。一地方の一日の生命(毎日更新するニュースの中の一つです)で終わらせるには、あまりにも勿体ないのです。

付の2。
中村敦夫は芸名だそうです。それで、本文では「さん」も「様」もつけていません。彼は、私を全然覚えていないでしょうし、インドネシア語科は、私の思い違いかもしれません。東外大の誇りをご披露させていただきました。

付の3。
中村敦夫さんは、このブログでは2度目の登場です。だいぶ前になると思いますが。

古事記 仁徳天皇とカマドの煙り

「仁徳天皇は、高台に立って、夕方、村を見下ろしました。家々の煙突から煙が出ていませんでした。天皇は、人々が生活に苦しいことを知りました。そこで、3年の間は、税金や労働をなしにしました。なんと仁徳天皇はお偉いのでしょう」

子どもの時に、絵本で読んだ記憶はここまで。カタカナは読めたから、読んだと思っているが、あるいは、兄や姉に読んでもらったのかもしれない。当時の絵本はすべて天皇か武人か軍人の話。マンガは「のらくろ」(ユニクロではない)が主人公の兵隊さん漫画一色である。

いずれにしても、ここで終わっているのだから、天皇の臣民に対する慈悲心のPRが目的であることは間違いない。

それから60余年、第二の子ども時代に入ってから、原典の古事記を読んで驚いた。

続きがあったのだ。

賦役を免除しているから、屋根葺きができない。天皇はきれいなお姉ちゃんを探すのは得意だが、日常生活の才はゼロ。税収もゼロだから、カネを払って人にやってもらえない。

雨漏りがする。新しい茅葺き屋根がわずか3年で雨漏りするはずがないから、もともと大分傷んでいたのであろう。

皇后:「お前さん、天から降ってきたのだから、お前さんと同じじゃないか。屋根に上がって修理しておくれよ」
天皇:「オレ、高い所は苦手なんだ。高い所が平気なのはバカと猿だし」
皇后:「お前さんのご先祖さんは、天にいたんだろ。屋根くらいなんでもないじゃないか」
天皇:「・・・」

こんな町方のような会話が、上品なやまと言葉で交わされたことだろう。

どうしたか。

雨漏りする場所に洗面器を置いて、雨が止むのを待ったのである。天井からポタンポタンと水滴が顔に落ちたら、天皇だって熟睡できない。そこで、雨漏りする場所を避けて寝たのである。

小雨ならまだしも、当時だって台風、大雨があったはず。土砂降りの日には、洗面器を抱えてオロオロする。

雨が降るたびに、皇后からガミガミ言われ続けて3年。私には経験がないが、カミさんのガミガミは亭主には相当こたえるものらしい。同情する。それはさておき、再び、高台に登って、見下ろす。

煙が立ち昇っているではないか。煙が立つことは、カマドで何かを煮るか焼くかしているのだから、食べることはできている。

それを見きわめて、天皇は、再び、税金を取る事に決めた。洗面器を持って家の中を歩きまわらなくてもよくなった。皇后の気分もなおった。メデタシ、メデタシ。

私は、思った。

古事記の天皇は、それほどたいした御殿に住んでいたわけではない。お隣中国の宮殿の万分の一であろう。

税金も賦役も、重いものではなかった。ローマ帝国やフランス王国の宮殿修復にかかる費用の万分の一であろう。

今風にいうと、とても小さな政府であった。そのかわり、煙が立たないからといって、マグロ漁船の廃船にホイホイ、哀れな牛の処分にホイホイ、車屋やテレビ屋にホイホイ、こんなホイホイ放漫経営はできなかった。高台から見下ろすだけで、それ以上のアクションは無し。

今日の結論。

政府は奢侈に流れず、国民は政府に頼ることなく自己責任で生きる、こういう古事記の時代の政治、これが日本に似つかわしいのだ。

付の1。
古事記の勝手読みです。現実の天皇や天皇制とは一切無関係です。

付の2。
近海マグロの大トロと宮崎牛のタルタルステーキを食べ飽きたから、焼きサンマにしただけのこと。松下政経塾卒政治家先生と同じように、高台から見下ろしているだけだから、それがわからなかった・・・かもしれません。

付の3。
日本人って、貧乏が似合っていますね。雨漏りしない家に住んでいる人民は、ハッピー!

参院選 むなしい選挙区、わが宮城

宮城選挙区は定員2名。民主党は今回、2名立てた。

今の状況で、2名の選挙区で2名出せば、普通、共倒れの心配をするもの。それを敢えて、2名立てたからには、よほどの勝算と自信があるに違いない。

実際は、勝算も自信も関係ない。

ローカルニュースで前回まで数回の国政選挙の各党の得票数がわかった。

自民と民主の2党が他の党を圧倒しているのである。10万単位と1万単位で、正真正銘、ケタが違うのだ。

あわよくば、2名が当選。何かの拍子で世論からスカンを食っても、ナンバー3が万単位だから、2位当選は保証されている。

自民が2名立てれば、2-0、1-1、0-2の結果が考えられるが、一人。どう転んでも、社民党や共産党に席は回ってこない。

立候補者は8名。競争率の数字はきびしいが、実際は、無風地帯である。

小選挙区制は政権交代が可能となるために作られたと聞いたことがある。

自民独占時代は、派閥でたらい回しをしていた。民主・自民独占時代では、この2党でたらい回しをするのか。

むなしい。

付の1。
アメリカの政治に憧れて、真似したのでしょ。

付の2。
独占より寡占が正しい言い方ですか。カルテル談合はゼネコンや防衛庁業者がこっそりやるものとばかり思っていました。

付の3。
宮城選挙区(改選数2)の過去4回の選挙では、民主、自民両党が1議席ずつ獲得し、与野党がすみ分ける構図が定着していました。小選挙区は「同じ穴」ということです。

付の4。
少数政党、世帯は小さくても、さすが政治家の集まり。それぞれの野党から、ああだこうだとハエのようにうるさく、文句をつけられたらたまらない。選挙後の連立構想。体のいい口封じではないですか。

G8・G20  3首脳 アメリカ-韓国-日本

菅さんが、哨戒艇沈没は朝鮮の魚雷によるものとして、より一層緊密に連携し、朝鮮に当たろうと、提言した。昼のラジオがそう流した。

目指すところは,朝鮮半島の安全ひいては、東アジアの安定である、という。

ウソである。

菅さんの真のかつ密かな願いは、朝鮮と韓国が激突、サッカーでもダンプでもなく、戦争をしてくれることである。

戦争になれば、数時間の勝負で朝鮮がバンザイしても、それまでに、ソウルは完全に火の海になる。朝鮮の言う通りである。

輸出の競争相手の本社が瓦礫と化すのだから、世界の市場で再び負けなしとなる。景気はどんどん回復する。失業者は激減だ。韓国の産業が回復するまでの数年間、わが世の春を謳歌する。

そうした朝鮮半島の統一ならば、韓国は、38度線以北の民生回復で国力を消耗させられる。石油産出国に援助すれば、見返りが約束されるが、カネのないビンボー人民相手のため、ほとんど義援金である。民族統一という念願が叶うのだから、韓国側も生活レベルが下がっても我慢する。

菅さんが、東アジアの安定のためというのは、表向きに語られているウソである。本心は、できれば戦争、そこまでいかなくても、年中、ゴタゴタしてくれることを願っている。

拉致問題の解決にまったく進展がないのも、こういう訳で進展させる気がないのである。

では、韓国大統領は、どうか。菅さんと笑顔で握手しただろうが(ラジオでは分からない)、菅さんのそんな挑発に乗るほどバカではない。

「そうです、同感です、一緒に国連に訴えましょう」位は返事に加えるかもしれないが、菅さんへのリップ・サービスである。

本音は、「お前さんなんかに、漁夫の利をやられてたまるかい」である。

G8にせよG20にせよ、多国間協議は、自国での人気集めのためのPR合戦である。ニュース報道を額面通り受け取る日本人がいるとは思えないが、1億人の中には、一人は二人、お人好しがいないとも限らない。ご注意申し上げる。

付の1。
日本の経済成長に拍車がかかったのは、先ず、朝鮮戦争、次がベトナム戦争。他人の不幸は蜜の味。私の大嫌いな言葉です。

付の2。 
趙且伐燕。蘇代爲燕謂惠王曰、「今者臣來過易水、蚌正出曝。而鷸啄其肉。蚌合箝其喙。鷸曰、『今日不雨、明日不雨、即有死蚌』蚌亦謂鷸曰、『今日不出、明日不出、即有死鷸』両者不肯相舎。漁者得而并擒之。今趙且伐燕。燕趙久相支、以敝大衆、臣恐強秦之爲漁父也。願王之熟計之也」。惠王曰、「善」。乃止。(戦国策)
原典そのままのG8評、我ながら能がない。反省しています。

付の3。
外務省官僚に労をねぎらい、謝意を表したでしょうな。こうして、外遊の度に、政治家は外務官僚に懐柔されていくのです。大使・領事は民間人に限るように法律を定めるべきです。

ソニーの4億円、日産の7億円

他人のフトコロを探るのは、品が悪い。手を突っ込めば、スリとなる。

ラジオで流れたため、否応なく聞かされた。億のカネが、前年会計年度の年収であるという。現ナマがいかほどか、知らない。まさか1千万ということはあるまい。

企業は業績が上がれば、役員報酬は増える。従業員のボーナスも増える。逆に下がれば、減る。ヘタをすると、役員はクビ、従業員はリストラだ。倒産すれば、全部、パー。ヒラはヒラのリスクを、重役は重役のリスクを背負って働いている。

4億、7億も、それにふさわしい実績を上げた才能のある者に与えられたもの。他人がとやかく口出すことではない。

待てよ。

この業績、ホントに彼らの才能か。

ソニーは、地デジの補助金で売れに売れたのではなかったか。有無を言わさず買い替えを迫った政府の作戦によるものではなかったか。日産は、エコカー特典で、売れに売れたのではなかったか。自転車に買い換える、せめて軽に買い換えるように指導するのがエコなはず。政府はそれをしなかった。

車1台に数十万円、テレビに1万円、これは買う側のメリットで、売り手は、数百万、数十万の売り上げ増になっているのだ。

エコカー減税、エコテレビ減税、この施策がなくても、4億、7億が報酬になるとは、私には、考えられない。

トヨタでは、役員報酬とならず、アメリカへのお詫び料に回された。

景気の回復は経済の活性化など、上っ面の話である。実態は、こうして、「優秀企業」の「有能役員」が潤っているのだ。税金を課すどころか、税金を献上している。国が左前になるのも、当然である。

ついでに考えた。

この大金の行方のことだ。

スーパーで納豆を100個買っても、ブリの切り身を40切れ買っても、4億円は、使いきれない。自宅に10個のプールはいらない。日に3回、床屋さんに行くまい。

大金4億、7億の大部分の行方は、利を求める投資である。投資は個人の価値観によるのだからいいとして、一言、文句をつけたいのは、国の助成金や補助金による景気対策は、一般市民に無関係であるということである。

これからも、政府は、成長戦略の名の元に、国庫をふんだんに「厳選された」事業にばら撒くだろう。どこの誰が恩恵を蒙るのかを考える(疑う)材料が、この4億、7億である。

付の1。
ヤキモチはいけません。ドシドシ儲けたらいいです。1千万以上を税金で徴収しますので。

付の2。
1億円の役員報酬の公開に、どこかの経済団体のおじいちゃんが、プライバシーの侵害だと苦情を申し出たそうな。1億円を引き上げるべきだとのこと。役員報酬1億円は、名誉なことです。隠すことはありません。

付の4。
4億、7億、違っているかもしれません。

付の5。
「売れに売れた」このような言い回しは、最近読んだ古事記に影響されたためです。能や狂言では、普通でしょうか。

今年は暑い 天気予報は気象庁管轄から環境省管轄へ

昨日は、朝から暑かった。今朝も、同じように暑い。

イヌやネコは、ぐったりしている。衣替えを済ませたとはいえ、毛皮は毛皮。同情を禁じ得ない。

ヒトはと言えば、なんにもやる気が起きない。ヤブ蚊が襲ってきたとき、払いのけるだけである。

ラジオを聞いていると、海のない埼玉では、30度を越えるという。我が第二のふる里はその真中あたりに位置している。もっと暑いだろう。

高気圧が張り出してきたから、暑い。南風が強まるので湿気が上がる。等圧線が筋状で混んでいる、突風・強風に注意。

天気予報をよく聴くと、「雨が降らないから晴れでしょう」式の説明のようで説明でない話法ばかりであることに気がつく。

低気圧が近づけば、天気は崩れる。大雨から快晴に向かうはずがない。等圧線が混んでいて、海上が無風であるはずがない。

もう、こんな説明でよしとする時代でなくなっているのだ。

毎年、こと気象に関して言えば、観測史上の記録を更新している。今年も同じように各地で更新するだろう。

この更新の原因がなんであるかは、気象庁からは聞かれない。

地球温暖化に大衆の関心を向けさせるのは、環境省の仕事である。気象庁の記録更新発表を人ごとで済ましているのは、職務怠慢である。

今、この部屋の室温は24度、湿度64%。暑くてならない。暑気払いのつもりで、朝からブログを書いてみた。

付の1。
東北地方への工場進出と知事の誘致活動は無関係です。前にも言いましたが温暖化回避が理由です。自分の手柄にしないでください、錯覚ですよ、知事さん。

付の2。
扇風機を出しました。仙台では家や車にクーラーが必要なのでしょうか。想像できません。自分を冷やせば、他人が暑くなる。他人は負けてはならじと、さらに冷やす。こちらもさらに冷やす。このヒートポンプ、なんだか、日米安保養護論の抑止力に似ていませんか。

付の3。
温暖化は、直線的・普遍的でありません。想定外の気温、風力、雨量が、これから増える一方です。土砂災害は、避けることができません。ケインズ経済学者に言わせると、これは立派な需要創出であります。

付の4。
都会人は40℃の気温でどう息をしているのでしょう、三蔵法師の火焔山でしょうか。

0625暑い朝a

財政破綻の現実 ギリシャから

低血圧症は治っていない。今朝もぼ~とした頭で、NHK第一にセットされているラジオのスイッチを入れた。

8時台、世界各地から話題が届く。なんという番組か名前はしらないが、現地に住んでいる邦人が電話であれこれアナウンサーに話す。

アナウンサー:「財政破綻で厳しいギリシャは、どんな様子ですか」

現地邦人(女性):
「パルテノンを砕いて、小さな石にしました。それは、石油王国に密売するためですが、あまりにも多くの市民がやっているので、当局も手の施しようがありません」

「養えない家族は、子どもを石油王国に養子に出しています」

「医者にかかるお金がないお年寄りが、路上生活を始めました。至る所でディオゲネスを見ることができます」

「ビルは5階以上、使用禁止になりました。飛び降り自殺が頻繁に起きているからです」

「日本大使館の偉い人は、エーゲ海のクルージングを止めたそうです。ギリシャ人の死体がプカプカ浮いているのが気味悪いからでしょう」

「ギリシャ政府はオリンピックの名前の商標登録を決めました。1回あたり1ユーロとして、新聞は発行部数、テレビは視聴者数を掛けるそうです」

「同じように、星座にも観覧料を課すことにしました。また、世界史にギリシャの名前が載った教科書があれば、これも1ユーロ掛ける印刷部数を取り立てるのです」

「車は走っていません。ガレージに置かれたままです。アパート住まいの世帯は、車を住居にしています」

「政府は、先週、ギリシャを売却すると発表しました。同時代古代文明の栄えた東洋の某国も、石油王国とならんで候補に上がっています。負債額を算定しますと、実質的にギリシャに入るカネはゼロとのことです」

なるほど、これは、大変なことである。菅直人さんが、財政破綻回避を選挙民に訴えるのも無理はない。日本海に日本人の屍がプカプカ浮いているのはシャレにならない。

と思いきや・・・

「ギリシャ人は外食が大好きで、コーヒー1杯にもレストランに行っています。今は、家で料理を作って団欒しています」

「ハイオクガソリンが値上げになりました。車での旅行を控えるようになりました」

「以前は、スーパーで、カートにポンポン積んだのですが、今は、物価が上がったため、買い物リストを予め用意してそれをチェックしながら買い物をしています」

「派手な旅行の代わりに、親類・友人の家に泊まる形の旅行が増えました」

実際は、これがラジオで流れたのである。日本の日常である。ギリシャ政府が気前よくカネを使ったので、その分、ギリシャ国民が分不相応な贅沢ができたまでのこと。ドイツ人が、「なんで私たちが面倒をみなければいけないの」と不平がでるのは当然である。

財政破綻は国家の財布の問題。国が自分で尻拭いすればいいのだ。これまで何度も出てきた論語の説くように、為政者がカネに困ったら、先ず、お抱えの兵隊をカットすることだ。日本でいえば自衛隊である。

次に、官費のカットである。ここでいう官費とは、自分のポッポに入れる政党交付金も含まれる。科学技術・文化・芸術・スポーツ、等々、国民の命に無関係なものへの助成金も含まれる。20兆円だか外郭団体の一切をカットする。所管省庁に戻す。

大量の失業者は自衛隊の営舎にしばらく預けられ、体を鍛え直して、手作業農業に転業するシステムを作る。

民間事業のリスクは民間が自ら負う。儲かる時だけ儲けて、津波だ、地震だ、疫病だとなれば、政府に補償を当たり前のように迫るようでは、財政が破綻しない方がおかしい。民間の保険会社と契約できるのに保険料を惜しむなど、調子がよすぎる。

ごく普通に政治をやっていれば、財政破綻は起きようがないのである。

財政破綻は恐ろしいか。

否。ギリシャの教訓は、身分不相応な贅沢が終るだけということである。買い物はチェックリストに基づいて、コーヒーは我が家で、旅行は仲間の間で、・・・まっとうな生活に戻るいい機会である。

民主・自民は、財政破綻をあたかも市民の大不幸であるかのように言って、市民を恫喝する。

財政破綻、結構じゃないか。自衛隊とゴミ収集のどちらを選ぶか、民百姓に選ばせたらいい。

これから投票日まで、財政破綻の危機を何度聞かされることやら。私は、それを財政破綻で誰が困るのかを確かめるための時間とする。

付の1。
ラジオの内容は、できるだけ正確に伝えたつもりです。

付の2。
財政破綻と市民生活は連動していません。国家官僚の捏造を総理大臣が伝言しているのです。

付の3。
不評とわかると、数年先の事と逃げる。日本に住んでいる日本人、在日朝鮮半島人、みんながみんな、私のように70歳じゃないんだよ、菅さん。 

古事記 かず

三柱 みはしら
一十四島 とをまりよしま
千入 五百入 ちのり いほのり
八百萬の神 やほよろずのかみ
廿一王 はたちまりひとはしら
千尋 ちひろ
日八日夜八夜 ひやかよやよ
九尺二寸半 ここのさかあまりふたきいつきだ
一百三十歳 ももあまりみそとせ(原文 壹佰參拾歳)

ひい、ふう、みい、よう、もも、ち、よろず・・・ここまでは大和言葉がでるのだが、それから先を学校で習った記憶がない。

兵隊ごっこが4兆円、打ち上げ花火が1億円、こういう数としての兆や億に当たる大和言葉がもともとなかった。

どこかの地域の民は手と足の指の合計、20までしか数を数えない、それ以上は、「いっぱい」と表現すると聞いたことがある。

倭人の社会は、万までだった。その程度のスケールで、誰も不便に感じなかったにちがいない。

その頃の中国は、すでに、億、兆、さらに京の桁まで意識していた。

文字を見せられた時は驚いた。しかし、「よろず」の先に具体的な数字があることを漢人(あるいは朝鮮人)から知らされた時は、別にどうということはなかったのではないか。

必要がなかった。そもそも、数えるべき対象がなかった、いなかった。

私は考えた。

万(よろず)が精一杯の倭人に、世界一や一番は似合わない。

どこかの政党が、「そこそこの頭脳と体力で、そこそこの命の長さの中で、そこそこの生活を、皆さん、送りましょう」と選挙民に訴えたら、私は、一も二もなく、その政党に1票を投じる。

倭人の末裔の私には、「よろず」が「いっぱい」で結構である。

付の1。
英語の数え方でandが入るように、大和言葉でも、「まり」(余りのこと、プラスでしょうか)、を入れています。原文は数と桁だけです(一つ例)。なぜ原文から「まり」が読み取れるのか、不思議です。

付の2。
国債残高を聴くと、たいへんキツイ感じがしますね。あれは漢語読みだからです。やまと言葉がないから已むを得ません。数字以外は、すべてやまと言葉で答弁すべし。国会論戦、なごやかな雰囲気になるでしょうね。

付の3。
私のパソコン、単位はキロ。世界はメガ、ギガ、テラですよ。ハハハ。

0625リッキー

尺八 その時の気分で選べる手元の4本

短い尺八は音が高い。長い尺八は低い。中学校の理科で習う真理。

短い尺八は音を出しやすい。長い尺八は出しにくい。これには、然りという達人もいれば否という達人もいる。中には、長い方が吹きやすいという達人もいる。

私の竹は、1尺8寸、2尺1寸、2尺5寸、2尺8寸。短い2本は琴古スタイル、長い2本は、地無し管。

他にプラスチック管や楓管、ネットで買った1尺9寸管数本を持っているが、ほとんど吹かない。もっとも吹きやすいのが、5寸管。師匠が使っていたものを譲っていただいた。1尺8寸管も吹きやすい。2尺8寸は、低音に魅せられて、ついつい長く吹いてしまう。そのため、右肘の内側が腱鞘炎だか筋肉痛だか、年中、痛い。

力まなければ、決して腕や肩に痛みはこないそうだが、力まなくなれば、一人前の力量が備わったということだ。いつになるやら。

毎日、湿布を交換しながら、吹いている。

初めの頃は、高級尺八が欲しかった。先が見えてきた今は、この4本に満足している。

付の1。
映画「ムシュカステラの恋」の中で、フルートの練習がありました。楽器、譜面、譜面台と揃っているのですが、ホ~ホ~としか音がでない。我が身を顧みて、ショボン。

付の2。
尺八は、ここらで残すことがなくなりました。

0624竹料

参院選 菅直人は卑劣漢か  民主党を甘やかすな

ポストに投票用紙が入っていた。

しばし、考えた。

民主党が勝てば、日米安保抑止力、朝鮮・中国の脅威論が国民に理解してもらえたと言うだろう。

圧勝したら、図々しくも、国民の大多数は防衛に対して非常にしっかりした考えでいることが確かめられた、と言うだろう。

これは、困る。

野党が大勝したら、外野席がうるさくなるのが分かっているから、民主と自民が連立を組む。自分だけの勝ちならば、大臣の椅子すべて、子分に割り当てることができる。おっつかっつなら、泣く泣く相当数の大臣席を自民に割譲することになる。背に腹は代えられぬ。続くのは、消費税をきっかけにした大談合。

これも、困る。

まだ、時間があるので、私の清き1票の権利にいい解決策を見つける努力をしていく。絶対にあり得ないことは、民主党に投票することである。

理由。

ギリシャを引き合いにだして財政を語る。ギリシャ政府が左前になった等分が、公務員や脱税者の「幸福」になっているのをご存知ないか。

理由。

ここ20年、日本は元気がないと言う。エコカーや液晶テレビを政府の補助金で買う年収千万の世帯は元気一杯だ。元気がないとすれば年収200万の世帯。ここから、きちんと消費税を取るというのだから、元気のある者は益々元気になり、元気のない者は益々元気がなくなる。

理由。

と書いているうちに、沖縄では候補者を立てないというニュースが聞こえた。なぜ日本の安全のためにアメリカ軍の抑止力が必要なのか、なぜ抑止力のために沖縄が必要なのか、10数日間、街頭演説で堂々と語ったらいいではないか。時には、候補者は車の屋根から降りて、対話すればいいではないか。市民活動の原点を忘れたか。

鳩山さんもそうだったが、チョッと飛んできて、頭を下げて「ご理解を」の連呼。日をまたがず、サッと飛び去る。市川房枝が草場の陰で泣いているぞよ、菅さん。

くどく言う。大連合や数年先の消費税は、後の話。今は、絶対に民主党に入れない。そして、私は、民主党の惨敗を切に願う。

付の1。
選挙当日まで、どう菅さんが変身しますか。今のままでいるなら、私も今のままの考えでいきます。

付の2。
「まず行こう あなたの気持ち つたえる選挙」
入場券に載っていました。毒にも薬にもならない、つまらない標語ですね。

古事記 神の名、天皇の名

どうもよくわかりません。神の名前は大和言葉なのに、天皇の名前となると漢字2字に代ってしまうのです。

うましあしかびひこぢの神。いもはやちきづひめの神。ひのやぎはやおの神。

こんな調子ですから、舌がもつれてしまいます。目で追っていけば、なんにも頭に残りません。ただの素通りです。

それが、天皇になると、神武天皇、孝安天皇、応神天皇、分かりやすい上に、意味を汲み取ることができます。「反正」天皇はどうかと思いますが、ほとんどの名前にはありがたい漢字が採用されています。

後から変わるかもしれませんが、今の私は、倭人の純粋で素朴な姿は神の時代までで、天皇の時代は、為す術もなく中国文明に圧倒されたのではないかと思っています。文字を見せられた時は、腰が抜けたでしょうな。

ちっぽけな島国だって、ちゃんとした名前の王様がいるんだ、どんなもんだい・・・、せめてものうっぷんを晴らし、背伸びです。

ハヤブサが7年かけてどこかのドロンコを持ち帰る快挙、女房持ちの旦那と亭主持ちのカミさんが宇宙でドッキングする快挙、かかったお金には「おとといおいで」で、左前の財政をすっかり忘れます、つかの間でありますが。

背伸びを好んだ倭人の血は今も私たち日本人の体に脈々と流れています。

付の1。
私の勝手読みである。

付の2。
神の名を叩いたら、相当する漢字が一発ででてきた。Google変換はすばらしい。宇麻志阿斯訶備比古遅。

s-0622リッキー



サッカー一億総評論家 朝鮮選手は炭鉱夫

雨の日は、散歩がキャンセルされるので、ヒマができます。それで、ちょっとですがYahooのニュースのタイトルを見ることにしています。

0-7で敗れた朝鮮の選手が、炭鉱送りになるかならないか、これが話題に上っていました。

首領の命令を受けて行動する。それが失敗したら、サメに食われる、毒ナイフ靴で足蹴りにされる、ピストルで頭を撃たれる、これは、007という映画の悪者組織の話です。

命令に背いたり、ネコババをすれば、制裁を受ける。これも、アル・カポネという映画の子分の話です。

朝鮮が独裁国家であることから、映画の悪者と同じ行動を取ると考える評論家に、私は悪意が潜んでいることを読み取りました。

いや、悪意の意図はない、そう思ったから言ったまでと、おしゃるのなら、少々おかしい。

どこがおかしいのか。

炭鉱送りのことです。

何百とある国と地域の中で勝ち抜いた朝鮮選手のことです、気力・体力共に並でないことは間違いありません。

彼らが、炭鉱を職場にするように命じられ、それに従ったとしても、特別に不自然なことではないと思います。サッカーから離れても、選手の人生はこれからです。

これからが本題。

炭鉱行きを、まるでシベリア抑留強制労働のように書いていることに腹が立ちました。三井三池炭鉱、夕張炭鉱、ここの労働だって決して安楽なものではなかったでしょう。それに比べて朝鮮の炭鉱労働がどれほどなのか、朝鮮の炭鉱の実態が悲惨であるのなら、先ずそれを紹介してくれなければいけません。

私は、労働に貴賎はないという信念です。

モップで毎朝掃除をする便所掃除のオバさんの方が、税金浪費の華やかなオリンピックのカーリング選手よりずっと格が上だと考えています。

毎週決まった日に、やってくるゴミ回収作業員の方が、高給をとりながら国の根本が法廷に出される度に高度な政治判断とか言って、逃げを打つ最高裁判事より、ずっと格が上だと考えています。

ついでですが、真冬に大根を市場に出すため洗っている農夫は、「こんな寒い時にこんな冷たい水で洗うのはたいへんですね」と農夫にインタビューするテレビ記者よりずっと格が上だと考えています。

実在の他国を虚構の悪党組織とダブらせる態度。職業に貴賎をつける態度。つくづくこんな話題を持ち出す一部日本人同胞に嫌気がさしました。

付の1。
職業に貴賎はない。従事する人の品格には貴賎がある。判事にも立派な人がいるだろうし、テレビ記者にも立派な人がいるだろう。カーリングの選手については、自前でやる限り、同様な評価をする。

付の2。
他国が気に入らないことは自由。だが、他国をけなす時は節度をわきまえること。日本人の狭量が恥ずかしい。

国家官僚 脱官僚 官尊民卑 先輩・後輩

くどいほど国家上級試験は廃止すべきであると、私が国に助言してきたのに、耳を貸さず、今年も、実施された。上級試験というのは間違いで、国家Ⅰ種と呼ぶそうだ。まあ、末梢なことである。

合格して採用されれば、数カ月、形式だけの現場訓練で、後の人生は、親方日の丸、ハリケーン、台風、なんのその、順風満帆で、日本国、どこに赴任しても、代官暮らしが保証される。

外交官試験であれば、順風満帆は七つの海だ。カリブ海でもエーゲ海でも、クルージングを楽しめる。

この国家試験制度は、民百姓が無知蒙昧とみなされていた明治から始まった。以来、一度も廃止されることなく、百余年の現在まで健在である。

ネットのニュースによると、合格者は1,314名。大学別では、東大428人、京大157人、早稲田大71人、東北大61人、慶応大58人が21年度と同じトップ5。合格者は計93校から出た。国立大は全体の77・5%に当たる1018人、私立大は20・2%の265人、ほかは公立大など。

私は考えた。

高校や大学の先輩・後輩関係は誰しも大事にする。実社会では歳が10違っても、上下関係に影響しない。能力次第で、30歳の役員もでれば60歳まで参事に留まる社員もでる。しかし、学校は1学年の差でも、死ぬまで上下関係は逆転しない。

東大、京大、東北大、これら旧帝大のエリートでも、同じであろう。

この先輩・後輩関係が、延々100年にわたって続いているのが国家運営の最高機関である。

自民だ、民主だ、10期連続当選だ、世襲3代目だ、こんな政治家連中は、彼らからみれば、みんな泡沫である。小さな池に浮かんでいる泡である。ちょっとした風が吹けば、あっちの岸、こっちの岸と、へばりつく泡である。

勤続30年。その間に社長が10人交代したら、怠惰な私でなくとも、「社長抜きで、頑張ろう」となるに違いない。

官僚は、政治家、その代表である総理大臣以下各省大臣を、根っから信用していない。笑顔で資料を用意するのは、育ちがいいからだけのことだ。

「脱官僚」がひところ大衆から喝采された。その間でも、官僚は、ムキになって反対していない。風向き次第で、どこへでも移る政治家をよく理解しているから、無駄なエネルギーは使わない。

先輩のやってきたことを、後輩は絶対に批判できない。批判したければ同窓仲間から村八分される覚悟で、その組織から離れなければいけない。

残っている官僚は、百年前の体質、官尊民卑の塊である。

私は、総理大臣や政党党首の低能話を聞いていると、国家官僚に反感を抱く前に、同情の念を抱いてしまう。

これが、また自己嫌悪につながるのだから、嫌になる。

嫌になったついでに、言ってしまうが、私は民衆に政治を期待していない。民衆が選んだ政治家にも期待していない。

期待しているのは、国家官僚、NHKや新聞、独立ジャーナリスト、学生、こういうノブレス・オブリージュを担う責任のある人々である。

しょっちゅう、こういう人々を槍玉に挙げているのは、まっとうな活動をしてもらいたいからである。優れた理解力、判断力、表現力を持っていながら、そしてそれらの能力を発揮できる立場に恵まれていながら、そうしないのである以上、怠慢の謗りは免れまい。

私はこの怠慢に怒っているのだ。

尺八 ロング・トーンのご利益

歌でも楽器でも、本当に上手になりたければ、人前で歌う、あるいは、演奏することだと聞いたことがある。

ヒマさえあれば尺八を吹いて4年。4年やれば、私のようなオンチでも、いくつかの曲は吹けるようになる。

譜面を見ながらなら、終りまで通しができる曲も少しづつ増えている。しかし、人前で、間違えなく吹けるかとなると、まったく自信がない。

この歳になって、トチって恥をかく位なら、ヘタなまま、山奥でカラスに聴いてもらう方を選ぶ。

それでも、やはり、うまくなりたい。

今、やっているのが、ロング・トーンである。一つの音を、息が続く限り、出し続ける。音程は一定しなければいけない、音量は息切れでストンと落ちてはいけない。消えるように音を閉じるのは、息切れによるのとは別ものである。

メトロノームを40にして、4拍、3回。18秒、これが目標。上手に吹く人は、24秒、30秒と出し続けることができるそうだが、せめて18秒が私の望みである。

今は、大和調子を練習材料にしている。息盗みが20個所。18秒だと360秒、6分。息を吸う秒数は別計算にしてだ。

これで、メリのロング・トーンも練習できる。好調である。

これの良いところは、「一音成仏」がなんとなく感じ取れることだ。

拍手喝采はなくても、私にはこれだけで十分である。

付:
曲の練習では、師の指導に従って、きちんと長短を決めています。


s-s-0622大和調子

蒸し暑い日にはハワイアン

音楽に限っていえば、真性の過食症である私の手元には、演歌以外のジャンルは大概揃っている。

相当量のライブラリーから、その時々の気分で、聴いている。

数週間前、ふと、アルゼンチン音楽とハワイアンがないことに気がついた。

アルゼンチンはブエノスアイレス。深夜の食堂で、サンバを堪能した。サンバはブラジルとばかり思っていた私に、アルゼンチン人がサンバの演奏に誘ってくれたのである。狭い食堂で、数人の楽員が歌い、素朴な楽器を奏でる。

至福の一刻。

ごっそりカセットを買って帰ってきた。それが全部、テープ伸びでパー。今ならCDだが、私はアルゼンチンに行くのが、少々早すぎた。

もう一つないのが、ハワイアン。学生の時、夏になると日比谷野外音楽堂に聴きに行った。無料である。あの当時がハワイアンの流行のピークではなかったか。なぜか、コレクションができる経済的ゆとりができたころには、対象にならなかった。そのまま数十年、ご無沙汰のまま過ぎた。

今日は、蒸し暑い。こんな日には、ハワイアンがいいのではないか。早速、レンタルCDを聴くことにした。

グ~っとくる演奏は無かったのは残念だが、当てずっぽうで借りのだから仕方がない。それでも、ハワイアン・ギターとウクレレの音色にしばし暑さを忘れることができた。

音楽っていいですね。

付:
秋になったら、絶対アルゼンチン・タンゴだ。秋のブエノスアイレスは、夕方に限る。歩道の落ち葉。川沿いの屋台。それに、(私は人種差別反対であるが)、行き交う人々は白人一色。これがまた落ち着いた雰囲気を醸している。アルゼンチン・サンバは日本ではフォルクローレといっているのかもしれない。

古事記 口承から中国語、それを日本語

古事記は、文字がない時代に語り継がれてきたのを、当時の中国語に書き取ったものでしょう。

日本語を中国語に訳すことは、当時も今も同じだと思います。今なら、日本語を外国語のメジャーである英語に訳すことになりますか。

その中国語をまた、日本語に戻す。これがあるので、古事記を読めたのですが、ちょっと疑問に思うことがあります。

それは、読んでいる日本語が、本当に口承の日本語であるのか、これです。

見事な古文。高校漢文と同じように、中国語にレ点などを付けて、日本語読みにして古文にしたのですね。

先ず、口承の大和言葉から中国語。

万葉集のように音(おん)の代用として漢字を使っていません。立派な中国語です。意味や内容が100%移されたことに間違いがなくても、ここで、大和言葉が消えています。読み手は中国語を読んでいるのですよね。

その中国語からどうして口承の音(おん)が戻ってくるのでしょうか。

例えば、日本語を英語に訳した物をまた日本語に戻すことを想像しますと、元の表現は絶対にもどりませんでしょう。

神様の名前は、大和言葉です。漢字で表すわけですが、原文に、ここからここまでの何文字は、音(おん)である、というような注が入っています。これは、万葉集スタイルで正確に大和言葉に戻せるでしょうが、一度外国語になった言葉が、戻るものなのか、どうか。

私には、分かりません。

付の1。
中国語、漢語、大和言葉、日本語、意識して使い分けていません。蒸し暑いのが言い訳けです。

付の2。
参考書や資料を見れば、「な~んだそうだったのか」と分かることでしょうが、それでは、面白くありません。古典の楽しみは勝手読みにあり!


惜敗 erlizi氏の寄稿

0-1の負けが「惜敗」だったのは、最終ロスタイムに惜しい「たら・れば」があったからでしょう。

0-10の 負けと違うのは、得失点差という最終判定を考えるとベストの負けだったからです。

朝鮮の健闘が評価されているようです。W杯に出ていない 中国でも観戦ブームのようですが、日本のカメルーン戦勝利を「買収で勝った」なんて言うヤツがいるとか。

中国のサッカー立ち直りには時間がかかりそうです。

古事記 読後感 やまと言葉

一通り読みました。

陶淵明さんの真似ではないですが、分からない所は、適当に解釈するか、素通りするかで、読みました。

適当に解釈するもなにも、当時の中国語で書かれていますから、全部漢字が原本。私に分かるはずがありません。訳文のご厄介になりました。

最初にお断りしますが、私が言う天皇は古事記という書物の中の天皇でありまして、歴史の中の天皇でもなければ生身の明治・大正・昭和・平成天皇でもありません。

もう一つは、倭人という呼び名で、当時の日本人を表すことにしました。

大したブログでないくせに、ずいぶんと大げさなお断りですが、昔の不敬罪がチラッと頭をよぎったのです。

感想ですが、もっとも強烈な印象は、やまと言葉のやさしさでした。

漢語がまったくない、悪い表現でいえば、のんべんだらりんです。漢語の持つ歯切れの良さがどこにもありません。初めはだいぶ奇妙な感じでしたが、読んでいくうちに、純な日本語の良さが分かるようになりました。私が倭人の末裔である証と思っています。

これから、ぼちぼち感想を残していくつもりです。

0621花



銀河と総理大臣職

そろそろ、ここも梅雨入りの時期に来た。

今年は、5月下旬から6月初旬、例年になく、夜空に恵まれた。

私は夜空を眺めない。首が痛くなるのを我慢して、真上を見上げる。

天の川が流れている。川の中程に暗い部分がある。その暗い所から、利根川や千曲川の洲までは連想できるが、それ以上は無理である。

古代ギリシャ人は、今の私が見ている同じ星空から、人や動物や物を連想した。

だれかが、いくつかの星を指さして、サソリであるからさそり座と名付ける。周りから、「いや、サソリではない、トカゲである」、「いや、トカゲではない、カエルである」、以下ゾロゾロ・・・と言う声が上がらなかった。みんながそう見たのだから、大したものだ。

天の川から、私は、もう一つを連想する。

映画「野良犬」のワン・シーン。女スリが三船敏郎にビールをもってくる。女スリが、仰向けになって夜空を眺め、「星ってこんなにきれいだったんだねぇ」という。当時の東京では天の川が見れたのである。

三船敏郎の方は、自分のピストルが盗まれて、その取り返しに必死なものだから、星を見るどころではない。頭の中は、ピストルの行方探しで一杯である。

何を言いたいのか。

総理大臣に天の川を眺めるゆとりを持ってもらいたいのである。歴代総理の背広を仕立てている銀座のテーラーの話では、総理大臣になったとたんに、背広がダブダブになるそうだ。激務の証であるという。

麻生さん以降、首相の行動の記事を見ることにしている。鳩山さんまで、分刻みで打ち合わせ、会食、出張、会議、面会、と人に会っているのだ。とてもこれは良くないことである。

総理大臣が人に会うのは、名刺交換のためではない。人から何かの情報の入手のためである。これを、分刻みで続けていれば、その情報を咀嚼する時間が全然取れないことになる。これが、良くないことなのだ。

囲碁では、秒読みにせかされて悪手を打つことがプロでさえある。政治のプロも同じである。

背広がダブダブになるような執務状況でいい政治判断ができるはずがない。面倒になれば、また、時間にせかされれば、どうしても、身近な官僚に言葉を借りてしまう。

霞が関の総理官邸から天の川は無理かもしれない。だったら、官邸にプラネタリウムを設置すればいい。何億かかるか知らないが、これからの総理大臣に利用されと思えば、安いものである。

夜空でなくても、日本アルプスでも南氷洋でもいいではないか。否である。総理大臣には、満天の星空でなければいけない。

女スリに習って、毎日、30分でいいから、プラネタリウムに入り、漆黒の夜に身を置くことだ。

物事の善悪、良し悪しが、自然に分かってくる。私が保証する。

付の1。
前の仕分けで、農村風景を屋内のスクリーンに映すために数億円掛けた行政法人がありました。ゴグルをつけてスクリーンをみると、農村のどの所に視線がいくか分かるという設備です。その視線をデータにとれば、農村のどこが、人に良いのかわかると、真顔で職員は説明していました。間違いなく仕分けしたのでしょうな、民主党さん。

付の2。
プラネタリウムは、今の日本の夜空より純粋ではないでしょうか。私の楽園の夜空は綺麗ですが、宇宙に吸い込まれる感じはしません。プラネタリウムでは、それが感じられるのです。

付の3。
梅雨明けの観天は、やぶ蚊の来襲が悩みです。

付の4。
「銀河鉄道の夜」は、ギリシャ神話の星座に比べて、ずっと連想しやすいです。

付の5。
チョコマカ動いていないと働いた気にならない総理大臣は、諸葛孔明を側に置かなければ駄目ですね。なんでしたら、私でも。

s-0606粟ヶ崎のメリーa


日本対オランダ戦 昨夜は一億総イラ菅

前回のワールド・カップで、日本チームをダンプに向かう軽トラに例えた。ぶつかれば、ポ~ン、ポ~ンと弾き飛ばされる。

今生の見納めとしては、余りにも哀れだった。脳のどこかに問題がある以外、特別に持病があるわけでもないが、あの時、4年先まで生き長らえるとは思っていなかった。

守護神に守られて、4年後の今、また観戦することができた。

最初の10分間は、オランダが勝手し放題にグランドを走っているのを黙って観ていた。日本選手がどこにもいない。自陣にへばりついたままなのだ。テレビに映らない。

攻撃しないのだから点は入らない。それでいいという作戦、0-0を狙っているのがミエミエである。前半残りは録画を早送り。それでも、ストレスが溜まってしまった。

将棋の作戦に穴熊がある。王様を一番隅に隠して、周りを金将、銀将で固める作戦である。お金が掛かっているプロによく採用されるが、とてもつまらない作戦である。普通レベルのアマは嫌う。新聞棋戦でも、評判が悪い。

大相撲で、15枚目が横綱と対戦する(15枚目は組まれないか、例えばである)。負けるのが分かっているから、変化をする。それで金星を上げても褒められない。負ければ、正面からなぜ堂々と横綱の胸を借りないのかとけちょんけちょんである。

優勝候補のオランダに下から勘定した方が早い日本が向かうのだから、真正面から勝負すれば勝ち目はない。

ワールド・カップはプロ・スポーツの最高峰に位置する。カネが大事なのは分かるが、その前に観客を魅了する華やかさがなければならない。

日本チームには、この華やかさがまったくなかった。どこから眺めてもつまらない顔の岡田監督が、指揮するのだからチームがつまらないのは当然か。

後半戦を観る。0-1になってから、俄然ハッスルしたのは、当然である。0-1でも0-10でも、負けは負け。後半に活気がでたのは、前半のような守りでは、0-1で負けを待つばかりだからだ。

「惜敗」は、惜しい勝負を僅差で落とす時に使われる言葉のはず。負けて惜しい勝負で負けたからといって「惜敗」は使えない。0-1の1点差は、日本チームが絶対に届かない1点であった。

勝ってなんぼは大阪商人のソロバン。負けっぷりの良さを愛でるのは、江戸ッ子気質。

勝敗に執着したのでは、スポーツが商いに格下げされてしまう。昨夜の試合がまさにこれ。一億人がイラ菅になった。

ワールド・カップは、一億日本人がにわか評論家になるという。私もその資格で語ってみた。

付:
1億人は、言葉のあやで、あるいは、1千万人かも知れません。

普天間基地問題 ここまで来たら、最後の頼みは学生運動

民主党の誰かが、普天間基地問題なんか、選挙に関係ない、地元の生活が大事だというようなことを言った。それに、沖縄選出の民主党議員が、沖縄にとって、普天間問題は、まさに生活なのだと、怒った。

あわててその誰かさんは、発言を撤回したが、本音は、反省などしていない。彼は確信犯である。

社民党の福島党首が連立離脱の時、沖縄県民と日本国民は怒っていると言った。沖縄県民のその通りで、そこの大多数は怒っている。しかし、他の日本国民が、怒っているというのなら、「本当かいな」である。

沖縄の負担軽減に手を挙げたのは、大阪の知事だけだった。挙手しなかったかまたは最初から欠席したのだ。

私はこの田舎の土地で、末席ながら自民党と組んだこともあり民主党と組んだこともある。小は町長選、大は衆院選である。そこで、かつて一度も米軍基地が話題に上ったことはない。日米安保も然り。

宴席で、酒にまかせてちょっと誘えば、「ほなら、政治家になったらいい。応援するよ、ハハハッ」でチョン。アワビやウニの組合買い値が主たる話題であり、どこのスポットがよく採れるか、誰がどれほど稼いだかが主たる話題である。

民主党の誰かが言ったことは間違っていない。社民党の党首が言った後の半分は勇み足である。

ブツブツに切断された選挙区では、選挙民に連帯意識を期待すること自体が無理なのである。分割して統治せよ!は健在である。

連合は労働者の集まりには違いないが、労働貴族の集まり、ベース・アップと定昇に特化して、政府と財界の幇間になっている。「春闘の終焉」は昔のベストセラーだ。労働者の連帯なぞ、どこを探っても出てこない。

もはや、わずかでも頼りになるのは、学生だけである。特に国公立大学の学生である。

ニュースを聴くと、国公立大生の家庭は年収千万以上がほとんどという。ならば、深夜のアルバイトで学費を稼がなくてもいいだろう。時間は十分あるにちがいない。

私立大学は大学の方針もあろうし、授業料納付のためにアルバイトに精を出している学生を私は多く見ている。だから、できればの範囲で参加すればいい。

その国公立の大学だが、1県に1つ2つあるだろう。1校あたり100人の学生がデモを組んでも、日本全国なら4千人のデモとなる。

ここ数十年、学生デモがないことが幸いして、センセーショナルに報道される。

一旦話題になれば、新聞、週刊誌、テレビ、こぞってあれこれ言い出す。

昔のデモのような荒っぽいスタイルはいけない、不必要である。ちょうちん、ロウソクはおとなしすぎだが、横断幕とプラカードという軽装で街にでればいい。がなりたてる電気ラッパもいらない。

菅直人政府の危うさを声高く繰り返し叫ぶだけで、十分である。

ノブレス・オブリージュ、学生は最後の砦、今、覚醒の時だ。

0616石戸

尺八 師の慧眼 私の欠点

兄弟子様:

心構えなどという大袈裟なことは何もありません。

ただ、直接、稽古で指摘されたことは、頭の隅においてあります。

A師の教え:
間合いが悪い。ヘタでも、息盗みの所で、一呼吸入れると、結構うまいように聞こえるものだ。もっと間合いを延ばすように。→ 深呼吸するようにしています。

B師の教え:
速く吹きすぎる。もっとゆっくり吹くように。→ 毎朝、吹き始めにメトロノームを40に落して、ロング・トーンを吹いています。

C師の教え:
強く吹きすぎるから音が濁る。少しの息で十分音がでる。柔らかく吹くように。→ これも、吹き始めに気をつけています。

最近、特に思うのですが、合奏や他人に聴いてもらう尺八と虚無僧尺八とでは、根本的に違いがありますね。琴古の三曲、民謡、演歌など演奏会での吹奏、これは、技術が拙ければ話になりませんでしょう。虚無僧尺八は、マイ・ペースでいいのです。ヘタでも自分が楽しめれば、それ以上の目的はありません。(発表会などはありますが、基本的には、お寺の中で吹くもの)

私はそういう考えで、尺八を楽しんでいます。

では、また。

付の1。
3人の師は、私のせっかちな性格を私のひと吹きで見抜いてくれました。一芸に秀でた人はさすがです。

付の2。
門付けは一二三調と鉢返し。他は、献奏用ではないかと思っています。

付の3。
上手くならない言い訳けです。琴古の初伝と明暗の平許の免状は持っていますが、お金で買ったもの、実力ではありません。兄弟子も、早く貰いすぎだと、師匠の陰でこっそり言ってくれました。

付の4。
琴古時代の兄弟子とは、流派を超えて(やや大げさかな)今でも尺八交流をさせていただいています。

メリー

口蹄疫 うちのヤギ

島に観光客がくる。一列になってぶらついている私と犬と山羊にすれ違う。

犬は吠える。私は、会釈する。山羊は道草に夢中のままだ。

山羊をみると、ほとんど100%の人が、おっぱいがでるかどうか聞いてくる。

(ブリジット・バルドーだって出産しなければおっぱいはでないのだよ)

つづけて、ペットですか、と聞く。犬と戯れていると、山羊も一緒に遊んでくれと割って入ってくる。元気で甘ったれだ。そういう場面をみていると、そんな質問が自然にでてくるのだろう。

私は、「いいえ、島で肉が食べられなくなったら、食べるためです」と答える。大抵の人はぎょっとする。虫も殺さないような私の温和な風体との格差が大きいためだろう。

今は、肉は幸いに牛も豚も鶏も手に入る。口に入る。

しかし、本当に,食料がなくなれば、私は、特別な感情をもたないまま、山羊を解体する。多分そういう時は来ないだろうが。

私の山羊観は、それまでは、森林、草原、海辺で好きなように遊ばせることである。

筋肉質の肉だからまずいにきまっている。が、運動不足と高カロリー食のメタボで脂がボタボタの口蹄疫予備兵でないことで我慢することにする。

付:
肉10キロ、集落100人に100グラム提供できます。昔は島でも多くの家でヤギを飼っていたとのこと。


選挙制度の悪用で消費税10%が確定

自民党が10%提唱する。民主党がそれを実行に移す。

これからは、2大政党が手を組めばなんでもできる。

民主主義である日本でそんなはずがないというのは、ノー天気である。

民主主義は民主主義でも議会制民主主義である。これを忘れて議論してもらっては困る。

私の持論、廃県置国は先の話として、億の人間が一つの国にいるのだから、代議士は仕方のないことである。(私は代議士さえ不要と考えているが、一歩、譲って)

現行の選挙制度では、小選挙区で、一人か二人が選出される。まずおいしいパイの半分をしっかりこの一人か二人で独り占めする。残ったパイを、政党で分け合う。自分の政党もそこに加わるのだから、図々しい。

小選挙区で投票するとき、明らかに落選する候補者に投票しない。当選しそうな二人のうち、どちらがマシか、どちらに当選して欲しくないか、これが思考パターンである。

そのどちらも好ましくないと思っている選挙民は手も足も出ない。

悪いことに、政党が大きければ大きいほど、政党交付金が入ってくるので、弱小政党も、選挙民同様,手も足も出ない。

消費税10%には、総選挙で国民にお伺いを立てると民主主義のお手本のような態度でいるが、実際は、お伺いを立てても絶対に否定されない仕組みが分かっている上での、リップ・サービスである。

51%が幸福であれば49%の不幸は無視される。

人民は、自分はなんとかして51%の仲間に入っていたいと思う。だからといって、幸福を追う人民を笑うことは良くない。自然なことだからだ。

それを逆手に取って、49%を切り捨てる2大政党、これがいけない。

ここらで、ストップをかけないと、大政翼賛会政治に戻ってしまうぞ。

付の1。
幸福の定義は別とします。

付の2。
原発立地、米軍基地、人口比率1%の不幸を99%の人民が無視するのも、うなづけます。島国根性の日本ですから。

0609連絡船

尺八 一二三調 鉢返曲

数年前、このブログで一二三鉢返し(ひふみはちがえし)について書いたように覚えています。

横山勝也による吹奏でした。

この曲は琴古流では師範曲目になっています。

ここにたどり着くまで、60曲以上マスターしなければならないのですが、それほどに難しい曲です。尺八の技巧が満載でして、当時の私は、譜面を見ただけでギブ・アップを決めました。

明暗流に転向して、驚きました。

この曲が、入門者の習得の一番初めにあったのです。一通り、吹けるようになったら、すぐにこの曲に入る。私は不思議でなりませんでした。

譜面を渡されて、また驚きました。

琴古流の譜面が沢山の発想標語で飾られているのに対して、こちらは、な~んにもないのです。

それと、一二三と鉢返しが独立していることも琴古と違います。

私はなぜ違うのかを考えました。

一つ。
琴古は音楽芸術である。舞台で演奏し観客に聴かせる目的もある。一方、明暗は、虚無僧が門付けのために吹くものである。お寺に入って、いつまでも先輩の托鉢からおすそ分けをもらっているわけにはいかない。一日も早く、自分で自分の食べ物を獲得しなければならない。

虚無僧になった人の全員が音楽に得意であるとはかぎらない。私といい勝負のオンチだって紛れ込むこともあろう。そういう僧でも一人前に吹ける程度の易しさが必要だったのだ。

もう一つ。
琴古は息盗みの間隔が長い。気息を整えて吹く場合はこれでいい。しかし、虚無僧は家から家へと移動しなければならない。石段を登ることもあれば、犬に追いかけられることもあろう。ほうほうの体で、門の前に立つ。息はゼイゼイ。

長いフレーズは無理である。明暗の一二三は、こういうわけで、息盗みの個所が頻繁にでてくる。

もう一つ。
門付けが不成功に終わったら、一二三で移動する。見込みがないのに延々と吹いていたら日が暮れる。それで、一二三は、わずか2行と短いのである。また、特別な楽想もない。

門付けに応じてくれた所だけに、追加サービスとして鉢返しを吹く。こちらの方は、さすが尺八の曲というメロディーになっている。

と、まあこういうわけで、簡単な明暗の一二三調と鉢返しは、マスターすることができました。もちろん、尺八の達人からみれば、なっていないでしょうが、そもそも門付け先に尺八師匠が住んでいません。チョットくらい調子がはずれても、「坊主、お前はヘタだ。1万包んだが、やめて1円にした」・・・ありえませんよね。

聴くなら琴古、吹くなら明暗!尺八っていいですね。

付:
私が感じたことです。正しい解説かどうか、分かりません。

0618一二三

私の楽園 一難去ってまた一難 今度は水難

コンセントのトラブル。あれから一歩も島からでていないので、ホームセンターで調達できない。原因が分かっているので、心配はしていない。

次が、電話の不通。散々な目に遭ったのは、つい最近。この悲劇はブログで詳しく語った。

付け加えたいのは、インターネットが使えない環境は、まんざら悪いことではないということである。新聞なし、テレビなし、電話なし、外界との接触はラジオのみ。情報のS/N比が抜群によいためだ。

さて、今度は水。

前から、我が家の廊下が湿っぽかった。ついに、先日、廊下が川になってしまった。調べたら、シンクの水漏れである。

シンクはステンレス製、日本語は不銹であっても、サビる。海に囲まれている島の上、さらに竹林の中の一軒家。湿気はコンセントだけに留まらないのは当然であった。

アリの大群も、畳の下の土台が湿気でやられ、アリの楽園になったからだ。

廊下の水。サビで穴が開いた個所に油性コーキングをべったり塗った。貴重な平均余命の一部半日がこれで失われたが、已むを得ない。

「廊下に水だ、困った、困った」と石巻の業者に船できてもらったら、半月、納豆だけが副食になる。

ついでに言うと、超絶過疎地で一人暮らをする条件は、金持ちであるか、力持ちであること。このいずれかが絶対条件である。

政府の言動から推測すれば、お金が目減りする一方。力も、毎日のラジオ体操では追いつけない速さで劣っている。いずれも、かねてからの想定内であるから、少しも嘆かない。

しんみり思うのは、私の楽園の最後が、ドイツ映画「U―ボート」のラスト・シーンに似てきているようなことである。

0609水漏れ

学生運動 いま何処(いずこ)

学生はいい身分だ。学生だからああやってデモを繰り返している。就職して一年も経てば、企業戦士(サラリーマン)になるではないか。国家公務員になれば、国民の裁判沙汰では、いつも政府についているではないか。

こんな変節の集団が全学連なのだ。

半世紀前、岸なにがしとかいう総理大臣がアメリカの傀儡政府の先駆者となった時代、デモの最後尾にモタモタしながらついていった私の耳によく入ってきた言葉である。

安保賛成派、安保反対派、入り乱れて議論をした時代でもあった。賛成派の捨てゼリフは、「そんなに政府が嫌なら、中国でもソ連でも移住したらどうだ」である。

学生運動は学生の政治活動である。学生、個々人が主役ではない。4年で卒業する(中には、5年かかる者のいるが)。その分、新しい学生が入ってくる。言ってみれば、神輿担ぎが次々と交代しても、神輿は前に進んでいくようなものである。

個々の学生に変節はない。学生運動が政治から眼を背けるのが変節なのである。

今、2大政党の大談合が始まった。悪しき選挙制が当分続く現在、学生諸君が、ここらで異を唱えなければ、弱い者が平穏に暮らせる最小幸福は実現しないぞ。

付の1。
原発に反対なら、電気を使うな。同じ論法、今も生きています。

付の2。
大学は政治活動を禁止しているのでしょうか。そうであれば、国家百年を忘れた悪法です。

付の3。
全学連のリーダーは、社会に出てからもやはりそこで指導的地位に収まる人材です。就活で体裁を整える学生より絶対に役に立ちます。いつも下から見上げて感心していた私が確信をもって保証します。

付の4。
仲良しクラブがいくら集会を開いても、自己満足に終ります。書を捨て、街に出よ。デモでなければなりません。

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