老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

「ヘンリー四世」 今日的意義

見回わしますと、だいぶお疲れの方もおられるようですが、あまり長い時間になりません。

為政者となったハル王子が、市民であるフォルスタッフと決別したことはお話ししました通りであります。

ヘンリー五世として偉大な国王になっていくためには、どうしても避けられないものであります。なぜかと言いますと、国を運営するのに市民の発想は無用であるばかりか有害であることを、シェイクスピアは、当時の時代感覚として身につけていたからであります。

お芝居ですから、シェイクスピアの思う通りに役者は語ります。フォルスタッフに対する情け容赦のない仕打ちは、シェイクスピアの為政者観であります。

彼の為政者観、政治を司る者としてどうあるべきかということでありますが、にシェイクスピアの秀でた政治が認められると思うのであります。

さて、今日の日本政治。いかがでしょうか。

国会が開かれたと思えば、民主党の幹事長が土地をいくら手に入れた、カネがあればすぐ土地に手を出す土地マニアだ、そのカネはどこから出たのか、ワイロでなければなんなのだ、こんな事で大の大人が真顔で質疑応答をしています。

民主党が第一党になったのは、選挙当日、有権者の多数が民主党と投票用紙に書いただけのこと。小沢幹事長が選挙前と選挙後で、ガラッと人が変った訳ではありません。

選挙前の小沢氏を知らないと言う有権者がいるならば、大嘘つきであります。

鳩山首相の偽装献金騒ぎでは、いくら「私は知らなかった」と本人が語っても、マスコミは、そんなはずがないと言って、退陣を迫ります。「実は知っていました」と言うまで攻撃は続けられます。マスコミにとって「知っている」ことが本当かウソかはどうでもいいのです。とにかく、小沢・鳩山という日本の最高権力者に楯突くことで、自分の存在感を際立たせようとしているのであります。無論、その背景に何かの魂胆が潜んでいるのですが。

かつて、麻生さんが超一流ホテルで毎晩洋酒を飲んでいるとマスコミがクレームをつけました。1杯数千円の洋酒を毎晩飲むのは、庶民感覚の欠如であるというのです。

鳩山首相の母親が二人の息子の銀行口座にこっそり振り込んだとして、マスコミがクレームをつけています。金額が高すぎる、そんな高額なのに鳩山総理自身が知らないはずがない、仮に知らないとすれば、庶民感覚ゼロである、そんな政治家に日本を任せていいのか、と、だいたいこういう論法であります。

この手の論法の共通点は、この庶民感覚ともう一つ、庶民の目線であります。政治は庶民の感覚と目線でなされなければならないということであります。それは、フォルスタッフと彼の仲間の感覚でありまた目線であります。シェイクスピアはこういう連中に政治を任せられないことをよく分かっていました。飲んで、歌って、踊って、翌朝、働きにでる。こういう人は善良な市民ではあっても、為政者としての資格に欠けていると言っているのです。

フォルスタッフと彼の仲間が為政者を選べば、イギリスがどんな国になるのか、シェイクスピアは、しっかり見抜いていたのであります。

今の議会制民主主義は、このフォルスタッフ仲間から政治家が選ばれ、為政者になっています。ここで民主主義を議論いたしません。私に言えるのは、君主制にも民主主義にも賢愚併存するということだけです。

私がどうしても言っておきたいのは、選挙で選ばれた議員は、その時点から、為政者としての資質をもって政治にあたって欲しいということです。シェイクスピアの時代でしたら、王族、貴族の血が下賎な言動を許さなかった。というより、彼らには下賎な言動は想像さえできなかったのであります。

今の日本は、そういう血は望むべくもなく、それだからこそ、議員は、努力して為政者の資質を磨いてもらいたいと思うものであります。

カネがどうした、土地がこうした、これは市民大衆の実利に基づいた判断であります。そんな程度の低い問題はマスコミに任せて、政治家は、名誉一途で国政にあたっていただきたい。

いい加減な世論調査なんかに振り回されてはいけません。シェイクスピアの時代とちがって、永代に身分が保障されているわけではありませんが、少なくとも4年間は、反逆者に怯えることなく、為政者でいられるのであります。

前期2年は自民・公明の尻拭いに追われてあっという間に過ぎるでしょう。為政者でありながら庶民感覚に終始してきた自民・公明の後ですから、国家組織が政治のゴミ箱同然はやむをえません。ここは我慢のしどころです。

後期の2年が勝負となるのでありまして、それまでは、間違っても市民感覚に惑わされてはならないと思うのであります。

王政、市民、その両方を見届けたシェイクスピアの冷静な視線は、その鋭さを今でも失うことはありません。

以上、「ヘンリー四世」の二部作にならって、私も二つに分けてお話しをしたわけであります。たいへん長いお話しなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。

これから、少し、休憩を取りましょう。その後、皆さんからの質問を受けたいと思います。

(福原麟太郎調)


0130モモメリー眠い

シェイクスピア 「ヘンリー四世」 フォルスタッフでない理由

シェイクスピアについては、これまで幾度となく取り上げて参りました。

ですから、すでにご存知の事を繰り返す事になろうかと存じますが、今日は「ヘンリー四世」をお話させていただきたいと思うのであります。

最初にお断りいたしますが、私にシェイクスピアを語らせたら終りがありません。最近はボケが進んでいるせいか、同じことをくどくど言うこともあろうかと思うのであります。とにかく、今回は、相当長いものでありますから、相応の覚悟をしていただきたいと思います。

その代わりと言っては、なんですが、居眠りをしても私は立腹しません。大きなイビキだけ控えてください。(笑)

「ヘンリー四世」の主人公は、ヘンリー四世ではありません。後に王位を継承してヘンリー五世を称したハル王子でもありません。

脇役であるフォルスタッフであります。この人物は、理屈は人一倍、悪い事は一人で十人分を受け持つという、型紙破りの無頼漢として舞台に登場するのであります。

古今東西、無頼漢たるに値する人物は、悪事を働く分だけ肝が座っているものなのですが、このフォルスタッフは、胆力はゼロであります。この分をハル王子が受け持つわけであります。

構図といたしましては、フォルスタッフとハル王子が結託して世間を騒がせる、その正当性をフォルスタッフが語り、ハル王子は脇でちゃちゃを入れる、こういう物と思われるのであります。

ここで世間となにげなく使いましたが、シェイクスピアの時代になって初めて現われたものであります。

それまでは、王侯貴族が世界でありまして、民百姓は、大衆という言葉で括られていた、言葉を換えて申ますと「どうでもいいその他一同」であります。ここにおいでの皆さん全員、当時のイギリスに生きていたとすれば、「どうでもいいその他一同」であります。(笑)

さて、この大衆の代表がフォルスタッフでありまして、大衆の心の中を舞台で披露するものですから、大衆のヒーローになったのは当然と思われるのであります。

ヘンリー四世を観終わった観客が、自分たちがもはや「その他一同」でない存在であることを実感したと思われるのであります。また、貴族の前でどうしても卑屈になりがちな自分たちの劣等意識が拭われた気分になって、家に戻ってからのビールのうまさは格別なものであったと思われるのであります。

さて、これからが私の主題とするものであります。

「ヘンリー四世」が無頼漢であるフォルスタッフのしたい放題、言いたい放題で終わるのでありますと、シェイクスピアは、大衆、言葉を上品にすれば市民となりますが、におもねっている安っぽい戯曲家となります。

耳に心地よい芝居が、大衆に受けないはずがないのでありまして、連日満員御礼の札が掲げられことになります。シェイクスピアの懐から金貨が溢れこぼれることでしょう。

シェイクスピアが偉いのは、ここで終わりにしなかったこであります。

申し上げませんでしたが、ここまでの話しは「ヘンリー四世」の第一部であります。シェイクスピアは話しの続きとして第二部を作品にしたのであります。

この第二部では、ハル王子、すでにヘンリー五世となっていますが、とフォルスタッフが完全に立場が逆転しているのであります。

第一部で、観客の喝采を浴びて舞台を独り占めしたフォルスタッフが、数々の名セリフを無にされるばかりか、存在そのものさえ、ハル王子に否定されるのであります。

フォルスタッフの胸算用によりますと、ハル王子が王位についたら、宮殿は天下御免になると思っていたものですから、驚くまいこと、「死んでしまえ」と言われたものですから、その通り病に伏し、本当に死んでしまうのであります。

フォルスタッフなき後の第二部の通奏低音は、「名誉」であると私は思っているのであります。それに対して、第一部のそれは、「実利」であります。

名誉は貴族社会のもの、実利は市民社会のもの、これに異論はないと思われます。

シェイクスピアは、名誉から実利という時代の流れを肌で感じながらも、人間社会において最も尊重されるべきは名誉であるとの考えを結論としたのであります。

「ヘンリー四世」の第一部だけを読めば、あるいは、観れば、ほとんどの人は、この戯曲の題は「フォルスタッフ」になぜなっていないのか、疑問を抱きます。

その答えとしましては、第一に、シェイクスピアは、自分の作品の題名を、実利本意の市民に与える気持ちなど毛頭なかったと思われるのであります。

次に、こちらが本質的と申せますが、シェイクスピアがこの作品の主題を、無頼漢から王様になったハル王子の言動に置いたためであります。フォルスタッフは言ってみれば、ハル王子の貴族の名誉を際立たせるための小道具であったのであります。

話しが飛びますが、新潮社版の福田恆存君のシェイクスピア全集には第一部しかありません。これが彼のシェイクスピア理解の限界であると申し上げます。

第二部は、芝居として観ますと、退屈な出来であります。今風に言えばアイドルでありますフォルスタッフが、出だしで、舞台から引きずり下ろされるのですから、無理もありません。大衆が溜飲を下げる場面がないのであります。

常々、大衆を見下していた福田恆存君がなぜ第一部だけに止めたのか、たいへん残念なことと思うのであります。

シェイクスピアは、第一部で蓄財、生活にゆとりができてから、第二部で本心吐露、こういう要領の良さも、私がシェイクスピアを愛してやまない理由でもあります。

繰り返しになりますが、「ヘンリー四世」は、第一部と第二部が揃うことが絶対必要条件であるということであります。

この辺りで、少し休憩といたしましょう。

次は、なぜ私が「ヘンリー四世」を取り上げたかをお話したいと思います。と言っても、シェイクスピアはほとんど出てきません。今日の日本政治に転調するからであります。

ですから、シェイクスピアの話しで十分という人はここでお引き取りいただくことになろうかと思います。ただ、質問は、最後に受けますから、質問したい人は、申し訳けありませんが、残っていただきます。

(以上、福原麟太郎調)

0129巌流島の決闘1



普天間基地(続) ああ、はやく五月になれば

私がグアム島移転、少なくとも沖縄県外移転を信じる根拠は、鳩山首相が、「自民政権の引き継ぎで済ますのなら、決定を五月に延ばす理由がない」と、発言したことにある。

彼がなぜ5月としたのか、私はこれが知りたくて、歪んだ映像を我慢してNHKを観、絶えずチューニングしながらでもNHKのラジオを聴いている。が、この解説がさっぱりなされていない。

なぜ四月でなく、六月でなく、五月か。

読売新聞を隅から隅まで読んていても、その理由が見当たらない。

私の手の届く所になければ、仕方がない、自分で考えることにした。

その一。
彼かファーストレディーである彼の奥さんがオフ・コースのファンで、小田和正の「I LOVE YOU」をヒントにした。

今、CDで確かめたら、「あゝはやく 九月になれば」だった。五月になればは私の錯覚。それで、この可能性は消えた。

その二。
鳩山総理が海外移転の交渉を外務省に命じた。「交渉はしましたがやはりダメでした」が結果では駐米大使以下全員クビだ。「絶対に移転させろ、そのための時間は与える。いつまでに出来るか、知らせよ」

これの回答が五月ということである。

これは辻褄が合う。どんな組織にも、考え方の違う派閥があり、大差であっても8-2。金銭的利害の薄い官僚の組織では、理屈や感情で敵味方になりやすいはず。

米国追随の主流を苦々しく思っている外務官僚だって2割はいると思っている。

その2割の少数派に、ようやく日が当たるようになった。粉骨砕身、鳩山政権のために頑張ろうという機運が興ても不思議でない。むしろ、自然の流れである。

私は、今最も注意を払う場所は成田空港で、そこで、駐米外務省幹部が頻繁に乗り降りすれば、交渉は進展中、その気配がなければ、外務省のサボタージュ、そう思っている。

これだけ大問題になってしまった基地移転は、本国とアメリカの間での電話やメールのやり取りではもはや収まりがつかない。

その三。
私が最も心配していることを、その三とする。

それは、岡田外務大臣のことである。彼が鳩山総理に忠実であるなど想像さえできない。自分だってしばらくの間代表で民主党を仕切っていたのだ、なんで、鳩山の靴磨きをせなならんのだ、心の中はこんなものである。それを私は非難しない。政治家のプライドとして評価する位だ。

しかし、これが外務省という官僚組織のトップに座ったのだから、危険千万である。獅子身中の虫である。

普天間基地問題で鳩山首相がミソをつければ、バッターボックスに再び立てるに違いない。首尾よく普天間基地問題が解決すれば、それでよし、こじれても外務大臣の自分は責められることはない。

鳩山首相と小浜大統領の直接交渉で、事は決まらない。双方の窓口同士の熱意にかかっている。

その四、その五もありそうだが、私自身は、まだまだ、海外移転の可能性を排除していない。最低、沖縄県外移設は、今でも確信している。

あゝはやく 五月になれば

付の1.
なぜ五月なのか、あゝはやく 知りたい

付の2.
オフコースの歌詞はすてきです。書き写すとなんやら問題があるそうで、止めました。東北の小島、日は延びまてきましたが、まだ北西の風が吹きます。あゝはやく 三月になれば・・・

0117浪入田のモモとメリー

基地問題 erliuzi氏の寄稿

身近なところに米(海)軍基地のあることが、どれほど暮らしに影響するか、体験した人でないとわからない。

<普天間基地問題>もそう。

本土の「ヤマトンチュー」(沖縄弁の本土人)はほとんど知らない。わたしは、米海軍厚木基地の近くに住み、横須賀に空母の入るたび艦載機の<タッチ&ゴー>に悩まされた。

<普天間基地問題>について意見を言う人は、お住まいがどこかーを明らかにすることから始めてほしい。

普天間基地問題

今日の参院予算委員会も相変わらず、ひどかった。お昼の天気予報を見るために、せめて声だけでも(カラスのためアンテナが動いてまた映らなくなった)とNHKを見たら、自民党の誰かが、また、ネチネチと鳩山総理に、「お母様からいただいたお金、いつ知ったのですか」と愚問を発していた。そんなのどうでもいいじゃろが。あんな国会議員に白髪があるのに、なんで余の頭にないのか、天の采配の不公平さを嘆かないわけにはいかなかった。

普天間基地。

唐突に鳩山総理が抑止力を持ち出した。はは~ん。彼はアメリカ政府から恐喝されたのである。石油を止めてもいいのか、食料を止めてもいいのか、と。

政権奪取時の威勢の良さがまったく消えて、言い訳けに明け暮れしている。これは、アメリカが伝家の宝刀を抜いたからである。

「鳩山さん、好きにするのは勝手ですが、油とエサはあてにしないでくださいね」

これで、かつての社会党村山が震えた。そして、今、鳩山が震え始めた。安保なんか仮想敵のためにあるのではない、日本の謀反を押さえつけるためだけで十分アメリカにとって価値のあることだ。

だから、私は今でも、都心の基地は無理でも、沖縄の米軍基地は交渉次第で、いかようにもなると考えている。

そのためには絶対不可欠の条件がある。

一つ。政権の断固とした態度である。

総理がふ~らふら、外相もふ~らふら、防衛大臣もふ~らふら(と言いたいが、この人はフラフラしていない。アメリカ崇拝者だ。自衛隊幹部から憎まれているかもしれない)で、こういう軟体動物はアメリカ人(政府でない、国民気質である)の最も軽蔑するものである。鳩山政権は背筋をピンと張らなければ、話しにならない。

もう一つは、外務省である。

交渉窓口である外務省が本気になって取り組まなければ、絶対に成功しない。

昔々、中国向け輸出担当をしていた頃、私はどうしても中国外交部(日本の外務省にあたる)が好きになれなかった。他の組織に対する程度の応対をすれば、取り引きが実現するのが分かっていても、一寸の虫にも五分の魂、かなりの嫌がらせに遭いながらも、相手にしなかった。

トップは、やきもきして、私をせっつくが、私しかいないものだから、トップも手の打ちようがない。結局、いつまでたっても、外交部への販売は実績にならなかった。

こういう経験をしているから、普天間基地問題の解決にあたって、外務省のアメリカ部門が、本気になってグアム島移転に取り組めば、できない話しではなくても、本気になってやる気がなければ、いくら鳩山政権が小浜大統領に誠意を示そうとしても、めちゃめちゃにぶちこわしてしまう。外務省はそれが出来るのだ。

鳩山総理が、アメリカ政府と一つ一つ交渉するなどできない。外務省に指示を与えるだけだ。その指示をどのように料理されているのかまで、鳩山総理は分からない。

「総理の希望を伝えたのですが、小浜政権は頑固で相手にされませんでした。アイム ソリー」。アメリカに「鳩山総理は小浜さんをわからず屋と言っていますよヨ」と告げていても、窓口の外務省からこう聞かされれば、我慢するしか道がないのである。「お前たちは、無能だ。それなら、私の腹心を交渉の責任者にする。お前たちはクビだ」と言いたくても制度として言えないのである。

外交は国の本。その点、アメリカなんか、新しい大統領は自分の懐刀を大使にする。そうしなければ、前の大統領のお気に入り連中にいいようにお手玉にされるからである。

つまる所・・・

官僚制度の改革なくして、日本の政治改革はない。向こうをうならせるフレーズでないことを承知の上、このブログは何度も何度も繰り返す。

東北電力 新春対談とプルサーマル対話フォーラム

月に一度、電気の検針があり、毎回、電気料金請求書と一緒に、何かしらのお知らせが渡される。

大概は、節電の仕方や器具の安全な使い方の案内である。以前は、検針のおばさんから受け取る時に頭を下げるだけで、そのまま丸めてくず籠にポイだった。今は、プロパンの点けっぱなしや水道の出しっぱなしの反省から、一通り読むことにしている。

1月号は、社長とビーチバレー女子選手との新春対談が大々的に掲載されていた。

年中、トラブルを起こしている女川原発での記者会見のしおらしさは新年ということであろう、見られない。見たのは、頬の緩みっぱなし、鼻の下の伸びっぱなし。こんな写真でよく夫婦喧嘩がおきないものと、心配性の私は不安にかられる。

もう一つ、ついてきたのが、「プルサーマルを考える対話フォーラム」である。

女川原発にプルサーマルを導入する計画の是非を賛成側と反対側が市民の前で討論された記録である。討議の中心は安全であるかどうかであり、電力需要とのバランスもパネリストは語っている。

私は、安全であるかどうかをここでは問題にしない。年に6回事故が発生しても、残りの300日は安全だと考える人がいる。60年に1度事故が起きても、メルトダウンの予兆だと危険視する人がいる。危険・安全は常に主観が入るからやむを得ない。

問題にするのは、万人が見れば必ず納得する文字の大きさである。

新春対談は、新聞の一般記事の活字の大きさ、対話フォーラムは新聞の株式欄の会社名の大きさである。写真を添付したので、その差が分かるはずである。

女川原発の周辺住民は大半が高齢者である。65歳以上が半数を占めているのではないか。高齢者は視力が衰えている。普通の新聞記事でも、拡大鏡が必要だ。株式欄の会社を裸眼で読める人は、「古来稀なり」

新春対談が同様に小さなサイズであれば、私も、経費節減として許す。しかし、若い女の子との対談を大きな文字にして、原発の話題を小さな文字にした、この差別を私は見逃すわけにはいかない。

対話フォーラムを住民が読んでは困る、といって、住民に報告をしないままでは、後で説明責任が問われかねない。読まれたくないけれども、書かなければならない。このジレンマを文字のサイズで巧妙に解決させたのだ。

東北電力の現場の人たちはNTTが見習って欲しいほど、丁寧で誠実である。

それを、本社ビルでのほほんとしている一部の小賢しい広報部門のお偉方が破壊してしまう。社長のご機嫌だけは温存してだ。

下が有能、上が無能。ノモンハン事件の日本軍と同じ流れのままである。

付の1.
講演内容は賛成・反対両派とも優れた論者です。拡大鏡を使って読む価値はありました。

付の2.
参考までに、パネリストを紹介します。◇慎重◆推進
 
◇舘野淳氏 元日本原子力研究所勤務・元中央大学商学部教授
◆山名元氏 京都大学原子炉実験所教授
◇小山英之氏 美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会 代表
◆奈良林直氏 北海道大学大学院工学研究科・エネルギー環境システム専攻教授
◇伴英幸氏 原子力資料情報室 共同代表
◆内山洋司氏 筑波大学院

付の3.
内容の濃い討論欄は、さらに小さな文字です。ひどいもんです。A4サイズです。

付の4.
会場でアンケートがありました。参加前と参加後です。サクラが何割紛れ込んでいるのか、こんな姑息な手法を見せられると、疑いたくなります。

付の5.
パネリストの紹介では文字に間違いのないように努めました。視力の消耗著しく、今夜の碁の負けは東北電力さんに責任を取ってもらいます。

付の6.
事故騒ぎで謝るのは、たいてい副社長です。私には、正でも副でもかまいません。

0120東北電力

0120東北電力1

名護市長選 民主党推薦候補 当選 万歳、万歳、万々歳

7時のテレビニュースを見て驚いた。

官房長官が勝利の記者会見をするかとおもいきや、まるで、敗北したような顔つきで、「あっしには係わりのねえことで」と言い切った。不思議な光景だった。

鳩山総理はと見れば、この人も、さっぱり嬉しい顔つきを見せなかった。

映画「アンタッチャブル」でロバート・デ・ニーロがオペラを観ているシーンで、涙を流しながら、吉報に口元が緩む、ああいう芸でも見せてくれれば、こちらも納得するのだが、目は困惑、口は当惑、まるで、当選したのが残念だったと言いたい表情であった。

彼は、デ・ニーロほどの役者でないから、心の底をさらけ出したのだろう。

防衛大臣や外務大臣が、不満顔であれば、即刻更迭しなければならない立場の総理大臣が、一緒になって苦しい顔をしていたのだから、私の驚きに納得していただけると思う。

どんな高校、大学でも、どんな会社でも、本人が希望して、そこから入学・入社通知が届いたとき、本人はもとより、家族、友人、みんな幸せな顔をするのが普通の人間である。

相撲の優勝者が、賜杯を抱えて、つまらなそうな顔をするか。9回裏の満塁ホームランで逆転勝利して、肩を落とす監督がいるか。

日米軍事同盟に賛成する者もいれば、反対する者もいる。それはそれでいいと思う。しかし、自分の支持した候補者が当選して、万歳を叫ばない者に思想の統一はない。私はこういう者をもっとも嫌う。政治家、学者、文学者、評論家、等々有名人である以前に人間失格である。

私は、基地反対を訴える沖縄県民と共に、どちらが表でどちらが裏かまったく頼りない鳩山内閣に代わって、こう叫ぶ。

万歳、万歳、万々歳!

付:
小沢なき民主党の将来像をここに見ました。小沢幹事長に正しい選択を期待しているからという意味ではありません。小沢幹事長が、自分の推薦候補が当選して、苦虫を噛み潰すようなことだけはしない並の人間であるからです。(これに比べれば、カネなんかどうでもいいことです。庶民の嫉妬心におもねるな、マスコミみさん)

0124石戸の鳥

民主政権崩壊、あと一歩

マスコミは鳩山総理を相手にしないで、小沢幹事長を攻撃しています。

世論をバックにもったマスコミは、鳩山政権を倒すためには、小沢幹事長を政治の舞台から引きずり降ろせばいいことをよく分かっています。 さすがプロだけのことはあります。

小沢さんがいなくなった民主党は、菅さん、岡田さん、前原さん、他にもいるでしょうが、私の知っているこの3人と鳩山さんの計4人で、てんでんバラバラに党を分解してしまいます。

もともと寄せ木細工の政党ですから、心棒がなくなれば、そうなっても不思議ではありません。

どうせ瓦解するのなら、その前に普天間基地の海外移転だけは実現していただきたいものです。まあ、無理でしょう。

いずれにしても、マスコミのシナリオ通りの田舎芝居が小沢さんの失脚で幕は開きます。

世論調査に小沢さんの人気上昇を期待できないからといって、民主党の議員さんたちが浮き足立たなければいいのですが。せめてもの、私の願いです(本当は、全然ダメです)。

なお、この短文の中に「マスコミ」を3度も使ったのは、新聞を読むようになって、その実体が分かってきたからです。私は自信をもってマスコミという言葉を使うことにしました。

0124ヘリ


散弾銃暴発 高齢者の自覚

銃砲等所持許可証は試験が難しい。更新時の試験は再延長を認めるか認めないかの判断をしない。あまりにも悪い成績なら、警察生活安全課から一言注意があるかもしれないが、今の所、私には一言ない。

◆県内の某市の某人、弾を入れたまま銃口を上に向けた状態で、つえのようにして歩いていた際、銃が暴発して至近距離で弾が当たった。

昨年の暮れだったと思うが宮城のローカル・ニュースで知った。すでに死亡していたので、現場を見ていないから、警察は「可能性」と断っている。猟友が杖代わりにしている所は見ている。

銃砲で一番うるさく言われるのが、実装のあるなしに関係無く、銃口は絶対に人に向けてはならないことである。

ある時私が、宮城県標的射撃場で何気なくエア・ライフルをケースから取り出した時、銃口がたまたま管理者に向いてしまった。

これにはほんとうにこっぴどく叱られた。還暦過ぎの私は、よほど私より年上からでなければあれこれ文句を受けない。しかし、この時は、年齢差に関係なく、5~6分、叱られ続けた。「たまたま」が言い訳けにならないことを知っているから、私は言い訳けができず、ひたすら、平身低頭でいた。この5分は、実感として山手線の電車を待つ間の数十倍であった。

事実、これを通告されたら、許可証取り上げまでいかなくても、警察出頭は免れられない。

かれこれ7年ほど前の失態であったが、これは、結局、高齢者の注意力散漫によるものであると私は思っている。若い時にはまず絶対に起こさない緩み・たるみは顔や皮膚に限ったことではない、脳みそという細胞にも起きているのだ。

死亡した某氏は、狩猟歴40年のベテラン74歳である。狩猟が許される場所はほとんどが山林の中、イギリスの風景とは大違い。山道を歩けば、喉も乾くし足もくたびれる。それでも、彼が若ければ、猟銃を杖の代用にせず、一休みしたことと思う。

古希が間近にせまった私、これを、他山の石と念じた。

付:
銃床の方が重いこと、持ちにくいことの二つで、杖としては、銃身側を握ることになります。尺八でヤギを打つ時、管尻でなく唄口側を持って振り回すのも同じ物理学の理論によります。

日米亀裂(4) 同盟形骸化の恐れも

形骸化こそ祝杯ものと思っている私は、こういう記事に耳を傾けることにしている。自分と同じ考えをいくら読んでも聞いても、ためにならないからである。

ケント・カルダーという人、元駐日米大使館特別補佐官という紹介になっている。特別補佐官が実はアメリカ軍需産業の手先であったりネオ・コンの主要人物であったり、あるいは、平和協会(死の商人のコンサルタント)の幹部であったり、私にはとんと見当がつかない。

見当がついたのは、この人物のあきれ自己撞着である。記事に曰く、

問題なのは、日米中のトライアングル(三角形)関係で、日中、米中がそれぞれ関係を深めているのに、同盟関係にある日米間に亀裂が入っていることだ。

待ってくれ。

日米安保は、共産中国を仮想敵国として、沖縄を基地にしているのではなのか。米中が仲良くなったら、日米同盟が無意味になる、それでも亀裂とはこれいかに。

最後に、こう言っている。

日本を同盟国として信用できず、安全保障戦略にも組み込めないのなら、他の仕組みを考えてはどうか、日本を優先する必要があるのかという論理だ。それがより顕著になれば、同盟は形骸化する。それこそ危険なことである。

米中が友好関係を築けば、太平洋と日本海の間でミサイルが飛び交うのを見上げる心配がなくなる。これほど日本にとってありがたいことはない。それがどうして、「それこそ危険なこと」であるのか、ムチャクチャな記事である。

付:
例によって一部のみの引用ですから、カルダー氏の意見を私が誤って読んでいることもあります。全文は、読売新聞2009年12月20日朝刊でどうぞ。

日米亀裂(2) 「安保」の重要性 国民に示せ

中曽根康弘元首相の登場である。鳩山政権に向かって曰く、

◆首相には、安全保障について連立政権の中でよく話し合い、明確な基本方針を確立することを期待したい。そうしないと、将来の不測の事態で、日本は対応できなくなるかもしれない。

以上が結語である。

中間には、

◆鳩山政権には、日米安保条約をはじめ、国家の基本方針に対する構えが感じられない。国際情勢や巷の俗論に流され、安保条約の本質を堅持しようという明確な態度が見えない。連立の名を借りて、これらを緩めたりぼかしたりすることは、国策として許されない。

とあり、鳩山政権を叱咤激励している。

私は、安保条約の本質はアメリカの日本に対する保護観察であると考えているから、中曽根さんの「軍事同盟」を本質とする意見には反対である。軍事同盟が本質であったのは、冷戦終焉までのことである。別の一面の日本を属国として軍事管理下においておくことだけが残っているのである。

結語の部分の前半はその通りと言いたい所だが、できない相談である。話し合いをいくらやっても、軍事同盟尊重派と社民党が意見の一致を見るはずがない。鳩山首相は他人に頼ることなく、自分の責任で決めることである。

これまでが、前座。

問題にしたいのは、「将来の不測の事態」である。

言葉として聞き流せても、現実にどういう事を意味するのかとなれば、簡単に聞き流せる言葉ではない。

話しは半世紀前に遡る。東外大の授業には優れたものがいくつかあった。私の知っている内には経済理論、労働法、それに世界史である。この世界史の教授は、「歴史の偶然と必然」を私にも分かるような例を引き合いにして説明してくれた。

第一次世界大戦勃発のきっかけとして、オーストリア皇太子がサラエボで暗殺された例の話である。

暗殺が成功したのは偶然だが、戦争になったのは偶然とは言えない、戦争になる背景があったというのである。

これを朗々たる演説で教室全体を響かせたのだから、私はただただうっとりとして聴くばかりであった。

一人の人間の行動には、秋葉原事件で分かるように突然がある。しかし、人間の集合体である国家の行動に突然はない。いわんや戦争という行動は絶対にないと言っていい。

世界史の中で、ある国が突然、戦争を仕掛けた事が一例でもあったか。

「不測の事態」は、言葉の遊びなのだ。私の言葉を使うなら、幽霊である。

「将来」とはいつのことか。これだって、いい加減な表現である。向こう3年か、中期計画ではないが5年か、あるいは、10年か、千年先か。

インカ帝国がスペイン軍に襲われた。アメリカン・インディアンが移民団に襲われた。いずれも、突然で、襲われた側から見れば、不測の事態ということになる。しかし、これをもって、歴史に不測の事態はあるというのであれば、論理の飛躍である。

現在の国際環境下に置かれた日本に「不測の事態」に備えよと言うのは、同様に無理な論理である。

私の読後感。

「不測の事態」という幽霊のために、沖縄の生きた人々を不幸にしたまま放置するなど、とんだ新興宗教である。

付の1。
歴史の偶然と必然については、北京語言学院に語学研修している間、歴史教授に放課後、直接伺いました。中国語は「偶然性と必然性」と「性」がつきます。唯物史観の骨太を実感しました。いい思い出です。

付の2。
2009年12月17日。読売朝刊です。

新聞の広告は面白い NHK

活字が一杯の新聞に親しんでから、ほぼ一ヶ月が過ぎた。テレビやインターネットでニュースを見ても、広告の記事には出会わない。ラジオは最初から活字に無縁。

山となった古新聞を、わくわくしながら、ランダムに選んで見ていく。前後するから、円高の騒ぎが収まったころに、円高騒ぎを読むことになる。これはこれで一興である。

しかし、最も役に立たなく、それでいて最も面白いのは、やはり広告である。

◆月刊誌「選択」1月号 年間購読料12,000円
「公共放送」の美名のもとで、市場競争に晒されぬ「最後の楽園」を享受。その一方で、子会社を乱造し、いまや一大「メディア帝国」に肥え太った。「官」と「民」を巧みに使い分ける、これぞ最悪の特殊法人ではないか。NHKー指導者不在のメディア帝国

◆別冊 正論 Extra.12   1,000円
亡国のモンスターメディアを斬る
朝日新聞・NHKの大罪
NHKよ、そんなに日本が憎いのか
クロニクル NHKウオッチング 2002-2009
報道、ドラマ、ドキュメンタリー・・・一体この巨大な公共放送局は何を発信してきたか。“みなさまのNHK”の正体がここに見える

この二つの広告を見て、NHKに批判的な者が私だけでないことを知って内心ほっとした。なぜなら、時々、私のブログが偏見に満ちているのではないかと心配していたからである。

これだけで、私には十分である。千円を払って買う必要はない。米国追随側は、共産党や「進歩派」に甘いと書いているだろうし、民族独立派は、米国追随だと書いているだろう。読むまでもない。

私が読みたい記事は、「NHKは日本に欠かせないメディアである」という理論である。その記事を読むことで、私の持論が間違っているのか、そうであれば、どこに間違いがあるのか、が分かるからである。

自分と同じ意見は聞くほどのことはない。「ああ、そうですね」で終わりである。

かくして、私は、NHK礼賛記事をいつか目にするのではないかと期待しながら、新聞の広告を隅から隅まで毎日見ている。

付:
最も役に立たずは、広告を見て、金を使う意思が私にないからです。広告主も、私に金を使って貰えるなどと期待していませんね。お互い様です。

0119飛行機雲

いい加減にしてマス・コミさん、政治と金

たかが数億の金、しかも、個人の持ち金、仕分け作業でわかったように、国家の予算は百億はざら、千億単位が珍しくない。

そちらをないがしろにして、やれ特捜がどうの、小沢がこうのと、なんでこうもマスコミ報道がスケールがみみっちいのか。

私は考えた。

一つ。
お金は金額という額で判断できるから、誰にでも分かりやすい。だから、出来の悪い政治部記者でも記事にできるし、放送もできる。

一つ。
不正やウソを、それでいいではないかと公には認められない。正論として、これほど安易に記事にできる取材はなかろう。

一つ。
報道陣に加えて、評論家の諸君も、何の勉強をせずとも、コメントができるという、これほどおいしい仕事はめったにあるものではない。

ということで、たい焼きくんよろしく、毎日、毎日、「政治と金」を繰り返している。

そこは、そこ。自分らの本質は棚に上げておいて、こう言う。

「政治家は、いつまでたっても、金の問題で世間を騒がせている。世間はもいい加減にしてとううんざりしている」と。

「いい加減にして」と言いたいのは、世間を騒がせている君たちマスコミに向かってである。

付の1。
選挙の仕組みを変えなければ百年リプリントです。

付の2。
「いい加減にして」という言葉、山口百恵か中森明菜かにあったように記憶しています。私の好きな歌手というわけではありません。日本の歌手で知っているのはこの程度だからです。

付の3。
ウソだからといって、それがどうなの。日本人は「ウソも方便」というではありませんか。

地デジ スカイパーフェクTVもか

総務省からとてもきれいなパンフレットが届いた。

~~~~~~~~~~~~~~
地上デジタル放送を楽しむための
総務省による説明会(無料)を開催します。
ぜひご参加ください。

今、また新しいテレビの次代がやって来ます。
~~~~~~~~~~~~~~

イチャモンをつける。

楽しむとなっているが、受信するの誤りである。デジタル放送しかなくなるのだから、アフガンで住民が殺傷されている報道もあれば、森林火災でリスが焼死する報道もある。津波や地震で数千、数万の人が死ぬシーンも放映される。

これがなんで「楽しむ」ことなのか。総務省の役人の冷血を呪う。

(無料)とわざわざ加えているのは、お上が開催するのだから、民百姓ども、ありがたく思え、と言っていることと同じである。無料で当たり前だ。総務省の役人は税金で養われているのではなかったか。

また新しいテレビの時代だって。かつて、堺屋太一氏が科学・技術に及んで、蒸気機関車やラジオの出現以後、それらに匹敵する革新はないと喝破した。経企庁長官になる前の、正常な時代の彼は「油断」の作家らしくまともであった。

新しいテレビは、やって来るのではない、無理矢理、引きずり出したのである。

なぜデジタルが必要なのか。次のページにこう書いてある。

◆日本では、電波が足りなくなって困っています。

誰が足りなくしたのか。まるで天災のように言っている。電波は自分で足りなくなったのではない、むやみやたらに放送時間を増やした結果ではないか。電波なんか、容量が増えればそれだけガラクタコンテンツが増える、イタチごっこである。ネットに接しているとこれがよくわかる。高速化してどうなったかといえば、これもむやみやたらだが動画コマーシャルが増えただけである。

交通事故の防止や緊急災害に不可欠だというのなら、今はどうなんだ、と言い返したい。

◆2011年7月24日にアナログ放送は終止します。

国民の誰がお願いしたのか。5千万世帯はみんなテレビ・メーカーさんか。使えなくなる現行のテレビの産廃については、チューナーの用意を対策にしているという。冗談じゃない。

対策は、何もしなければ何も問題が起こらないのを起こしたから必要になったのではないか。

それの何よりの証拠が、パンフレット印刷元である。曰く、

総務省 テレビ受信者支援センター

日本国民の皆さん、「支援」してくれるんだって。感謝、感謝。

付の1。
裁判員制度と地デジ化の2悪の撤廃を仕分け人に期待していたのですが、残念。

付の2。
ネット・オークションでテレビやDVDレコーダーが只同然で出品されています。スカパーも映らなければ、当然でしょうかね。

付の3。
放送の質は技術ではありません、内容です。ゴミの山を電波に乗せて、足りないはないでしょうに。

国会は 野球かプロレスか

国会中継。

昔も今も変わらない。政府が「政治とカネ」で追求されている。野党が追求している。攻める立場、守る立場、どちらが自民でどちらが民主か、三年寝太郎にはとんと分かるまい。

私は、野球を連想してしまった。

一回表の攻撃、スリー・アウト。野手が戻ってくる。ベンチからそれぞれのポジションに走って向かう。裏の攻撃が始まる。

質問者、答弁者、共に真面目な顔をしてやっているので、真剣さだけは伝わるが、なんでこれが国会なのか、さっぱり分からない。

私は、プロレスを連想してしまった。

国会は国の内政、外交について各党がそれぞれの考えを示して、それを基にし、最善の手段を決める場所とばかり信じていた。個人のカネが、キレイか汚ないかは、国会議事堂で語るものではない。「政治とカネ」がそれほど気になるのなら、飽きるまで、乱闘すればいい。プロレスが、場外で立ち回るように、別室で徹夜でやればいい。

国会議員はつくづくヒマな連中でなければ勤まらないと感心してしまった。

予算委員会は、仕分け作業の場として、「どうしてこれに税金××億円を充てなければいけないのか」、「その半額でできないのか」、「せめて、7割でやれないのか」、「そのカネで別のこれこれをしたらどうか」。こう言う議論の場であって欲しい。議論ができないのなら、国会議員に代わって仕分け人を再度国会へ呼ぶことだ。

野党は外野席、マスコミも外野席。わ~わ~騒いでいるのに気配りしても、終われば、ポイ捨てだ。泣きを見るのは鳩山さんご自身。

政権与党よ、太っ腹~。

0119春霞

栗山尚一 なんで彼が日本外務省の役人で大使だったの。

新聞がドサっと届いた。暖かな一日に感謝しつつ、夕飯後のひととき、ベッドでランダムに選んだ新聞を読む。至福の一刻。

論点。米軍の日本駐留。「常駐なき安保」は幻想

この記事の著者は元駐米大使の栗山高一さんという今、78歳のおじいちゃんである。

常駐なき安保が幻想であることは、安保自体幻想の上に成りたっている以上、何ら不自然ではない。強いて言えば、常駐と限定する必要がないことだ。

彼は言う。

東アジアよりはるかに安全保障環境が安定しているヨーロッパでも米軍の駐留がある、と。

これには恐れ入った。ソ連崩壊後、民族紛争が耐えないヨーロッパ、何かといえば、戦車と戦略ヘリを送り込むロシア、川ひとつ隔てて国と国が接している地理的条件からの緊張。毎日のように武力衝突が報道されているではないか。

日本の周りは、大国中国、朝鮮半島の二つの国、南は台湾、それと日本。小競り合いさえ起きていない。さらに言えば、いずれも、日本からちょっかいさえかけなければ、極めて平和な国々である。

それを、彼は、東アジアの方が不安定であると言っている。これは、何をもって安定と言うのかと言う定義の問題ではなく単純に、彼の事実認識力の欠落による誤認である。

残りは、この手の論者として例によって例のごとく、米軍が日本を守ってくれている、そんなアメリカに失礼があっていいのか、ダラダラ書き連ねている。

最後の言で、

日米間の絶対的な相互信頼なくしては成り立たない「常時駐留なき安保」を志向することは、幻想を追うに等しい非現実的で無責任な政策というべきである。

と括っている。

絶対的相互信頼など国家間に存在するはずがない。だから、それを前提にした「常時駐留なき安保」が幻想であることも正しい。

しかし、ここから、米軍の日本駐留の妥当性を導くのはひどい論理の飛躍である。

この人物は、アメリカが日本の鳩山政権を疑っているようで、それが心配で心配でならないという。同時に鳩山政権の無責任をなじっている。

元駐米大使は新聞社の書き違いで、正しくは元米国大使である。このような、訂正侘び記事が後日掲載されても、不思議でない。

栗山さんの部下がまだまだ外務省に居残っているのなら、これほど不幸なことはない。外交官にエリートはいらない。

付:
読売新聞2010年1月13日朝刊

国会議事堂前がデモで埋まった

安保50年の今年、ついに大学生が立ち上がった。

昨年暮れあたりから関東の大学の構内でビラや立て看板が目立つようになった。

60年安保では、法政や明治がデモの先頭にたち、東大はいつも中ごろだった。機動隊に捕まえられるのは、だからお茶の水に本店を置く私大生が多かった。

今年は、まったく様相が違う。

東大生が真っ先に議事堂前に集まった。「もう日米安保のお先棒を担ぐような国家官僚にはならない」と宣言した法学部、「スパコンの世界一がなんの自慢か、宇宙ステーションより貧乏世帯の安心生活だ」と安保とあまり関係がなさそうなスローガンを叫んでいる理学部、「人生の価値は学歴ではない、無理して東大に入るな」と書いたパンフレットを配っている文学部。

東大ばかりではない、京大、東北大、慶応、早稲田、一橋、続々である。敢えて名を伏せるが無数のスポーツだけで有名な私大の校旗も翻っている。さながら駅伝の応援合戦である。

防衛大学校や松下政経塾からも学生の大半が参加しているではなか。

学生にエールを送っている周りはとみれば、あれだけ安保反対を叫んでいた共産党や社会党がいない。いるのは、戦争賛美家と目されていた梅井わるこ、御用評論家とレッテルを貼られていた横草下。この人たちが「ガンバレ」と手を振っている。

読売新聞と産経は共同社説で、「日本民族の誇りを取り戻せ」と連日社説で繰返している。NHKはと言えば、全学連の委員長、書記長、委員、入れ替わり立ち代りインタビューに招いて、「NHKは間違っていた。深くお詫びします」とアメリカベッタリを自己批判している。

外務省も黙っていない。安保継続でどれほど自分らが怠惰でいられたかを反省している。

自衛隊は早々と「暴徒」鎮圧に戦車は出しませんよと宣言した。

こうした日本のかつてない動きにさすがのアメリカも、為す術なく、せめて横須賀、厚木だけでもと譲歩案を日本政府に提案してきた。

小沢代表が脇に座っている鳩山総理に目配せした瞬間、鳩山総理は、おもむろに、「米軍基地は日本に不要であるから、24時間以内にすべて撤収するように」と小浜大統領に語る。小浜大統領はせめて1ヶ月の猶予をと懇願してきた。結局2週間で落ち着いた。基地問題をこじらせると、アメリカを怒らせる、怖い、怖いと脅かせれていたのはいつの日か。

このニュースは一瞬にして世界中に知れ渡った。官房長官は200を越す国や地域から届いた祝電を載せた十数台の台車を記者会見場に運ばせて、「60年からの50年、なんで安保に縛られていたのか、私も不思議です」と語った。

祝電の中に、驚くなかれ、小浜大統領やクリントン国務長官のメッセージも入っていた。官房長官は特に読み上げた。「アメリカの本音を言いましょう。これで日本は一人前です。アメリカは、御用聞き国家から脱却した日本とはこれから真面目に付き合うことができます。これまでは、相談したくても、返事はいつもYesばかり、まったく頼りになりませんでした。Congratulations!」会場の記者から大拍手が沸き起こった。ブラボーの声も鳴り響いた。ここはオペラ劇場?!

かくして、半世紀にわたった日米安保の幕は下りた。全学連の諸君は日本の次代を担う資格がある、さすが全学連。

私のおそい初夢。

付:
固有名詞は極力避けましたが、現実にあるとしたなら、偶然の一致です。

0119鳥

どこまで善人なのか、鳩山総理、あるいはバカなのか

新聞の記事で「馬鹿」という言葉は使えないと、先日、知った。なぜ使えないのか、想像するに、馬鹿と言われた人物を差別するからではないか。

「馬鹿」が使えなければ、私はブログなんかバカバカしくって書いていられない。

愚痴っぽくなったのには理由がある。

政治とカネで、鳩山首相がいちいち記者の質問に答えていることに対し、バカの他に言葉が見つからないのである。

野党時代には、世論に好かれるように様々な言動が必要かもしれないが、権力の座についた今、天下御免の独裁者でいられるのである。議会制民主主義は、選挙の当日のみ民主主義であって、翌日からは、支配・被支配の関係が確立し、これは、中華人民共和国の国家主席やヒトラーと少しも違う所が無い。

鳩山総理は権力の「力」の意味をまったく理解していない。

説明責任を果たす努力など、ムダのムダだ。もともと聞くつもりがないのだから、何を言ってもムダなのだ。それを、誠実に説明すれば国民は理解してもらえると信じているのだから、善人、お人好し。私の言葉ではバカなのである。

記者会見なんか官房長官に任せておけばいい。

国会が開かれるそうだ。鳩山さんにダイエットと国民に説く前に、議会のダイエットでもしたらいかがと言い返したくなる。

偽装献金も個人献金も一切合切献金は禁止。選挙活動は広報だけ。政党助成金は全額仕分けで廃止。

マスコミも騒ぐばかりが能ではない。「政治とカネ」を早く「選挙とカネ」に言い換えないか。

馬鹿らしくて馬鹿らしくて、今日ほどブログが嫌になった時はなかったが、月曜に載せないと、小国寡民ついに死んだか、と心配される向きが一人でもおられては申し訳ないとの思いで、しぶしぶ書き上げた。

最後に一言。

太っ腹だよ、権力は。

0117モモとメリー



小沢幹事長(2) もう終りなのね

小沢幹事長は内閣にいない。数百名の中の1国会議員に過ぎない。彼が、法に触れて罰せられたとしても、国政に関与している大臣の疑獄とは雲泥の差である。

彼は、1政党の幹事長である。政党内で処理すれば済むことである。それが、どういう事か、天下の一大事として連日騒がれている。

むろん、彼が自分で騒いでいるのでなく、マスコミに騒がれているのである。

小沢幹事長が政権に影響を与えなくなれば、半人前の鳩山さんでは、よほどの骨太でなければ処理できない対米外交が完全にお手上げになる。

外交がだめなら、民主政権は単なるバラマキ継続政権でしかない。

鳩山さんは行政側の人、政党の親分の意見に耳を傾けて行動するのは当たり前の事である。それを、鳩山は小沢の子分だ、小沢の言いなりだと非難するのは的外れである。

先ず、幹事長職を辞さないこと。参院選が戦えなくなるなんて心配していては、大成しない。大敗北を喫しても、党内から造反さえでなければ、解散も内閣総辞職もない。世論がどうであれ、次の衆院選の前日に、「さすが民主党」とうならせらればいいのだ。

幹事長を辞任したら、もう普天間基地問題は最悪の結果になる。閣内てんでんばらばらになって終始がつかなくなる。鳩山さんには荷が重過ぎるのだ。

ささ、ここが、早くも第一の胸突き八丁場。浮き足だったら負けだ。負けたら、

「これまでですな」

付:
「もうおわりなのね」:オフ・コース
「これまでですな」:映画「椿三十郎」

0110粟のモモ

小沢幹事長(1) だれが彼に石を投げられるか

イエス・キリストが売笑婦に民衆が石をなげつける場面で語った言葉だ。それを聞いた民衆が、すごすごと引き返した。キリストに己の心の中に邪淫があるのを見抜かれたからである。当時の民衆は居直らないだけでも素直なことがわかる。

21世紀の日本政治。田中角栄で終わりと思いきや、なんど政治資金に法の網を掛けても、エンドレス。今は、鳩山首相と小沢幹事長が法の網にかかって四苦八苦している。と言いたい所だが、四苦八苦は法にでなく世論にである。

この世論というものがクセモノで、テレビ局や新聞社が民衆の総代であるかのように振舞っている。

ヤラセが一度も無い、局内で不正行為のないテレビ局があるか。押し紙騒動を起こしたのは新聞社でなかったか。自分の粗相を棚に上げておいて、正義漢面はないだろう。

しかし、彼らの立場もわからないではない。世の中、平穏無事であったら商売上がったりという真に因果な職業なのである。まして、政治家という口先商売が相手となれば、あることないこと、あっち向いてホイ、こっちむいてホイッ、あしらうことなど朝飯前である。

私はそんな事では踊らされない。

小沢幹事長のカネ扱いが不明朗な手口であることは確かである。しかし、国税をネコババしたわけでも、ODAの資金をピンはねしたわけでもない。普通の市民がちょっと悪さをするのと同じで、額が大きいだけである。仕事の中身にしたがって大きくなるのは、世間では普通である。

政治家であることと清廉潔癖な人物であることとは、次元が違う。両方兼ね備えるのが理想とも言えない。そういう政治家のサンプルのロベスピエール、クロムウェルがどうだったか、想起したらわかる。

私は、繰り返して言いたい。清廉潔癖は政治家の資質として絶対不可欠なものではないと。政治家は自分の信念で政治活動をする、これができない政治家は、カネにきれいだろうと異性問題がなかろうと、政治家失格である。

民主党政権は、この先まるまる3年残っている。世論という風評被害をものともせず、公約の実現に励んでもらいたい。

世論調査は面白い 憲法問題

2009年11月1日の毎日新聞朝刊が手に入った。

例によって、梱包材である。最近は現金なもので、ダンボールを開けて、読売が入っていると、「なんだ、読売か」

全国世論調査となっていて、「改憲議論に関心66%」が大見出しである。調査期間の世論がどんな数字を示そうが、私には関心がない。関心があるのは、質問の設定である。設定が調査本体自身の意図が分かるからである。

あれこれあるが、その1つ。

◆日本の外交・安全保障政策は国連重視でいくべきだと考えますか、それとも対米協調重視でいくべきかと考えますか。
 世論:国連重視   76%
    対米協調重視 17%

国連重視が圧倒している。ああ、そうですか。

私はこうは受け取らない。

命題Aがある、命題Bがある。AとBが背反しない限り、AでもありBでもある、AでもなければBでもない、この二つの選択がなければならない。私は、日米同盟反対かつ現在の国連なんか脱退してしまえとの持論だから、この設問では答えようがないのである。

私と正反対で、国連も重視、対米も重視という姿勢を日本はとるべきであるという人もゼロではないはずだ。

設問がずさんだ。新聞記者は頭のいい連中である。A、B問題なんか百も承知である。それで、二者択一にするのだから、故意のずさんと疑われてもしかたあるまい。

権威ある世論調査なんかこんな程度である。信じるに値せず。

先日の読売と公平を期するために、もう1つ呆れた設問を加えておく。

◆米国という国が好きですか。
 好き
 どちらかといえば好き
 どちらかといえば嫌い
 嫌い

 ???

付の1。
表題の「面白い」は「あまりにもくだらなくて」面白い意味です。

付の2。
読売新聞は、毎月一回、ごっそり手元に届きます。いずれきれいな状態で読めるため、「なんだ、読売か」となります。決して、読売が嫌いなわけではありません。

0113海

カネはない、ヒマはある(続) 大卒・高卒の諸君へ

就職先は決まった、授業も流すだけでいい、正月明けの今、諸君は幸せな気分に満ち溢れていることだろう。                     

幸せな時は、何をやっても幸せになるもの。不幸な時に、幸せになれないかともがく虚しさと無縁な時間である。

「何をやっても」はその通りであるが、社会人になってからでも出来ることは、急いでやることはない。もしも、社会人になってからは大変な困難な事業が、今の内ならできるとすれば、この方を優先した方が賢いのではないかと思う。

この事業の1つは、長編小説を読むことである。私は大いにこれを勧めたい。

先ず、ロシア文学、ドストエフスキー、トルストイ、ショーロホフ。仕事を持って、毎日職場に行く時、わずかな休日に、これらの作品を読むのは、相当な無理が出る。

後は、学生向定番の、「チボー家の人々」、「ジャン・クリストフ」。これも結構長い。

4月1日の入社まで、残り60日そこそこ。じっくり腰を落として、一気に読み通す。誰からも何からも拘束されないヒマがあればこそ出来る事業である。

読書は趣味である。私だってこれくらい分かっている。しかし、一人の人間の生涯を思うとき、読書は個人にとって立派な事業であると称していいのではないかと考える。

18歳から、あるいは22歳から先、数十年という年月は、カネは適当に得られるが、のん気に長編小説など構っていられなくなる。

長編小説以外をついでに言うと、シェイクスピアは社会に揉まれている最中の30代・40代がいい。史記はそれと並行して読む。ファウストは、知識の空虚であることの再確認に過ぎない本、勉強ギライで通したのなら読むことはない。

聖書は、せっかく紀元後に生まれたのだから、読まなければ損。言葉の香りが漂っていない口語訳はつまらない。この60日の間、古文の復習をしっかりして文語に慣れておこう。新約は、いつでも読むといい。旧約は、定年後まで残して差し支えない。

大臣や博士のアドバイスは、書店に行けばいくらでも手に入る。将来最高裁判事や地震予知官になる人種は別として、これからごくこく普通のまともな職業に就いて平凡な人生を歩もうとしている諸君には、ごくこく普通の人間からのアドバイスもまんざら捨てたものではないはずだ。手が届くという面では、いたって、役に立つかもしれない。

まあ、役に立つ立たないは主観が入るが、4月1日までのここ60日間のヒマに長編小説を読まなければ、その習慣は身につかない。それでも一向構わないというのなら、それはそれ、趣味の世界だから何も傍でとやかく言う筋合いのものではない。

以前、「カネはない、ヒマはある」を書いて、続くとしておいたままでいたので、この機会に一人でも「構おう」かという気になってくれる事を願って書いてみた。



0110粟

カネがないはずの地方自治体の末端組織で 

正月明け早々(3日)にこんな事実を読売のネットで知った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

「早期勧奨」に不適切昇給、退職金を上乗せ

 全国の市区町村の2割近い334自治体が、早期勧奨退職する職員を不適切に特別昇給させ、2007、08年度に計11億2400万円の余分な退職金を支払っていたことが、総務省の調べでわかった。

 読売新聞が情報公開請求した。不適切な特別昇給による退職金の上乗せは、07年度で7億8400万円、08年度は3億4000万円。栃木県日光市(1億4796万円)が最も多く、次いで北海道赤平市(7707万円)、静岡県磐田市(6436万円)と続いた。

 一方、宮城、富山、山梨、岐阜、愛知、和歌山、大阪、山口、愛媛、高知の10府県の市町村にはなかった。

 地方公務員の退職金は、退職時の基本給に勤続年数に応じた支給率を掛けて算出する。特別昇給で底上げされた基本給に支給率を掛けると、年齢やポストなどによって違うが、退職金は1人当たり数万~数百万円加算される。

 特別昇給は、04年5月に国が廃止し、都道府県も06年度末までに全廃した。

~~~~~~~~~~~~~~

このコピーは、何年か先、市町村のでたらめを思い出すための私のメモ用である。

呆れるばかりではつまらないから、1つだけ追加する。

数万円から数百万円としている加算額のことである。

これが、せめて退職時の地位に無関係で、単純に勤続年数による違いであればいい。報道ではポストとある。ただでさえ厚い「厚遇」をさらに厚くとはまったくもって不届き千万である。

地方にカネがないなんか大ウソ。住民に向けるカネがこうして消えるだけの話しである。

付:
さすが読売は大新聞社。「不適切な特別昇給」と品が良いです。私だったら、「泥棒に追い銭」ですね。

0113メリー



日米共同世論調査 統計数字のカラクリ

読売新聞社とギャラップ社が共同で行った世論調査を見て感想を書いてみたくなった。

いくつかの質問の中で「特に」面白い項目を拾い上げることにする。

◆次に読みあげる国内の組織や公共機関などの中で、あなたが、とくに信頼しているものがあれば、いくつでも選んでください。
 選択項目が首相、国会、裁判所、新聞、テレビなど全部で17項目程ある。

これは、おかしい。「特に」は限定するための修飾語である。「いくつでも」構わないのであれば、特にと断るべきではない。「特に」に続けられる言葉は、「1件を」せめて「3件まで」止まりでなければならない。

魂胆はミエミエ。3件に絞って新聞社がその3件の中に入らなければ、何のためにカネを使って世論調査したのか分からなくなるからである。幸いにも、66%という高得点が裁判所と並んで新聞社に与えられた。この段で、「とくに」が活きてくる。トップは病院の68%である。

◆現在の日本とアメリカの関係で、一番の課題だと思うものを、次の6つの中から1つだけ選んでください。

これも、おかしい。「一番」というのだから「1つだけ」になる。言葉の使い方に矛盾はない。おかしいのは、問題設定の「一番」それ自体にある。

なぜ1つだけ選ばされるのか。貿易、経済、日米安保、地球温暖化、対テロ、NHKのアメリカ産低俗番組電波ジャック、米兵犯罪、アメリカ側がなんとも思っていない事柄で日本が課題と思っていることは1つで終わらない。この項目こそ「いくつでも選んでください」でなければならない。

魂胆はミエミエ。好きなだけ選ばせたら、世論がまるで反米感情丸出しのような数字になるからである。

参考までに、1つだけ選ばせる6つを列記する。
・首脳同士の信頼関係
・貿易・経済問題への対応
・在日アメリカ軍の再編問題
・北朝鮮問題への対応
・対テロ戦争での協力
・地球温暖化への対応
・その他
・とくにない
・答えない

読売らしいのは、「対テロ“戦争”での“協力”」という表現である。数字が高ければ、民主党政府にハッパを掛けられたのだが、悔しいことに8%の数字に留まった。20%台はない。

突出したのが、在日アメリカ軍の再編問題で31%。日本人に好戦論者から平和愛好家まで幅広く関心を持たれているこの件で、アメリカの数字はわずか5%である。わずかと感情表現を使ったのは、6つの中で最低得点だからだ。

読売新聞が、好んで用いている「あるアメリカ政府高官の見解では普天間基地問題は日米関係に深刻な影響を及ぼす」ことがあっても、あるアメリカ政府高官の見解とは裏腹に、在日アメリカ軍の再編問題はアメリカ世論にとってはどうでもいいこと。

鳩山政府の中の一部がアメリカに気兼ねしているようだが、そんな心配は要らないことがこの調査の示す所である。

新聞社世論調査部の解析はここで紹介することはできない。一部だけ取り出して、コメントするのは、フェアーでないし、どうでもいいからである。

最後に、質問の最高傑作を紹介する。

◆あなたは、中国を、信頼していますか、信頼していませんか。

???

付の1。
読売新聞の姿勢が私と正反対であっても、筋道が通る主張を続ける限り、私は尊重し続けます。上っ面の反戦思想家よりずっと私に考える材料を与えてくれています。今後、こういう姑息な世論調査はをやって欲しくありません。

付の2。           
2009年12月11日朝刊によります。

1015浪入田

ふぐは食いたし命は惜しし 民主党

在野時、民主党は、たしか企業献金全廃を主張していたはず。

カネ問題でグラグラしている民主党とカネ問題を攻撃材料にしている自民党、立場が反転しても、所詮、同じ穴のムジナ。ムジナ同士の争いの原因は経団連にある。

その経団連が、悩み始めた。「金の切れ目が縁の切れ目」、自民にいくら貢いでも、カネの期待ができない。カネを握っている民主党に縁を結びたくてうずうずしていることが、はた目でもよくわかる。

擦り寄る財界と参院選にカネが欲しい民主党。

政権与党になった時点で、民主党は企業献金を廃止する気が完全に失せている。どうやって取り繕えば、世間から後ろ指をさされなくて済むか。

カネは欲しし、人気は惜しし。困ったね、民主党。

付の1。
企業という非生身の人間がどうして政治家や政党にカネを出せるのか、不思議と言えば、不思議な話しです。たぶん、総務部のだれか生身の人間が届ける、振り込む、こんな所でしょうか。

付の2。
私は、保守政党の内政にまったく期待していません。企業がカネを出す、政治家がカネを受け取る、この癒着が、テレビ番組「水戸黄門」の人気の元であるから書いたまでです。相撲の仕切りを利用して、ゆがんだ画面で観ています。官業癒着のオンパレード。ゆがんだ話だからゆがんいるのですね。

付の3。
日本共産党が共産党を称している間は、自民も民主も安泰というわけ。自民と民主が安泰していれば、日本共産党も不平人間を集められるからそこそこの政党でいられる。みなさん、ひょっとして同じ穴のムジナ?

0114リッキーいい気分

デルタ航空爆破未遂事件 (銭形平次調で)

ガラッ八:「てーへんだ、てーへんだ、親分、尺八なんかのん気に吹いている場合じゃありませんよ」
銭形平次:「正月早々、どうしたってんだ、八」
「また、起きちゃったんですよ」
「何が」
「飛行機の自爆テロが」
「そいつぁ、確かにたいへんだ。で、何人殺られた」
「へっ」
「何人犠牲になったかって聞いてんだよ」
「乗客、乗務員全員無事で」
「で、犯人は」
「かすり傷一つ負わず捕まりまやんした」
「ふ~ん。いつ、どこで、そこから聞こうか」
「暮れの25日、アメリカでして、飛行機会社はデルタで」
「なんだ、そんな前の話しか」
「親分がヘンな所に引っ越したもんだから、亀に乗って来たんですよ。遅れますよ」
「ヘンな所で悪かったな。話しを続けな」
「着陸しようとした時のことで、機内の誰かが取り押さえたというんでして」
「妙だな」
「へっ」
「自爆するのなら、巡航速度になって、みんながやれやれと気が緩んだ時がベストだろうに。急に下痢になったって、トイレで爆発させればいいじゃねえか」
「へぇ~」
「時期も時期だ。クリスマス前に事件が起きたら、どうなる」
「アメリカは大混乱、飛行機会社は大赤字ってなるんでしょう」
「飛行機会社じゃあねぇ、航空会社と言え。まあいいや。空中分解したら、航空会社は大損だ。保険会社だって払うのが大変だ。生き証人がいなければ、テロの恐怖をテレビや新聞に語ることもできねぇ。デルタといやぁほとんどがアメリカ国籍人だろうし」
「へぇ」
「機体の破片回収だって面倒だし、第一、自爆テロの証拠が示せない」
「へぇ。するってえと、最初から、失敗するように仕組んでいたというわけで」
「まぁ、そんなとこだろう」
「でもね、親分。アルカイダの犯行声明がネットで流れたんですよ」
「ネットなんか信用しちゃあいけねぇよ。あんなの簡単に作文ができらあね。それに、失敗したテロ活動になんで自分らの組織を名乗る。東大に落第した息子の親が、うちの子供は落っこちましたって言うか、ミス・ユニバースに予選の予選のそのまた予選で失格した娘の親が、自慢げに落選を言いふらすか」
「本物の爆薬もテレビに出ていたんですよ」
「それも、おかしいと思わないか。こういう事件は、捜査の手の内は絶対に隠すものだぜ」
「イエメンで訓練を受けたのは、間違いありませんよ、親分」
「イエメンていえば、気軽にアルカイダが活動できるっていうじゃあねえか、だったら、アメリカの隠密だってすんなり紛れ込めても不思議あるめぇ」
「犯人の親が事件の直前に日ごろ息子の過激な言動に悩んでいると周りに語っていたようで」
「犯人がてめえの考えでやったと世間にわからせるためのことよ」
「なんだか、訳けがわからなくなってきた」
「八、今アメリカの失業率がいくらになっているか知ってるだろ、小浜さんだって人気がガタ落ちだ、COPでは中国と同じ扱いをされて世界の風も冷たいものよ」
「へぇ」
「なにより、このままじゃあ、アフガニスタン増兵だって怪しくなる」
「するってぇと、これはアメリカのヤラセってわけで」
「ヤラセは、沖縄のサンゴにナイフでローマ字を書いて、自然が破壊されていると騒ぎ立てた某新聞社が使う言葉よ。ここは風流に芝居といってくれ」
「それにしても、人騒がせな野郎で、小浜は」
「小浜は知るまい。これはCIAの中の一部が仕組んだ作戦さ。手口からして、いかにもCIAって感じがするだろう」
「犯人はどうなるんで」
「精神病院でVIP扱いさ。グアンタナモの刑務所で拷問なんか絶対に受けないね。事件だって、今頃、FBIは始末に困っていることだろうよ」
「なるほど。でも、なんで、マスコミが親分のような事を言わないんで」
「みんな、感づいているのさ。でも、証拠があるめぇ。憶測で物を言っちゃあ品格が疑われらぁな。だから語りたくても語れないのよ」
「なら、親分は」
「まぜっかえしはよしな。つまんねぇお芝居はどうでもいいや。せっかくの正月だ、歌舞伎でも観ないか」
「待ってました、親分。帰りは築地の寿司福で江戸前、浅草の駒形どぜうで熱燗ってのもいいなぁ」
「早まっちぁいけねぇ。オレは、観に行くと言っていないぜ。元旦にBSから録画した歌舞伎があるんだ。一緒にどうかと聞いているんだ」
「え、えっ~、あっしはこれで」 

ガラガラガラ、ピシャン。

付の1。
本気で爆破させるなら、失敗するはずがない。爆薬だって本物かどうか怪しいものだ。早速、小浜がテロとの戦いに邁進すると息巻いた。細工は流々?!!

付の2。
固有名詞が現実に存在したとしても、偶然の一致です。

0110粟ケ崎のモモとメリー

抑止力が戦争を起こす

碁キチの私は、将棋も大好きである。公称12級のヘボ将棋であるが。

今年のノーベル化学賞を私が受賞したとする。突然有名になった私の将棋好きを大手新聞社が知り、羽生名人との平手対局が設営される。

私は絶対に断る。勝てば10億円でも1000億円でも断る。絶対に勝てないからである。

相手が、自分と同程度の実力であれば、千万円でも、いや、百万円でも対局する。少し上の相手でも、ひょっとすれば勝つかもわからない。やってみようかという気になる。

抑止力。

世間には、中国が軍備拡大に走っているので、それに対抗しなければならないという人がいる。中国に攻められないように、日本もバランスをとらなければならない。自衛隊では限度があるから、アメリカに頼らなければならない。日米安保は、だから日本にとって不可欠な同盟である、とこう言うのだ。

これの誤りであることを、私は自分の将棋を通して言いたいのである。

中国には核兵器がある。使うチャンスがなくても、持っているだけで安心であろう。日本には、憲法9条で戦争放棄を世界相手に約束している。これほど、安心な隣国はいない。中国の軍事力増強は中華思想の単純な援用であって、特に日本に対抗意識を持っているからではない。

こちら、日本。自分だけで中国と戦争をしたら、絶対に負ける。みすみす負ける戦争をするほど我々日本人はバカではない。バカではない日本人の中に、アメリカが後ろ盾にいてくれれば、虎の威を借る狐よろしく、文句があれば相手になるぞと中国に向かって言いたい人間はいる。

売り言葉に買い言葉。何を小癪な、と中国が思えば、戦争になる。

抑止力を提案する人は、ここまでシナリオを用意しなければなならい。相手が攻めて来たらとか戦争になったらとか、私が常に言っている幽霊を前提にするのでは、力は力でも説得力という力に欠ける。

戦争は、国家間の殺し合い、壊し合いである。一方だけが飛び抜けて強い限り、「合い」にならない。戦力が拮抗していると認識するからこそ(たとえそれがいずれか片方、あるいは双方の錯覚であっても)戦争になる。世界の歴史において、自滅承知で自分から戦争を仕掛けるなんてあったとしても例外中の例外である。

中国は日本が戦争を仕掛けないことを知っている。朝鮮は、国体維持ができれば、それ以上の領土的野心はない。こんな環境におかれていながら、抑止力を語るのだから、ヒマ人と言われても、脳タリンと言われても、語る人は我慢しなければならない。

私は繰り返す。ブリキの戦艦と紙飛行機こそ抑止力であると。また、抑止力の必要性を力説する人たちは、本心は、軍備拡大で軍需産業の保護育成を狙っていることを。

付の1。
尖閣諸島はどうなんだって。もう一度言います。侵略戦争のお詫びとして、中国の好きにさせればいいのです。欲しければ、どうぞと、こちらからは何も言わない。海底資源が豊富ですって。ならば、なお結構。先様に喜んでもらえます。中国大陸で日本がやったことを思えば、それでいくらかでも気を鎮めていただけるのでしたら、(ここだけの話)安いものです。

付の2。
羽生名人はどうか。私と対局すれば必ず勝ちます。しかし、彼は、たとえ100億円の賞金でも絶対に断ります。プロの最高峰としてのプライドがヘボ将棋相手との対局を許さないのです。この点が、プライドもヘッタクレもない侵略戦争と180度反対です。

付の3。
平手戦はハンデ無し、対等の条件で争う対局のことです。

0109暗い空

朝日新聞 元旦 社説 「より大きな日米の物語を」

このブログがリンクをいただいているリベラル21の元旦記事で、朝日新聞の社説を取り上げていた。

数日前、運良くその元旦の新聞が手に入ったので、真っ先に読むことにした。

天声人語なるまるでかつて騒がれた千葉県や福島県の知事の公共事業発注作業のようなウサン臭い名前を続けていることだけでも、嫌気がさしている私だが、想像を絶するひどさには呆れて物が言えない。

モノが言えないから、書くことにした。

「いざというときに日本を一緒に守る安保と、憲法9条を巧みに組み合わせる選択は、国民に安心感を与え続けてきた。そして今、北朝鮮は核保有を宣言し、中国の軍事増強も懸念される。すぐに確かな地域安全保障の仕組みができる展望もない。」

「いざというとき」とは恐れ入った。「守る」とあるのは、続く文章から北朝鮮や中国から「守る」ということだが、どこに北朝鮮や中国が日本の国土を攻める、日本人の生命・財産を奪う根拠があるのか、なんの説明もされていない。突飛な発想である。「巧みに組み合わせる」とは、物も言いよう。軍備は憲法違反である。

「米国にとって、アジア太平洋での戦略は在日米軍と基地がなければ成り立たない。」

これは、ウソ。日本でなくてもグアムでもフィリピンでも、いいことだ。仮に、みんなから嫌われたら、原子力空母の100隻でもやっていけるのである。日本が唯々諾々と基地を提供しているから、現状の姿になっているのである。

「アジアかアメリカか」の二者択一さながらの問題提起は正しくない。むしろ日本の課題は、アジアのために米国との紐帯を役立てる外交力である。」

自分で「アジアかアメリカか」と作文しておいて、正しくないとは、滑稽ですらある。鳩山政権が一度でも「アジアかアメリカか」と国民に語りかけたことがあったか。朝日新聞が勝手にそう受け取っているだけのことだ。

「アジアのため」にだって。こういう傲慢さは天声人語と同じレベルである。私は大嫌いである。まして、アメリカのお先棒を担ぐことに外交をとは・・・。

「日米の歴史的なきずなは強く、土台は分厚い。同盟を維持する難しさはあっても、もたらされる利益は大きい。」

無差別殺戮の手段として2発の原爆と無数の焼夷弾をプレゼントされた日本は確かにきずなは強いが、「きずな」という日本語の用法として正しいのか。言葉のプロだから間違いないとして、あれをきずなという神経が、私には、とうてい理解できない。「もたらしている利益」のでなく「もたらされる利益」というのだから、今後のことを言っているのだろうが、将来、何が利益としてもたらされるのか、具体的説明がない。

「対米追随」か「日米対等」かの言葉のぶつけ合いは意味がない。」

これが言論を職業としている「新聞社」の発行した「新聞」に載ったのだから、私にも言葉がない。言葉でなくて何を使って様々な主義・主張を表明できるというのか。いっそのこと、AK47でもぶっ放すがいい。

国家から対等外交が失われたら、どういう国になるか、アフガニスタンや他の傀儡政権国家を見るまでもない。今日のわが日本がお手本である。

私は60年安保の朝日新聞などが談合した共同社説以来、社説はどこの新聞であれ見ないことにしてきた。

今回は、例外中の例外である。朝日新聞社から感謝状が届くだろう。

付の1。
自分の都合のいい所だけ書き出す危険があるので、これまで、全体の記事から数行を取り出して、云々することは、ありませんでした。今度ばかりは、目に余るひどさ故、頑張って書き移しました。目が疲れた。今日は,これにてお終い。

付の2。
読売新聞元旦号は、月末到着予定です。この朝日を読んだ後ですから、何が書かれていても、驚きません。精神衛生上、大変よろし。

0110メリー

会社が人を養っているのか、人が会社を養っているのか

昨年末、奇特な人が島に私を訪ねてきた。帰り際、「ベストカー」1.10号を置いていってくれた。活字ならなんでもいい、ありがたく頂戴した。

提灯記事で溢れていたが、別に驚かない。

こんな記事があった。

トヨタ自動車から給料をもらっている人は、単独で7万人、連結決算では30万人、家族を含めると100万人を超える。二次請け、三次請けも含めれば、大変な数の人の生活がトヨタに掛かっている、とまあこんな内容である。

ちょうちん評論家の言うことだが、それにしても,ひどい論理である。

トヨタ自動車は法人であって、人間ではない。このことがまったく理解されていないのである。

話しはまったく逆である。

100万人を超える人がトヨタ自動車という法人を養っているのである。直接従業員が、それぞれの部署でトヨタを養い育てているのである。

評論家が正しくないのは、トヨタが消えても人間は残る、人間が消えたら、トヨタは1日として残らない。単純明快な理屈である。

昔、山一證券が消えた。従業員の一人は、大学の教授になった。何千か何万か知らないが、倒産した山一の従業員は、各人努力して、「生存」してきた。

会社が従業員を養う、これは給料やボーナスが会社から出ているために間違う大いなる錯覚である。

今、JALが大変だという。JALが大変だったら潰せばいい。JALに乗るはずの乗客が他の航空会社に搭乗するだけのこと。

失業したとて、なんの憂いがあろう。捨てる神、拾う神、本人の努力次第である。政府の支援は、やるのなら人間に、まちがっても会社の存続に力を貸すべきではない。

そういえば、PanAmを近頃見かけないが、どうしたのだろう。

普天間基地騒動はマネーで解決だ

ヘリ部隊がテロ対策に不可欠だというのなら、テロ発生場所に近いフィリピンの方が日本でもたもたしているよりずっと効果的であります。

アメリカはなぜ、そうしないか。

フィリピンに移籍すれば、アメリカが自腹を切ることになるからです。フィリピン、ノーマネーですから。その点、日本に置いておけば、日本になんやかやと面倒を見させることができますよね。日米安保体制下の属国ですから。

アメリカだって、馬鹿じゃありません。でも、メンツがあります。普天間基地なんかどうでもいい、マネー、マネーとクリントンさんが言えますか。

これだけ日本ですったもんだしているのに、アメリカが、なぜ普天間基地が必要なのか、理論立てた見解が一度でもでましたか。でてきたのは、約束を守れ、これだけです。しかも、どうでもいいような人物を介して。

本音はマネー。アメリカは、日本にここの所を分かってもらいたとやきもきしているのですね。言いたくても言えないからストレスも溜まるでしょう。

「向こう10年の全経費を日本が引き受けましょう」と日本政府が提案すれば、普天間基地問題なんか即座にグアム移転で合意、めでたし、めでたしです。

  昔中国で、ワイロを使って身内を助けようとした話しがありました。親が次男に行かせようとすると、長男がプライドを主張し、ワイロを持って出かけました。相手と会っているうちに、急にワイロの金が惜しくなり、減額して渡しました。相手は機嫌を損ね、結局、救えませんでした。親は、最初からこうなると分かっていたと語ります。長男は貧乏生活を送った、次男は大尽生活を送った、惜しげもなくワイロを送れるのは次男だ、長男はどうしても金銭に細かくなる、だから、私は、次男に行かせようとした、・・・とまあ、こんな話しです。

多分、史記だと思います。老子、孔子の話ではないでしょう。

私が、鳩山さんに対米交渉を期待しているのは、これだけの理由です。彼は、お金に苦労していない。田舎の政治家のように交通費が1万だ5千円だと騒ぎません。 そういう程度の地方議員によって支えられているようなケチな国会議員ではありません。ど~んとアメリカにマネーを贈っても、なんとも感じない経歴の持ち主です。

ついでですが、抑止力なんか、お笑いです。石破自民党元大臣が、やっきになってアメリカの代弁をしているようですが、小浜さんにとってはこの上もなく迷惑な話しです。石破元大臣に知恵を授けているのは、アメリカの中の日本属国堅持主義者だけです。アホらし。

マネー、マネー、マネー。アバの曲にありましたね。

付の1。
そんな大金、どこから出すのかですって。造幣局で一万円札を刷ればいいだけのこと。ドル札を刷れば偽札ですが、一万円札なら立派な「紙」幣でしょうが。

付の2。
そもそも、アメリカが好きで起こしているテロ戦争に、なんで日本がお手伝いしなければいけないのか、サーチ ミー!

0109粟ケ崎から浪入田

FC2Ad