老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

民主党とキャバクラ バカなやつ

・秘書さん、おらぁ、一度キャバなんとかという所、いってみたいんだんよ。
・後援会の皆さんあっての民主党です。キャバクラのことですね。お安い御用です、善は急げで す。 さっ、どうぞ。(筆者:なにが善かわりません)
・お~、きれいなネエチャン。ここに来たこと、カカアに内緒にしてくんろ、秘書さんよ。
 ・へへへ、分かってますよ、皆さん(こんなことに感激するのだから田舎モンはありがたい)

以上は、私の悪意ある作文である。

これからは、怒気を含んだ弾劾文である。

  ・あ~よかった(筆者:なにがよかったのかね)。会計はどこでやるんだね、秘書さん。
  ・まぁ、まぁ。お任せください(どうせ、政党助成金だもんね。オレの懐は痛まない)

前から、幾度も、民主党のボロを心配してこのブログで警告を発していた。選挙はなんとかくぐり抜けたが、それで終わりではない。

やれ国連だやれオリンピックだと外国でチヤホヤされていい気になっている場合ではない。鳩山総理は自分の「足元」をもう一度、見てみることだ。

今回、名前が浮かんできた、議員は、除名処分である。それほど厳しくしないと、霞ヶ関官僚に「足元」を見られる。ムダな予算が聞いてあきれると。

これからもこの手の暴露は続くだろう。カネ、異性、労組、ホコリが舞うぞ。

政党助成金の撤廃を叫んでいる政党が日本共産党だけなのだから、一刻も早く、党名を日本共和党に改めて、第3の政党に躍進しなければいけない。

いずれ、民主党も自民党と同じように、陳情に絡め取られるだろうから。
その時になっても、共産党の党名では、日本人はついていかない。

それはそれとして・・・

ガードが甘い民主党。繰り返す。言い訳けはするな。除名せよ。そして、残った国会議員と秘書たちを震え上がらせよ。

付の1.
キャバクラってどんなとこ。チャイナ服を召した女性がいるとこですかね。私、行ったことがないので、想像でこれを書きました。間違っていたら、民主党さん、キャバクラさん、ごめんなさい。

付の2.
食い物場所や色仕掛け場所は、自前で行くもの。公金を使う根性が卑しい。小沢さんが激怒すれば、たいしたもの。あり得ないでしょうかね。

付の3.
私は、少々の交際費は認めていいと思っています。しかし、国民はこと金銭においては私ほど寛容ではありません。宮城の仙台市長、石巻市長、年収の何十分の一のタクシー券を公費で払ったため、市長の椅子から滑り落ちました。バカなやつと哂いなさるな。

モモ0926


10月の宮城県知事選 建設業協は日和見か

テレビ無し、新聞無し、浦島太郎という愛称がつけられないよう、最近ネットで宮城の地方紙の無料ニュースを毎朝、見ることにしている。

真っ先に見るのは、東北楽天の試合結果。野村監督が大好きだからだ。

あとは、県の動きをちょこちょこ。That’s all.

来月、県知事選がある。現職の村井知事は、このブログに何回も登場ねがったので、すでにご存知のことと思う。松下政経と自衛隊上がりであって、自動車工場誘致にうつつをぬかして、満期を迎える知事である。

再選を狙って立候補するという。これはこれ。結構なことだ。

さて、彼の応援団。

前回組織総ぐるみで応援した土建業者の集まりである建設業協が、今回の選挙では、中立を保つと宣言した。本音は民主党推薦候補に肩入れをしたいところだろうが、さすがにそこまでは表立って動けない。

記事を読むと、民主党県連にパイプを持っている者が組織の中にいるから、ひそかに接触しているようだ。

これで明らかなように、村井さんを応援してきたのは、彼が政府・中央官庁からの受注に役に立ったからである。先の衆院選では、村井さんは、自民党に恩義を感じて必死になって自民党の応援に走った。元軍人らしい潔さは認めるとしても、田舎の政治家としては失格である。

さて、さて、この状態を地方紙はどう書いたか。これが、問題である。

建設業協を、日和見だというのだ。私は、呆れかえってものが言えない。
とんでもない。建設業協は、確固とした信念を貫いているのである。

然り。政権政党の側についていなければ、話にならないという信念である。

私は、保守王国なんか実在しないことを、田舎で暮らして肌で覚った。あるのは、権力側に寄りかかる民・百姓で成り立っている選挙区だけである。

最近、総合月刊誌を2冊読む機会に恵まれた。

民主党圧勝を、様々な観点から分析しているが、「寄らば大樹の陰」を基底に置いた記事が一つとしてないことにがっかりした。

よくよく考えれば、それも無理のないこと。

百万都市仙台の新聞記者でさえ、日和見としか分析できないのだから、1千万都市東京の中心の中の中心で仕事をしている評論家や記者が、マニフェストがどうの長期自民政権がこうのと、ハイ・レベルの語り口しか持てなくて当然なのだ。

もっとも、何かそれらしきことを書いたり言ったりしないと、商売にならないから、これも止むを得ないことかもしれない。

しかし、商売抜きの私は、何回でも繰り返す。

「保守王国なんかない。あるのは政権与党王国である」と。

付の1.
岩波書店の本社が四国の山奥に移転したら、「世界」は変わるでしょうね。

付の2.
同様に、総合雑誌社、新聞社、テレビ局、これらの本店を、宮城の何もない小さな島に移したら、まったく違った視点で記事を構成するでしょう。

付の3.
都会の「高度な」政治感覚を無視しているわけではありません。ただ、日本のほとんどが田舎であって、高度な政治感覚を有している都会人でも、二代遡れば、ほとんどが田舎者。日本は、田舎なのですよ。

付の4.
村井さんは軍人が適職です。義に報いるなんて、今時の防衛省の役人にいますか。政治は小沢さんに任せておけばいいのです。

付の5.
9月30日のネットニュースです。


無題!

鳩山総理 時差ボケは恐ろしい 五輪招致 

国連から帰って、すぐ国技館。40キロのトロフィーは、時差調整のたしにならない。

今度は、3日の強行軍という。伝書バトだって、東に飛んで、休みなしで西に向かうような飼い主はいないだろう。

今回、どういう風の吹き回しかしらないが、招致合戦の旗を振るという。

都議会の民主党は確か反対だったはず。少なくとも、積極的に都税を注ぐようなスタンスではなかったように覚えている。

前のブログで気が狂ったと書いたが、本当は鳩山首相の時差ボケである。庶民で言えば、徹夜マージャンした翌朝のようなものだ。まともな判断ができないまま、周りに振り回された。

彼が演説することで、東京が選ばれるのなら、まだしも、万に一もその可能性がないのだから、強行軍は徒労でしかない。鳩山総理のお出ましでも失敗したのだからと、石原都知事は、誘致にかけた都庁職員や外務省職員の「徒労」と都税の「浪費」を、うやむやにできる。

時差ボケをきちんと調整しないまま、仕事に就くからこんなことになる。招致演説から帰国したら、数日は、休養をとらなければいけない。

時差ボケもボケはボケ。繰り返された日には、民百姓がたまったものではない。

付の1.
クリントンさんが最初に日本を訪れたと喜んだ旧政府。時差調整であることミエミエのくせに。プロペラ機のときは、ハワイ1泊が調整でしたね。中国より日本が大事であれば、北京から東京のルートになっていました。

付の2.
カタログ担ぎのドサ廻りの私でも、空の長旅の後は、職場で2~3日ブラブラしていました。でも、朝の後が夜のシンガポールは楽でしたね。

付の3.
業界にとっての徒労は私にとってはうれしい徒労。招致成功は私にとって不愉快な成功。

0926どめき




鳩山総理 気でも狂ったか 五輪招致

民主党が政権を奪取してから、すでに4週間。私は、勝利の美酒に酔うといいといったが、酔いっぱなしでいいとは言っていない。

聞くところによると、鳩山首相、五輪招致で、外遊するつもりでいるらしい。

国連に出るのは、外交における一種の陽動作戦として、肯なづけるが、五輪外遊はまったのおくふざけである。

長期軽薄選挙民と長期堕落政府の大掃除をしなければいけないこの時期に、国を離れるのだから、「おふざけ」と私は言うのである。

第一に、前原大臣が自称国民の前になすすべもなく立ち往生。首相自ら先頭に立ち、優柔不断の彼に代わって、処理しなければならないダム問題がある。

これでミソをつけたら、民主党政権はお終いになるほどの大関門である。
前原大臣に任せておけないことは、火を見るより明らかである。

第二に、オリンピックに費やす税金を、国民の基礎体力向上に回さなければ、将来、一億の国民が病院のベッドで金メダル一個を口にくわえた数人の選手を枕元のテレビで観るようになる。これも、明らかである。

鳩山首相が、オリンピックに賛成であることが分かれば、待ってましたとばかり、スポーツ店が文部科学省に「お金、もっと、もっと」と働きかける。文部科学省の悪乗りに拍車がかかる。もちろん、国民の目が届かない形で。

一度でも、海外に出張した経験のある人は、分かってもらえると思うが、機内に入ったら、日本の雑事(仕事の悩みや責任)が頭の中からすっかり消えてしまう。

訪問先の接待を何回か受けているうちに、まるで自分がVIPになったような錯覚さえするものだ。

鳩山首相はもともとVIPだから、VIPの中のVIPになる。超弩弓チヤホヤに悪い気分がするはずがない。

今の日本、政治や国家を真正面から考え直すことを国民に求められている。専用機に乗って、ぶら下がり記者のおべっかに囲まれて、いい気分に浸るのは、2年早い。

私、身辺瑣事を楽しくブログにするゆとりができたと思っていた矢先、鳩山内閣のこんな精神異常急患事態でポシャってしまった。不愉快極まりない。

鳩山さん、ポッポ、ポッポとほっつき歩いている場合ではありませんよ。

付:
この狂気の沙汰、私の聞き違いでしたら、in advance でお詫びします。

0926モモとリッキーt

音楽室と方丈記

方丈記は私の愛読書。一番気に入った場面は、方丈という狭い部屋の紹介の所です。

がらんとした小さな部屋でお経を詠み筝を弾く鴨長明が目の前にいるようで、擦り寄って、彼の肩をポンと叩きたくなる雰囲気が好きなのです。

今回は、最初の部分にある、引越しをするたびに、家が小さくなった、と語る場面も加えることにしました。

そのきっかけは・・・

某オーディオメーカーに一時席を置かせていただいた関係(社員優遇)で、収入からみれば身分不相応の音響システムが、長いこと手元にありました。それが、いろいろな事情で、ほとんど全部パーになってしまい、ここ数年は、ラジカセ程度に逆戻り。こうなったら、オペラなんか聴けるものではありません。

今、苦心惨憺の末、形を変えて、復活しました。スピーカは数で勝負。これがなかなか捨てたものではないのです。

家の広さが二十分の一になった長明さんの気持ちに比べれば、縮小音楽室の私は、まだ幸せな方でしょう。

今、再び、オペラを楽しんでいます。重低音が復活したことで、戦争映画も楽しめます。山の中の一軒屋ですから、遮音は竹林任せで問題なし。

というわけで、夜毎のネット碁対音楽鑑賞の比率8対2が、今は、2対8に逆転しています。

施設映画館から出て、母屋に戻る坂道で空を見上げると満天の星。ああ、今日もいい1日だった。

演奏会が叶わない土地でも、再生装置次第でそれなりに楽しめます。音楽っていいですね。

付:
坂道は誇大表示。20歩の距離です。

はくほう

ダム建設中止騒動(3) 救済は選考の後での巻

題は最近観ましたイタリア映画「恋は結婚の後で」の真似です。

マス・コミの報道判断はディレクター次第で仕方がないですが、国が実施する救済の基準は、しっかり作ってもらわないと、全国の民が納得しません。

Aランク:
自民党政府や地元政治家の手先となって、反対住民を締め付けたクラス

Bランク:
どちらかというと賛成で、反対住民を運動を見ても見ぬ振りをしたクラス

Cランク:
賛成でも反対でもない、浮世離れしたクラス(私の大嫌いな人種)

Dランク:
表立って反対はしなかったが、反対活動家を陰で支援したクラス

Eランク:
自民党政府や地元政治家、ならびにその手先となった賛成派に真正面から反対したクラス

最低、この位には、仕分けが必要ではないでしょうか。

その上で、Aランク、Bランクは、ホットケーキ。Cランクはどちらに転んでも文句の出ない超越人間だからこれもホットケーキ。

残るDランクとEランクに、前原大臣は、誠意をもって最大限の償いをする、こうでなければお天道様に顔向けできませんね。

AからEまでは、数千の住民くらいなら、町役場・村役場で簡単に調査・確認ができます。田舎にプライバシーなんていうシャレたもん、ありませんからね。

中止で損をする住民すべての面倒をみることは決してしてはなりませぬ。悪しき平等であり、悪しき前例となり、民主党政権がガタガタになります。

付の1.
ホットケーキは、「ほっとけ」の囲碁界の業界用語。新聞業界用語の「亡者」より愛らしいでしょう。思えば、もう10年以上、真性ホットケーキを食べていないなぁ。

付の2.
歳のせいか、映画の恋はハッピー・エンドであってほしいですね。結婚してからこの二人はどうなるのだろうかと、見終わったあと、気になって仕方がない嫌な性分は歳をとっても治りませんが。

0924池の浜

ダム建設中止騒動 (2) 報道・ドキュメンタリの巻

私はですね、茶の間に届くニュースは、ぜ~んぶ、真実ではあっても、バイアスのかかった真実だと思っているのですよ。

ダムの誘致で甘い汁が吸えるとなれば、地元政治家先生や土建作業員目当てのバーのマダムまで、こぞって胸算用をします。

それが、今度の民主党大勝でソロバンが狂ってきた。

報道人の登場となります。

その1.
「住民は、土地・財産をすべてダム中止で失うことになります。国は見捨ててはいけません。民主党が真に国民のための政府であるか否かの試金石であります」

その2.
「住民は、少しでも余計に金を政府からせびろうとして、その手段を講じるべく日夜会合を開いています。どうやら、今度の国交大臣は甘そうだ、ひとつ、ここは高飛車作戦といくか。ここでも、町方ダメもと根性が現れています」

私は、その1に属する住民もいれば、その2に属する住民もいると思っています。現場で取材した記者が、このどちらを本店に持ち込むかは、わかりませんが、ニュースとして活かされるのは、つまるところ、ディレクターやデスクの考え一つでしょう。

この「考え一つ」を私はバイアスと呼んでいるのです。

住民を悲劇の主人公に仕立てる報道にするか、政府のマニフェストを反故にする報道にするのか、真実によるのではありません。

私はですね、バイアスは報道人も人、あるのが自然だと思っています。ですから、公平でないと公言する報道の方に好感を抱いています。私、バイアスを見抜く能力に自信がありますから。

0924孤独なカモメ

ダム建設中止騒動 (1) 島の賢人の巻

しばらくぶりに島の賢人にご登場願うことにしました。

この賢人、何度もブログで紹介しましたように、「解けない問題があれば、問題そのものをないことにする」という考えの方です。

今度のダム騒動でいえば、半完成品のダムが現場にでんと座っているから、未練が続いているのです。

なければ、みなさん、あきらめる。そうです。大量の発破(ダイナマイト)で吹っ飛ばせてしまえばいいのです。

その時に、「ああ、愚かな政府を信じたオラホがアホだった。これからは、気をつけんべぇ」と、こうなるのです。べらぼうに高額な授業料ですが。

付:
陸自の戦車かミサイルの試射の標的になんて、いけません。


0924TADなきあと

信じた私が馬鹿なのよ(2) ダム賛成住民&前原大臣

年金杜撰管理で、社会保険庁に己の年金経歴を任せきっていたお人よし国民を哂ったときの題目が、これだったと覚えている。

それで今回は(2)とした。あるいは、私の錯覚かもしれない。まあ、あまりこだわらないことにする。

ダム工事中止で一部の住民が、国を信じたばかりに大損をした、国に何とかしてくれといきまいている。

国を信じたというのなら、今度も国を信じればいいのに、自分に都合が悪いものだから、国を信じない。これを世間では、ご都合主義という。

もともとは反対だっていうのか。なら問う、成田空港の三里塚の反対住民の百分の一でも、反対運動に身を置いたか、と。

発言の自由、職業の自由、住居の自由の三大自由が保障されている現在の日本においては、損も得も自己責任が基本である。

今更、騙されたと怒っても、己の不明を暴露するだけだ。私に馬鹿にされるだけだ。

前原先生が代表だったとき、世間並みの感性があれば、偽メールなんかたやすく見抜けたはずだ。もしも、これが偽と後で分かったら、どういう結果が待っているかぐらいわかるはずだ。それが、できなかったのは、「これが偽だったら」という疑念の発想自体が東大出の秀才の彼に欠落していたからである。

秀才は、問題を解くのは得意だが、問題を探るのはまったく不得手である。

ダムの地元住民に東大出がわんさといるわけがない。欲得お命の町方風情である。

秀才と町方、奇しくも、思考形態が一致してしまった。

民主党が大勝したのは、国民の大多数がダムに税金を使うなという意思表示である。それを忘れてもらっては困る。

ダムができれば、代わって、民主党政権の堰に穴が開く。欲張り町民になめられた日には、天下り全面禁止なんか夢のまた夢となる。

この杞憂であること、祈るのみ。

付:
ダム住民の中には、泣く泣く署名した人がいるはずです。そういう人たちと反対運動を続けた人たちには、自民党に代わって謝罪し、十分な補償を用意してください。住民との対話はこのためにあるのです。土建サクラと会うのは、時間のムダです。

0919メリー

鳩山総理、帰国したら裁判員制度の廃止を

裁判員制度が施行されて、4ヶ月がすぎた。

その間に選挙があって、タレントの麻薬騒ぎがあって、その他、なんじゃらかんじゃらがあって、裁判員制度は、マス・コミは取り上げなかった。

取り上げても取り上げなくても、私は一向にかまわないが、実際の効果だけは知りたいと思っている。

4ヶ月の間に裁判員が関与した判決で、裁判員がいなければ判決ができなかった事件があったのか、これのことである。

そんなに多いとは思えないので、判決すべてを、どなたかに、「検証」してもらいたいと願う。

私は、根っからの反対論者だから、検証に偏見が紛れ込む。だから、その資格はないと自覚している。

そのどなたかの検証で、裁判員がいなくても、判決が下されたと認められるなら、それは同時に、裁判員制度のムダであることの検証でもある。

裁判員の参加の結果と喝采を浴びる判決など、1件もないのではないか。私は、勘ぐっている。

何百億円ドブに捨てたかしらないが、今からでも遅くはない、ムダはムダ。即座に止めることだ。

付の1.
未練がましい気質が日本人の本質。せっかくここまでやったのだからとダラダラ続けるクセのことです。

付の2.
ダム工事も同じ。せっかく1千億円注いだのだから、もう少し、もう少しとダラダラ。土建業者は、体裁のいい理由を作って、後から後へと追加予算を求めてきます。完成させれば、「1千億円」プラス「もう少し、もう少し」がムダとなります。1千億円の損で止めるのとどちらがいいか、全国民は見ていますよ、前原先生。

付の3.
太平洋戦争は、未練の連続。時の政府高官も日本人だった。気質がすべてとは言いませんが、殺されても殺されても、なお続けた終盤戦を見ますと、つくづく日本人だなあと思ってしまいます。

0919リッキー

安心して見ていられる鳩山・岡田外交

以前の日本政府は、アメリカに尾っぽを振るだけの能しかなかった。アメリカに好かれないと感じると、尾っぽの振り方が足りないと思って、いっそう懸命になって振った。

アメリカが、振れば振るほど、相手をバカにするという国であることを外務省役人が政治家に教育してこなかったためである。

これからは違う。日米関係は最も大切だといった岡田外相。中国に行けば、日中関係が最も大切だと言うだろうし、ロシアに行けば、似たような相手が喜びそうな言葉を選ぶに違いない。リップ・サービスだから、日米関係重視を何度繰り返しても構わない。

頭から、日米軍事同盟反対を叫ぶのは外野席にいる間だけのこと、これからは、安保条約をひとつひとつ丁寧に骨抜きにして、不平等な関係を改善することだ。

尾を振るのでなく、明治政府の使節団の武士のように、背筋をピンとのばして、かつ笑顔を絶やさず向かい合えば、アメリカは、間違いなく日本を見直す。

この位のことは、鳩山・岡田外交で可能であると私は安心して見ている。

付の1.
沖縄の基地は大幅に縮小されます。

付の2.横田と横須賀は、絶対に明け渡さないから、最後まで残る骨です。日米安保が、防共同盟の意義を失った今、アメリカの日本に対する「保護観察」のみを本質としているからです。

付の3.
政治家がピンとすれば役人はピンとするものです。だらけきったアメリカ向き外交官は、だらけきった政治家が永年育てたものです。これからは、そうは問屋が卸しませんよ。

(注)写真は800×600です。画面を右クリックして、「リンクを開く」クリックで、航空自衛隊の銀翼が全天候でご覧いただけます。

0917戦闘機

200世帯が1万円豊かになってもプリウスは売れない

この頃、つくづく思うんですよ、景気なんかたいした問題ではないってね。

先日、景気動向が上向いたという調査がニュースになりました。よく聞くと、従業員1000人以上の企業を対象としたアンケートによるようで。

千人を超える企業がどれほどの労働人口を占めているのか、私は知りません。でも、そこで働いている人が年収200万ということはないでしょう。

この人たちは、例えば1000万の年収としましょうか、国の助成金がついてもつかなくても、欲しければ買います。つけばなお結構。200万円のプリウス1台お買い上げ。

こういう人ばかりでないのが今の日本。年収200万の世帯が日本列島にひしめき合っているというではありませんか。

政府が助成金をこの人たちに1万円づつ配っても、プリウスは売れませんね。200世帯がカー・シェアリングするなんてありえませんから、当然です。

プリウスが売れなければ、景気指数が上向かない。手っ取り早く数字を動かすには、お金持ちをますますお金持ちにすればいい。

景気お命の前政権のやったことです。国の200万円は、40万円に分けて、5軒の金持ちに配ったというわけですから、200軒の貧乏所帯は、おいてけぼり。

景気は上向いたが、失業率は下がらない。これも当然です。

新政権は、前政権の引継ぎは止めて、貧乏所帯が1万円でも豊かになる政策を採らなければいけません。金持ちは黙っていても金持ちなのですよ。

最近の新聞では、エコだクリーンだと、環境保護の救世主面(づら)の広告ばかり。金儲けの種にしているのが、ミエミエです。

景気指標が上向けば、貧乏世帯が増える。資本主義の本質です。

付:プリウスはエコカーの総代として使いました。トヨタに文句をつけているのではありません。マークⅡ、クラウン・バンは、私の車歴の中では、最高の信頼度を有しています。

0919モモ

前原さん、行っちゃダメ 聞いちゃダメ

ダム中止で、地元が騒いでいる。

その言やよし。

「国策を押しつけ、昔も今も地元の民意は反映されないのか」

これでは、まるで、自分たちは嫌だったのに、お国のために、不承不承ダム建設に協力したように受け取れるではないか。

本当は、地元の自民党国会議員をたきつけ、県議、市議、ともども、誘致に奔走したのだ。

自分はそういう利権漁りなどとは縁のない者だ。ムダなダムの建設反対運動をしていたではないか。

そういう人に会うというのなら、まだ救われるが、多分、補償金目当ての儲けそこない集団に対することになるだろう。

前原先生、選挙は終わったのですぞ。大臣室にデンと構えて、先ず、ダム関連の陳情を門前払いして、「今度の政府は情実が通じない非情な政府だ」という印象を民衆に植え付けなければいけない。

都合のいいときだけ、国の名前を使うなど、民に訴えられた時の官僚と同じだ。

民主党政権が腰砕けになるかどうかは、これから数日の前原大臣を追えばはっきりする。

付の1.
前原さんは、偽メールに引っかかるようなお坊ちゃんです。談合が本職かと疑われる国民の中でも飛び抜けてしたたかな土建屋相手の国交省は完全にミス・キャストだと思いますね。彼は、外務省か文部科学省が適しています。

付の2.
ダム現地に行きます。フンフンとなんでも聞きます。東京に戻ったら、何食わぬ顔で、中止を断行します。補償は、「自民党と相談してください」、と突っぱねます。こうなったら、彼は宰相の器です。

付の3.
国なんか空気です。あるのは、政権与党の政治家と霞ヶ関官僚です。

0917石戸

新人議員のご登場 暗澹たる思い

民主党が大勝した。それはそれで慶賀に堪えないといいたいが、そのお陰で、新米先生が続出した。

「庶民の感覚で政治に向かいます」
「若さを発揮したいと思います」

庶民感覚で政治家になれるのなら、日本人のほとんどが政治家になれる。若さなら、ハローワークで列を作っている者を政治家にすればいい。

スーパーのレジで立っている方が似合うおばちゃんやおねえちゃん、商社勤めなら、まずい英文レターを上司から徹底的に直されるおにいちゃん。こんな者に、なんで1億も2億もカネを払わなければならないのか。

ひょいと電源を入れたテレビに、小泉なんとかが、出てきた。マス・コミ好みだろう。前首相の息子だという。顔をみれば、まだ、若造である。

私は、国会議員は、五十過ぎでなければいけないと思っている。三十、四十は、人生において発展途上国である。苦労を積み上げる時間帯である。それが、何を間違えたのか、一夜にして、先生となる。バイロンじゃあるまいし。

ただ票が集まっただけで、比例代表者が当選する現行の選挙制度は悪である。

私は、民主主義を否定するものではない。賢い独裁はともかく、民主主義を善なるものといわないのは、いつに、この「議会制」民主主義の弊害を言いたいからである。

小泉劇場でのチルドレン、小沢劇場でのチルドレン、どこが違うというのだ。

鳩山政府は、私がブログで提唱した通りに選挙制度の抜本改革をせよ。政党助成金も即刻廃止せよ。

NHKがこのところ映らないから、見たくても見られないからいいようなものの、アンチャン・ネエチャンのインタビューを見た日には、明け方まで、悪夢でうなされそうだ。

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国家公務員 もしも、一億円あったなら

民間企業との一番の違いは、公務員は、黙っていても、金が入ってくるということだ。

天下り先独立行政法人や政府のお抱え団体も同じである。

カネはある。残るは、使い道だけ。ブルジョアジーの奥方のように、使い道だけ考えれば、定年がくるなんて、こんな気楽な商売はない。

といえば、大多数の役人は、怒るだろう。大多数の役人はまじめに働いているから当然である。

でも、それだけでは、不十分なのである。言われたことしかしない、言われたことでも、面倒ならしないようにする(拉致被害や北方四島の外務省)、これではいい公僕であるためには、不十分なのである。

偉くなりたい人には、偉くなるための機会を均等に与えなければならない。

そのための提案が、「一億円あったなら」である。

国家公務員試験に上級も一般もない。「一億円あったなら」で作文を書かせるのである。400字以内、手書きを必須とする。

採用試験官は、既存の役人ではダメだ。全国の中学・高校の教諭に任せる。今回落選した自民党某議員によれば、日教組は大悪党となるが、そんなことはない。ごくごく一部はそうでないかもしれないが、教員はやはり今の日本社会では、知性・教養・判断力においてトップ・クラスを維持している。

採用後、10年。今度は、「百億円あったなら」が課題である。生涯ヒラでいい役人は、応募しなくていい。更にもう一段登ろうという者が、今度は、2千字の作文を書く。

それから、また10年。1兆円である。1万字。ワープロでいい。ここまでくれば、局長クラスである。その中から最も優れた作文を提出したものを、大臣候補にする。

学歴と知識にこだわっている現行制度は廃止して、こういう新たな科挙を設けよ。

付の1.
公務員が次官止まりはモラール上良くないです。大臣の椅子を政治家から公務員に引き渡さなければいけません。国会議員は戦略局でそれぞれの大臣をチェックすればいいのです。

付の2.
人柄、指導力、その他は、別の項目として、昇格の審査対象になるのは言うまでもありません。本稿は、現行国家試験の代替について述べたものです。



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国家公務員試験を廃止せよ

天下りの弊害は国家ばかりではない。県も、上級試験を合格した者は、最初からエリート・コースに乗る。天下りも、エリート・コースに乗った限られた仲間うちで決められている。こう宮城県の職員から聞いたことがある。

上級試験の受験資格は、大卒か大卒相当である。

国家・国民に奉仕するのに、学歴はまったく無関係である。東大・京大・東北大卒の中には立派な社会人もいれば、悪党もいる。中卒であっても、会っているだけで、人徳のおすそ分けにあずかれるような人もいる。箸にも棒にもかかるかどうかという人もいる。世間とはそういうものだ。

そういう世間の世話をするのが公務員であれば、学歴無用である。

信じなければ、現行国家試験の問題集を見ればいい。いかに無益であるかがわかる。知識の多寡は、役所に入ってから、考えればいいことだ。

試験を廃止したら、どうやって、役人を採用すればいいのか。

(つづく)

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外務省は必要か 国益の時代は過ぎた

去年の金融危機が始まる少し前、他国に負けずに、政府系ファンドを作れと、自民党の若手国会議員が叫んだ。群馬かどこかの段々畑で下肥でも撒いている方がぴったりの議員である。

しばらくおとなしくしていたとおもったら、また当選した。そして、つい先日、その下肥担ぎが、「アメリカとの関係悪化は国益をそこねる」といきまいていた。見なければよかったのに、残念だ。

国益は、煎じ詰めれば、地上・海上のパイをいかに自国が大きく獲得するかということである。

世界がまだ広い時代、メッテルニッヒやビスマルクの活躍した時代、相手が49なら自分は51。できれば、53に・・・という時代に使える日本語である。

今は、パイの分捕り合戦をやっている場合ではない。そんなことをしている間に、地球環境というパイそのものが、縮小されていく時代である。

外交官の活躍する時代は終わった。だから、ヒマがあれば、エーゲ海にクルージングする、料理人に閣下と呼ばせる、内緒のカネは使い放題。そんなことでしか、時間をつぶせないのである。

在外公館は、「旅券紛失相談窓口」でいい。外務省本省は、通弁養成所と名前を変える。

大使・公使は、民間人から採用する。外国語は優秀な通弁を使う。ナイフ・フォークの使い方、ワインの飲み方などわからなくていい。箸とおちょこで通すことだ。

役立たずの外務省組織、鹿鳴館の残渣である。

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数字の3 乱数

 この乱数表はなんでしょう

88 68 81 75 52 74 95 81 
47 53 38 76 79 81 82 83
80 67 89 56 81 78 90 59 
61 73 65 81 72 68 52 89 
52 71 83 78 76 78 77 81 
93 39 75 84 80 93 83 65
59 70 71 59 68 89 84 75
93 82 84 80 81 72 60 78
88 85 91 83 83 37 90 85
87 93 87 89 66 85 83 85
69 88 88 70 83 78 95 78

先日、尺八の兄弟子の所にいきましたら、メトロノームがありました。チ~ン、ダッ、ダッ、ダッ、チ~ン、ダッ、ダッ、ダッ・・・

振り子を見ていると、音楽の時間、教室の窓から飛び出して小川に遊びにいった小学校時代が思い出され、音楽の先生には悪いことをしたものと、申し訳ない気分になりました。

せめてもの償いというわけで、今回、同じ振り子式のメトロノームをネット・オークションで落札しました。

出品者は北海道の個人。ワクワクして品物の到着を待ちました。ワクワクは、品物の他に、それをつつんでいる緩衝材が、新聞であることの可能性が大であるからです。ちなみに、ストアーの出品は、ほとんどが、プチプチです。

期待に違わず、北海道の地方新聞が入っていました。くしゃくしゃの新聞を丁寧に伸ばす。何が書いてあるのか、これもワクワクです。

冒頭の乱数は、その中の1ページ全段から拾ったものです。

この乱数表を一瞥しただけで、正しい乱数でないことに気がつくはずです。しかし、それでは、何か・・・これは、なかなかの問題ではないでしょうか。

答え。

享年です。「おくやみ」というページでした。埼玉、宮城と地方巡業を重ねた私でも、このような記事は初めてでした。

私は、先月、69回目の誕生日を迎えることができました。59の数字を見ると、「ああ、もう10年、過ぎたのか」と思います。78の数字を見ますと、「ああ、まだ10年、残っているのか」と思います。

こういう数字は思うだけ。悪いけれどもひと事。でも、69の数字にはドキリとします。

ひょっとすると、私の番は今年に来るかもしれないということで。

付の1.
こういう作文は主題分裂というものです。中学生なら、国語の先生から叱られますね。

付の2.
名前、住所、喪主はありますが、死因は掲載されていません。

付の3.
皆、市井の人たちのようです。想像ですが、多分掲載料が必要でしょう。私も、一度でいいから新聞に自分の名前を見たいものとかねがね願っていました。それで、他県でもいいのか電話で確かめようとしました。と、その瞬間、自分の名前は自分で見ることができないことに気づきました。や~めた。(“私も”以下、作り話です)

付の4.
2009年8月15日付。

付の5.
合掌。

No thanks, the Olympics その4 都知事のカウント・ダウン

もうすぐ、オリンピック開催都市の決定がなされるという。いくら待っても、百に一つも目がないのに、東京は躍起になって誘致合戦に加わっている。

多分、在外公館の外務省役人は、相当なエネルギーとカネを消耗していることだろう。

躍起になることだけでも、「歳はとりたくないもの」と実感するのに、この知事さん、決定日までカウント・ダウンすると言う。庁舎かどこかの広場にその看板があるのだろう。

決定日は、言ってみれば、ジャンボ宝くじの抽選日のようなもの。当たるかもしれないし外れるかもしれない、まったくの他力本願の事情である。

もしも、私の周りの誰かが、抽選日がくるまで、あと何日、あと何日とご仏壇に向かってお経をあげていたら、「あんた、抽選日でなく、お迎えまでの日数を唱えた方がいいよ」とアドバイスするだろう。

決定日を知事が率先してカウント・ダウンする誘致都市が他にあるのか。あれば、ロクでない都市にちがいない。

石原都知事と息子の自民党議員は、「この親にしてこの子あり」の見本である。

付の1.
前にバルセロナと書きましたが、マドリッドでした。お詫びして訂正します。

付の2.
決定日カウント・ダウンで、誘致の熱意を招致委員会に伝えたいという意図はわかる。しかし、オリンピック委員会はこんなことでホロリとするようなアマちゃん集団ではありませんぜ。

付の3.
前にやんわり断られたのに、また、皇太子殿下を担ぎ出そうとしている。しつこい。ストーカ行為はみっともないよ、石原じいさん。

付の4.
都庁の役人も、苦労するねぇ。


仙台市の恥 費用弁償の見直し ものは言いよう

市民の感覚では、弁償は、相手に損をさせて、その償いという意味である。広辞苑を開いても、このような解釈をしている。

仙台市が、議員に何か不当な損を掛けたので、その見直しかと思ったら、大いなる誤解。

それが、仙台市会議員の用法では、本会議などに出席した際に交通費や日当として議員に支給される日額1万円のことなのだ。

お手盛り一万円也と予算明細に書いてあれば、「こりゃ、なんだ」となるが、費用弁償となっていれば、普通の市民は見過ごしてしまう。

仙台市民オンブズマンだから、あぶりだせた代物である。

これから、議員が集まって見直しの検討に入るという。

一方、仙台市民オンブズマンは仙台地裁に訴えた。

市民に良識をお願いしている裁判所なのに、こういう世間の常識で簡単に判決がだせる問題に限って、裁判員はシャット・アウト。裁判員制度は実に都合よく仕組まれている。

ああでもない、こうでもない式の見直し検討は無用。即刻、廃止するだけのこと。

もう一つ。日本語をでたらめに用いないでもらいたい。まぎらわしい。

付:
前に書いた時は、県議としたようです。県議も市議も同じようなもの。お詫びはしませんが、訂正はします。

自殺予防週間 その2 3万人の背景 個人と社会

死ぬのはかわいそう。

厳密に言わせて貰えば、そうとも限らないが、ここでは、不問にする。

かわいそう。いいだろう。かわいそうな境遇は総体の自殺者ではない。3万人いれば、3万の境遇や背景が個別的にある。個別がミソである。

大まかに想像すると、人間関係と経済状況の二つに分かれると思う。

人間関係の代表がイジメと失恋であろう。これは、もう社会ではどうしようもない、社会では手に負えない代物である。

イジメは、傍から見れば言語を絶するようなイジメに遭いながら、ケロッとしている鈍感な者もいれば、「お前はガリだ」、「あんたはデブだ」と言われただけで、夜も寝られない者もいよう。

失恋だって、「逃げた女房(亭主)に未練はありません、恋人ならなおさら。50億の半分は女(男)じゃないの」と、あっけらかんとする者、「Solamente Una Vez」と未練たらたらの者。

経済状況はどうか。
これは、社会が相当程度、管理できると私は考えている。そう、借金地獄の解消である。

借金は、自力でカネを稼げない状況が続いてきたから、するのだ。それに、カネを貸せば、どうなるか火を見るより明らかである。借りれば、利息を払わなければならない。また、借りる。

最後には、首が回らなくなり、カネ貸しから追われて、富士山麓で首を吊る。

然り。

カネの貸し借りに金利をつける資本主義を捨てればいいのである。突飛と笑うなかれ、これは、社会ができることである。

利子が取れなければ、返済があぶない相手に誰が貸そうか。手元にあるカネでやりくりする範囲であれば、自殺するまでには至るまい。もちろん、すべてとは言わない。1万円の借金が苦で自殺する者は3万人に中に何人いるだろう。経済状況が理由の自殺の大部分はなくなるはずだ。

カネは人のカネでも手元にあれば、手が出るもの。農協、信用金庫、千葉県庁、手を出した人間は、額に「盗人」と貼られてはいない。家庭も持っているかもしれないし、友達だっているはずだ。

10万円借金をすれば、10万円分、普通なら額に汗をして稼ぐ10万円分を、借用書1枚で自由に使える。千万円なら、汗水たらした対価の年収200万円の世帯5件分である。

返す見込みがない借り手、危険と知りながら、利子を求める貸し手。共に、資本主義の本質が証明される関係である。

巷間、弱者保護が無条件で善なるものと疑われていない。私も、100%賛成である。不賛成なのは、巷間の弱者の定義である。

借金地獄に迷い込んだ者は社会が救済すべき弱者ではない。

働きたくても働けない、そのため、餓死する人々が弱者である。

己の境遇の中で懸命に生きていこうとしている人々。生き物の一員であることを証明する人々。

これらの人々に対してこそ、社会が全責任を負わなければならない。社会の役割として、すなわち政治の役割として必要かつ十分なる条件である。

自殺予防週間 その1 奇妙なる運動

日本は毎年、3万人を超える自殺者がいるという。

私は、以前にこういう社会はよくない社会だとこのブログで書いたように覚えている。

だが、自殺者自身に向かっては何も言っていないはずだ。

今日は、言う。

私の所のニワトリは、オンドリは私の手で、年中群れからはずれて行動するメンドリはカラスや野良猫に命を失う。しかし、ほとんどが、老衰死である。

先ず、足がおぼつかなくなる。エサが撒かれても、一番後になる。ノコノコたどり着くと、元気な鶏が、「ジャマなのよ」と言って頭を突っつく。

残っているエサだから、腹一杯に食べられない。体力はますます衰える。ノコノコからヨタヨタになると、周りの鶏が、みんなで、「あっちにお行き」と突っつく。やむなく、群れから遠い所で、日永、うずくまることになる。

私は、哀れに思って、そのうずくまった鶏の前に、水とエサを置く。すると、元気な鶏がどっと集まって、エサを平らげてしまう。自分たちのエサがふんだんに残っていても、そうする。

そこで、私は、私設「ホスピス」を作って、動けなくなった鶏を中にいれるようにした。それからいくらかの日を経て、死んでいく。

何をいいたいのか。

私が言いたいのは、一羽として、自ら命を絶ったニワトリがいないということである。

地球レベルで物を計れば、命の誕生から喪失までが唯一共通尺度として有効である。パソコン、自動車、音楽、絵画等々は、人間だけの価値観でしか評価できないではないか。

命を自ら絶つ人間は「人間種」をニワトリより劣ることの証明となっている。

どんなに苦労しても、いじめられても、餓死・病死・事故死以外で死ぬことは動物として恥である。

人間は人間を殺すことにより人間が発生した、これは私の不変の持論である。

せめて、自分だけはその業に陥らないように精一杯生きていくのだという自覚がない者が、己を殺す。唾棄すべき人々である。

死にたければ、死ぬがいい。ビルの屋上から飛び降りて、通行人を巻き添えにしてくれるな。線路に飛び込んで、乗客に迷惑をかけるな。運転手に生涯忘れられないトラウマを与えるな。

同じ予防週間でも、火災と自殺では天と地の差がある。

最近、古い仲間に教えられた言葉に、「自死」がある。初めわからなかったが、自殺のことらしい。他動詞「殺す」と自動詞「死ぬ」では意味が違う。

自死は、自ら死ぬのだから、正しい使い方という人がいるかもしれない。
間違っている。自らを殺すのである。他殺が、他の人が殺すのでなく、他人を殺める意味からも、この用法が正しい。

予防にボランティアが努めるのは、浅薄な行為とはいえ、他人の私がどうこういう筋合いではない。ニュースでは、行政までが、この予防キャンペーンに参加しているという。死にたい人間をかまうより、そのヒマとカネがあるのなら、必死に生きようとしている人間にどうして使わない。

自殺予防活動は美談を残さない。

海の水0911

アメリカの国民皆保険

医療保険でオバマさんの人気が落ちていると聞く。

これを、国が参入すれば、民間保険会社の経営を圧迫することになる。だから、保険会社が陰で煽っているのだと一部で言われているようだ。

たしかに保険会社の契約数なり保険料率が低めに抑えられることになれば、国が民を抑圧することになろう。それは、アメリカ人には耐えられない事態であるのも理解できる。

私は、この保険会社煽動説を採らない。要因として挙げられても、その影響度は微々たるものであると思っている。

オバマさんの国民皆保険の不人気の最大要因は、税負担である。

仮に、子供のときは、ろくに学校にいかない。宿題はしない。遊ぶばかりか、タバコをスパスパ吸う。高校に行く歳になれば、男は女の尻を、女は男の金を追い回す。類は類を呼ぶ。

社会人になって、ようやく仕事に就けば、上司や同僚とケンカをして、こんな所にいられるかと、辞める。スポーツや芸能で食っていこうとしても、ままならぬ。食わなければならないが、何事も長続きしない。

教会の慈善や善意のボランティアに食事を頼ることになる。食うに困らなくなれば、朝から酒を飲む。ばくちを打つ。

結婚適齢期になっても、相手が見つからない。運良く見つければ、割れ鍋に閉じ蓋。映画のようなシンデレラ・男シンデレラとはいかない。

子供はどんどん作る。親を見て子は育つから、以下同文。

こういう人間が隣に住んでいるとする。

こちらは、嫌な勉強も我慢、遊びたい年頃になっても、大学受験、あるいは15歳で社会に出る。嫌な職場でも嫌な上司や仲間にも忍の一字。己とおっつかっつの相手と結婚して、定年まで働く。家のローンも重いし、車も30年を1台で済ませるわけにはいかない。子供の教育費だって、大変だ。それでも、歯を食いしばって、耐えがたきを耐えながら、納税という市民の義務を果している。

これでは、国民皆保険、費用は、納税能力のある国民から、と言われても、素直に No problem! とオバマさんに応えられないと私は思う。

不真面目な国民1人の生活は、まじめな国民が50人いなければ支えられないだろう。

アメリカの社会は、その50対1の比率よりもっと大きく50対2はあるのではないだろうか。

50人がすべてイエス様であればいいが、その半分が、「自分の生活で精一杯だ。なんで怠惰な隣人のために自分の収入を減らされなければならないのか」と考えたら、どうなるだろう。

私は、人の一生は、それほど損得はないとの考えでいる。自分で蒔いた種は自分で刈り取らなければならない。

アメリカ市民同士の議論の中で、皆保険支持者が、「明日は、あなたが保険からはずされるかもしれないのよ」と反対論者に向かって語っていた。

その通りである。しかし、私には、アメリカ市民の半分にとっては、あまり説得力のあるものではないように思える。

なぜなら、古くからいるアメリカ人は、自助努力を最高の美徳と位置づける国民であるからだ。

私は、60歳までは国による皆保険、60歳以降は、国は一切タッチせず、民間の任意保険に任せる制度を最善として、これまで提案してきた。

オバマさんの政策では、どちらに結論が出ても、半分のアメリカ人には不満が残ろう。

皆保険が理想の制度ではないことは、日本の医療制度が示している。現実には、皆保険でありながら、実際に医療が受けられない問題があり、それに対する有効な解決策がないのである。

還暦までは、皆保険。それを過ぎたら、国民各自の寿命に対する価値観にしたがって各自が備える。前に書いたことだが、アメリカがモタモタしているのに見かねて、繰り返すことにした。

マーメイド0911

岡田外相への忠言 核廃絶でオバマに借りを作るな

私が核廃絶に興味を失ったのは、ソ連・東欧の崩壊による。最も関心の深かった時期といえば、毛沢東健在からキューバ危機までの間である。

ゴルバチョフの登場で、私は、核保有の無意味さを覚った。それは、核廃絶の議論の無意味さということでもある。

それから今日まで、日本の核廃絶運動のすべてをセンチメンタルな少女趣味と笑ってきた。

答えは、簡単。持っていても使う場がないからである。

これを最もよく理解しているのがアメリカのオバマ大統領である。核廃絶を演説の中心に置けば、世界の大衆の喝采を浴びる。チェコかどこかで、実証された。

前に書いたとおり、核保有は保有国のお荷物となっているのである。産廃処理は時間の問題である。

そうでなくとも、持ち続けて、気持ちがよければ、持たせておけばいい。

「もしもし、オバマさん、持ちたければいつまでもお持ちなさい。なんだったら、もう1万発作ったらいかが」

とまで、言う必要はないが、へべれけに酔っても、

「日本の願いです。どうか率先して核を捨ててください」

などといって、

「よしよし。それほどまでに日本がいうのなら、廃絶してやるか」

と、オバマさんに借りを作るようなことはないように。

付の1.
核戦争は、イデオロギー戦争でしか使いようがありません。カネ勘定が基礎となっている市場拡張帝国主義戦争では、使えないのです。

付の2.
岡田さんは、選挙はからっきしダメですが、国際舞台では、立派に働いてくれるでしょう。見事な人選です。国内選挙はいささか貧相がいい、対外交渉は威風堂々でなければいけない。これがその理由です。

0911平安

鳩山首相への友情篤い助言  国連で演説するときは

我が国の外交で世界でもっとも評判の悪いのが、ダブル・スタンダードである。

この悪評判を挽回しようとして、ODAほか国連への上納金をふんだんに納めてきたのである。そのお仕事が外務省ということ。

世界平和、地球に愛を、結構。誰も真剣に耳を傾けない。居眠りするか、原稿コピーの余白に鳩の絵を描くくらいなものだ。

演説は長ければいいというものではない。むしろ、短い方が喜ばれる。

そこで私の助言。

「日本は他国の内政には不干渉を貫く」

たったこの1行でいい。飛行機の中で練習し、英語、中国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ほか、数ヶ国語で、この一言を言うのである。

拍手喝采、間違いなし。アメリカの苦々しい顔が私には手に取るようにわかる。

内政不干渉主義は、ネールと周恩来に源を求める。これほど、すぐれた外交姿勢が他にあろうか。

地域、人種、隣国、歴史、他にも要因は多々あるが、ある国の体制を他の国が評価する共通原則はない。だから、世界のだれもがお互いにうまく折り合うには、不干渉しかないのである。

中国の故事「他山の石」はとてもいい。ああいう国にはなりたくない、それだけでいい。ああいう国をああいう国としてかまわないで、付き合える所で付き合うようにすればいい。

ついでに英語も。 It’s not your business。

えい、ついでだ、日本語も。小さな親切、大きなお世話。

連絡船から金華山を望むa

No thanks, the Olympics その3 企業の代理戦争である

いつだったか、マラソンかなにかで、優勝した女子選手が、テレビに映ったとき、高々と、履いていた運動靴を挙げて、これが勝因ですとか言った。

金メダルをかじるのも下品だが、こんな形で宣伝をするのも、決して褒められる振る舞いではない。

喜んでもらいたいための所作である。誰に。スポンサーに。ライバル運動靴メーカーは地団駄を踏んだことだろう。

改めて述べるまでもなく、競泳は、この面では、今や最悪のスポーツである。

腹が立ったついでに、マラソンのゼッケンにも文句をつけることにした。
沿道で新聞社の旗を振るのは、観衆のご愛嬌で済ませられるが、選手全員が、協賛メーカー(これはスポーツ用品に限らぬ、軍資金の多寡だけで決まるはずだ)のゼッケンをつけている。

テレビ観戦者は、2時間余り、そのメーカーの社名や商標を見続けることになる。サブリミナリ効果ならまだしも、あけすけである。

観戦しない者は、夜7時のニュースで、いやおうなく見せ付けられる。特定企業の宣伝はしないはずのNHKだから、その部分をモザイクで消せばいいものを、破廉恥にも放映している。これは、映倫に違反しないのか。

話が妙な方向へ行きそうなので、結論を急ぐ。

ロスから始まった商売オリンピック、月桂冠の栄誉は空の彼方、今は金貨の音で誘惑するチャリンチャリン五輪。

It’s enough, the Olympics.

付:
今日のBS2に「スポーツは日本経済を元気にする」という番組があるのをネットで知りました。「スポーツは日本人の体力・気力を増進する」の書き違いではないでしょうか。間違いでなく、その通りのジョーク番組でしたら、次週予告が、「東京直下型地震が日本経済を元気にする」であっても、私は、驚きませんね。

連絡船




いよいよ始まる陳情合戦

たとえ途中であっても、ダム工事は中止すると民主党は、選挙前、公言した。

政権を奪取すれば、公言は実行されることになる。

ダム建設で潤うはずの人や団体が慌てた。潤うはずと希望の段階であればいいものを、潤うものと見込んで、先付け小切手を受け取った人や団体は、必死になって慌て始めた。

甘い汁を吸おうというたくらみが崩れるのだから、「必死」なのだ。

自分の懐の苦労を正直に打ち明けるのは、まだまし。公共の利益やこれまでの税金がムダになるとかかんとか言い出す輩は、理屈をこねるだけに、たちが悪い。

今頃は、地元民主党先生に、「必死」に陳情していることだろう。マス・コミにも流して、同情を買おうとするだろう。一部のマス・コミは、ダム建設を一律に中止するのは、地元の意向を無視したもの、などど、正論を加えるかもしれない。

昔のアフガニスタン。

アフガニスタンがアメリカの「支援」で開放された日のニュースを覚えている。民衆は大喜びで街に繰り出していた。日本の記者がそれをアフガニスタンの民衆の自由への一歩とまで讃えた。

映像となったVサインをした男は、麻薬密売人だった、万歳をした美しい女は、売笑婦だった。タリバーン下で不自由を余儀なくされた人たちの喜びである。私はそう踏んでいる。

今の日本。

これと逆に、既得権益を失わんとしている人が、己を悲劇の主人公に仕立てて、街で嘆き悲しむ。

最初が肝心。ダム続行の陳情や脅迫には、断固として無視しなければならない。一度、「ごもっとも、相応の補償を考慮など」と一言で口に出したら、我も我もと陳情が続く。

民主党政権が、新たな既得権益の苗床・温床に変わる瞬間である。

地元の議員が嫌われようが、そうならないために、新政府はダム工事の中止を貫かなければならない。

民主党よ、民衆になめられるな。


無人島砥面島

No thanks, the Olympics!その2 競泳選手は動くマネキン

ビヨンディ、グロス、サルニコフ、あの時代の競泳は純粋であった。いくら強くなっても、高校野球がプロ野球の登竜門と違って、名誉しか得られない。高校水泳部の部長の口癖は、水泳にフロッグはない。試合では実力が正直にでる、そして、選手寿命が終わると名誉しか残らない、それがまたいいのだ、だった。

女子は、水泳がうまくなればなるほど、怒り肩になり、引退後のスタイル矯正が大変だと聞いていた。

そんな具合で、金銭に最も縁の遠いスポーツとして、水泳があった。

今は昔、今は今。

先日、背泳ぎの世界記録ですったもんだのニュースがあった。その原因が、競泳着にあるというのだ。

新記録を達成した日本人選手の着ていた水着が、違反品であるという。それを着用すれば、百分の何秒か速くなるという理由である。

100メートルはおろか、200メートル競泳でも0コンマ00秒の争いだ。同じ競泳選手が、異なる水泳パンツを着けることで記録が変わる。

スポーツ用品メーカーが、新しい水泳パンツを開発する。それを、お抱えの選手に着けさせる。プールで泳がせる。

勝てば、ご褒美、負ければ、お払い箱。

私はこれをもって、競泳選手を動くマネキンと呼ぶことにしている。

付の1.
哀れ、モルモットでもあります。

付の2.
国が補助金を出していなければ、こんなことはいいません。私企業の宣伝にマネキンは有効でしょうから。勝手にどうぞ。

0910白浜a

No thanks, the Olympics!Tokyo その1 Money Eater

ここのマネーは、税金と言っていい。いや、公営賭博の寺銭だと言うかもしれない。この寺銭、参加者は必ず国や地方に納めなければ、ノミ行為として処罰されるから、やはり、税金である。

児童の体力が昔より劣っているとの調査があり、それを思わしくないことと文部科学省が嘆いていた。

それなら、オリンピック育成に掛けている税金を、なんで、並みの児童が参加できる(例えば)林間学校や臨海学校の増設に回さないのか。並みの児童が、そこそこの努力でそこそこまでに体力を向上できるようなアイデアをなぜ出そうとしないのか。

文部科学省は、片目で嘆いてみせて、片目で、スポーツ用品メーカーに色目を使っているのである。

税の無駄使いは、先ずオリンピック関連費用のゼロ化から始めよう。

付:
表題を英語にしたのは、万万が一、外国人がこのブログに迷い込んだとき、我ら正常感覚の日本人が、オリンピックを歓迎していないことを知ってもらいたいからです。

0910田代島

霞ヶ関 天下り先撤廃 例外はダメよ

自民・公明、選挙が終われば過去の人。

これからは、民主主体の連立政権がターゲット。

真っ先に心配なのが、天下り先の問題である。

選挙前には、全部撤廃すると言っていたように記憶している。良い所は残し、悪い所は廃止する・・・とは聞いていない。

私は、本当にそうするのか疑っている。特に、社民党が連立に加わったことで、独立行政法人などの職員の処遇でもめるのではないか。

土井社会党時代、自民と組んだとき、財政再建は結構だが、下っ端公務員の給与だけは下げないでくれと、自民に頼んだことを、私は覚えている。

一つの例外を作れば、五月雨式に、ならば、これも、ならば、あれもと次から次へと存続交渉が始まる。

行き着く先は、「骨抜き」である。

鳩山首相、鼎の軽重が問われますぞ。

付の1.
大阪の橋下知事が、財政再建に取り組むといっておきながら、力士からの陳情で、土俵の存続に同意しました。悪しき前例です。

付の2.
心配と本文では書きましたが、霞ヶ関は甘くない、心の底では、全廃不可能と読んでいます。

付の3.
社民党の連立参加が、これにより、いささかも価値が下がるわけではありません。ここは「黙して語らず」でいてほしいです。

0910白浜b

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