老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

どこまで間抜け、民主党 残るは大連立だけ

千葉県知事選に、左大臣、右大臣が応援に駆けつけたまではいいが、投票日前日に小沢代表が応援に出向いた。これをニュースで知った。

何を言ってもダメなことが分かっていながら、ノコノコ顔を出すのだから、間抜けだ。

去年だったか、大手新聞社の親分が自民と民主の手打ちを企てて、失敗した。民主側に次期政権の確かさがあったからである。現在、形勢は、民主のガードの甘さから、もう五分五分になってしまった。千葉県知事選ではっきりした。

鳩山・菅両大臣は、平静を装っているが、こんな状況下では、他に装いができないのだから、驚くべきことではない。驚くべきは、自民の態度である。普通なら、たかが田舎一県の知事であっても、その勝利に、まるで、八股大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したようにはしゃぐ所である。「ざまぁ見やがれ、民主のボケ」と政府御用達のNHKで特集してもよさそうなところだ。それが、なんとも歯切れの悪い低音トーンなのだ。同情やいたわりの気配まで感じる。その雰囲気は、まるで自分たちが民主党であるかのようである。これぞ、大連立の下地作りの証である。

麻生総理になってから、世論調査全盛の機運になっている。そして、その世論では常に大連立がトップを占めている。

朝鮮ロケット、拉致被害、経済危機、どれをとっても、「自民と民主がケンカしている場合か」と、団結で勝ち取った野球世界一が引き合いに出される。

信長、秀吉の後の家康。この時代は本当にめちゃくちゃな時代で、民百姓が、誰でもいいから国を安定させてくれる指導者を待ち望んでいた。家康は立派だが、タイミングも良かった。

平成の今、私の眼から見れば、国家権力の横暴と怠慢にはかなりの不満を持っているが、日本全体としては、それほどめちゃくちゃでないと思っている。「誰でもいいから国政を安定させてくれ」とやけっぱちになるほど不幸な事態ともなっていない、まともな国である。

だから言う、早まるな、大連合、と。

付の1.
やけっぱちとは、大政翼賛のことです。大連立の後は、選挙システムから裁判、警察まで、すべて、巨大政党の思うままに政治が動きます。国民主権なんか選挙当日一日限りですよ。

付の2.
民主党さん、連立の切れ端一つでも頭の隅にあったら、自民にいいように料理されますよ。それにしても、共産党、社民党のお二方、万年外野席がよほど居心地がよいようで。政権を担う気がない気軽さからですか。

島暮らし2009 339

ミサイル“迎撃”で気になるなこと

日本の国土の70%は森林と昔習ったように覚えています。半世紀経った今、60%になっていますでしょうか。

ミサイルが1発、日本のどこかに落ちたとしますか。頭に爆弾を積んでいないはずですから、鉄の塊でしょう。それがドカ~ンと落ちるわけですね。

聞けば、東北の上空を飛び越える予定とのこと。先方さんも、東京の上空を避けていますから、日本を挑発する意図はないのでしょう。わずか16のチーム参加で優勝したことを日本力と誇示する頭の悪い野球監督と似たり寄ったり、野球の代わりにロケットになったというだけのことです。それに、長距離ミサイルの着地点を海とすれば、日本をつっきるのはやむを得ませんね。

迎撃が成功したら、鉄の塊はどうなるのでしょうか。今、映画「007は二度死ぬ」と「007私を愛したスパイ」をLDからDVDにダビングしたところですが、空中で木っ端微塵になった破片はどのくらいの大きさになるものでしょうか。

超高度の破壊であれば、落下途中で燃え尽きてしまうでしょうが、大気圏内でしたら、火の塊となって、落下するのではないでしょうか。それが、森林に落ちて、山火事になったら、誰の責任になるのですかね。

朝鮮は、「わしゃ、知らんよ」。我が愛国政府と自衛隊は、「撃墜成功大祝賀会」。仮に私の裏山が火事になっても、ホットケーキ(ほっとけの意)でしょう。

だったら、都会に落ちない限り、ポコドンの好きなようにホットケーキのままにしておいた方が、鉄の塊1個、被害地1か所にとどまっていいのではないですか。

迎撃ミサイル1発の値段だって、百万円は超えるでしょうに。もったいない。

付の1.
詳しく知りたいとは思っていない。気になったという程度である。

付の2.
敵に捕まっても絶対に殺されない007。「ユア・アイズ・オンリー」、「リビング・デイライツ」、「007は殺しの番号」、「ムーン・レイカー」、「007ゴールドフィンガー」と立て続けにダビングしてきた。娯楽映画とはいえ、ご都合主義がひどすぎる。脚本の段階で自然な流れが欲しかった。

島暮らし2009 364

朝鮮ミサイル 空騒ぎで得する人々

なんとも腑に落ちない話だ。正常に飛行している限り、迎撃しないという。これは当たり前で、迎撃するとなれば、中国が黙っていない。腑に落ちないのは、ミサイルが迷走して、日本国土に落下する危険が予測された場合に限って迎撃するということだ。

高校の物理で習った放物線は、空気抵抗などないものという条件下で二次方程式の解が得られる。その物体も理論的な物体であって、回転など自分から一切の行動は起こさない。野球の変化球はご法度である。そうでなければ、落下物体の軌跡がトレースできないからである。

ミサイルは理論上の物体ではない。羽根も付いていれば、自分で燃料を燃やして飛んでもいく。放物線を描きながら落ちている間に、再び点火しないとも限らない。たとえ点火しなくても、強風にあおられたら、もうお手上げだ。

こんなミサイルをどうして打ち落とせるのか。少し前、迎撃ミサイルの試験が失敗して、そんな不良品に税金を払うなとこのブログで文句を言った。リハーサルは、最高の条件で、すなわち、試験合格のため最良の条件で行うもの、ミサイル実験も同じである。それでさえ失敗したのだ。

正常な飛行では迎撃しない、異常な飛行では迎撃できない。

ならば、この騒ぎはなんなんだ。

先ず、軍需産業界が、存在意義をアピールできる。落下ミサイルを万が一迎撃に成功したなら、国家予算の倍増しが約束される。失敗したら、今の予算では足りない、もっと増やせと国会を脅かせる。どちらにしても、損はない。

愛国政治家や愛国評論家は、正常な飛行なら、危なくて仕方がない、ミサイル防衛システムを急げと軍需産業をバック・アップする。異常な飛行でも、どこに飛んでくるか分かったものでない、日本全土をカバーするシステムを急げとなる。どちらにしても、「それみたことか」と大口を叩く場ができる。

まだまだいる。外務省である。こんな状態でどうして拉致被害の解決ができようか、となる。願ってもない時間稼ぎだ。

アメリカと中国の両大国が独裁小国を泳がせている今、哀れなのは、分断されている朝鮮民族である。同情を禁じえない。

せめて我ら日本国民は、隣国の不幸に便乗して甘い汁を吸おうとしている一部の企みを見逃さないように。

島暮らし2009 327


漢人からの贈り物を断った倭人

昔の倭人はずいぶんちゃっかりしていたと思います。自分たちに文字がなかった。大陸には漢字があった。こんな便利なものがあるとは知らなんだ、と驚いたはずです。

ここで、倭人の独立心の程度が試されました。

一つ、「そんなら、自分たちも文字を作ろうではないか」
一つ、「何も苦労することない。そのまま使ってしまえ」

カタカナ、ひらがな、いずれも漢字からの寸借詐欺もどきです。その点、朝鮮民族は偉いですね、ハングル文字を作ったのですから。このハングル文字、どの文字からも漢字は連想できません。

初めて韓国に行ったとき、車のナンバーがみんな「外」に読めて、なんとこの国には外交官車が多いことと感心したものです。それを確かめるために聞いたら、韓国の人に笑われましたが。

「勝手に使うな」と歴代皇帝から文句がでなかったことは前に書きましたね。それと同じ位注目したいのは、日本側から、「使用しますよ」と一度も確認の使節を送っていないことです。これは私流の見方で、チャッカリです。

タダより安いものはない、しかし、なんでもかんでもチャッカリしたわけではありません。今日のブログは、これが主題です。

民から民へ。

その一.纏足。日本の為政者が、纏足が日本に普及したら、田んぼで苗を植える乙女がいなくなると心配したのでしょうか。私はそうでないと思います。倭人の感覚に合わなかったからだと思います。

その二.爆竹。これが伝わって流行した日には、祝い事のたびに、パンパンうるさくてたまりません。現代中国青年の何人かと話ましたら、みんな、なんともいえない快感との応え。血の違いを知らされました。花火だけでよかった、よかった。

官から官へ。

その一.宦官。肉を食べる人種と木の実を食べる人種の違いでしょうか。オペラの本場欧州でも、ある音程のため、去勢された男子がいるとのこと。江戸時代の大奥といえば、女の争いの格好の舞台ですが、宦官の行動形態から見れば、たわいないものです。日本の歴代の幕府も江戸幕府と同じように宦官を作らなかった。これもよかった、よかった。

その2.科挙。日本史をあまり勉強しませんでしたから、詳しく知りませんが、江戸時代の終わりまでは支配階級の実務職は世襲ではなかったでしょうか。優秀な人材を公平な試験で登用すれば、自分たちの地位が危うくなりかねない、少なくとも、自分たちがバカにされる、そんな心配を支配層はしたのでしょう。

以上の4つが日本に入ってこなかったことに私はとてもご先祖様に感謝しています。

ただ一つ、最後の科挙ですが、明治政府は富国強兵のために似たような制度を作ってしまいました。それが今でも大変な弊害となって日本を苦しめているのです。

上級国家公務員になるためには科挙もどきの試験を通らなければならない。試験の採点は公平極まりないのですが、試験で官僚を採用することそのものが不公平でダメなのです。これは科挙も同じで、一度通れば、各地を「渡り」して、親類・縁者一族郎党、蓄財が約束されていました。

4月になると官庁の人事異動がありますね。高級官僚ばかりですよ、数年のサイクルで「渡り」をして、一回りするたびに官位が上がるのは。

科挙をコメントする資格を私は持っていません。しかし、国家試験で高級官僚を決める日本の制度ははっきり悪いと言います。

付の1.
漢人の習慣の良し悪しを論じているのではありません。

付の2.
題名は「音楽の贈り物」を真似ました。無理やりですが。

島暮らし2009 296



踏みとどまれるか、民主党

予想したとおり、小沢代表は降りるべきだという民主党議員がでてきた。議員にマイクは麻薬である。一度、味をしめると、マイクが出てくると有頂天になる。

何か特別の事を語りたくなる。目立ちたがり屋だから仕方がない。周りもけし掛けるから、ますます増長する。

それと、世論の動向なんか気にしなくていい。麻生総理の人気の凋落を見れば、その無意味さがわかる。動向ではない、選挙の当日、あるいは前日の人気で勝敗が決まる。麻生総理でもウルトラCが選挙直前に出れば、「やはりなんと言っても自民党」となる。小沢代表が圧倒的な人気で通していても、選挙直前にチョンボをすれば、「やはり民主はダメだ」となる。

政治は人気ではない。世論がどうであれ、失職することはない。政治に専念すればいい。説明責任なんという意味不明な言葉に乗れば、揚げ足を取られるだけだ。なにを言っても言い訳になる時はだんまりに限る。夫婦の間と同じだ。

小沢代表よ、仮病を使ってでも雲隠れせよ。その間、左大臣と右大臣に任せて、公示日に、「小沢、ただ今帰りました」と元気な顔を見せよ。

民主党内部から「小沢降りろ」コールが聞こえ、次第に雲行きが怪しくなってきたので、再度、ブログにした。

付:
だんまりと夫婦の間は一般論であります。わが家のプライバシーとは無縁です。

島暮らし2009 318

検察庁が秘書逮捕で意見発表

国民の政治不信を招く行為だから、逮捕に踏み切ったというようなことらしい。ニュースを聞いただけだから詳しくない。もっともこれだけ聞けば十分である。

パーティー券の発行は法律で禁止されていない。だから良い。他方、迂回献金は法律で禁止されている。だから悪い。良いも悪いもない、もともとザル法なのだから、合法・非合法自体が無意味なのだ。

「国民の政治不信を招く」、だって?
政治不信はザル法が温存されている限り、政治家秘書を何人逮捕しても、消えるはずがない。30年後の新聞にも今と同じ逮捕劇が記事になる。


島暮らし2009 306

政治献金 目くそ鼻くそ

自民党や公明党の連中が、政治に対する国民の不信を招いたと、小沢代表を非難した。

その理由が政治献金の不明朗・不正にあるということだ。あきれた。

そもそも献金にかかわる法律そのものがザルなのだ。私は知らなかったが、パーティー券が1枚2万円の相場だという。有名企業のうちには、百万円の購入があるといい、数十万はざらだそうだ。

これでは、総務部が総出でも追いつかない。本当は、券だけ買って、実際は欠席しているのではないだろうか。それが通例であるなら、政治献金の偽装である。それが、ただ法律上違反ではないからと、イベント屋顔負けでパーティーを催しているのなら、法律自体に問題がある。

自民党代議士の間で、法律上問題はないが、道義上、返金したと、少し前のニュースであった。道義上問題があるのを合法化のため法律を作ったのだから、真性の偽装である。

小沢代表が、そんなにぶつぶつ言うのなら、企業献金を一切禁止してしまえと開き直った。その通りである。企業の名前を明示にせよ暗示にせよ、政治家にそれと分かるものは一切禁止することだ。

党の意向でがんじがらめに縛られている現在の政治家に個々の選挙活動は不要である。選挙活動が不要になれば、軍資金も不要となる。

この所を避けて、企業献金を自民と民主でケンカするのは、目くそ鼻くそである。お芝居を打っているといっても外れてはいまい。

島暮らし2009 271

WBC お見事イチロー

昭和20年、今から60年前の子供が集まっての遊びといえば、ゴロ野球だった。夕飯前に歩いて帰れる範囲の子供たちが2チームに分かれるため、2塁ができず、いつも3角ベース、それでもガキ大将を監督にして楽しく遊んだ。小学校前の子供は、マメとよばれて、打席に立たせてもらえない。ただ、守りの中に入ってチョロチョロ動いていた。無論、何の戦力にもならない。かえってジャマな存在だが、勝敗にこだわらないから、誰も嫌な顔をしなかった。

今も、野球は日本人のメインなスポーツである。違いは、昔は自分たち、普通の人間も、あちこちでキャッチ・ボールをやっていたのに、今は選手と観客の間に完全に溝ができてしまったことだ。

観る野球、それは観せる野球。時代の流れと言われれば、それまでだが、勝敗へのこだわりが度を過ぎているように思えてならない。スポーツであるから勝敗は必ず結果として出る。それだけの事ではないか。

WBCの優勝報道は、ここぞとばかり国威発揚を煽っているようにしか見えない。先にサムライの命名はひどすぎると苦情を呈したが、わずか16チームの一番で、ドンチャン騒ぎする観客をテレビで見せられると、私の苦情の正しさに自信をもった。サムライは、こんな程度ではしゃぐものではない。

日本国内に充満している閉塞感(マス・コミのでっち上げだ)をニッポン、ニッポンと叫ぶことで吹き飛ばそうとやっきになって報道するテレビ。

私は日本が勝とうが韓国が勝とうがまったく関心がない。いいプレーを見せてくれる選手に喝采するだけだ。

金まみれのスポーツ界。ヒーロー不在では金にならない。大金を褒美にしてヒーロー作りに腐心している姿は見苦しい。

そんな中のイチローのヒット。彼に脱帽すると同時に、スポーツは金でなく心であることを見ている者に教えてくれた。さすがイチロー。

付の1.
優勝の号外が出ました。騒ぎ過ぎでしょう。

付の2.
東京マラソンの優勝者に数百万円懸賞金が与えられる(与えられた)とのこと。数万人が参加して、かつ参加することが楽しみの都民のマラソンになんで金が関係しなければいけないのでしょう。

付の3.
毎日散歩するお気に入りの原っぱはドッグ・ラン兼ヤギの餌さ場です。広さがちょうど子供の頃の3角ベース野球にぴったり。つい、60年前を思い出してしまいます。我、老いたり。

付の4.
国別対抗戦はなんかうさん臭く感じるのです。地方別ならそれを感じません。だがら、野村監督率いる楽天は応援しています。楽天は東北のプロ野球団です。

島暮らし2009 309





海賊退治 中谷元先生、バスター・キートン並みの役者

 昨日のNHKの日曜討論、軍艦か海上保安庁の巡視船か、みんなで一生懸命わいわいやっていました。

わいわいは毎度のことで、あくびでもしようかと思っていたところ、中谷自民党代議士先生、とっても面白い三段論法を披露してくれ、眠気が飛んでしまいました。

第一、海賊は軍艦を見ると逃げる。
第二、軍艦の船体は灰色である。海上保安庁のは白い。
ゆえに、軍艦でなければならない。

これを聞いていた討論参加者が、どんな反応をしたのか、私は知りません。中谷先生のこの理路整然とした主張を聞いただけでもう愉快、すぐにテレビを切ってしまいました。

真顔をくずさなかった中谷先生、バスター・キートンの映画の観すぎではないでしょうかね。

付:
海賊船のイメージはバイキングかイギリス帆船。ソマリアの海賊の船をテレビでみたら、私の舟と似たり寄ったり。あんな舟に搭載できる武器なんか高が知れている。軍艦はいかにも大げさ。旧日本軍と同じ目的で自衛隊を使いたいからこうなる。

島暮らし2009 281

 物体移動 大根の行方

また起きた。

大根が突然消えてしまったのだ。

先々週の木曜日、生協に注文した食料品を、船着場で引き取り、玄関でスチロール箱を開けて、現物を納品書とつき合わせた。いつもと変わりない行動である。その中に他の野菜と一緒に大根が一本入っていた。まとめて、台所の床に置いた。玄関と台所は4.5畳の居間が隔てているだけだから、歩いて4歩である。生協の野菜はまとめて薄いポリ袋のようなものに包まれているので、大根だけ別ということはない。野菜を直に床に置くことはせず、その袋のまま床に置いたというわけだ。

それが、二日後、消えてしまった。ネギを取るとき、初めて気が付いた。

第一回がメガネ、次が棒温度計、そして今回が大根。

今回は前と条件が少し違う。

生協の帰り道、お隣さんから大根をあげるといわれ、一緒にお隣さんの畑に行って、一本頂いた。その時、私は、心の中で、「2本は多すぎる。結局は鶏に廻すことになるな」と思った。

それを見透かされたのではないか。誰に見透かされたのかは分からない。

突然の記憶喪失は考えられないか。

仮に、一本を最初から鶏かヤギに与えたとしても、頂いた方を与えるか、買った方を与えるか、相当迷ったはずである。その記憶はない。ヤギ舎も鶏小屋に行って確かめたが、大根の食べ残しはなかった。散歩に大根を携えて誰かに上げたのか、集落の人はみんな大根を作っているので、そのような考えが私に起きるはずがない。要するに、私は夢遊病者のような行動は取っていない。

大根は多分私の家の中、そうでなくてもせいぜい敷地の中に移動したのだろう。いずれ見つけられると思うが、心の中を知られた結果ということであれば、これからが恐ろしい。

今日のこのブログ、バカバカしいと感じられる方はそれでよし。私は、いつか、ニュートン力学以外による物体移動が解明されると信じている一人で、勇気ある物理学者にその移動現象の実例を提供しておきたいがためである。

付の1.
冷蔵庫の中にたくわんになってタッパ・ウェアに入っていたら、喜びです。あるいはと期待して、毎朝、冷蔵庫を開いています。

付の2.
実例提供が、「人間疎外老人における認知症の初期段階の一事例」なんてことであったらいやですね。

付の3.
本音の貫徹が信条の私、移住してきたばかりのとき、5キロの大きなタラを「大きすぎるからいりません」と断ったら、大騒動に発展しました。以来、あげるといわれたらもらうことに決めました。先方の好意を無にしてまで、本音貫徹は無用ですから。

付の4.
13日の金曜日です。オカルトっぽいので黙っていようと思っていましたが。

温暖化 環境省さん真実を明かしてください

この頃、観測史上初が多すぎると感じませんか。気温のことです。

先週、ここ東北では、3月に夏日がやってきたと大騒ぎでした。もちろん、観測開始以来初の出来事です。

この楽園も、移住してから12年、年々、冬は暖かくなってきました。暖かは大げさですが、いてつくような寒さの日はなくなってしまいました。

このペースでいきますと、仙台のビヤ・ガーデンは右肩上がりの大繁盛、車にエア・コンが必需品になるでしょうね。各戸には、クーラーが取り付けられ、家電量販店もニコニコ顔、眼に浮かびます。結構な話です。

これからは深刻な話です。

地球温暖化はもはや止められないのではないか。私はこう見ています。2050年の目標を前の首相は示しましたが、本当は、どうにもならないような、言ってみれば、坂道を転げ落ちるサッカー・ボールのように加速がついているのではないでしょうか。

渡り鳥の観察に環境省全職員が当たっているはずはありません。中にはまじめに温暖化を心配する公務員もいるはずです。彼らは、温暖化のシミュレーションを数年前にすでに作成していて、気温の記録更新はその曲線の上をなぞっている。そう思うのです。

そのシミュレーションは、沖縄密約以上の極秘扱いでしょうね。どうしてかというと、政府の景気刺激策に水を差すことになりますから。

環境省のどなたか、勇気を持って真実を明かしてください。

付:
金を注ぐ環境対策は対策にならない。その金を用意するために環境を悪くする所作が必要だからである。

島暮らし2009 271



環境省は渡り鳥観察趣味の会か

去年の4月の話だったか、環境省は、ガソリン暫定税率を無くすと、国民が遠出のドライブをするようになるので、大気が汚染する、すなわち地球環境に悪い、それでも、暫定税率を撤廃するのか、と野党を脅した。

その言や良し。

今回、千円で乗り放題という遠出ドライブ大激励法ができた。暫定税率はリッター25円。燃費10キロで千キロ走って、2,500円の得。他方、千キロの高速料金が1万円とすれば、9千円の得だ。暫定税率の得と比較にならない。

環境省は、暫定税率の時と比較にならないほど、大気汚染の警鐘を鳴らさなければいけないはずだ。NHKを聞いている限り、そんな動きはまったく現れていない。

ニュースに出るのは、「遠くシベリアから渡り鳥は来ました」、それから数ヶ月後、「遠いシベリアに渡り鳥が帰っていきました」、こんなものばかりである。渡り鳥観察趣味の会である。

一体、環境省役人は何を目的として働いているのか。環境問題は、日本、ましてや金融危機という限定された問題などとレベルが違うのだ。私のレベルで測れば、あらゆる生き物が含まれている非常に高度な問題なのである。

どの省よりも、責任は重い。それだけにどの省よりもやりがいがあるはずだ。

高速料金を値上げし、ガソリン税を値上げし、自動車税を値上げする、この位のことを国会に提案して、景気回復病の重症代議士から総スカンを食うくらいでなければ、税のムダ使いだ。鳥を眺めて楽しんでいる環境省役人なんか、みんなクビにして、省を解散してしまえ。

付:
高速料金の1万円は参考の数字です。

島暮らし2009 043


高校共学 財政再建団体へ邁進する宮城での出来事

田舎の政治がやぼったいのは誰もが認めるところです。都会の人のやぼったいは私こと田舎もんの言葉に換えれば、「素朴な」となります。

仙台市は人口百万かそこらの大都会です。それが、田舎人間もびっくりするような低レベルなのです。その話をいたしましょう。

高校の男女共学。こんなことを今の時代でああだこうだと話題にすることを都会の皆さん、想像できますか。仙台市長、このお人は外遊が道楽で、最近ではタクシー券のバラマキで有名になりましたが、自分が男子校出身だからと、共学移行に傾いていた教育委員会に横槍を入れたのですよ。

その教育委員会も、あきれたものでして、メンバーが同数の賛否に分かれました。それの極みが、教育長です。ふ~らふ~らして、どっちにもつかず棄権、仙台市ばかりか、宮城県までてんやわんや。

やれ男子校だやれ女子高だなんて、明治博物館の展示品でしょうが。

この教育長さん、混乱の責任を感じて(当たり前です)、2か月の報酬をスポーツ振興に回すと発表しました。いくらだと思いますか。160万円です。年収にすれば1千万円ということでしょう。なんでこんなポジションに税金を千万もあてがうのでしょうか。

共学を問題にしなければ、この教育長の勤務時間はだいぶ軽減されたはず。その時間分を欠勤扱いにすべきです。スポーツ振興なんか笑わせます。仙台市に返上しなければならないお金ですよ。

宮城県はまもなく財政再建団体に陥ります。当然です。海があるのに、真冬に泳げる温水プールを作ったり、オリンピックで有名になったからとアイス・スケートリンクを存続させたり、無益な教育長に千万円を授け続けるのですからね。

宮城の知事が、もうこれ以上人件費は下げられないと、しきりに県議会でぼやいています。2パーセント、5パーセントとじわじわ賃下げされれば、だれでも音をあげるでしょう。賃下げだからいけないのです。役立たずの公務員をばっさり解雇してしまえばいいのです。

「おばあちゃん、ここは島なの。電車はないんだよ」これを根気よく何十回となく語り掛け続ける介護士の年収こそ8百万、1千万にふさわしいのではないでしょうか。

ついでですが、私は、日教組が諸悪の根源とする去年クビになった中山先生とちがって、誰が採用するのか知りませんが低レベル集団の教育委員会が諸悪の根源と信じています。廃止して、財政再建の一助にすべきです。

シュールな世界

島で世界とはなにごとかとお叱りを受けそうだ。だが、世界はある。それもシュールな・・・

初夏の午後1時過ぎ。雲ひとつない。松島航空隊の戦闘機も、カラスも、海鳥も飛んでいない。風はそよとも吹かない。暑いとも寒いとも感じない。ただ太陽だけが輝いている。

船着場。私以外、誰もいない。近くも遠くも人の気配がまったくしない。一匹の野良猫さえいない。金華山航路を行く貨物船のエンジン音もない。

音がないだけではない、日本の多くの漁港に漂っている臭いもないのだ。匂い、香り、なんと名づけてもかまわないが、空気はあくまでも無臭・無色・透明である。

眼に入るものといえば、組合の建物、民家、旅館の案内看板、古びた選挙ポスター、数台の車、数隻の小型漁船、これら普段から見慣れているものばかり。私の周辺のすべてが直線で構成されている人工物である。

物の動きの止まった、そして空気までも動かない無音の世界。完全に光だけの世界。私は、自分が自分であるのかさえ分からなる。本当に自分が生きているのか、それさえ自信がなくなり、思わず下を向いて、自分の影を確かる。

無風とはいえ、海面は少しではあるが、揺らいでいる。もし、この海面まで波を打ったままで油絵のように静止していたら、私は、間違いなくシュールの世界から狂気の世界に迷い込むだろう。

かれこれ12年になんなんとしている過疎地暮らし。それでも、このようなシュールの世界に入れたのは、4回を越えていまい。

私の楽園のお国自慢である。

付の1.
北海道の原野に一人立っても、シュールとは言えません。吹雪のアルプスで一人ビバークしても、シュールとは言えません。日常の中で突然非日常が起こってこそシュールです。

付の2.
家に戻り、飼い犬が待ち構えている姿を見て、現実の世界に戻ります。

付の3.
こういう時は、ピンク・フロイドの「狂気」を聴きます。紙一重の間を行き来できますからね。

付の4.
シュール・リアリズム。フランス映画でたまに観るシーンではないでしょうか。

県民共済はまともである

他人から預かった金を元手にしてひと稼ぎしようとたくらんで、それが思惑通りいかなかったのが、金融危機という結果をもたらした。

ひと稼ぎをたくらむことさえしなければ、昨今の狼狽振りはなかったのではないか。儲かっている間は、額に汗しないアブク銭だ~ぃ、どんどん役員や社員にばら撒いて少しも惜しいという感覚は持たない。

この所を今の政治は故意に避けて、表面の取り繕いに終始している。それはそれとして、私の保険について・・・

あるがままに生きるとの信念から、生命保険も火災保険も入らない人を知っている。偉いとは思っても、私は火事になって野宿するほどあるがままに生きる風流人でも哲人でもない。それで私は火災保険に加入している。

年に一度の更新で、案内状と薄っぺらな情報誌が送られてくる。発行元が情報誌と称しているだけで、一般にはチラシという程度のものである。毎年、変更がないので、そのままゴミ箱に直行だが、今年は、金融危機の関係もあって中身を見てみた。

いいことが載っていた。

「ご加入者一人ひとりが、掛金という形の資金を出しあって、万一の事態に備え、支えあうという理念のもとに保障制度が成り立っています」

「リスクの大きい投機的な行為は一切行っていません。したがって、アメリカのサブプライムローン問題を発端とする金融危機の情勢下にあっても、財務的に直接大きな打撃を受けることはありません。こうして滞りなく共済金をお支払いした後の剰余金はそのほとんどをご加入者に、割戻金としてお戻ししています」

私は、これが保険のあるべき姿と考えている。こことて大きな組織であるから、中には不正行為をやらかす職員もいるかもしれないが、それは不祥事である。“なにがなんでもひと稼ぎ”を目的とした金集め組織のデタラメは、彼らの組織が正常に機能することによるものである。意味合いがまったく違う。

この県民共済は、生協のものであることも今度読んで初めて知った。地道な活動を続けていってもらいたいと願っている。

定額給付金は税金の先付け還付である

野党の議員が受け取らないと胸を張った。麻生総理や大臣連は地元で使うと胸を張った。

両方ともダメだ。

麻生財閥や公明党の金なら、野党が、「こんな金、受け取れるかってんだ」と啖呵を切るのもいい。しかし、これは、国の金である。国の金の元はといえば、国民が拠出した金、麻生や公明党が稼いだ金なんか一銭だってない。

野党は、全額受け取り、その金が朝三暮四であることを国民に説明すればよかった。

麻生ほか大臣の地元還元は、彼らが国を代表するものでなく、選挙区の利益のために存在していることを証することとなった。彼らがどこで給付金をつかおうが、日本国にとってまったく無関係なこと。「国会議員である私ですから、使う場所は日本のどこかです。特にどことも考えていません」となぜ言わないのか。それほどまでして、地元に喜ばれたいのか。情けないというかあきれたというか、こんな程度の連中が一国の指導者であることに不思議を感じないのだろうか、地元有権者たちは。

昔の話だが、自動車税は廃車の時期によって、翌年還付されることがあった。これには素直に喜んだ。規定による当然の金とはいえ、思わぬ金に見えたのだ。

定額給付金も同じ。受け取って苦々しい顔をする人はいない。だが、これをもって、定額給付金の正当性や意義を認めるわけにはいかない。ニコニコは現金を手にすればよほどのひねくれ者でない限り誰でも見せる顔である。

今に見ていろ。次から次へと、定額給付金のバージョンが出てくるから。

付.
「先付け」:定額給付金は後から必ず給付された納税者にツケが回りますからこう表現しました。

島暮らし2009 134

日本国の安全保障 幽霊を論ずるなかれ

国会中継で、麻生総理が、アメリカ軍駐留について、わが国安全と繁栄に欠かせないと答弁していた。安全は軍隊と関係はあるが、繁栄は言い過ぎではないか。アメリカの兵隊さんが横田、沖縄、岩国で守ってくれているので、そのお陰で商売繁盛とでもいいたいのか。

日本が、武力を用いてでも北方四島をロシアから取り返す、竹島、尖閣諸島に日の丸を立てる、こういう考えであるのなら軍隊は絶対に必要だ。日本にその気がなければ、周辺のどこの国も攻撃してこない。防衛そのものが不要なのである。

幽霊がもしも夜中に出てきたらどうするかで、夫婦や親子、兄弟でケンカとなったら、その家庭は、ちょっとおかしくはないかと周りから疑われる。

もしも日本が攻撃を受けたらの仮定だって幽霊だ。何の主張であっても正しいとも言えるし間違っているとも言える。実体がないのだから、評定の仕方がないのである。

党内の意見ばバラバラと言われても、馬耳東風。民主党は不毛の論争に誘い込まれないように注意しなければならない。

付:
その気になるのは勝手ですが、数個の島は取り戻したまではいいが、日本本体が消えちゃうことになりますからね。その気とこの覚悟は同時に持ってくださいよ、愛国政治家先生、愛国評論家のみなさん。

LDからDVDへ 映画「放浪の王子」 小沢さん辞めないで

40代になってから、これをライブラリーに加えたのは、子供の頃へのノスタルジーだったと思います。

タイロン・パワーと並んでエロール・フリンは英雄でしたね。嵐寛十郎はチャンバラ用、エロール・フリンはフェンシング(竹)用でした。

対局しながら再生を兼ねてダビングしていったのですが、結構面白くなり、碁なんかどうでもよくなってしまいました。

その中で、こういう国王の文句がありました。

「老犬が死ぬと、子犬にシラミがたかる」と言うのです。さすがにイギリス映画、芝居の伝統が偲ばれます。

これって、今も通用すると思います。小沢さんが、「辞~めた」と宣言したとたんに、民主党はてんでんばらばらになってしまいますね。

管さんと鳩山さん以外は、みんな、子犬ですよ。中には松下政経塾などという純粋培養のようなブリーダー育ちもいます。周りでちやほやすればすぐ有頂天になる子犬たちです。

まあ、自民党をシラミとはいいませんが、小沢さんがいなくなれば、狡猾な自民党の誘惑とマス・コミの煽動で、自壊してしまうでしょうね。

その小沢さんだって、自民党から、総理の椅子にと誘われれば、ほなら昔の仲間と一緒にやるか、なんて気を起こさないとも限りません。

今の民主党はガラス細工、ステンドグラスといってもはずれではありません。左大臣、右大臣のご両人、ここが胸突き八丁、あなた方が踏ん張らないと、先はありませんよ。

そうそう、「放浪の王子」は1936年の作品です。私が生まれる前の映画。それでいて、昨今の映画などよりはるかに活き活きしています。映画は技術ではありません、内容です。70年あとの今でも楽しめる映画って、いいですね。

政治と金 選挙と金 献金の税金控除

民主党だと思ったが、企業献金の代わりに個人献金を増やすこと、そのためには、献金分を税金の控除対象にするのがいいと言っていた。同様の考えを持っている党も他にあるかどうか知らない。

おかしい。

控除されれば、それに本来課せられるべき税金が国庫に入ってこないことになる。こういう法律ができる前では、脱税となるものを、法律を作って合法とするのは、納得がいかない。

また、個人献金は、政治信条の発露であるのだから、税金の控除があろうがなかろうが、関係なく献金すればいい。税金の控除があれば献金をするというのは、その程度の支援でしかない。

毎回繰り返していうように、政治に金が掛かるのではない、選挙に金が掛かるのである。

選挙は政治と別物である。選挙は普通の人で言えば、就職活動。この就職活動に金がかかるのだから、すべての立候補者の選挙活動を一律に全廃してしまうことである。

田舎の政治に少々首を突っ込んだ経験もあわせると、選挙公示日からの宣伝カーはまったく無意味である。立候補者の信者は手を振って挨拶するが、そうでない有権者は、あの連呼によって、「よっしゃ、こいつに決めた」などあり得ない。

選挙前に、議会報告やら何やらの印刷物が送られてくる。主義・主張のオン・パレードは結構なのだが、目新しいものなど、一つもない。立候補の信者なら、ありがたく机の上に乗せて拝むかもしれないが、そうでない有権者が、その能書きを詳細に読んで、「な~るほど、ではこいつにすっか」などもあり得ない。ゴミ箱に直行である。

新聞を読まない有権者でも、テレビは観ている。観れば、どこの政党がどうであるか、自分の考えに合っているかいないか、簡単に分かる。テレビもラジオもない世帯でも、有権者であれば、必ず選挙公報が役場から配られてくる。それを見れば、十分以上だ。

選挙事務所の費用、ポスターの費用、ウグイス嬢・運動員の日当などの人件費、宣伝カーのガソリン代、日ごろのDM、等々、一切不要となる。

これでも政治に金が必要と言うか。

献金の手段を検討するのは、ピントが外れている。献金そのものを不要にしてしまうことだ。

付の1.
聴衆を見下ろしての演説は快感であります。選挙活動の禁止には政治家が最後まで反対するでしょう。

付の2.
私は、役場からの配布物でも選挙広報だけはよく読むことにしています。立候補者の選定に不足を感じたことは一度もありませんでした。

付の3.
共産党や社民党のいう企業献金禁止令が出てても、選挙活動を必要としている限り、無くなりっこありません。パーティ券の代わりが出現するだけです。

島暮らし2009 254

赤字国債の心配 大いなるウソ

子孫にツケを回してはならない。だから、赤字国債はいけない。

日本国の借金の額を知れば、そうだ、そうだとなるのも不思議ではありません。庶民の感覚では、借金はいずれは返さなければならないもの、そうしないと世間が許さないことを知っているからでしょう。

政府・日銀は、庶民感覚なんかてんで頭から相手にしていませんよ。国債を償還する気なんかこれっぽっちもありません。借金を返すつもりなんかないのです。

償還時期がくれば、その償還のためにまた国債を発行しますね、利払いに充てるにも、新しく国債を発行します。そうすれば、償還にも利払いにも、なんら頭を悩ますことがありません。いずれ時期がきたら累積した国債は精算しなければならないという命題が消えれば、これほど気楽な経済政策はありません。

仮に、国債が金の延べ棒によるとしたらどうなると思いますか。民衆に迎合しながら、どんどん金(きん)をばら撒く。金額ばかりが増大する。ある時、そろそろ国債を金に戻したいと償還時期にきた国債保有者の気が変わったとします。金(きん)なんか政府の倉庫にありません。じゃぶじゃぶ使うのが目的だったのですから、当然です。

その時、日銀総裁や政府大臣が、「実は、金はないのです。金と同じという漢字ですから、どうか“銅”で我慢してくれませんか」とお願いすることになりますね。

「どうしたってんだい。なにぃ、どうにもならないって。なら、どうでもいいや、どうでもいいから、その重さ分返してくんろ」な~んてダジャレで笑い飛ばす国債保有者は一人もいないでしょう。

銅は金の代わりになりません。

ところが、今のお金、紙に一金1万円也と印刷したものですね。植字か活字か知りませんが、1と万の間に、ゼロを2つか3つ挟めば、あらら、国債なんか一度に償還できるのです。

世情に疎い学者先生は、理屈でしか判断できないので、有り得ないと疑わないのも無理ないのですが、こんな事態は日本でもありましたし、世界のあちこちであったことなのですね。

その時に、ツケは、子孫に回ったのではありません。そうなる前までせっせと国債を買い続けてきた大金持ちに回ったのです。

私は、だから、年金や生命保険を預かっている見かけ上の大金持ちである機関投資家の国債購入を禁止せよと主張しているのです。

付の1.
ハイパーインフレに見舞われた国で、飢餓による死者が全人口の1割なんて聞いたことがないでしょう。

付の2.
発行残高なんか口先だけの論議です。見ていてください。赤字国債は、“景気の回復”があろうがなかろうが、無関係で増え続けますから。

付の3.
こういう庶民感覚から逸脱した状況の国家がかたぎであるわけがありません。この意味では、経済学的刹那的大衆迎合的腐敗のツケは間違いなく次の世代に回ることでしょう。

付の4.
ゼロを挿入するのが追いつかなくなると、現行の紙切れに、上塗り印刷します。

付の5.
こうなった時には、すでに今の日銀総裁も経済担当大臣も退職しています。はは、呑気だね。

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オレオレ詐欺 経済学的考察

昔、堺屋太一という有名人がいました。経企庁の長官にまで登った人です。その人、退官してすぐに、これからは、老人の蓄えが日本経済のカギになると、ある新聞に書きました。蓄えを大事にしなさいと言っているのではありません。どんどん使ってもらいましょう(使わせましょう)ということなのです。

多くの老人は、胃袋が小さくなっていますから、サンマの塩焼きを夕飯に10尾も20尾も食べられません。毎日、3時のおやつに、大福を10個食べていたら、早死は保証付きです。

お彼岸が来る度にラス・ベガスに飛んでギャンブルする老人は稀でしょう。おしゃれをしようと、耳から鼻まで、ダイヤをぶら下げる老女も稀。大多数の老人は、それほどお金は使わないものなのです。

2ヶ月に一度年金が入ります。その時、通帳が頂上を迎えます。支給日前日は、谷底です。この頂上と谷底の間をドンブリコ・ドンブリコと漂っているうちに、お迎えがきます。

問題は頂上と谷底の間にありません。谷底からゼロ円までのお金です。

人生の締めくくりがどういうものかは、お坊さんや牧師さんにお任せするとしまして、経済の活性化からしますと、谷底までのそのお金は眠ったままですから、大いに困るわけです。ある人は10億円を眠らせたまま、ある人は、たとえば私、10万を眠らせたまま。もっとも、10億円の眠りには、村民総出の祭り囃子が必要でしょうが、10万円でしたら、碁石1つ床に落としただけで眼を覚ましますが。

堺屋先生はこの眠った部分に眼をつけたというわけです。慧眼です。実際、政府はあの手この手で、老人から金を巻き上げようとやっきになっていますが、どうもうまくいかない。まあ、今もそれで苦労しているのですね。

それを苦も無くやってのけているのが、オレオレ職人であります。サンマ1匹を買うか買わないかで老夫婦がケンカする世帯、こんな所はオレオレ職人のお呼びではありません。1億円、せめて百万円、こんな単位で眠っているご老人が上客なのです。

経済学的考察によれば、経企庁元長官の意向を忠実に実行しているのがオレオレ詐欺集団です。私は、この集団のブレーンには、堺屋太一さんの論文集を熟読した人が混じっているのではないかと疑っています。

警察から、「あなた、詐欺に遭いましたよ」と教えられる前にこの世を去ったら、本人は、「ああ、孫にいいことをしたもんだ、えがった、えがった」で済むところです。強盗に押し入られて無理やり奪われた金とはまったく性質が異なります。

私は、もとよりオレオレ詐欺を弁護するつもりはありません。昨今の景気回復、個人消費奨励、サイフのひもをなんとかして緩ませよう、こういう政府の考えがオレオレ詐欺の親類筋に当たるのではないでしょうかと、言いたいのです。

騙すバカより騙されるバカは幾倍もバカ。オレオレに騙されるバカより政府に騙されるバカは幾倍もバカ。バカは死ななきゃ治らない。一老人の小国寡民、仮に騙されても同情していただかなくて結構ですからね。

付:
私、オレオレ詐欺の見込み客になる心配は皆無です。脳細胞が元気である間、国家政府の甘言にもひっかからないでしょう。ご安心くだされ。

言葉の重み 漢字の知的財産権

だいぶ前のこと。青森県だったと思うが、青森の名前を中国のだれかが商標登録したと、国際司法裁判所かどこかに訴えた。

これを聞いて、改めて倭人の狭量を覚った。

最近のニュースでも、似たような問題を日本側が中国にやっていた。

何か忘れてはいませんか。

青森は青い森。白山は白い山。みんな漢字。あおもり、はくさんを中国側が商標にするのなら、ちょっと待って、ともなるが、青森・白山に文句をいうのは、元祖と支店の争いのようなもので支店の思い上がりでしかない。

もしも、中国が、「漢字は中国の発明、勝手に使ってもらっては困る、もしも使うのなら、漢字1字につき、1bb元頂戴したい。平安時代からの分は、一括して、千兆元でいい」と、日本に通告してきたら、われら日本人どうすればいいのか。

北京、南京、これ中国の地名。「今般、トンキン湾に面した某都市を東京と命名する。わが国固有の文字ゆえ、貴国の東京名を返上願いたい」と、中国が石原都知事に要求したら、彼はどうするつもりか。

中国人はさすが大人(たいじん)である。こんなコセコセした態度には出ない。それをいいことに、図に乗って、漢字の商標を中国で使わせないとは、いかにもエコノミック・アニマルである。

最近、日本語から中国語に行った外来語の多さを話題にした雑文2度ほど眼にした。多くてせいぜい千語か2千語か。だれかさんではないが、「笑っちゃいます」レベルだ。

朝鮮半島を占領していた当時、大日本帝国は日本語を強制した。それでも、土着しなかった。中国は日本に一度たりとも漢字の使用を迫らなかった。それでいて、万葉集、古事記から漱石まで、漢字を好んで使ってきた。文化とはこういうものである。

経済大国世界第二位などとのぼせていると、世界中の笑いものに成り下がりますぞ。

付の1.
台湾でも日本語強制があったと聞いています。余計な世話をしたものです。

付の2.
「ホットなグリーン・ティーをドリンクしたら、ブレインもボディもリフレッシュした。アフター・ファイブまで、スリー・アワー。ハードなワークだがガッツでゴーしよう」これをゲラゲラ笑う人でも、カタカナを漢字に直したら、びっくりするでしょうね。ホット、グリーンをhot、green.のまま使わせていただいているのが漢字ですよ。別に卑下することはないですが、それ相応に振舞わないと顰蹙を買います。

付の3.
「あおもり」は大和言葉ですからいいでしょう。「はくさん」は、「しろやま」ではないので、グレー・ゾーンに位置します。

WBC サムライ・ジャパン

これには参りましたね。ローカル野球同好会の日本チームにサムライを頭に載せるとは。

北京オリンピックのとき、なでしこジャパンがありましたが、どこからみても撫子のイメージが湧いてきませんでした。撫子といえば、大和撫子、紫式部とまではいいませんがね。

今度が、サムライ。鎌倉武士から江戸の幕府・大名の官僚、いろいろあったとしても、「志」の一字は彼らの体のどこかにあったと思います。

それが、なんとか興業の見世物まがいの集団にサムライの名を使ったのです。ご先祖様にどんな顔をぶら下げて会いにいくのかね。

ふと思いました。これは、日本人でないイベント屋の発案でないかと。なぜなら、サムライとカタカナで表記すると、フジヤマ・ゲイシャの後にうまくつながるからです。要するに、面白ければいいんです。視聴率が上がればいいんです。

言葉の重みなんか飛んでけ~、だってさ。

うろたえるな、民主党

公明党の命はなにがなんでも与党であること。自民党は、一度、野に下って、外野席の板椅子の冷たさを嫌というほど味わった。ともに、与党でいることの願い、必死である。

昨今の世論調査でも、自民不人気が歴然としている。そうなれば、益々、必死になる。当然のことだ。

方や、人気がどんどん伸びている。もう、政権を奪ったような気分、(将棋の世界ではこれを「温泉気分」という)に浸っている。

それが、今度の献金騒動。民主党幹部は努めて平静を装っているが、毎日、毎夜、生きた心地はしていないであろう。

眼には眼を、歯には歯を。攻撃は最大の防御。自民党だって同じだと相打ちを狙っている。これが、甘ちゃんなのだ。とてもいい俚諺を披露する。金持ち、喧嘩せず。

小沢代表は記者会見をするからつまらない揚げ足を取られる。番記者のオフレコさえ暴露される仁義なきマス・コミである。何を言っても面白おかしく言い換えて世情を煽る材料にしてしまう。一切かかわらないこと、これが最上策である。

最近見ていると、白マスクをかけている。即刻どこか入院するといい。そして、総選挙までは、副代表にすべてを任せる。政府やマス・コミがわめいてもだんまりを通す。そして、選挙の公示日、黄金バットのように突然姿を民衆の前に現す。もちろん、不粋な白マスクなどかけていない。そして、一言発する。

「小沢、戻って参りました」

民主党の圧勝、間違いなし。

付の1.
碁でもあるんですよ。どうやっても勝ち。早く相手が投げてくれないか、それだけで頭が一杯になる時が。相手は未練がましく、あちこちいじってくる。その内、思ってもみなかった所で、少し損をする。こんなはずではなかったと、少し動揺する。それで済めばなんということはないのに、先のわずかな損を取り返そうと、むきになる。そうなると、もう闇試合となって、圧勝のはずが、どんでん返しを食らう。少しの損を少しと認めればどうということがなかったのに。ああ、オレは救いようのない愚か者だ。自己嫌悪で夜も寝られず。私の碁です。

付の2.
自民党が野党のとき、たしか銀行からも借金の返済を迫られたように記憶しています。この落ち目の悲哀が彼らの学習となりました。だから、雑居世帯の仲間割れに乗じて、社会党に総理の座を譲ってまでも、政権を奪還したのではないでしょうか。土井なんかが総括されない今の社民党を私はまったく信頼していません。

付の3.
黄金バットを知らない皆さんは、代わりにスーパー・マンをイメージしてください。スーパー・マンも知らないというのでしたら、もう私の方がお手上げです。どうして、二人ともそろってマントをつけているのでしょうか。生涯の謎です。

司法当局に対する政府大臣の干渉

法務大臣が、国会で、「私、そして政府は、司法の誰かに何か頼んだりしたことは一切ありません」と胸を張って断言しました。あの得意顔、私は、しばらく忘れないでしょう。年中、重箱の隅をつつかれてはしどろもどろを繰り返している大臣にしてみれば、こんなにスカーッとしたことはないのではないでしょうか。良かったですね、大臣さん。

頼んだり示唆したことはないですって、その通りです。私もそう思います。でも、もう少し、口を滑らせて欲しかったというのが私の心境です。

「頼むことは一切していません。なぜなら、その必要がないからです」

権力と司法のトップ、同じ穴のムジナじゃあないですか。必要なんかないのが当たり前です。大臣にはよい答弁の機会でしたでしょうが、私には、八百長賭博のようにしか聞こえませんでした。

0903モモとリッキー

政治献金問題 敵は本能寺

国策操作が、民主党いじめであるかどうかをああでもないこうでもないと騒いでいますが、権力者の本当の意図は、海外出兵の既成事実作りにあるのですよ。

小沢さんの秘書が臭いのは、とうの昔、司法当局のファイルに収まっていました。いつでも出せるように、担当官の机の上に置いてあったかもしれません。

秘書問題が出る前といえば、もうソマリア海賊退治しかありません。これは、国の対外姿勢の根幹にかかわる問題でして、賄賂や献金など金で済む世界とは次元が違います。とても高度な次元、そう、憲法の次元ですよね。

これを、社民党や共産党と一緒になって、民主党に騒がれては、やっかいこの上ありません。国民が注目するようになれば、ますます面倒なことになる。政府と愛国政治家のみなさん、理屈、屁理屈作りに寝食を忘れなければならくなったら大変です。そこで、ちょいと工夫をしたのが、小沢さん秘書逮捕というわけです。どうです、国民の視線はもう小沢代表は降りた方がいいか、座ったままでいいかなど、ソマリアなんか世界の果てになってしまったでしょう。

昨日かおとといかのニュースで、自衛隊派遣が実行に移されることが決まったようです。予算委員会でどれほど議論されてきましたか。

平和維持活動のためとして自衛隊がイラクやインド洋に出ていますが、平和という言葉自体がうさんくさいので、ムダ金を使ったバカな活動なことよと嘆じる程度でも仕方がないかもしれませんが、海賊征伐はこういう意味合いとはまったく違いますね。

そうです。今回は、戦後初めて、自国外の自国民の生命・財産の保護を名目とした海外派兵なのです。

このブログで繰り返してきましたように、こういう名目はバスコ・ダ・ガマ以降の戦争の第一歩または定石そのものなのです。

日本政府、防衛省、してやったり!お見事としかいいようがありません。

付の1.
本当はイラク・インド洋、仕方がないわけがありません。こういうウォーミング・アップが国民の目を慣れさせるのです。

付の2.
NHKは論外として、新聞がどうのようにフォローしてきたのか、少し興味あります。今年の秋頃、宅配便の緩衝材として私の手元に来れば、読んでみたいです。

ジンチョウゲ


国策不操作 警察機構

国策操作があるとすれば、操作しない国策だってあると疑ってもかまわないでしょう。

だいぶ前のことですが、北海道の三井某さんが警察の裏金のことで話題になったことを覚えています。県警の報償費はここ宮城県でも大問題となりまして、前の知事さんが警察官僚に向かって孤軍奮闘しました。結局、警察内部の人も周りの公務員も誰一人味方にならないまま、彼は知事を辞めてしまいました。その後は、現在に至るまで、宮城の誇りかつ“正義の味方”「仙台市民オンブズマン」ががんばっています。

警察内部のことですから、警察が調べないと決めれば、それでお終い。雇い主である有権者の疑いは残ったまま、時効となります。まことに都合がよい制度です。

私は、県警トップはデタラメを窮めていると確信しています。県警トップが、「ならば、お前、証拠を示せ」と文句をいうようなら、少しは見所もあろうというものですが、そんな勇気はカケラももっていません。どうしてかというと、「ならば、報償費の明細を示せ」と逆ネジを私から食うからです。

どちらがまともか、まともとまでいかなくても普通の感覚であれば、言わずもがなでしょう。

私が問題にしているのは、司法がこういう疑いをあいまいなままほっぽらかしにしていることです。たとえば、こんなことがよき時代のアメリカで起こったとしたら、人種暴動以上に発展することでしょう。

もう一つの問題、これはもっと重大な問題と私は思うのですが、NHKやマス・メディアが、三井某さんがあれだけヒントを出していながら、追っかけをしていないことです。ついでのアメリカでしたら、ウォーター・ゲート級の事件として、多くのジャーナリストが先を争って真相究明に励むことでしょう。

国策操作も国策不操作も、あって当たり前。それのチェックを敢えて控えるようでは、国策報道機関とさげすまされても、仕方がないね。

0902モモとメリー

WBC 言葉は重く

このブログをいい加減な表現で綴っている私に、言葉を云々する資格は無いのではと少しは後ろめたいが・・・

WBCが最初なんのことか分からなかった。テレビでワールド・ベースボール・クラシックの頭文字であることを最近になって知った。

世界は国と地域を合わせれば、200を超える。昨年の北京オリンピックで分かったことだ。さすがに世界は広い。ところが、今回の野球試合、参加国はわずか16である。200の16だから1割にも満たない。それを世界という。

クラシックは、文学・芸術で言えば、古典。数百年の間、幾多の批判さらされてなお生き残った傑作だ。スポーツの世界でも、せめて数十年の歴史を積んで、ようやくクラシックの名前がふさわしいはず。ゴルフのオーガスタ、テニスのウインブルトンなどである。それをわずか結成から2年か3年過ぎただけで、クラシックと称する。

視聴率がどれほど日本で高かろうが、命名は別の話だ。世界、国際、大、超など重い言葉をむやみに使うと、本当に使いたいときに、使う言葉がなくなってしまうではないか。

ならばどうつければいいかって。そんな面倒をみるほどヒマではありません。

ギョーテとはオレのことかとゲーテいい。
世界とはオレのことかと世界いい。

国会中継 小沢代表の防衛論

麻生総理が「アメリカ軍が第七艦隊だけになったら、日本はどれほど軍事費がかかるか」と、小沢代表を非難していた。

軍事費は、仮想敵次第である。その仮想敵は、隣接国家と決まっている。南米のウルグアイやアフリカのタンザニアを仮想敵とは考えない。アメリカのように戦争の出前サービスをする国は、例外中の例外である。

わが国で想定しなければならない国は、韓国、朝鮮、台湾、中国、ロシア。これですべてだ。フィリピンも加えても大勢に影響はない。せいぜいこれら6カ国である。

韓国、朝鮮。朝鮮民族は、版図の拡大に興味を抱いた歴史がない。小競り合いはあったかもしれないが、中国内陸奥深く攻めたということはない。日本列島に艦隊を組んで攻めてきたということもない。とても、平和的な民族である。

中国。これは中華思想の本家だけあって、とにかく一番であればそれで満足する民族である。彼らが最も気にするのは大国としての面子である。朝鮮、日本、東南アジアの諸国、これらの使節が、「へへっ~」と皇帝の前でひれ伏せば、大満足。お土産をどっさり持ち帰れた。

中国は一度として、武力で版図を広げたことはない。そもそも、中国が世界のセンターとの認識だから、周辺の野蛮国など「ふふん」である。昔々の元寇は中国大陸から日本に戦争を仕掛けてきたとはいえ、あれはモンゴル人が青龍刀を振り回したのであって、漢人の仕業ではない。万里の長城を見ればいい。専守防衛思想の象徴である。好戦的な民族であれば、絶対にそんな面倒なことはしなかった。

ロシア。東進南下策は彼らの本能であるが、近い将来、彼らの保有するミサイルが錆付かない間という意味だが、「北海道をいただきたい」と難題を日本に吹っかけるとは考えられない。

フィリピンは、仮に悪さをするとしても、海賊程度だ。

こうしてみると、日本に仮想敵が存在しないということがわかる。

そこからの結論。

防衛白書や麻生総理、マス・コミが、なにかにつけ、中国の軍事費が増大し続けて、大変な脅威だ、日本ものんのんとしていられない、とPRに励んでいるが、これは、意図的に国民をミス・リードするものである。

くどく言うようだが、中国が、空母も欲しい、原爆も欲しい、戦闘機も欲しい、宇宙戦争の道具も欲しい、これは、中国が大国としての面子から出たこと。日本の元防衛大臣が、風呂場にイージス艦や潜水艦を浮かべる、寝室の天井からF-15戦闘機やアパッチヘリをぶら下げる、廊下の端に戦車を縦隊にならべる、そして、持っていることで幸せな気分に浸る、これと同質のものである。違いは鋼鉄製かプラスチック製かだけである。

仮想敵がいないとなれば、軍事費の不要は当然、「自衛する」こと自体がまったく無意味になる。残された意味は、そう、軍需産業の保護・育成以外にない。

派遣斬りや失職が話題となっている昨今、軍需関連重工業企業の兵器部門で解雇が一度でもニュースになったか。

小沢代表は、余計な事を言わないことだ。政権を握ってからなら、参議院でも多数党なのだから、天下御免、どんな法案でも可決・成立させることができる。

アメリカ政府に向かって、愛国評論家が束になって文句をつけようが、自民党や公明党が泣こうがわめこうが、「沖縄基地は申すに及ばず、すべての米軍基地をわが自衛隊にお任せくだされ度候ふ」と一筆したためることさえできるのだ。

我慢しなされ。

付の1.
盧溝橋事件が好例ですが、戦争愛好家は、戦争のきっかけ作りや、軍事費拡大の言い訳作りのプロです。

付の2.
自衛隊が、「もう自分たちで日本は守れる力はあります」と国会で証言できません。言えば、アメリカの反応から日米安保の本質が暴露されてしまいますからね。

付の3.
キューバにグアンタナモ基地があります。沖縄基地とどちらが先にに消えるか、勝負!

拉致被害者家族 ハイジャック犯

ハイジャック犯と面会するそうです。ハイジャック犯がつかまったのは、もう昔の話ではなかったでしょうか。あれ以来、朝鮮とはコンタクトしていないはずではないですか。

昔の話を聞けるのは、同窓会に出るようなもので、一時的な慰めにはなるでしょうが、別れた後には虚しさがひとしお。なんら現状の打開に貢献しません。

こんなサービスで、お茶を濁されては、拉致被害家族としては、たまったものではありません。

同情を禁じ得ません。

島暮らし2009 014

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