老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

ミサイル迎撃失敗 40億円也

     世の中、不思議なことがあるものだ。

  家電メーカーに勤めていたころ、仕事といえば、クレーム処理がほとんどだった。

  製品を作る、良品である、出荷する、客先に届く、店に並ぶ、外観にキズはない、最終ユーザーが家に持って帰る。電源ON、動作順調。感謝状が贈られる(これはさすがにない)

  これでは、何も大の大人が係わることはない。ほとんどサルでもできる。ところが、実際は、良品と思ったら、出荷検査で落ちる、納期は迫る、出荷数量のミスが起こる、お客の居間に置かれて、いざ、という段階でうんともすんとも絵も出なければ音も出ない。40年前はテレタイプ、それからファックス、最後の勤め先では電子メール、と出社して真っ先に手にするのが先方からの連絡で、トラブルの来ない日和は年に数回だけだった。

  なにも私の所だけの話ではない。どこのメーカーでも似たり寄ったりであろうと想像する。

  顧客に当初約束した機能・性能が備わっていない製品であれば、代金は絶対にいただけない。まず、修理、それでもだめなら代替品、それでもまだダメなら返金となる。私は返金にまで及んだ経験はないが、まれに返金の話はニュースをにぎわす。

  絶対にないことは、不良品を納めて、それで代金を受け取るという契約である。

  こんな商売があったら天国である。

  それがあったのだ。迎撃ミサイル発射。標的ミサイルを打ち落として初めて商品として認められる。ただ、空に向けてば~んと打ち上げればいいというものではない。隅田川の花火だって夜空を飾ってこそ人は喜ぶ。

  NHKのニュースでは海上給油活動の費用が語られない習いで、この40億円も視聴者に知らせなかった。ひょんな拍子に観た民放で、掛かった費用が40億円と知った。

  なんでメーカーに払うのか。高度なシステムであるというのなら、それを含めて値段がきめられたはずだ。

  発射ボタンを押した自衛隊員のミスではない。製品の不良である。本番で、標的が東京に向けられたとしていたら、「途中で見失っちゃったよ~ん」で済まされまい。

  本番がないことに甘えて、いい加減な製品を納入し、40億の税金を受け取る。

  官庁納入はだいたいこんな物。昔、人工衛星ロケット打ち上げ失敗で、時の大臣田中真紀子が激怒したのは当然のことである。

  世の中、不思議なことがあるものだ。それを今の政治家が不思議に思わないこともまた、不思議なことだ。

  付の1.
  代替品を無償で提供するということであれば、このブログ、無かったことにしてください。お詫びして訂正します。

  付の2.
  一口に40億円と言いますが、定額給付金なら10万円が4万人に配られる金額です。いえいえ、10万人の納税者が一人当たり4万円余分に国庫に納める金額です。防衛費は赤ちゃんを含めて日本人一人当たり4万円だそうです。軍需産業が儲かるわけだわな。

続け、景気の後退 その4 増えた休みのために

     一日増えた休み。その分年収が減っているのだから、年収1千万の人にとっては、2百万円分だ。それに見合うだけの価値を求めなければ、採算がとれない。

  ここでも、私は、私の面倒見の良さを遺憾なく発揮したい。

  私の助言は単純明快。古典を読もう。これだけである。

  年がら年中、仕事に追われている限り、土日もおちおち本なんか読んでいられない。難しい漢字が読めない麻生総理ならマンガで時間をつぶすのもよいだろうが、人生一度だけ、まして、働き盛りなんか長くて20年だ。そんな貴重な年代に、わずか200万で、週に更に1日、完全に自由になるとは、古今東西、そうざらにあるものではない。

  チャンスを見送るな。ペラペラな本を読んで、過ぎてみれば何も残らないだけになるな。

  仕事がなくなる臨時工の手助けとあいまって、一石二鳥となること必定だ。

  くどいかもしれないが、金融危機なんか、金亡者の阿鼻叫喚だ。あせるな、うろたえるな。

  付:
  資本論、帝国主義論、老子、論語、史記、徳川家康、新・旧約聖書、徒然草、菜根譚、福岡正信師作品、宮沢賢治、実践論と矛盾論、世界文学諸書、こんな程度でも、4~5年は必要でしょうな。私ですか。40年かかりました。 

続け、景気の後退 その3 国家公務員として臨時採用する

     景気の後退で最も痛手を蒙るのが底辺でコツコツ働いている労働者である。その立場に至った経緯には同情はしないが、実際問題として、200万円かそこらでは、働き盛りの年代人の生活は、大変なものであろう。それもなくなるとなれば、半年やそこらの失業保険金では、安心のあの字も出て来ない。

  そこで、連合と自衛隊に続いて、国家官僚にも協力してもらうようにする。これには、当然独立行政法人の天下り元官僚も含まれる。ちょっと思いついただけでも、北方4島担当の外交官、気象庁の地震予知担当官、ただ机の上のパソコンをいじっているだけの下級官僚、みんな、週休3日にする。私の本音は、週休4日、5日でもいいと思っている。

  教育委員会なども週休3日だ。

  最高裁判事はも然り。この人たちは一日返上しただけで、丸々二人の失業工を救えるのではないか。法学知識のない、すなわち屁理屈のない失業工だったら、自衛隊違憲の判断を下すかもしれない。思っただけで愉快になる。

  金融危機なんか、うろたえることはない。ワーク・シェアリングで簡単に乗り切れる。

  さて、年俸が2割減少することになった正規社員や公務員の中には、銀行などからローンを受けている人も多いだろう。私の好物であるそばではないが10割入ってくるものとしてローンを組んでいるのだから、2割減は大いなる痛手である。

  これにも私は十分対策を練ってきている。

  週休3日制を受けている間は、ローン返済をモラトリウムにすること、これである。ここでも、ローンを組んだ経緯に同情はしないが、可処分所得の減少となるのは、かわいそうである。

  銀行は、間違いなくこれで悲鳴を上げる。かまわない、上げたいだけ上げさせるといい。金融危機の元凶だ。この際、悲鳴位あげてもらわなければ、お天道様が許すまい。

  まともに働いている者が不幸になるからと、金融危機の回避をあたかも、善人救済のようにのたまう政府やNHKに騙されないように。少なくとも、私は騙されないぞよ。

続け、景気の後退 その2 自衛隊に入れよう

     ワーク・シェアリングと言っていいのかどうか、若干疑問を感じているが、仕事を続けられなくなった臨時工は、自衛隊が受け入れればいい。

  タンクに乗る、戦闘機に乗る、これは、少々テクニックが要りそうなので、脇に置くとする。あとは、軍艦に乗る、歩兵として原野を走る、こんな程度なら民間の厳しい管理下で働いてきた臨時工には朝飯前のことだろう。なんだったら、昼寝していてもいい。

  自衛隊員に出されている栄養万点の食事が、臨時工にも与えられる。年俸の5分の1も約束される。倒産がないから契約更新拒否で痛んだ心のケアにも貢献大なりだ。200万のためには、自衛隊員二人では無理だろうが、4人なら大丈夫だろう。臨時工が週4日代わりに出る。自衛官12万人だ。3万人が救われる。

  一年や二年、原野で昼寝していても、戦争は起きない。起きたら、タンクに乗っていようが、昼寝していようが、結果は同じ、ジ・エンドなのだ。

  世界的金融危機の元はと言えば、金で金を儲けようとしている横着者が跋扈しているからだ。彼らの傀儡である日本政府はせめてもの罪滅ぼしに、職を失った臨時工を自衛隊に採用しなければいけない。 

1122居間

続け、景気の後退 その1 連合に提案する

    私は、金融危機なんかクソ食らえという立場だから、それによって引き起こされるすべてを自業自得とみなしている。

  しかし、それの影響で自動車会社による臨時工の契約更新拒否は当人にとって大変なことである。

  ニュースは、彼らの年間収入は2百万円そこそこという。

  1千万円から2百万円が消えるのなら、まだしも、2百万円から2百万円が消えては、残りはゼロだ。これでは、生活が成り立たない。

  そこで、私は連合に提案する。

  今こそ、ワーク・シェアリングを実施せよと。

  連合傘下の組合員に週休3日制を施す。週5日で5百万なら、週4日だから4百万の年収となる。その1日分を、臨時工の仕事とする。単純計算では、二人の正規労働者が週休3日になることで、一人の臨時工が生活できることになる。

  連合は、これまで体裁のいいことばかり口にしてきた。なんでもない時に美辞麗句を連ねるのなら、護憲論知識人がサロンでブランディーを飲みながら、世を嘆じることと同じである。

  この際、きちんと“自分ヲカンジャウ”に入れて、労働者の連帯を世間に知らしめるべきである。

  資本家どもの尻拭いをしてこそ、真の労働者の連合である。むにゃむにゃ歯切れ悪く政府・金融界に不平を言う前にやってみろといいたい。私の提案の仕方では、このような表現となる。請寛恕。

1109居間

裁判員制度 NHKの世論調査

    この二つが組み合わされると、どうしても胡散臭さを感じてしまう。

  昨夜のラジオで、4夜連続で裁判員制度を取り上げると言った。初夜のいや初日の昨日は、NHKの行った独自の世論調査の結果を放送した。NHKが世論調査を発表するとき、決まって「独自の」と頭に付ける。よほど自慢したいらしい。まあ、たわいない所作であるから、許す。

  聴けば、3分の2が裁判員になりたくないと答えたという。年代別でいえば、高世代ほど、ためらいが強いとのこと。その他、色々質問し回答があったが、肝心要の質問が設定されていない。

  言うまでもなく、「裁判員制度を未然に失効させる、賛成か反対か」である。

  これ抜きでいくら世論調査をしても、まったく無意味である。なぜなら、施行されれば、強制連行されるのである。なりたい、なりたくないは、民のわがままでしかなくなる。

  こういう世論調査の手法は、あたかもその対象が a priori(既定の)揺るがし難い事実として存在するかのように錯覚を与える。

  そういえば、しばらく前、NHKへの視聴者の提言なんていうNHKテレビがあった。すべて、「公共放送」としていかにあるべきかが、取り上げられていた。NHKはPPVに移行すべきである、視聴は受けてである民の自由である、というような発言は、一言もなかった。これもカモフラージュである。

  今日の結論。

  我が島の賢人が常々私に諭してくれるように、社会生活において納得いく解答が得られない問題が生じたら、問題そのものを無いことにしてしまうことだ。

  これまで使った税金は惜しいが、このまま続ければ、民の心まで蝕むことになる。今ならまだ間に合う。ドブに捨てたと観念して、さっさと廃止すべきである。

  付の1.
  前に言ったように、積極的に参加するような人間が増えれば増えるほど、裁判は荒廃する。

  付の2.
  戦争中の赤紙一枚である。それが、テレビ・ゲームよろしく「くじ画面」とパソコンのディスプレイで送り先を決めていた。これは、日を改めて一筆する。

  付の3.
  天下り不正、企業不正、官僚不正、政治家不正、これはアンタッチャブルである。死刑がらみだけを民に押し付ける。前に一度書いたが、これも近々繰り返し糾弾するつもりだ。

  付の4.
  ドブに捨てるのは税金ばかりではない。これを策定した裁判所の担当役人や日弁連も一緒にドブに流さなければならない。もっとも、日弁連は私営組織だろうから、自主的にそうしてもらえたらという願望に留めるべきであろう。お先棒を担いだ責任が永久保存となることで私は我慢する。


1121石戸

悪いやつは悪い、だけなら・・・

    黒澤明の映画、「野良犬」の最後の方のシーンで、犯人の気持ちもわからないではないと新人刑事が言うと、ベテラン刑事が、「いかん、いかん、悪いやつは悪いのだ」と諭した。

  刑事の仕事はこうでなければならない。だが、職業を離れて、群集の一人となって考えるとなると、それだけでは済まないような気がする。

  テレビの「必殺仕掛け人」、映画の「座頭市」などの主人公は、殺人犯である。それが、ドラマや映画になって存在するのは、その殺人犯に観る者が共感するからだ。

  江戸幕府かどうか知らないが、当時の政府が社会に対してしっかり悪いやつを取り締まらないから、殺人犯が“強制代執行”の挙にでる、それを、われわれ庶民が喝采する。庶民だから学者や文化人の理屈など無視して、庶民感覚で悪いやつかどうかを決める。この感覚にいささかの不自然さはない。

  殺人は悪い、盗みは悪い、偽装は悪い、誘拐は悪い、だからと言って、「悪いやつは悪い」と言うだけなら、「晴れの日は晴天である」と言うことと同じである。

  私は、そういう当り前の論評が大嫌いである。このブログが、彼らの仲間に入ったら、私がボケになったという証と思ってもらっていい。

1119荒天の石戸

田母神前航空幕僚長 その4 身の程を弁えぬ あきれた誤り

    国会答弁で、彼は、国のあり方や歴史の考えなどで何かごちゃごちゃ言ったあと、「こんな状態では、自衛隊員の士気に悪い」と言った。

  あきれた。

  自衛隊員は義勇軍ではない、職業軍人である。トップが6千万円の退職金を受ける戦争を職業とする俸給取りである。

  士気云々はまったく関係がない。黙々と上官の指令で動く、これだけが仕事なのである。

  私は、軍人は首から上な何もないと言っているのは、このことである。あれこれ価値観を持ってもらっては、面倒この上ない。

  年収200万以下の市民が1千万いる中で、栄養万点の三食、戦争ごっこを楽しんでいて失業の心配もない、こんな贅沢の上に、「国の誇りや歴史認識」まで国民に求めるとは、なんたる傲慢さ。

  私は、歴史観や戦争観で私と異にする相手に非を詰めない。繰り返すようだが、軍服を脱いだ隊員は、思想・信条になんの制限もあってはならない。首から上も、そんじょそこらの大学教授や有識者より立派な頭脳が備わっているかもしれない。筆が立つのなら、別名で論壇に参入してもいい。

  しかしだ。軍人が国家・公民に「士気」への援助まで求めるのは、行き過ぎも行き過ぎ、身の程を弁えぬ愚か者である。これだけは、徹底した再教育が必要である。

  田母神元幕僚長の良い所が、この一言でご破算になってしまった。惜しいことをした。

田母神前航空幕僚長 その3 命令で動く部下 わずか1,000名とは

    国会議員の誰かが、彼が部下の隊員に論文応募を勧めたのではと問いただした。

  彼は、否と言い、「私が薦めれば、千人は下らない」と補足した。「否」だけで済むものを、千人と言う所が、私と同じ一言多い人間の欠点である。

  彼は、この千人を自慢としている気配があった。これも11月6日の新聞にあったのだが、78隊員が応募したとなっている。「私が号令をかければ78なんて数字じゃあありませんよ」と言いたかったのだろう。

  軍人の組織は上官の命令は絶対である。従わないのは最大の重罪である。これでなければ、軍隊は機能しない。「上官、ちょっと待ってくださいよ、おかしいんじゃあないですか」などと口答えしようものなら、即、銃殺(場合によっては)である。

  航空自衛隊は軍隊である。隊員が4万人とすれば、せめて3万人くらいは応募すると言って欲しかった。空軍のトップ、その下偉い人、そのまた下の偉い人、これらが整然としたピラミッドを構成して、命令が最下部まで行き渡る、こうでなければならない。

  それを、千名とは。彼の顔つきからすれば、控え目や遠慮を脳内に収めている人間とは考えられない。本人は、「どんなもんだい」と豪語したつもりであろう。

  平時でこうである。戦争になったら、幕僚長の命令なんか、クソ食らえ、ぼろぼろ、辞めていってしまうのではなかろうか。最後まで従った隊員が千人だったりして。

田母神前航空幕僚長 その2 堂々と受けよ、税金6000万円也

    驚いた。なんにもしないで定年になって、国が手当てした退職金が6千万円とは。四捨五入すれば1億円である。

  軍のトップだ。国は、そこそこの退職金で、その分、ブレジネフ並みに肩から胸まで、勲章をごまんとぶらせ下させればいい。軍人は金ではありません、名誉ですと、三軍の見本を示させればよかったのだ。

  かなり前に、このブログで、新兵の待遇の厚さに驚いたが、それからすれば、そこそこの偉い地位の軍人なら、4~5千万の退職金は、当たり前になっているのかもしれない。

  年収200万以下の市民が1千万いるという。彼らがそのまま定年まで働いて得られる退職金はどれくらいだろうか。

  彼らとは、物を作り、人にサービスをして、社会になんらかの貢献をしている者たちを指す。

  だが、私は、私が生涯一度も自衛隊に応募しようとする気がなかったからといって、自衛隊隊員を非難しない。規定に従った退職金は、どの地位の隊員であれ、堂々と受け取るべきである。

  それを、軍を監督する立場の大臣が、「退職金の自主返上を望む」とまるで借金を返せと脅かすようなことを言う。こんな大臣はいくら新聞に活字がでていても、愚昧大臣Aで十分だ。

  自衛隊は軍隊だ。軍隊は憲法で禁止されている。このレベルの議論を国会でやることが、田母神さんの願いではなかったか。私は、今、彼は国会やマス・メディアに失望していると思う。

  この失望感は私が共有できるものである。それに、退職金は、「生活が苦しいから」いただきます、と言った。こういうユーモア精神旺盛な点も、私とよく似ている。

  護憲活動家のステロタイプな戦争反対論などより、ずっと素直で正直である。定年退職後は、戦争論の一端を担う論者となるだろう。結構なことだ。

田母神前航空幕僚長 その1 言論の自由 300万円也

    新聞はありがたい。ラジオで聴いても、「たもがみ」さんの名前の漢字が想像つかない。私の持論として名前は記号だから、AでもBでもかまわない。

  それでも、国会の質疑と答弁をニュースで観たら、彼の名誉のために、漢字を知りたくなった。A氏ではかわいそうだ。

  11月6日の大手新聞で分かった。日本の象徴である田んぼ、母なる大地、それに神様ときていては、とても私ごとき「小国」は、五体投地して彼をあがめなければいけない。

  しばらく前にブログにしたように、戦争には正義という定義がない。あるのは、単に認識の相違だけである。彼の認識が政府見解と異なっているからといって、なんら不自然さは認められない。

  彼が、何かの式典で自衛官に向かって、「侵略はなかった」と言ったのなら、とんでもないことである。しかし、たかが懸賞論文だ。それを書いたからといって、何も咎めることはない。

  彼は職業軍人である。同時に選挙権を持つ日本の一市民である。一市民の権利を行使したからといって、国会のみならずマス・コミまで、まるで自分たちの仕事が失われるかのように騒いでなんになろう。この方が異常である。

  彼は、言論の自由を主張した。それをダメだと周りで黙らせようとすると、大変なことになる。大変なこととは、いうまでもなく、「問答無用」ならば代わりにとミサイルを発射することである。

  わずか300万円の懸賞論文。頭を冷やせ。

北朝鮮制裁3度目延長

    新聞はラジオの右から左の耳へと違って活字として残っている。大手新聞4月11日付けを読んだ。

  タイトルが、「抜け道封じ実効性確保」となっている。

  この政治部の記者によれば、抜け道があるので、拉致問題が解決しないということだ。

  これは違う。

  日本政府は、もともと解決する気がないのである。仮に解決して、日本と朝鮮が日朝軍事同盟(勿論冗談で、真面目に書けば、円満な戦後処理)でも結ぶようになれば、困るのは、日本の軍需産業でありその代弁政治家であり、何より、日米軍事同盟賛美者である。

  なんだかんだと護憲論者が遠くの外野席でわめいていても、日本の政治を実際に動かしているのが、彼らであるのだから仕方がない。

  拉致問題は抜け道レベルで解決しない。国として体をなしていない朝鮮と独立政府として体をなしていない自民・公明政府が“制裁”を道具にお互いに自国の軍隊を温存させているだけである。

  制裁を延長することで困るのは、日本人・朝鮮人の平民らだ。2度の制裁で解決しないから、3度目とは、「三度目の正直」とも言えるし「二度あることは三度ある」ともいえる、言葉の遊びの世界である。

  民主主義国家日本の政府を相手にしてさえ、水俣病・血液製剤など国家官僚の怠慢の糾弾に何十年と掛かった。まして、名ばかり国家の国が相手なのだから、当面辛抱する他ないのである。

 それでも我慢できないのなら、共産主義に対抗するアメリカに追随して平和条約を先延ばしにしてきた政府と外務省に文句をいう事だ。拉致問題担当大臣なんかに頭をなでなでしてもらわないことだ。

  そうして、拉致問題解決を、朝鮮のせいにしている日本政府をとことん追い詰めることだ。

  ただ、困った、困った、朝鮮は悪いでは、本当に悪いやつらは少しも困らない。

  4月11日の新聞によったが、半年後の11月11日付けでも立派に通用する記事だったので、取り上げてみた。

企業ナビフォーラム2008年 大学構内で開催

    これはある大手新聞の10月1日にあった広告。

  早稲田大学と東京大学で大学生や大学院生を対象としたフォーラムという。

  フォーラムが何であるか、よく知らないが、有名企業の経営者を招いて、講演してもらうことらしい。

  早稲田は私学だからどうでもいい。問題は国立大学である東京大学である。

  大学は学問の場、白亜の殿堂である。その構内で、金儲けを専らとする企業のトップ連を招くとはどんな気でいるのだ。

  小さい字を読むと、表題が「地球にやさしいものづくり」とあった。それより更に小さい字で、「~人々に感動を与える環境製品・技術で未来を開く~」と書かれていた。

  例によって、どこかの井戸会社か水会社かと思ったら、それが、三菱重工業である。これには、驚いた。

  重工業と名のつく会社は死の商人に製品を納入している会社のはずだ。「いえいいえ、部門のごく一部で生産しているだけでして」なんてもみ手で言い訳しても、軍需産業の主要なメンバーであることに違いは無い。

  それが、「人々に感動」とは・・・。ジョークか植字工のミスか。

  驚きはこれだけに収まらない。

  併記されているのが、東京大学総長である。兵器メーカーさんと一緒になって“人々に感動”を与えるつもりなのか。これまた、ジョークか植字工のミスか。

  驚きはこれ位にして、次は嘆きである。

  一体、学生は何をしているのか。全学連はどうしたのか。私の学生時代では、警察は当然のこと、企業でさえ、学園には入れなかったはずだ。産学協同はポリシーのない東北大学など田舎の大学がやるものと見下げたものだった。

  そういえば、学生運動など、最近ニュースに出てこない。最近ではない、ここ20年かもしれない、30年かもしれない。

  無理も無い。思えば、私の学生時代は半世紀前だったのだ。

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G20の100年の金融危機対策 賭博システムの救済

    騒げば騒ぐほど、「ホントに騒ぐ価値があるのかね」と疑いたくなる。こういう私は、大変素直な性格である。

  G20の声明文など詳細に読まなくても、資本主義国家の指導者の考えなどお見通しだ。

  金自体のあり方を討議しなければならないのに、金を扱う組織ばかりをああだこうだとつっついている。

  これが枝葉末節であることは、百も承知のくせ、金には手をつけない。そのくせ、抜本的改革と豪語する。

  ソ連の崩壊がまるで資本主義の優位を証明したかのようにPax Americanaが称えられてきたのが、実はとんでもない誤りであることを今回の騒ぎが“証明”した。

  生産手段や土地の国有化、すなわち非私有化が、機能しないことをソ連が証明しただけのことだ。いわゆる“国”、その実体である“国家官僚”に任せた愚かさが証明されただけのことだ。

  グローバル化の流れは、私の小国寡民思想からみればとんでもない愚行であるが、今は仕方が無い。最低でも、金が金を産まない制度をG20で確立させて欲しかった。

  それが無理な話であることは分かっている。せめて、日本国だけでも公金を投機に使ってはならぬと決めて欲しい。

  繰り返しになるが、賭博は人間の本能である。これを禁止するのは無理がある。投機や資金運用は、油から得られたアブク銭を持った大金持ちの道楽に委ねよ。

  それでも賭博をしたいという証券会社、銀行、企業、個人がいれば、それも結構。その代わり、賭博だ、儲かる時もあれば損する時もある。損をしたからといって、泣き言を言ってはならぬ。まして、国に泣きつくなど、もっての他である。

  金融危機は、賭博行為を認めている限り将来も発生する。小手先対応をすればするほど、ダイナミックになって。

  共産主義・社会主義と金融賭博主義を対峙させる論法はもういいかげんに止めにしよう。


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裁判員制度 その3  市民に良識を期待するな

   あちこち渡り歩いた経験から、会社の会議は大体がまともであることを知っている。議題と資料が前もって配られ、一定の時間内に結論が出る。

  民主主義でないから、地位の高い人の発言が100とすると、入社早々のペーペーは1である。このペーペーは、よく己の立場を理解しているから、指名されるまではどれほど発想豊かな持論があっても発言を控える。

  あちこち住んだ経験から、自治会の会議は、会社の会議とはまったく反対である。住民であるだけの資格だから、みんな平等である。だから、てんでんばらばらに発言する。・・・ならば、まだ救われるのだが、そうではない。頭の中はそれほどでないくせに、口だけは達者でしかも大声ときているでしゃばり屋が会議を仕切ってしまう。

  終りの時刻が近づけば近づくほど、この手のでしゃばり屋が幅を利かせ、なんなら徹夜しても議論するぞと、反対意見の住民を脅す。

  私は、裁判員が集まっても、会社の会議にはならないと確信している。絶対に自治会の会議になる。

  その結果、裁判員の意見は「市民の良識」ならぬ「市民の大口」で決められることになる。

  裁判所も日弁連も、世間を知らないから、市民をしょっ引けば、良識が得られると錯覚している。おおバカである。

  付の1.
  でしゃばり屋とは私のことである。今回ばかりはおとなしくしていようと平民会議にでるのだが、途中で我慢できず、ぺらぺらしゃべりだす。後で、反省するが、もう手遅れだ。それで、今は一切の市民会議、すなわち地域の集まりには出ないことにしている。頭の中がそれほどでもないことを、自覚してからのことである。

  付の2.
  裁判所も日弁連も、実際はおおバカではない。良識など市民に期待していない。それでも、そう表現すれば、体裁が整う。悪法律を定める時の常套手段に過ぎぬ。

裁判員制度  その2  模擬裁判が示すもの

    新聞は面白い。ある大手新聞の10月1日を読んだ。昨年のではありません、念のため。

  タイトルが、「あなたも裁判員」そして、「正当防衛」テーマに議論とあった。

  模擬裁判である。4つのグループが、懲役5年~1年6月と分かれたと言う。

  犯罪の事実は一つ、それでこれだけ差がでるのである。私は犯罪とここでは言っているが、犯罪であるかも本当の所はわからないのである。

  この牢屋暮らしの期間、余りにも開きがありすぎる。20代の人生の黄金時代を5年無にするのか、1年6月無にするのか、大変なことである。

  私のような70になろうとしている者なら、1年6月は、長いなんていう代物ではない。まして、5年の懲役となれば、生前に刑をまっとうできるかどうかでさえ、怪しくなる。

  高校入試の連立1次方程式の解と違って、この4つのグループのいずれが正しいかは、誰も決められないのである。こんな不確定な解答をなにがなんでも出せと責任を負わせられるのが、裁判員である。

  この新聞の記事では、だから裁判員制度は悪いと言っていない。しかし、読む人が私並みの“良識”人であれば、とんでもない制度であること、字間、行間から推し量れる。

  「あなたも裁判員」だって、・・・わたしゃご免だね。

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裁判員制度 その1 社会人失格の自認

    そろそろNHKを通して裁判員制度の広報活動が始まるのではないかと、懸念していたら、案の定、そろりそろりと出てきた。

  裁判所と日弁連が、市民感覚と社会人の良識を裁判に反映させるためと言っていた。

  前にこのブログで裁判員制度の悪をさんざん書いたが、相手が懲りないので、こちらも、懲りずに文句をつける。

  人を裁くことは、並大抵のことではない。先ず、心臓に毛がうっそうと生えてなければいけない。次に、人の不幸を生計の手段としなければならないような他の職探しに自信のないこと。最後に、友達がいなくても、失っても平気でいられる孤独偏執狂であることだ。

  普通の人間はそれができない。だからこそ、裁判所があって弁護士という職業も存在しているのだ。

  心臓に毛が何本生えていても、私はとやかく言わぬ。しかし、人を裁く以上、市民感覚や社会良識は最低、備えていてもらいたい。欲を言えば、そんじょそこらの市民がとても及ばないような、良識を持ってもらいたい所だ。

  それを、自ら「私たちには良識がありません」と白状し、市民を強制連行させて、自分たちの非常識を補おうというのだから、あきれて物も言えない。

  しかも、その分、彼らの俸給や弁護士料が減らされるかと言えば、この点は、だんまりを決め込む。

  こんな制度を策定した国家官僚ども、永遠に呪われよ。

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前年比という呪い

  宅配便の緩衝材に新聞が使われていた。こんな時でないと、NHKでは語られていない情報が得られぬ。だから、この11月7日付けの新聞は、今月一杯が、私にとっての“賞味期限”である。

  「勝ち組」トヨタ失速と見出しにあった。下方修正のことは、すでに知っている。

  なるほどさすが新聞と感心した記事に、連結営業利益の推移という表があった。

  小さな表の左端、比較スタートの1996年には5千億円に達していなかった。今期の予想は6千億円だそうだ。

  97年から08年までの右肩上がりの推移は、米国デタラメ金融市場が寄与したためで、それがなければ、この10年間、せいぜい年100億円の増加であったのだ。

  5千億の100億円なら、前年比2%、これなら、小春日和の気分で人員配置、設備投資などトヨタも下請けもできたにちがいない。過剰人員、過剰設備、過剰尺入金とは無縁でいられた。

  もともと、バブル、あぶくだったのだから、嘆くことはない。ビヤガーデンのジョッキの上4分の1が泡であっても、誰も文句はつけまい。前年と比べるからアタフタするのである。

  日本人民が飢えて死ぬかもしれないという事態ならともかく、暖衣飽食の時代に、何が景気の回復だ。

  持っている金を働かせるだけで、何とか金儲けをしようと狙っている横着者。世界経済の建て直しは、先ず、こういう者のあぶく銭に頼らない“実体”経済の復活が必要である。

  その実体経済には、前年比は無用な存在である。

  付:
  ここでいう日本人民は総体としての日本人民である。富の再配分の実施こそ国家・政府の役割である。麻生にはこの視点がまったくない。

定額給付金

  開いた口がふさがらない。

  お坊ちゃん殿だからお人好し、家老の一人が、「殿、これこれでございます」と言うと、「もっともじゃ」と応じ、別の家老が、「殿、これこれはこれこれの問題があります」と言うと、「なるほど、もっともじゃ」と、前言を取り消す。

  こんなふ~らふら大名藩は戦国時代に一つや二つあったのではないか。

  統制不能をいいことに家老が好き勝手に放言するような麻生内閣は、もはや政権の体をなしていない。

  その盟友公明党の幹部が、地方行政にすべて任せることを、地方自治の象徴のように笑いながら語っていた。「物は言いよう」


  大の大人、公金を使ってああでもないこうでもないと議論している自治体の長、まったくご苦労さまなこった。たかが1万2千円。いずれ国の官僚はノシをつけて返せと言ってくる1万2千円。

  バカ騒ぎは自民と公明に任せておけばいいものを、NHKが毎夜、ニュースにしている。

  今ネット碁が相手のポカであっけなく終わったので、将棋竜王戦の録画を観るまでの5分のヒマを使ってこのブログをしたためた。

  定額支給金論争なんか、老いの5分間のヒマで十分だ。

  それよりもっと重要な話題があるではないか。

  裁判員制度である。定額給付金の騒動の陰でほくそえんでいる。国家官僚の陽動作戦、大成功というわけだ。

  私の口は、開いたままである。

家で生まれ、家で死ぬ

  日本は産婦人科の医者が少なくて困っているという。

  それを問題にして、どんどん産婦人科医を増やす計画を政府が打ち出したようだ。

  おかしな流れである。

  人間以外の哺乳類は、誰の手を借りることなく子供を産む。我が家では、哺乳類でない鶏も抱卵して21日目に母鶏の懐から小さな顔をのぞかせた。人間だって動物だ。

  話は急に半世紀前にさかのぼる。その頃の電線柱に掛かっていた細長の広告は病院と助産婦がほとんどだった。東京葛飾の下町だからというわけではないだろう。出産は自宅でするのが当たり前となっていた時代であった。

  それが、いつのまにか普通の出産まで病院の部屋で行われるようになってしまった。

  そもそも、病院は自宅で健康回復が出来ない病人が、不本意ながら一時的に住むところであるはずだ。

  毎年100万人の新生児が病院で産まれるとなれば、いくら産婦人科医がいても足りない状態がなくならない。

  だが、救急治療を要する妊産婦だけに絞れば、現状の医師の数で十分である。普通の母体と産婦人科で判断されれば(これは医者に過度の負担とはなるまい)、半世紀前のように助産婦に任せるべきである。

  舛添大臣がITを駆使して、病院間の連絡を緊密にしようと提案した。小手先のつくろいである。

  それに呼応して、もう一人の大臣が、最後には医者のモラルであると言った。こんなバカが大臣としておわしますのが日本である。

  出産は病気ではない。入院は不要だ。その代わり、助産婦(お産婆さん)を復活させよ。

  付の1.
  私は、兄弟姉妹の多い家の者だが、病院で産まれたのは私だけらしい。それが悔しい。親を恨むわけではないが(それどころか、70年前では、病院で出産は景気のいい家の証拠であったらしい)、せめて、死ぬ時は、(宮沢賢治のように)自宅でと願っている。

  付の2.
  初代の母ヤギの出産では、あまりにもギャーギャーうるさいので、放っておけず、直腸に腕を突っ込んで仔ヤギをかい出した。その時、もう1頭お産があっても、手が回らなかったろう。お産に立ち会うとはそれほど大変なことである。出産に立ち会っているといって受け入れを断るのを、簡単にモラルの欠如とは言えない。

  付の3.
  オリンピック強化選手を育成するより、医者の手を借りなくても、自然に出産できるような母体を持つ女性を育てるべきである。この点ばかりは、明治の富国強兵策は間違っていない。医師不足は文部科学省にも大いに責任を感じてもらわなければならない。

モモとリッキー

大手自動車会社、軒並み減収・減益 おおいに結構

   トヨタを初め、日本の自動車メーカーが減収・減益となるそうだ。

  これまで、販売を伸ばしてこれたのは、アメリカなどで本来家を買うための資金が車に回ったからである。金融危機の恩恵を先取りしただけのこと。前年比がマイナスになったからと言って、嘆くことは少しもない。30年前と比べよ。

  だいたい1トンもある自動車を生産することが気に食わない。運転手は60キロか70キロである。その人間の移動のために、10倍以上重い鉄の塊を運ぶ。どう考えても不自然である。

  その上、エンジンが2000cc以上もある車を大量生産している。なにがエコロジーかと言いたい。

  今、日本では、買い替え需要で軽が伸びているという。おおいに結構なことだ。今の660ccエンジンは、50年前のセドリック並みのパワーがある。50年前の人間もやはり60キロ前後であったろうから、軽で十分である。

  もちろん、車が趣味という人のために重たい自動車があってもいい。だが、それを顧客対象とする限り、大量販売はあきらめることだ。なぜなら、私の考えでは、そういう車種には100%の消費税を特設すべきであるからである。

  趣味の世界だ。100%で買い控えするような者はいない。わずか50センチの竹一本に20万円を払う、5角形一枚の小さなつげの板に1万円を払う、趣味とはそういうものだからだ。

  私はよほどの悪行でない限り、私企業の名は出さない主義だが、NHKがトヨタの名前を堂々と公表したので、はばかりなくここに書くことにした。

  日本の消費者も自動車マニアや見栄っ張りばかりではない。これからは軽自動車の時代だ。とりわけ、軽トラは、世界に誇れる見事な設計である。

  フォードよ、GMよ、政府に泣きつく前に、660ccの軽に全車統一したらどうか。

  その模範を日本が示そう。私は、軽を乗ってる模範の日本人である。

  エヘン。

黒人もない、白人もない、あるのは戦争継続のアメリカだ

  イラクから撤退するが、アフガンでは増強するという。

  オバマさんが今後どれほど変化するか見ものだが、このスローガンで圧勝したのかどうか、外野席ではさっぱりわからない。

  2大政党しか存在できないアメリカの悲劇である。巨額の選挙資金の前では、「イラク侵攻も反対、アフガン侵攻も反対」という一粒の光さえ許されない。

  そういえば、第三次世界大戦を本気でやろうとしたのは、民主党のケネディ大統領だった。金持ちはそこそこの限度をわきまえているが、国を挙げての大統領となると、なにをしでかすかわかったものではない。

  ヒトラーも演説は抜群にうまかった。小泉先生もうまかった。アメリカ人よ、うっとり聴き入るのは歌舞伎に限っておこう。

リッキー


貸し渋りには合理性がある

    百年に一度の金融危機という。大げさが過ぎる。金融業界の救済を正当化しようとすればどうしても、そう言って騒がなければならないのだろう。

  投機に狂った株は、ベクトルでしか評価されない。3万円が2万円に落ちたら大変だと嘆くが、しばらくして、1万円まで下がり、それか再び2万円になったら、大喜びする。資本家の心理などそんな程度のものだ。どうでもいい。

  問題は、中小企業が貸し渋りや引き剥がしである。

  私は、貸し渋りを以って銀行を非難することはしない。1千万円の貸し倒れを取り戻すためには、10億位の融資先を見つけ、そこからしっかり利息を取らなければなるまい。貸した金が返ってこないとなれば、銀行の貸し付け担当者は、鞭打ち100回では済まされないだろう。こうなったら担当者は悪夢で夜も眠れないだろう。不安材料が明確であれば当然として、安全か危険か判断がつきかねるだけで、引き剥がしに取り掛かる。その立場になれば仏の私でもためらわないと思う。

  銀行に文句を言えないのなら、問題の根本はどこにあるのか。

  簡単である。借金をしてまで事業をしていることにある。丁稚奉公時代からコツコツ蓄えてきた元手でその範囲で事業をしていれば、中小企業のオヤジ連中が悲鳴を上げることはないのだ。

  元手が足りなければ、返せなくなっても笑って許してくれる仲間から返せなくても笑って済ませられる額を借りて不足を補う、これはサラリーマンの住宅ローンと同じことである。

  背伸びは良くない。つま先立ちでは長く立っていられないと老子が言っている。その通りである。

  少しばかり景気が良くなったからといって、おだてに乗り銀行から金を借りてはならない。まして、公的銀行から借りるようなことがあってはならない。銀行は自分の生活がかかった人間が審査するが、都営の銀行などでわかるように、貸し倒れがあっても定年まで働けるような職場の人間の甘い審査で、安易に借りると、後になってにっちもさっちもいかなくなる。尻をまくるほどの心臓の持ち主ならともかく、カタギは近寄らないことだ。Easy come、easy go.

  政府が責任をもってなすべきこと。

  だぶだぶの資金を銀行に回して、銀行員がためらっている借り手にまで金をゆきわたらすことではない。すべての商取引を“いつもニコニコ現金決済”にするよう法律を作ることだ。手形はご法度。検収日以降30日以内の支払い。納品後故意に検収を延ばすような得意先には厳罰を与える。中小企業の得意先はだいたい大手と決まっているから、大手企業大嫌いの日本共産党も政府に賛成することだろう。

  利子付き借金が社会の不安定をもたらし個人の不幸をもたらす諸悪の根源であることを何度でも繰り返して言う。

黒人初の大統領!人種の壁は厚かった!

   NHKを初めとしてマス・コミは、すでに予定稿を書き上げていることだろう。オバマが当選すれれば、黒人初、マケインであれば、人種の壁。タイトルはこんなところだ。発想が貧困だから仕方がない。

   私はオバマの敗因を副大統領にヒラリーを指名しなかったことに求める。これが民主党支持者の大量棄権になった。

   選挙が終わってから、マス・コミや評論家が一斉に“検証”することになる。それだけ検証材料が揃っていたのなら、なんで選挙前に言わなかったのか、と言いたくなるのは私ばかりではあるまい。

  なぜか。答えは簡単。予測が外れて赤っ恥をかきたくないからだ。それだけ自信がないから、どちらに転んでも、検証できるように、二股をかけている。

   「オバマが大統領になるでしょう。唯一の懸念は人種です」と言って、マケインが指名されたら、「やはり私の懸念通りでした」と言う。

  地震予知担当官と同列のヘタクソな手品師の芸である。

アメリカ総局の日本の外交官

  アメリカ総局が正しい呼び名かどうか知らない。昨夜、ネット碁で負け続けていたため、つい10時までパソコンに向かってしまった。相手が長考するので、隣りに置いてあるテレビを入れたら、オバマかマケインかをやっていた。NHKである。

   外交官が200名もいるそうだ。半分はぶらぶらしていたとしても、ずいぶん大勢なことだ。それに、各省庁からの出向もいるという。

   総局の中に入って、オバマになったらどういう人脈と接すればよいか、マケインだったらどうか、こんなテーマで公使まで加わって討議している場面を紹介していた。

  一瞬、我が眼を疑った。

  外務省は機密保持の殿堂である。プロのスパイが内部を見れば、どの程度の情報収集能力か、おおよそのことはわかるはずだ。その上、Aの場合、Bの場合と、どちらに転んでも、対応できるように準備をしていることを詳しく映していた。

  いったい外務省は何のためにアメリカに200人も置いているのか。次期大統領の予測すら立てていないのである。情報収集活動と情報分析能力が備わっていれば(それこそ外交官の責務であるが)、今になってもどちらが大統領になるかわかりませんなどありえない話である。

  Aになれば、Bの考察が無駄になる、BならAが。こんなことでは、屋台の一杯飲み屋でクダを巻いている安月給取りの天下国家論争とどこが違うというのだ。まあ、外務省の無能は今になって驚くことではないが・・・

  あきれたのが、出てきた公使の発言である。

  「アメリカは腐っても鯛、依然として世界一の経済大国である、世界一の軍事大国である。日本はだから、アメリカと組んでいくことである」

  アメリカと組むという意味がどういうことか、沖縄にいなくてもわかる。この公使には、一片の日本人の自立心もない。外交官は一国の顔である。その誇りがまったく感じられない。もみ手をして親分の尻についていく岡っ引きのレベルである。

  こんな人間が、アメリカ総局に200人いようが2千人いようが、日本になんの貢献もしない。いっそのこと、黙って、カリブ海でヨット遊びをしていてもらいたいくらいだ。

  外務省役人の無能には大目に見ることにしても、日本人の誇りを失った堕落には容赦なく糾弾する。

  付の1:
  この報道はすべて、ヤラセではないかと疑っている。本当は、とっくに次期大統領を正しく予測している。オバマかマケインかは、ただ、NHKのためのサービスであろう。

  付の2:
  この番組が終わる前に、私がようやく一勝したので、さっさと電源を落としてしまった。正面から観るだけの価値を私は認めない。

日本の戦争 300万円の懸賞論文

政府は現役軍服のトップが論文を書いたことを知り、彼を即座に更迭した。

   ニュースの言うことには、中国・朝鮮半島への“進出”は侵略でない、そして、アメリカとの戦争は自発的ではなかったという論文のようだ。わざわざ論文自体を手にするほど酔狂でないから、この2点だけで考えることにした。

  先ず、彼の主張は、なんら新鮮味がない。歴史教科書問題で騒がれた教科書執筆者がとっくに述べていることである。戦争そのものには、善悪がない、少なくとも、善悪を第三者的に判断できない性格があるため、彼らの主張もひとつの見解だ。その根本は、弱肉強食の世界観であり、具体的には、当時の中国や朝鮮半島の政治がモタモタしていたから、やられたのであって、自業自得であるということである。

  私は、徹底した内政不干渉主義者だから、どれほど他国の政治が乱れていようとも、それにつけ込んで“進出”するのであれば、それは火事場泥棒とみなす。だから、彼らとアジアの件では180度見解を異にする。日米戦争は、動機がどうであろうが、対等な戦争であると私は考えている。きっかけがアメリカのわなであろうがなかろうが、日米戦争自体の実態には無関係である。

  それで思ったのが、懸賞論文の選考に当たって、論文の内容ではなく、誰が書いたか、これが決め手になったということである。先の大戦で日本は悪くなかったという考えの人間は、島の中にもかなりいるし、日本全国、アンケートを配ったら、過半数を占めるのではないか。新聞社はもとよりNHKもさすがにそうするほどバカでないだけのことだ。

   わかりやすく言えば、仮にあの論文の筆者名が、平民の代表格である私こと「小国寡民」となっていたら、絶対に優勝しなかったということである。300万円は彼の肩書きに与えられたものである。

   問題はここにある。幕僚長の身分で、そういう論文を書けばどういう結果をもたらすかは、最初から彼にはわかっていたはずだ。懸賞論文に応募するということは、世間に知られることを意図したもの、敢えて現職の肩書きをはずさなかった。

  私の心配はこれである。軍隊をマス・メディアがちやほやすると、とんでもない事態になるぞと警告してきたが、ついにここまでに至ってしまった。

   歴史の次は、外交が来る。そして、最後には、国政に口を挟んでくる。軍人は前から言っているように、頭が空であるからこそ純粋なのである。昨今の国会議員のだらしなさにイライラしていることは十分想像できる。

   今回の幕僚長の300万円懸賞論文騒動は、この面で幕僚長の更迭で済ませられるほど安易なものではない。無能政治家連への警鐘として捕らえるべき重大な事件である。

住宅ローン減税 うかつに乗らないように

   麻生は国民に自信と安心を与えるといって、住宅ローン減税を実施しようとしている。

なるほど、ローンと聞こえはいいが大金の借金を抱えている世帯にとって、職を失うかもしれないという不安ほど不安はない。せめて、減税でいくらかでも肩の重荷を軽くしてくれれば、実質的な意味でありがたい、・・・はずだ。

ところが、開けてびっくり玉手箱。

現在ローンを組んでしまっている住宅購入者は対象外であるという。これから住宅を買おうとする者だけが対象であるという。

先行き不安定といわれても、住宅ローンを組んでまで買わなければいいだけのこと。なんら痛痒を感じないのが未購入者である。

一方、すでに借金をしている者にとっては、それこそ株の上げ下げ、為替相場、はては麻生の人気まで、心配の種になっているはずだ。先見の明に欠けていたから自己責任と言ってしまえばその通りだが、麻生が国民の安寧を願っているのなら、この集団に目を向けなければならない、・・・はずだ。

そうする考えはまったくない。

既購入者にいくら恩恵を施そうと、建設・土建業者の注文が増えるわけでない。新規契約に恩恵を施すからこそ、住宅建設企業の業績に寄与するのである。国民のためとは聞こえはいいが、業界に儲けさせることがローン減税の本質なのだ。

企業が儲かれば、国民が豊かになるなんて、「風が吹けば桶屋」以下の詭弁だ。

昨日に続いて、再度、これからローンを組んで家を買おうかと考えている年下の諸君に告げる。

麻生の話と小国寡民の話のいずれに道理があるのか、ハンコをつく前にとくと頭を冷やして考えよ。私と彼、同じ1940年生まれでも、月とスッポンであると私は自負している。


追:

○次の政府・政治家に望む。

公営住宅をふんだんに建設し、定年まで安心して住める空間を国民に安価で提供せよ。まして公営住宅の削減などもっての外である。住む場所の確保ほど動物を安心させるものはない。人間も然り。

付の1.
私にはなんのビックリもない。かれらの魂胆なんかとっくに見透しだ。

付の2.
現政権になんの期待もしない。したい放題をやって、次の政権を困らせる卑劣な意図を読む。

付の3.
年下としたのは、68歳の私より年上の諸先輩がローンを組むとは思えないからである。


1101浪入田の空

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