老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

Yes but・・・   erliuzi 氏の寄稿

  本論の前にひとこと。作家の高村薫さんが『月刊現代』2月号で「まずテレビを消すことから始めよう」と提言しています。
「あなたは今のテレビに満足ですか? じゃぁ」というひざ詰めぐらいでやらないとダメでしょうが。

  さて、本論。日本共産党の「自主独立」論はたかだか40年の歴史しかありません。そこまではシベリア抑留、文化大革命からカンボジア・北朝鮮の事態につながる共通理論を抱えていました。

  中国共産党が手のひらを返したことには驚いたことでしょう。リアリストの政権党ならやるはずです。60年安保闘争の敗北後、社会党が<イタリアの道>を模索したとき、ゴリゴリの中国共産党と結んでつぶしたのは日本共産党でした。後にその中国共産党が今日の路線に転換するとも知らず。

  祝越年好!

2007/12/28(金) 18:16:21
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年の終わりは方丈記

  年の締めは、方丈記と前から決めていました。今年はこれが最後のブログとなります。お寄りいただきまして誠にありがとうございました。また、寄稿、コメント、とても励みになりました。改めて、お礼申し上げます。
  では、皆さま、よいお年を!

  ~~~~~
  只心一つ: 徒然草の“可不可は一条なり”(第三十八段)とともに、私の最も好きな言葉。
  一間の庵: 私は写真の六畳の間を、方丈と称して(私は別に坊さんではありませんが)、案、盤石、尺八だけを置くことにしている。明窓浄机。シンプル イズ ベスト。
  身の乞匃: 新幹線仙台駅に行くと、つくづくこれを感じる。周りは、背広、ネクタイ、革靴、書類カバン、きびきびとした足取り。それに比べて、我が姿よ。

    方丈記
  夫(それ)、三界は只心一つなり。心若しやすからずは、像馬、七珍もよしなく、宮殿、楼閣も望みなし。今、さびしきすまひ、一間の庵、みづからこれを愛す。おのづから都に出でて、身の乞匃(こつがい)となれる事を恥づといへども、帰りてここに居る時は、他の俗塵に馳する事をあはれむ。若(も)し人このいへる事を疑はば、魚と鳥とのありさまを見よ。魚は水にあかず。魚にあらざれば其の心を知らず。鳥は林を願ふ。鳥にあらざれば其の心を知らず。閑居の気味も又同じ。住まずして誰かさとらむ。
   ~
 (この後は、自嘲と愚痴の羅列なのでつまらない。略す)

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日本中立国と日本共産党

  部落の集まりに酒はつきものである。逆も真なりで、集まらなければ、酒を飲む機会はない。

  先日、ほぼ2年ぶりに、同じ部落の一人と我が家で酒を酌み交わした。生協の1升980円の紙パック酒である。気の合う者同士で飲べば安酒でも、かなりいい気分になることができる・・・ここまでの飲み物の話は、単なる前置きである。

  その時、どうして社民党や共産党が低迷したままでいるのかが話題となった。彼と私は、社民党は自民党と組んで政権に就いたことで完全に信頼を失ったということで意見が一致した。私は、土井たか子が、衆議院の議長席に座った時の得意顔(マヌケ面)を今でも忘れない。バカなことをした大バカ者だ。共産党では、私が天皇制否定を戦後決めたことで、日本人の血に逆らってしまったことを理由にした。彼は、シベリア抑留の悲惨な経験を理由にした。ソ連の終戦間際での裏切り、その後の漁船の拿捕、北方四島返還問題等々も理由であると加えた。いろいろ話が飛んだが、私には、ソ連のこれらの行動や中国の文革あるいはカンボジアのポル・ポト政権の虐殺がどれほど日本の共産党の責任であるのか、不勉強でよく分らない。

  しかし、不人気の理由を知りたい。私の持論である中立国を明確にうたっているのは共産党だけであるからである。

  そこで、NHKやマス・コミにお願いしたい。国民は内閣支持率の世論調査にはもう飽き飽きしているから、日本共産党に対象を絞ってアンケートを実施してほしい。NHKがごねるのなら、共産党は民放のスポンサーとなって、代わりにやってもらう。

  私が宮仕えした会社はどこも、企画の段階で、他社に流れる顧客の理由を真剣に調査していた。自社ブランドのファンはそれはそれでありがたいが、シェアー拡大には、そっぽを向かれた客の本音を聴かなければならない。政治も然り。中立がいやだ、日米同盟が好きだというのであれば、いたしかたない。諦めよう。しかし、周りを見回してみると、中立が嫌だからという雰囲気は感じられない。そうでない理由であれば、対策も打てるというもの。“傾向と対策”ならぬ“理由と対処”である。

  今は戦前・戦中の弾圧がまったくない。にもかかわらず、これほど共産党が不人気であることに、友の話を聴いた後も、なお合点がいかないままでいる。

s-リッキー5



食い物番組の「飽食」状態    erliuzi氏の寄稿


  ふだん、自分ではニュースとサッカー中継、それにドキュメンタリーぐらいしかテレビを見ません。家族との夕食時など旅・食べ物番組を見ますと、小国寡民説に賛同します。

  なぜああも「金太郎飴」(どこを切っても同じ)番組が多いのか、いわずと知れた視聴率VS製作コストの対比で最大で最小が見込めるからです。

  「テレビに出た」ということが何よりも宣伝になるご時世(新聞広告代は安くなったことでしょう)、旅館も料亭もテレビ取材に対しては「顎・足つき」でしょう。

  視聴者がスイッチに物を言わせない限り、「金太郎飴」はなくなりません。

ジュリアス・シーザーの翻訳

  この前のハムレットの“come, come”が少し気になっていたので、手元にあった福田恒存の訳を見てみた。訳は、王妃のcome, comeもハムレットのgo, goも「どうして、どうして」とあった。不可解な訳だ。私は、ハムレットが舞台に登場するシーンで、王妃が言葉を掛けたものと解釈した。福田訳は、すでに王妃とハムレットが向かい合っている場面を想定している。永川先生の、「さあ、さあ」も同じである。

  翻訳本の中に、数ページの解説が入っていた。暇にまかせて読んでいたら、ジュリアス・シーザーの訳についての評があった。書き手が誰であるかが問題ではないので、ここには、記さない。訳文だけ孫引きする。かの有名なブルータス、お前もか!の場面である。

    Speak, hands、for me!
  (逍遥訳) もう・・・この上は・・・腕ずくだ!
  (中野好夫訳) こうなれば、腕に物を言わせるのだ!
  (福田訳) この手に聞け!

  いずれも、私にはとても納得がいかない。シェイクスピアの芝居は観に行くのではない。聴きにいくのである。京劇や歌舞伎は観劇というように、セリフのほかに役者の顔や仕草も重要な役を負っている(ように私は思っている)。シェイクスピアの芝居は、役者のspeak(語る)ことが主体である。

  このことから、私は、キャスカのセリフが、自分の両手に向けられたものと解釈する。シーザー、ブルータスなど舞台の数人がそれぞれspeakしている場面でありながら、このキャスカだけは、一言もシーザーと言葉を交わしていない。暗殺決行の瞬間に、自分がspeakする代わりに、両手にspeak(剣を握る)するように命じているのだ。もちろん、両手は擬人化の手法(ここでは役者として)によっている。だからこそ、for meが活きてくる。私の“ために”ではない。私に“代わって”である。

  逍遥訳と中野訳は、自分に言い聞かせているような独り言といってもいい。福田訳は、擬人化まではよかったが、主客が転倒している。“この手に聞け”では、シーザーに向かって言っていることになる。シェイクスピアは、常に舞台の上と下の関係を意識して作品を作っている。口がspeakする代わりに両腕がspeakというのも、観客(聴客という日本語がないため)へのサービスである。当時の観客も、speakと聞けば、役者の語りとして自然に受け取ったはずだ。

  私は、ここを、「腕よ、お前の出番だ」としたい。剣を抜いてシーザーを殺そうとしている場面だから、“私に代わって、手よ、語れ”などとのんびりしていられないから、仕方がない。キャスカの立場を余すことなく表現しているSpeak, hands、for me!の歯切れの良さはやはり英語でなければならない。

    Julius Caesar  ACT 3 Scene 1
   ~
  CAESAR: Hence! wilt thou lift up Olympus?
  DECIUS: Great Caesar—--
  CAESAR:Doth not Brutus bootless kneel?
  CASCA: Speak, hands, for me!
  ( Strikes him from behind; the conspirators and Brutus hack at him)
  CAESAR:Et tu, Brute? Then fall, Caesar! ( Dies)
  ~
モモとウコッケイ


新約聖書 マタイ傳  

  昨日、すでに写したと書いた。どの位写したのか、書いたブログを振り返るのが億劫なので、今日クリスマス・イブの日、偉大な人間イエスを偲び、改めて自分の記憶に留めるよう、マーカーのある所すべてをここに写した。

  写し終わってとても良かったと思う。これからは、聖書の細かな活字を追わなくてもよくなったからだ。それと同時に、聖書とディスプレーの間を行き来るすには、今の視力が限界であることも分った。残念なのは、パソコンの不調により、旧字がIMEパッドからどうしても引き出せなかったこと。 

   マタイ傳・福音書
  第五章
・幸福なるかな、心の清き者、その人は神を見ん。
・汝らは地の塩なり、塩もし効力を失はば、何をもてか之に塩すべき。後は用なし、外に捨てられて人に踏まるるのみ。汝らは世の光なり。
・己が頭(かしら)を指して誓ふな、なんぢ頭髪(かみのけ)一筋だに白くし、また黒くし能(あた)はねばなり。ただ然り然り、否否といへ、之に過ぐるは悪より出づるなり。
・目には目を、歯には歯を」と云へることあるを汝ら聞けり。されど我は汝らに告ぐ、悪し者に抵抗(てむか)ふな。人もし汝の右の頬をうたば、左を向けよ。なんじを訟(うった)へて下衣を取らんとする者には、上衣をも取らせよ.

  第六章
・なんじら己がために財宝を地に積むな、ここは虫と錆びとが損(そこな)ひ、盗人うがちて盗むなり。汝ら己がために財宝を天に積め。かしこは虫と錆びとが損はず、盗人うがちて盗まぬなり。なんぢの財宝のある所には、なんぢの心もあるべし。
・何を食(くら)ひ、何を飲まんと生命(いのち)のことを思ひ煩ひ、何を着んと体のことを思ひ煩ふな。生命は糧にまさり、体は衣に勝るならずや。空の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。汝らは之よりも遥かに優るる者ならずや。
・まづ神の国と神の義とを求めよ、然らば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦労は一日にえ足れり。

  第七章
・然らば凡て人に爲(せ)られんと思ふことは、人にも亦その如くせよ。これは律法(おきて)なり、預言者なり。

  第八章
・さてイエス群集の己を環(めぐ)れるを見て、ともに彼方(かなた)の岸に往かんことを弟子たちに命じ給ふ。一人の学者きたりて言ふ『師よ何処(いづこ)にゆき給ふとも,我は従はん』イエス言ひたまふ『狐は穴あり、空の鳥は塒(ねぐら)あり、然れど人の子は枕する所なし』また弟子の一人いふ『主よ、先づ往きて我が父を葬ることを許したまへ』イエス言ひたまふ『我に従へ、死にたる者にその死にたる者を葬らせよ』

  第九章
・『健やかなる者は医者を要せず、ただ病める者これを要す。なんじ往きて学べ「われ憐憫(あはれみ)を好みて、犠牲(いけにへ)を好まず」とは如何なる意(こころ)ぞ。我は正しき者を招かんとにあらで、罪人(つみびと)を招かんとて來れり』

  第十章
・視よ、我なんぢらを遣すは、羊を狼の中に入るるが如し。この故に蛇のごとく慧(さと)く、鳩のごとく素直なれ。人々に心せよ。それは汝らを衆議所に付(わた)し、会堂にて鞭(むちう)たん。
・われ地に平和を投ぜんために來れりと思ふな.平和にあらず、反って剣を投ぜん爲に來れり。それ我が來れるは人をその父より、娘をその母より、嫁をその姑より分たん爲なり。人の仇(あだ)はその家の者なるべし。我よりも父または母を愛する者は、我に相応(ふさは)しからす。我よりも息子または娘を愛する者は、我に相応しからず。又おのが十字架をとりて我に従はぬ者は、我に相応しからず。生命を得(う)る者は、これを失ひ、我がために生命を失ふ者は、これを得べし。

  第十一章
・凡て勞する者・重荷を負ふ者、われに來れ、われ汝らを休ません。我は柔和にして心卑(ひく)ければ、我がくびきを負ひて我に学べ、さらに霊魂(たましひ)に休息を得ん。我がくびきは易く、我が荷は軽ければなり。

  第十五章
・聴きて悟れ。口に入(い)るものは人を汚(けが)さず、然れど口より出づるものは、これ人を汚すなり

  第十九章
・まことに汝らに告ぐ、富める者の天国に入るは難し。復(また)なんぢらに告ぐ、富める者の神の国に入るよりは、駱駝の針の孔を通るかた反って易し

  第二十二章
・神は死にたる者の神にあらず、生ける者の神なり

  第二十三章
・学者とパリサイ人とはモーセの座を占(し)む。されば凡てその言ふ所は、守りて行へ、されど、その所作(しわざ)には効(なら)ふな、彼らは言ふのみにて行はぬなり。また重き荷を括(くく)りて人の肩にのせ、己は指にて之を動さんともせず。凡てその所作は人に見られん爲にするなり。

  第二十六章
・すべて剣をとる者は剣にて亡ぶるなり。

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新約聖書  ヴ・ナロードゥ(人民の中へ)


  新約聖書は、頁数が旧約の3分の1。通して読んだ後でなければ分らないが、信仰書として感激したい人でなければ、マタイ傳福音書だけで十分である。マルコ傳以下を読むと、却って、どちらがどちらだっけと混乱する。使徒行傳はいらない。あれは、人間イエス・キリストのことではなく、神の子として、弟子が感動した記録である。書も同じ。最後のヨハネ黙示録にいたっては、旧約に先祖還りしたかと疑う。

  マタイ傳にある名文句は大分前にこのブログに写したように記憶してる。今日は、奇蹟を考える。

  彼が民衆に向かって、たいへん気高い事を述べていても、仮に奇蹟がなければ、民衆は、彼に見向きもしたかった。「一日の苦勞は一日にて足れり」なんて言っても、「だからなんだ」とまぜっかえされるだけだ。神なんていっても、「ヱホバで十分だよ」で終わり。街頭演説をしても、狂人扱いされるだけだ。

  私はこれを、今の護憲運動家になぞらえる。護憲なんか、民衆の感心事ではない。いくら講演会で壇上から護憲を訴えても、会場に集まっている人たちは、いってみれば、皆サクラである。全国規模でやっても、全国規模でサクラが集まってくるだけ。岩波に代表されるいわゆる進歩系月刊誌などにどれほど論文・評論を発表しても、読む人たちは、サクラである。核廃絶運動も然り。

  サクラというのが失礼ならば、ファンクラブと言い直す。ファンでない人をファンにするためには、イエス・キリストがやったように、何か奇蹟を起こして、民衆に、「おや!」と思わせなければならない。奇蹟ができないなら、せめて、「あれだけ、オレたちのために、尽くしてくれているのだから、まあ、聞いてやろう」と言われる位、民衆の間に入って、人の幾倍も苦労しなければならない。

  私も、少しだけ、真似事をしようとしたが、疲れてしまって、とても続けられなかった。こうして、ブログにうだうだ書いている方が、はるかに楽で、楽しい。そして、心の中で、こうつぶやいている、「バカは死ななきゃ治らない」もちろん、私のその中の一人に入っていることは承知の上だ。

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方丈記 質素な食べ物


  ネット・オークションで届く品物の緩衝材として、ときどき、新聞紙が入っている。それを、しわを伸ばして、見る。昔に比べると、全面広告がやたらに多いこと、活字が大きいこと、どの頁にもカラー写真が載っていること、などが挙げられる。

  社説はつまらないから読まない。民放のテレビ番組表を見て、どんな番組が組まれているかを、知るようにしている。新聞の緩衝材は稀であるから、運が良くなければ、テレビ番組の頁は入っていない。今回は、運が良くて入っていた。

  目を通したら、昔とまったく変わっていない。食い物のオン・パレードである。食道楽は趣味の一つであるから、個人が三昧にふけるのは結構だが、日本全国、こんなことばかりを見せつけられた日にはたまったものではない。

  民放の専売特許でないことが、あのNHKの昼の番組で分った。世間では、箱物と言って、建物ばかりが豪華な公共事業を嗤う。テレビだって民生エレクトロニクスの最先端技術の結晶である。そういう立派な箱物の中身が食い物、しかも、アナウンサーかタレントかしらないが、意地汚く大口を開けて、「うまい、うまい」と見せつける始末。

  これからクリスマス、新年と、食い物番組が軒を連ねるのは、明白だ。日本人よ、いつからこんなに食い意地を張るようになったのか。情けない。

  方丈記(昨日の続き)
   ~
  衣食のたぐひ、又同じ。藤の衣、麻の衾、得るにしたがひて肌を隠し、野辺のおはぎ、峰の木の実、わづかに命をつぐばかりなり。人にまじはらざれば、姿を恥づる悔もなし。糧乏しければ、おろそかなる報いをあまくす。惣てかやうの楽しみ、富める人に対していふにはあらず。只わが身ひとつにとりて、昔今とをなぞらふるばかりなり。

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方丈記 体の養生と舌の養生


  人間関係は、いい面があるはずなのに、鴨長明は、悪い面ばかりをみてきたようだ。それで、人との付き合いはもううんざりということで、山奥に入ってしまった。用も無いのに、わざわざ山に入る酔狂はいないから、一人、お経を読んだり、笛を吹いて一年四季を過ごす。

  私はと言えば、一部だいたい似たような動機で東北の小島に逃れた。にもかかわらず、移住してから9年、下放運動よろしく地域に深くコミットしてきた。そして2年前、ある事情により、次第に手を引く形になって、今では、読経こそしないが、この方丈記とさして違わない日々を送っている。

  その結果、心の平安はほぼ保たれるようになったが、文章として成立する言葉を発する機会が消えてしまった。週に一度、生協の注文をピック・アップするために船着場に下りて、生協メンバーと二言、三言交わす挨拶言葉は、脳の言語機能向上にまったく貢献しない。

  このまま、鴨長明と同じように、舌を使わないでいくと、どうなるか。近頃、失語症の兆しを感じるので心配だ。まさか養生のためとして、常に舌を動かすわけにもいくまいし。


   方丈記
    ~
  夫(それ)、人の友とあるものは、富めるをたふとみ、懇ろなるを先とす。必ずしも情けあるとすなほなるとをば不愛(あいせず)。只糸竹(しちく)、花月を友とせんにはしかじ。人の奴たるものは、賞罰はなはだしく,恩顧あつきを先とす。更にはぐくみあはれむと、やすくしづかなるとをば願はず。只わが身を奴婢とするにはしかず。いかが奴婢とするならば、若(も)しなすべき事あれば、すなはちおのが身をつかふ。たゆからずしもあらねど、人を従へ、人をかへりみるよりやすし。若し歩くべき事あれば、みずから歩む。苦しといへども、馬鞍(うまくら)、牛車(うしくるま)と心を悩ますにはしかず。今、一身を分かち手、二(ふたつ)の用をなす。手の奴、足の乗物、よくわが心にかなへり。心身の苦しみを知れれば、苦しむ時は休めつ、まめなれば使ふ。使ふとても、たびたび過ぐさず。物うしとても、心を動かすことなし。いかにいはむや、常に歩き、常に働くは、養生なるべし。なんぞいたづらに休みをらん。人を悩ます、罪業なり。いかが他の力をかるべき。
   ~
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迎撃ミサイル

  先ごろの迎撃ミサイル実験の成功の記者会見の中で、これからは、日米間で情報の共有を一層図りたいという内容の発表があったように記憶している。

  これを、裏読みすれば、日本の防衛省には、キーとなっている情報がアメリカから入って来ていないことではないか。成功談のどさくさにまぎれて、日本政府が、アメリカ政府にやんわり、苦情を申し出たと私は受け取った。

  だいぶ前に、イージス艦の機密情報が自衛官によって漏洩されたと騒がれていたが、あれだって、本当は、どうでもいいような情報ではなかったのか。マス・コミの担当記者が確認したわけであるまい。重大な機密だといわれて、そのまま、受け売りをしただけだろう。

  そもそも、アメリカが日本に機密の名で提供している情報に、肝腎要(かんじんかなめ)のものなどないはずだ。それもそのはず、アメリカはいつ日本が寝返って、中国の属国になるのか、そこまで、配慮しているからだ。こと戦略に関しては、アメリカは世界一。荒唐無稽ではない。

  も一つ。迎撃ミサイル装備を増強するそうだが、朝鮮から核が消えた後には、中国しかないではないか。中国から核ミサイルがアメリカ向けに発射される、それを、太平洋の真ん中で、日本の迎撃ミサイルが打ち落とす。中国は、困るから、止めてくれと、日本政府に外交ルートでクレーム(!!)をつける。・・・これは荒唐無稽だ。

  それでいて、防衛省は、まじめな顔をして、予算請求をする。一体、どれだけ税金を使えば、気が済むのだろう。一体、どれだけアメリカに気配りをすれば、気が済むのだろう。

  追:
  昨日のハムレット、王妃の「来い、来い」はさすがになかった。東京葛飾の品の悪さ(葛飾にも品のよろしい人はいますが、稀です。大体が、葛飾は柴又の寅次郎レベルと思って間違いありません)がつい出てしまったのだ。ここは、王妃の一言一言の言葉尻を捕らえて、ハムレットがからむ場面である。今なら、「こちへ、こちへ」対「そちへ、そちへ」、あるいは、「ちこう、ちこう」対「むこう、むこう」とする。「さあ、さあ」や「さて、さて」では、続く“go, go”が活きないのだ。できぬ話だが、もう一度、永川先生の授業を受けて言い訳をしたいもの。

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都立大 永川先生のハムレット

  永川先生といえば、シェイクスピア。私の授業ではハムレットがテキストだった。学生が輪読して訳す、先生が注釈をつける。この繰り返しであった。イメージとしては、映画「聞け、わだつみの声」の授業風景がぴったりである。とてもよい雰囲気だった。

 何順目かするうちに私の番が、ハムレットが王妃である母に文句をつける場面にあたった。その中の母の言葉に、“Come, come, your answer with an idle tongue.”がある。このcomeを“来い、来い”と訳した時、先生が、突然、大声で笑いだし、しばらくは、止まなかった。先生は学生の誤訳は笑わない。笑っていたら、授業中、笑い通していなければならない。笑ったのは、私の「来い、来い」が前代未聞の珍訳だったからだ。

  予習の時、ハムレットが、王妃に答えて、“go, go”とやっているので、深く考えなかった。先生の爆笑で中断しなければ、私は、「行け、行け」と訳していた。笑いが収まって、先生は「さあ、さあ」と訳すものと正された。ハムレットは、母の気安く声を掛けて言ったcomeを不愉快に思って、本来のcomeに戻したのであるから、“go, go”を同じように、「さあ、さあ」や「さて、さて」では、訳としては、不十分である気がしてならなかった。「来い」も「行け」も悪いが、所詮、日本語に訳しては、シェイクスピアはダメなどだと負け惜しみで済ませておいた。

  それから、二十年近く経た後。中国ビジネスに就いた時のこと。当時は、一つ契約が決まると、必ず一つ宴席が設けられた。大きな丸いテーブルに担当者の他に10人位の酒飲みが集まる。初めは、この料理はどうの、この酒はこうの、あるいは、日本ではどうの、中国ではこうの、等と比較文化論をおとなしく語り合っているが、呑み助の常として、酔ってくれば、そんなことはどうでもよくなってくる。盃の応酬となる。この時、乾杯を促して発する彼らの言葉が、きまって「來、來(来の中国語漢字)」である。英語なら、come, come。その度に、酔いの最中でも、「来い、来い」と訳した永川先生の授業が亡霊(先生ではありません、授業です)のように現われた。まさに、ハムレットだ。

  東京の仇を北京で討たれたようで、今も、懐かしくもあり、恥ずかしくもある。

     The Tragedy of Hamlet,  Prince of Denmark
        ACT 3 Scene 4: The Queen’s closet
       ~  
   HAMLET. Now, mother, what’s the matter?
   QUEEN. Hamlet, thou hast thy father much offended.
   HAMLET. Mother, you have my father much offended.
   QUEEN. Come, come, you answer with an idle tongue.
   HAMLET. Go, go, you question with a wicked tongue.
   QUEEN. Why, how now, Hamlet?
   HAMLET.      What’s the matter now?
   QUEEN. Have you forgot me?
       ~
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学ぶ喜び 都立大学

  毎年、12月のこの頃になると、都立大学を思い出す。東京外語では、図書室で世界文学を読んでいるか、アルバイトに出かけているかのどちらかであった。ほとんどが退屈な授業であったので、普段でも週に3日くらいしか大学に行かなかった。だから、夏休みや冬休みの感覚をもてないまま過ごした。建物も、アカデミズムのアの字もないほど、粗末なもので、一部の校舎は廊下が板張りであった。

  こういうことで、まともに勉学に励むことなく、大学生として不完全燃焼のまま卒業してしまった。月給を受けるようになってからも、それが我慢ならず、シュムペータ経済学を深く学びたかったこともあり、昼夜同一授業の都立大学を受験した。筆記試験のあとの面接で、数人の教授からの質問に、“マルクス経済学は実験室の純粋培養のようなもの”とかなんとか答えたのが理由(私の憶測である)で、落ちてしまった。勉学の志(外語の仲間が聞いたら吹き出すだろうなぁ)、消えず、翌年、英米文学部を受験した。イギリスの随筆文学とシェイクスピアが目的であった。無事、入学することになり、単位や期末試験を気にせず、純粋に学ぶという喜びに浸ることができた。

  授業のある間は授業、冬休みは、職場の仲間などとの付き合い。そのメリハリのきいた境目が12月のこの頃なのである。

  私の都立大。今は、昔語り。篠田一士教授、佐伯彰一教授、永川玲二助教授の講義を受けたことは私の誇りとして、つい自慢をしたくなる。

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銃社会アメリカの血 日本の銃犯罪に思う 

  
  日本が長い間、「飛び道具は卑怯なり」を通してきたのは、武道という“道”が確立されていたからだ。アメリカはそんな呑気なことを言っていられない事情から国が成立した。そもそも、飛び道具無しでは、イギリスから独立できなかった。これも、大昔のことならともかく、1776年の独立宣言から、250年も経っていない、つい先ほどの話だ。領土の拡大も、金で買うか、戦争で奪うかのいずれかであった。

  私は、これをアメリカの血と言う。中国の歴史教科書がどうなっているか知らないが、時代の認識は別として、三千年から五千年のスパンをカバーしているのではないか。アメリカは、逆立ちしても、三百年。だいたいが、イギリスやヨーロッパで食い扶ちのない人間が流れ着いたような形でスタートしたのだから、伝統や教養が無くても不思議ではない。これが、イギリス国王か女王が王政反対党の迫害から逃れるため、ナイト(騎士)と共に、アメリカに渡ったということであれば、まったく別のアメリカとなっていたはずだ。議会制民主主義を世界最高の政治システムとえばっているが、彼らには、他の選択肢がなかっただけのこと。

  アメリカの歴史教科書は、金と力の成功経験で満ちているのではないか。貧しい国からの移民、音楽家、野球選手、科学者、国連での追従者<国)、すべてが、金と力を背景にしたものと、自然に子供のころから身に着いてしまっているのではないか。

  日本は、中国ほどではないにせよ、歴史の蓄積がある。笑うのは同じでも、落語や漫才の笑いとジェリー・ルイスが好例の喜劇とは、品格がまったく違う。我ら日本には、“落ち着き”がある。彼らは、つねにドタバタしている。そうしなくなるまでには、あと250年は必要であろう。

  大橋巨泉が、以前、アメリカからジャズを取ったら、何も残らないと言った。産軍共同体が残るではないかというのは、間違い。巨泉は、“世界に誇れるものは”何も残らないと言っているのだ。私も、同意見であるので、彼の言葉を今でも覚えている。アメリカ文学も粗末の限りである。

  外国からの情報といえば、ニュース、文化、スポーツ、等々、そのほとんどがアメリカであるNHKは、少しは、この点を考えなければいけない。アメリカは先端技術に限れば先進国であるが、国としての重みがまったく感じられない軽薄な文化国家である。建国の歴史でいたしたがないことだが、アメリカを論じる時には、常に、このアメリカの血を意識しておかなければならない。

  マス・メディアや政治家がこれを意識しないまま、アメリカを崇め奉っていると、治安の悪化のみならず、日本の社会全体が、アメリカにミニチュアとなってしまう。“金と力の日本”、私は大反対だ。

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猟銃・空気銃 所持許可証

  犬に大変失礼な題の『野良犬』は私の大好きな映画の一つである。三船敏郎演じる刑事がピストルをバスの中で掏られる所から始まる。

  この刑事は掏られたピストルで殺人事件が起きたことで、ノイローゼ気味になる。その時、ベテラン刑事が、「犯人は、君のコルトがなければ、ブローニングでやっただけだ」と、言った。これから観る人のために“言った”とだけにしておく。

  悪いヤツは、物ではない、心である。私は、そうでないような気もする。銃の乱射事件は、アメリカではしばしば発生するし、発生すれば、一度に多数の死傷者が出る。凶器が木刀であれば、ありえないことだ。

  手元に銃があれば、銃を使ってみたくなる心理を、兼好は知っていた。私は、盤石と尺八を常に脇に置いているのでよくわかる。

  附:
  銃の所持許可には、初めに試験があり(私の時は、4分の3位が落ちた。難しさは海事検定など比較にならない)、医師の精神面での診断書が必要で、加えて、手続きがうんざりするほど、仔細かつ複雑である。毎年、警察署での銃の確認がある他、以後3年ごとに、講習・試験および医師の診断書が必要となる。もちろん、保管は厳重を極める。

  先日、暴発で子供が亡くなったニュースがあったが、所持者が医師であることに驚いた。銃と実弾は絶対に一緒に保管してはならない。更新講習の度に、教官が口を酸っぱくして繰り返すほど、重要なことだ。こういう事故が頻発すれば、標的射撃を趣味としている私まで、不幸に見舞われそうだ。
 
  徒然草 第百五十七段

  筆を取れば物書かれ、樂器をとれば音(ね)をたてんと思ふ。盃をとれば酒を思ひ、投子(さい)をとれば攤(だ)うたん事を思ふ。心は必ず事に触れて來る。かりにも不善の戯(たはむれ)をなすべからず。
  ~

モモ
  

方丈記  私のお気に入り


  冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」はなんとなく知っていたが、本格的に読んだのは、宮仕えを終えた五十五を過ぎてから。それまでは、徒然草一本であった。

  この随筆は、たいへん短かく、文章の歯切れがよいので、初めから終わりまで、一気に読むことが出来る。いい文章に当たると、日誌に写すことは、以前このブログで書いた通りで、方丈記は後半のほとんどは写し終えている。

  方丈は3メートル四方とのこと。六畳ほどだ。本棚も書庫もないガランとした部屋、それが家のすべてである。

  聞くところによれば、写経が精神衛生上、とても良いらしい。それで、年の瀬に、改めて、ブログに写すことにした。

  方丈記  鴨長明
  ~
  おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、いますでに五年を経たり。仮の庵もやゝふるさととなりて、軒に朽葉(くちば)深く、土居(つちい)に苔むせたり。

  おのづからことの便(たより)に都を聞けば、この山にこもりゐてのち、やむごとなき人のかくれ給へるもあまた聞ゆ。ましてその数ならぬたぐひ、尽くしてこれを知るべからず。たびたび炎上にほろびたる家、又いくそばくぞ。

  ただ、仮の庵のみ、のどけくして恐れなし。程狭(ほどせま)しといへども、夜臥す床あり、昼居る座あり。一身を宿すに不足なし。かむなは小さき貝を好む。これ身知れるによりてなり。みさごは荒磯にゐる。すなはち人を恐るゝが故なり。

  われまたかくのごとし。身を知り世を知れれば、願はず、わしらず、たゞしづかなるを望とし、うれへ無きを楽しみとす。
 
  ~1215.jpg



今年最も印象に残ったテレビ放映  2つ


   一つ目. 8月の恒例となっている太平洋戦争のNHKの特別番組。敗戦まで国民が日本の戦勝を信じていた背景に及んだ時、ナレーターが、「新聞がこぞって戦争を煽るような記事を書き連ねた」と新聞の映像に合わせて説明していた。“連ねた”は、褒め言葉ではない。新聞を悪者扱いしている。そのくせ、当時のNHKが帝国陸軍大本営の代弁者であったことの反省は最後までなかった。

   二つ目. 連立構想の記者会見で、ある記者が、退場間際の福田総理に、「小沢代表は信頼できる相手ですか」と史上最大の愚問を投げた。福田総理が、気色ばんで、「信頼関係がなければ、話ができないでしょう」と答えた。後のニュースでも、気色ばんだと、まるで、福田総理が短気で気難しい人のように言っていた。これが、石原都知事だったら、「何を間抜けな。一体、どこの記者か」と怒鳴ったことだろう。

  マス・コミは私が学生の頃は、花形産業であった。商社やメーカーに行った学生より、数段成績が優秀であったことは言わずもがな、それに加えて、正義感を雰囲気に持つ学生であった。

  マス・コミが今でも花形産業であるかどうか、私は知らない。今年、改めて知らされたのは、質の悪い報道と報道人が白昼堂々と闊歩していることである。

  P.マッカートニーの曲のセリフに、どこにでも、良いのと悪いのがいるもの、とあった。しかし、こと政治報道においては、これでは困る。基本の基本から再出発してもらいたい。

       ~~~~~~~~~
  
  追:私は、昨日のブログで"偽”をニセと読んだ。今日のテレビでは、イツワリと言っていた。イツワリなら、"偽り”と後ろに「り」がつかなければならないのではないか。第一、イツワリは、雅語の響きがある。映画で観る恋人同士の紆余曲折を連想させる。昨今の"偽”にはもったいない。ニセでいい。いかがでしょうか。

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顕  今年の漢字

  今年の漢字が“偽”と決まった。ピンと来ない。日本人の偽は今年に始まったことではない。ファッションやアクセサリーの世界では、一流のブランドに偽物はつきもの。偽物と言われていないが、似たようなものに、自動車・家電製品がある。他社の製品をただ自分のブランドをつけただけで、自社製品として、販売している。取り扱い説明書に、「お買い上げいただきましたこの自動車(あるいはテレビ)は、どこそこの製品をそのまま流用しています」と記すべきものだ。世間は、これを偽といわないが、私は偽という。超一流企業でさえ、こうであるから、何代も同族経営をしている所では、推して知るべしだ。偽は年中行事のようなもの。

  字の性格からみれば、偽は形容詞。活力が感じられない。やはり、動詞でなくては。

  そこで、私は、“顕”を今年の漢字に選んだ。顕在化、露顕の顕である。つまり、“バレる”。

  社内派閥抗争ではじかれた重役、クビになった平、条件に不満のあるパートのおばさん、今後、益々、隠蔽がバレる。企業における終身雇用・年功序列の崩壊の副産物である。

  反面、悪事がバレない組織は、この終身雇用・年功序列が温存されている組織である。その最大組織が、警察上部機構であり、外務省である。共通しているのは、これら二つが、パートのおばさんの入る余地がないエリート集団であることである。何百年の老舗の偽物騒ぎなんぞ、所詮、雑兵である。本丸にいつ“顕”の火の手が上がるか、・・・冬だというのに、「宵待ち草」の歌詞がつい口に出てしまう。

    顕(ケン)  (旧字体は顯)
     はっきりと見える
     はっきりわかる
     本性を外にあらわす
     明示されている  (藤堂明保編 学研漢和大字典)

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量の拡大    erliuzi 氏の寄稿

  最近の仙台のタクシー事情は知りません。

  「規制緩和」という小泉・竹中流の新自由主義路線で増車されたこと、同じ路線による<切り捨て>で勤労者・労働者がタクシー業界に流れてきたこと、要因はこの2つでしょう。

  おかげで、東京でも、料金を払うこちらが道案内までしなければ行き着けないケースが再三再四。なかには、乗るとすぐ「まだ道をよく知らないので・・・」とくる人も。失業・転職の事情には同情するにしても、それぞれ仕事には「プロの誇り」というものがあるものでしょう。

  それとも、今ではそういうものまで押し流されてしまったのでしょうか。行ったこともない有名料理屋ですら、あられもない醜聞(こういうときにこそ活きることばです)を振りまくご時世ですから、にわか運転手の有り様などまだいい方かもしれませんね。


2007/12/11(火) 17:14:50

海難


  また、海難事故が起きた。金華山沖は世界三大漁場の一つと言われているようだから、集まってくる漁船も多いのだろう。去年のサンマ漁船の遭難がまだ忘れない今、再び起こった。

  ここは石巻海上管区なので、ニュースで知ると同時に、突然増えるヘリの飛行で、異常事態が発生したことがわかる。

  ニュースでは、山の遭難と海の遭難を同列に扱っているように思えるが、事故の性格に違いがある。登山は、スポーツである。プレジャーボートは同列であるが、漁船は仕事であり、その道のプロである。途中入社で勤まるような職種でないから、大抵は、親子代々、引き継いで従事している。ベテラン中のベテランで、山好きが、年に数回、登山し、10年経てばベテランなどといわれる登山とは、格段の差がある。それでも、遭難する。水揚げが収入、すなわち、生活に直接響くし、また、目の前に魚群がいれば、狩猟本能に任せることもあろう。天候の急変とのせめぎ合いだ。勝てば、他の漁船が漁を控えているため、セリで望外の高値がつけられる。負ければ、命を失う。

  私は、4キロ先の本土との間で、2度、恐い思いをした。

  一つは、突然、霧に遭遇した時。行きは快晴で平穏。30分程過ごしてからの帰途、霧の塊が襲ってきた。五里霧中、船の先さえ見えなくなってしまった。コンパスに従って進路を決めても、このまま、太平洋に抜けてしまうのではないかと、恐怖にかられた。突然、大型船舶が現われるかもしれないことも恐怖であった。聞き耳を立てた。耳が快楽の追求(音楽)ばかりのためにあるのではないことを実感した。

  もう一つは、突然の強風。足場パイプを長短30本ほど、平らなデッキに載せて帰る途中、急に横風が吹き出し、パイプがガラガラと音を立てて、片方に寄ってしまった。一度そうなると、もう復元はしない。下がった側から打ち水が入り、生きた心地はしなかった。母港(大げさではありません。本当に母なる港という感じです)に戻ることができず、傾いたまま、手前の港にやっとの思いで着いた時は、20分の操舵でもヘトヘトに疲れた。デッキの荷物は固定しなければならないことを、身を以って学んだ。

  この2件までは、「多少波があった方が面白いや」、とうそぶいて、冬でも、陸と行き来していたが、それからというもの、夏の穏やかな昼間のひと時以外は、船を出さないことにしている。

  ところで、救命胴衣。あれは、本人の生還を高めるためであるのは当然として、遺体の捜索に困難をきたさないためでもある。だから索体胴衣ともいえる。私は、後者に重きを置いて、小漁師漁船でもシー・カヤックの時も、胴衣は着けていく。捜索に世話を焼かせようなものなら、私の日頃の行動を見ている島の人達に何を言われるかわかったものではないから。

  最後に、遭難で亡くなられた方々のご冥福を祈ります。

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天皇制  護憲の陰の功労者


  帝政ロシアが、レーニンによってソ連となった。永遠的な発展が約束されていたはずの社会主義国家が、百年を待たずに崩壊し、時の権力を象徴する都市名では、レニングラードがペテルスブルグに戻ってしまった。先の選挙ではプーチンが圧勝し、共産党は見る影もない。社会主義の誤謬や一党独裁の弊害など、ハイ・ブローの講釈は一通りされたが、私は、プーチンの圧勝をロシア人の血のなせる業とみている。彼らには、ツァーがいる方が落ち着くのだ。

  中国共産党の独裁が続いている。経済が成長すれば、政治の自由を求める声が強まり、中国の政治は不安定になるといった論があったが、今日、その徴候はない。毛沢東が交通安全のお札として使われているようだが、これは、毛沢東が神様として扱われている証拠である。もちろん、日本のお札と同じで、車にぶら下げているだけで、拝んだりはしないだろうから、それだけ、普通の神様として、市民の日常生活に溶け込んでいるということだ。田舎では、今でも、多くの家で、毛沢東の肖像を壁に掛けているのではないか。社会主義思想とは無関係である。誰かに皇帝となっていてもらいたい。中国人の血のなせる業と思う。

  それでは、日本人の血は何か。天皇制である。無条件降伏した以上、戦勝国は日本に何をしても許される時に、最高戦犯と言われても反論に苦労するような昭和天皇を廃止せず、それどころか、憲法の頭に天皇継続を置いた。

  仮に、アメリカ進駐軍が日本国憲法に共和制をうたったらどうだろう。当時、生きるのに精一杯だった日本人はしばらくは、我慢したに違いない。しかし、生活が安定していく戦後復興期、20年を待たずに、圧倒的多数の賛成で憲法を改定し、天皇制を復活したことだろう。同時に、憲法第九条は消えていた。

  歴史に「仮に」は禁句と学んだ。だが、たまには、歴史にネガティブな扱いをしてもいいのではないか。それで、天皇制は護憲の陰の功労者であるとした。

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尺八の稽古で「金剛石」を知る

  尺八の稽古を始めてから2年が過ぎた。尺八の前の1年間、島の長老から篠笛を教えていただいていた。自分で音を出す喜びは味わったが、篠笛の主な使い道は、獅子舞。年に数度のチャンスしかない。そこで、尺八となった。ピアノは、家の床が抜ける。ギターは、ロマンチスト。ハゲじいさんには不適だ。トランペットは、部落の銀座通りまで、響く。苦情は必定だ。

  尺八はいい。竹で囲まれた我が家の雰囲気にぴったりだ。最初は、スースーだったのが、次第にブーブーとなり、今では、たまに、尺八特有のブォーブォーが出るようになった。譜面のツーツーレロレロ、ツーレロにだいぶなじんできた。すべて、師匠についたからこそにちがいない。

  今月の練習曲は、「金剛石」。元は、筝曲である。歌詞に目を通して、師匠に、「50年前に知っていたらなぁ」と言ったら笑ってくれた。家に帰ってから、ふと思った。金剛石はダイヤモンド。ダイヤモンドだからこそであって、私のような軽石では、若い時から磨いたら、中年に届く前に、磨り減ってなくなってしまうのではないか、と。あるいは、ダイヤモンドでさえ、磨かなければ、だめなのだから、軽石なら、なおのこと、磨かなければならない、とも解釈できる・・・いずれにしても、もう遅い。

        金剛石  
       金剛石も磨かずば、
       玉の光はそはざらん、
       人も学びて後にこそ、
       まことの徳は顕(あら)はるれ

       時計の針のたえまなく、
       めぐるが如く時の間も
       光惜しみて励みなば、
       いかなる業(わざ)かならざらん。

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冬の夜長は楽しい プロジェクター礼賛


  テレビがどれほど進化しても、所詮、展覧会場という箱物。中に展示してある彫刻・絵画がお粗末なら、まったく無意味である。大体、民生機器が進化・発展すればするほど、中味が悪くなっていく気がする。例えば、FM放送。開設当時は、クラシックにせよPOPSにせよ、番組の初めと終わりに若干のナレーションが入るだけで、一度、ONにすれば、安心して聴いていられた。今は、のべつまくなしのおしゃべり。BS放送のオーディオ・グラフィックは、音響と映像の見事なコンビネーションであった。今は、時々穴埋め程度にしかやらない。3時間ぶっ続けなどなくなってしまった。

  観たい映画、聴きたい音楽は、自前で揃えなければならない。他力本願ではだめだ。ニュース番組でないのだから、この点はNHKに恨みはない。

  さて、大概のものには、未練がましくない私だが、映画と音楽だけは、たとえ地の果てに住んでも(今の場所が地の果てというのではありません)、手放すことはできない。そして、映画はテレビ画面サイズでは駄目。これは私の信念である。

  20年ほど前、ジャンボ機に搭載されているOEM品と称した3管式プロジェクターを、大阪の輸入商社から買った。当時ブランド品の3管式が200万以上したから、50万足らずの価格は魅力的であった。50万で、液晶プロジェクターが買えたが、とても鑑賞に堪える画質ではない。問題は、40キロの重さとコンバージェンス(調整)の難しさであった。これには、泣かされた。しかし、120インチのスクリーンに映し出された007、「2001年宇宙の旅」、「ブルー・サンダー」、これぞ映画!の醍醐味を味わうことができた。

  それも、今年初め、ついにダウン。よく働いてくれたが、もう部品の手当てができない。寿命と観念した。だが、無しでは、いられない。29インチかそこらのテレビには戻れない。年金からは無理であったが、幸い碁の本がオークションで売れたので、新しいプロジェクターを手に入れることができた。DLP方式で、120インチは苦しいが100インチまでは十分満足できる解像度を持っている。黒の沈みがすばらしい。価格は10分の1、重さは2.4キロ。常設の必要がまったくない。最もありがたいのは、調整が双眼鏡並みの易しさであること。民生機器の技術革新の恩恵に浴している。

  鶏が全員鶏小屋に入ったのを確かめ、エサを与える。私の夕飯が終わる頃は、外はすでに、闇。古い映画は、手持ちのレーザー・ディスク、新しい映画は、スカイ・パーフェク。冬の夜長を楽しむ時間がくる。

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テレビかラジオか 

  ついにNHKが映らなくなった。タダ見のくせに、文句ばかり並べていたものだから、NHKも堪忍袋の緒を切らし、障害電波を流し始めたのかと、チラッと思った。多分こういう発想は、よほどの誇大妄想狂(オレのブログもついにNHKの会長の眼に止ったか)か被害妄想狂(最近カラスがカーカーうるさいのも、風呂の水がなかなか熱くならないのも、我が家だけだ)でなければ出ないであろう。

  多忙の中、検証と思考を重ねた結果、真実は、仙台の放送塔と家のアンテナの間にある裏山の竹が伸びたことにあった。雨後の竹の子は、その後も、休むことなく成長していく。“の子”は余分な表現だ。延びた竹は、切ればいいのだが、面倒だ。そこで、ラジオの再登場となった。

  習慣で、夜7時にニュースを聴く。今の日本、停電にでもならなければ、7時のニュースをラジオで聴く家庭はあるまい。その栄誉を与えられたので、礼を兼ねてひとつ報告をする。

  ・火事のニュース  延焼中であれば、煙がもうもうと出ている、消火後なら、黒い柱が焼け跡に数本立っている。テレビが映すのはいつもこんなもの。

  ・津波のニュース  家が流され、家財道具や自動車が浮かんでいる。テレビが映すのはいつもこんなもの。

  ・地震のニュース  全壊の家、半壊の家、道路の陥没、公民館での避難生活。テレビが映すのはいつもこんなもの。

  ・サッカー  決勝ゴールを決めた瞬間の足か頭によるキック。尻をちょんとボールに当ててゴールしたシーンなど、一度も出てこない。

  ・相撲  高見盛の制限時間一杯の姿。おっ、今日は、サンバのステップですね、など、一度もない。送り出しと聴けば、負けた力士がとことこ土俵を割る姿しかありえない。

  ・奈良の鹿の角切り  去年のビデオ・テープを流しても、誰も気が付かない。

  ・神社のすす払い、大仏様のすす払い  然り

  ・年末商戦の家電店内の様子  然り

  ・年末の東京御徒町の混雑  然り

  思いつくまま、だらだら書いてもこれだけある。これだけとは、わざわざテレビを観なくても、アナウンサーの声だけで、十分間に合うニュースのことである。

  天気予報だって同じだ。等圧線の込んだ典型的な西高東低の冬型の気圧配置といわれれば、明日が汗ばむ陽気になるとは、一人として思うまい。

  ここまでは、テレビでもラジオでも同じ。これからは、どうしたら、テレビの特長を生かせるかをNHKに助言する。

  ・見ているだけで、自分までが落ち着かなくなる福田さんの顔。昨日の記者会見は、ひょっとこの面だった、今日は、天狗の面、特措法で野党からねちねちやられた後の記者会見には、般若の面、眠くてたまらない時には、おかめの面と、日替わりで面をかぶる。

  ・のっぺらぼうの石破さんは、マジックでちょびひげをつけたり、まんまるのめがねを描いて、記者会見のアクセントとする。

  ・冬柴さんは、熊のぬいぐるみで記者会見にのぞむ。

  ・民主党の小沢さんは、お面をつけてもつけなくてもかわらないので、地のままでいい。

  この私の助言を素直に聞き入れないのであれば、私はいつまでもラジオに軍配をあげ続ける。

  逆恨みだが、テレビが映らなくなった腹いせに、朝鮮の核問題のニュースを取り上げて、締めくくりとする。

  アナウンサーが話し始めると、決まっていつもの映像がでてくる。左下から、白衣を着た男二人、のそのそ出てくる、しばらくすると、計器パネルを見上げている男一人、そして、いくつもの丸い水槽。ビデオ・テープがよく擦り切れないものと感心している。見せる側の厚顔はNHKだから驚かないが、毎回見せつけらされる視聴者の忍耐には頭が下がる。朝鮮の中の人間(政治や社会)がどうであれ、大自然になんのわだかまりがあろうか。日本人がまだ知らない景勝は、いくらでもあるはずだ。朝鮮政府に頼めば、観光資料として、喜んでビデオの提供が得られよう。いつの時かわからない(NHKは知っているが、テロップを流せば、古さがバレるので、とぼけている。本当にふざけたヤツ)核施設の映像を流すより、よほど、善である。

  NHKニュースに限って言えば、テレビなんかいらない。小国寡民のいつものホラと疑うのでしたら、1週間、ラジオにしてみてください。

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仙台駅前のタクシー

  宮城県が全国ネットワークに現われるのは、だいたいよろしくない話題の時のようです。先日、冬柴大臣が、仙台駅前ダクシーの氾濫に歯止めをかけるため、増車を認めないと決めました。

  十年に数度しか仙台には行かない私でも、あのタクシーの数には驚きます。行列なんて甘いものではありません。将軍様もびっくりするくらい広がりをもったマス・ゲームといえましょう。傍目であるからこんな呑気なことを言っていますが、運転手さんの身になれば、やっと自分に順番がきて、その客が千円かそこらの行き先を告げたら、どれほど失望することか。

  運転手さんの平均年収は200万そこそこ。規制緩和の悪しき一面と報道されています。このまま放置したら、収入が減ってしまう、つまりさらに労働条件が悪化する、だから、政府はほっておけないとまるで善政と自慢している顔で大臣は述べています。

  どこから見ても頭の悪そうな大臣ですが、頭が悪くても、なぜ規制緩和でそれほどタクシーが増えたのか位は真剣に考えてもらいたいものです。といっても、分るような顔でないので、私から言わせてもらいますが、わずか200万円の年収とわかっていても、タクシーの運転手になって、生計を維持していかなければならない、そういう働き盛りが沢山いるからに他なりません。昔は雲助タクシーなどという物騒な言葉がありましたが、今では、仙台のみならず、ここ石巻でも、私なんかより数段上の品格を持った人が運転手をしています。運転手に応募した動機は、様々でしょうが、それは別の話です。

  政府は、数日前に書いた生活保護費の逆転と同様、取り組まなければならない相手を間違えています。承知の上で、自分たちの怠慢を、一編の規制条項の改変でうやむやにしようとしているのでしたら、とんでもないことです。

  もうすぐ、クリスマス。私の所のローカル・ニュースでは、華やいだ雰囲気の仙台駅前が定番です。いやでも、あのタクシー群が目に入ります。国際貢献云々は、先ず、己が民を豊かにしてからにしてもらいたいものです。

  Charity begins at home.

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ボーナス  朝三暮四

  お金のことで、定年前と後の最大の違いはボーナスにあるように思います。月給の代わりに、隔月に振り込まれる年金は、一種の擬似給与ともいえますでしょうから。

  かつて、ボーナスは、給料の後払いであると言われたことがありました。当時、独身の私は、この主張に大賛成しまして、毎月、見込み賞与の六分の一を仮払いで受け取っていました。当然ながら、年2回のボーナスの袋には、明細書だけという始末です。そこの職場の上司も、勝負事が大好きで、同じように明細書だけでした。ですから、私に文句のつけようもなく、私の仮払いには一も二もなく、ハンコをついて、経理に回してくれました。そんな具合でしたから、金が溜まるわけがありません。“金は天下の回りもの”で澄ましていれなくなってしまい、ついには、“金は天下の回りもの、オレの遠くを通るもの”てな名文句まで作る始末です。もちろん、私の負け惜しみです。

  このまま何事も無く一生が過ぎれば、まあまあでしたが、結婚するはめとなって報いとなりました。大抵の人は貯金ゼロの新郎など、恐ろしくて想像だにできないでしょう。

  その後、どんなに稼ごうとも(といっても高がしれていますが)、私が、生涯カミさんに頭が上がらない原因は、まさにこの一事にあります。だいたい、女性という生き物は何十年前のことでも、呆れるほど、よく覚えているもののようです。(これは、お前さん、あたしだけというつもりかい、と逆ねじを食うのを避けるために、付け加えさせていただきました)

  給料の後払い論は、多分、いわゆる進歩派の経済学者によるものではなかったかと思います。そんな話に乗ってはいけません。半年の間、身勝手な上司と出来の悪い部下の中で、よく働いたことに対するご褒美であると素直に受け取る方がいいです。

  この時期になると、公務員のボーナスが支給され、笑顔の女子職員がテレビに映ります。憲法を守ろうと必死に頑張っている市民を鼻先であしらう最高裁判事がテレビに出て、「ボクちゃん、これだけもらったもんね~」とコメントすれば、ムカッとしますが、女子職員は、どこから見ても、ヒラのよう。見る私の方も、現役の宮仕えの方々に素直にご苦労さんとねぎらいましょう。

  (附)私が経験した、正社員とパート社員が混在する生産ラインでの、ボーナスをめぐる不穏な空気は、別の機会に語ります。

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公務員にも交際費を


  
  人に傷を負わせれば傷害、殺せば殺人。これは、法律があろうがあるまいが、悪いことだ。明白な犯罪である。なにより人倫に反する行為である。

  では、官僚の接待はどうか。人倫に反する行為というのには無理がある。法律があって、それに違反していることにより犯罪とされるている。これは、法律がなければ、犯罪にならないということでもある。

  社会的動物といわれる人は、初めての人とも何度も会っていけば、次第に打ち解けてくる。職場が中心の仕事人間は、男女問わず、みんな、職場を土台として、知り合いの輪が広がっていく。町内会や自治会は、リタイァーの後である。

  企業においては、生産ラインにつきっきりの現場はいざ知らず、対外折衝は営業部署だけに限らない。私は、一時期、技術部で仕事をしたことがあった。そのときは、へたな販売部門にいた時より、はるかに多くの名刺交換がなされ、打ち合わせも頻繁に行った。むつかしい問題があれば、退社時刻など、完全に忘れてしまう。

  営業部門でも宣伝部門でも然り。経理部は経験していないが、銀行から来た役員の話を聞けば、昼間の窓口や打ち合わせで、どうにもならない事情は、やはり、定時外に回すとの話であった。すべからく、人と人との交わりが深まるのは、いたって、ルーチン・ワークをこなすのをもっぱらとする昼間より、時間外の方ではないか。

  時間外とは、すなわち、酒と食事、あるときは、ゴルフのことだ。動物の一員である人間は、食事に弱い。温かな料理とうまい酒を共にすれば、それだけで、心が和む。昼間の腹の探り合いがいつのまにか、本音の打ち明け話になっていく。

  官僚も人間である。接待や交際の倫理規定は、動物的本能を禁止するようなもので、官僚に人間を廃止せよと命じているようなものだ。

  私は、ある程度の交際費は役人にあてがうべきであると考えている。業者から3回接待を受けたら1回返すほどでいい。こうすれば、特定業者と特定官僚だけの癒着は起こらなくなる。特定というのは、他でもない、犯罪と知っていながら実行する者たちのことである。法律で犯罪行為と規定しなければ、業者も官僚も、堂々と交際ができる。インフォーマルな交際は必ず、昼間の仕事の役に立つ。

  「今年は予算が削られたのだけれど、でも、これだけは調達したいのでなんとかならない」
  「いや~、小国寡民さんのお願いだから、断れませんな~」
  「軍隊省さん、苦しいので、ここの所は、なんとか色をつけてくださいヨ」
  「分った、分った。上に相談するから、任せておいて」

  この会話を癒着と見ますか?


  シェイクスピア 『ベニスの商人』 第三幕 第一場

SHYLOCK.~ I am a Jew. Hath not a Jew eyes? hath not a Jew hands, organs, dimensions, senses, affections, passions? fed with the same food, hurt with the same weapons, subject to the same diseases, healed by the same means, warmed and cooled by the same winter and summer, as a Christian is? ~

 (意訳:公務員だって、普通の人と同じ動物の一員なのです)


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生活保護費の減額  不公平感の解消

  生活保護費の減額を政府は検討しているとのニュースがあった。比較対象となる下層10パーセントの所得層より、生活保護費の方が、上回っているから、不公平感を解消する云々が理由である由。

  大分前、このブログで、生活保護費が衣食住の基本しか考慮に入っていないと、書いたが、実際は、もっと厳格で、病気をしても、その治療費は出せない。屋根が雨漏りしても、大工に頼む工事代は出せない。その証拠に、入院費や工事代は別途に社会福祉事務所から支給される仕組みとなっている。昔、冷蔵庫があったのを見られ、生活保護費が打ち切られたということが話題となったが、それほどひどくはないにせよ、今でも、基本は生命維持のレベルである。

  舛添大臣は検討すると言っていた。今の国会議員の中では飛びぬけてまともな彼のことだから、減額はしないと思うが、どこの役所か審査会かしらないが、提言をした機関の冷酷にあきれた。思いやり予算や給油活動でどれほどの大金が流出していることか。NHKは給油活動に使われた金額の公表をためらっている。野党も予算委員会で、宴席に出たの出ないのと、重箱の隅をつついているばかりだ。

  生活保護世帯に対して減額される金額は、メチャクチャな額ではあるまい。マージナルな分は、政府がその気になれば、なんとでもなるはずだ。

  事の本質は、普通の世帯の下層部分が、既に生活保護費のレベルを下回っている現実が異常であることにある。減額などに目を向けず、どうしたら、下層所得世帯の所得を引き上げる(というより、せめて元に戻すというべき)を厚生労働省は政府内で議論するように仕向けなければいけない。

  民生委員をやっていた頃、社会福祉事務所の手抜き(認定とそのフォローの甘さ)には、彼らに文句の言い通しだった、彼らの言い訳の聞き通しだった。しかし、これと、減額とは別問題である。

  予算委員会は金をテーマにすべし。防衛省費、厚生労働省費、国土交通省費、等々、個別に検討することはまかりならぬ。分割は、縦割り行政という役人のペースだ。

  「不公平感の是正」は耳には響きがいいが、その心は、貧しい者同士を仲違いさせるようなもの。浅ましい。

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宝くじ  はずれ券の金の行方

  どこの神社も同じようなものと思うが、私の部落の神社にも、奉納の記録が、石柱に刻まれている。一金壱万円は大きな石柱に、一金千円は小さな石柱に、というぐあいに、金額に応じて、相応の記念がなされている。それを見ていくと、当時の部落全員の信心深い心と団結心がひしひしと伝わってくる。

  昨年、獅子舞の獅子頭(かしら)がぼろぼろになったので、新しく購入することになった。昔のやり方であれば、部落住民が(ほとんど全員が氏子)、それぞれの気持ちとふところ具合で、金を出し合って、買うはずだ。ところが、住民が一銭も出さずに、数十万円の立派な獅子頭が、納められてしまった。

  県から宝くじの儲けが分配されたのである。隣りの部落がその前の年に分配されたので、順番が回ってきたというわけだ。

  今、部落は七十五歳を越えた高齢者がほとんどで、100世帯かそこらの全員から集めても、到底獅子頭を買うことはできないだろう。それでも、自分たちの物はできるかぎり、自分たちで賄わなければならない。貧者の一灯である。それを、いとも簡単に、県がくれるものだから、特別に抵抗感を持たないまま、横着をきめこんでしまった。

  この件があって、私は氏子総代を止めてしまった。神社に行けば、心を尽くして奉納した当時の記念がいやでも目に入るからである。わずか年2回ではっても、アブク銭で手に入れた獅子の舞いも見たくないからでもある。

  額に汗を流さないで得た金は、一度味を占めると、元に戻れなくなる性質があるようだ。歳末宝くじのニュースで、「夢を買いました」などと喜んでいる人間を見ると、その無邪気さと無神経さに落胆しないわけにいかない。

  余談:
  なにか金が必要になる度に県だ、町だと話を持っていくやり方にうんざりしている私は、区長に、「住民からこれだけ集まりました。まだ足りないので、その分をなんとか行政にお願いしたい」、これが筋ではないかと、話したら、金持ちは自分の懐をいためないもの、と一笑のもとに、一蹴されてしまった。


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NHK歳末助け合い  ジブンヲカンジョウニ入レズニ


  数年前、ある奇特家が日赤に数億円の寄付をした。それ以前にも時価一億円の建物も寄進していた人とのことであった。

  テレビでみるとなるぼど立派な建物である。その建物を前にして、日赤職員が、「今は社宅として使っています」と、臆面も無くインタビューに答えていた。

  私の住んでいる田舎は、赤十字の募金が、恒例行事として戸別に割り当てられる。趣意書には、「強制ではありません、ご協力を」とあるが、領収書に前もって800円とプリントされているので、ほとんどの世帯は、その通り寄付する。私は、社宅のことを知ってからは、100円に決めている。完全に断ると、不在のためと思われる。100円にすれば、集金組織の目に止り、非従順分子がいるとわかる。今年は、他の世帯と違って、最初から、私の領収書には金100円也と印刷してあった。

  もう一つの恒例行事、NHK歳末助け合いは、終戦当時の、日本国が国として自立するのが精一杯で、何もできず、経済的に恵まれない階層の人達が正月を迎えるにはどうしても相互扶助が欠かせなかった時代の遺物である。

  敢えて言えば、当時の恵まれない人と今の恵まれない人とはまったく様子が違う。今の政府も、どうやったら無駄使いができるか日夜悩んでいるかと錯覚するほど国庫は潤沢である。これも、当時とまったく異なる様子である。

  今や、歳末助け合いは慈善ではない、偽善だ。偽善が不穏当な表現であるというのなら、政府の怠慢を糊塗するイカサマ行事である。それでも、続けたいというのなら、まず、NHKの会長が50万円、局長が10万円、職員が各1万円を寄付せよ。政党は、濡れ手に泡の政党助成金から、その1割でもいいから還元せよ。

  賢治の「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」を、履き違えないでいただきたい。


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コネとワイロ


  早いもので、また一ヶ月が過ぎた。宮仕えの時は、土・日が時間の座標軸であった。根っからの仕事人間は、月曜から金曜までが、座標軸であるはずで、スケジュールも月~金で埋まっていると思う。 

  今の私は、週に一度食料が届けられる生協の木曜日が中心である。届けられるといっても、船着場まで取りに行かなければならないが。歳をとれば、子どもに還るとは、よく言ったもので、60年前、終戦当時の米穀通帳と配給を、再度経験しているようなものだ。

  あの当時でも、どこそこの家は役場の誰それとコネ(日本語で話していたが、忘れた)があるので、質のいい砂糖が手に入るとか油がいつも手に入っているなどと大人たちは噂をしていた。まったく今も昔も変わらない。私は、ごく自然なこととして、見ているので、あまり目くじらは立てない。振り返ってみると、私自身も、世間にいた間、かなりコネの恩恵に浴してきたから、止めろと言えた柄でないことも十分承知している。

  コネに謝礼はつきもの。謝礼は時にワイロとなる。政治家のワイロに寛大な田舎が多いのは、コネが物を言うことが多いからだ。私たちは田舎を原点に置く日本人だ。東洋人だ。「ある姿」と「あるべき姿」をはっきり区別してかからないと、収賄は、答えの出ない問題となったまま、60年先も、ニュースの半分を占めることになる。自信をもって予言する。

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