老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

希望の党候補者ゾロゾロ落選 ― 一挙両失



一挙両得を廣漢和で調べたら、一挙両失がありました。

旺文社の漢和にもありましたが、これはパクリでしょう。

これに相当する大和言葉は、すぐ口から出てきました。

「虻蜂取らず」

民進党からノコノコ成金政党に平身低頭して公認を受けた候補者ら、
上納金は収めるは、選挙は落選するは、多分、多くの国語辞典の例文として採用されることでしょう。

活該!(中国語)

上品を徳とする私には、日本語では言えません。

付:
1. Fxxx you!(英語)
2.彼らに残ったのは、変節漢という汚名だけです。泣きっ面に蜂。活該!
3.「一挙両失」ってほんとにあるの?廣漢和に出自がありません。

千夜一夜物語

大場正史訳  全8巻 河出書房社

バートンの原書が面倒に感じるなら、大場正史訳がいい。

この手の物語に付き物の詩歌が美しい日本語調で表されている。

原書の韻も楽しめるが、訳詩もまた楽しい。

ネット・オークションで驚く程の安値で手に入る。

70過ぎまで生きる予定のある人に、急いで確保することをお勧めしたい。

1. 日本語がこなれている。
2. 詩歌が優れている。
3. 挿絵が魅力的。
4. 原書の脚注の他、訳者注が載っている。
5. 百年もちそうな紙質と装丁。

柴田訳聊斎志異と並んでこの大場訳千夜一夜物語は私の(ささやかな)自慢の宝物。



日本語のローマ字表記(7) さよなら漢字、ようこそ英語

小学校から英語を教えると聞いた。

政府の言う英語というのは誤りで、正しくは米語である。

Americanである。

それはともかく、英語であれ米語であれ、ローマ字で書かれている言葉を覚えることになる。

就学したら、先ずひら仮名とカタカナを習う。あいうえお51字掛ける2だから、102字、 「ゐ」や「ゑ」、「ヰ」や「ヱ」がないから、100以下だ。

次に漢字を習う。教育漢字は1000個か、知らないが多分この位だろう。一口に1000個と言うが、これは大変な数である。

義務教育を受け終わった者は、どうということはないが、それは、覚えた頃の辛さを忘れてしまっているからだ。世間でいう、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」である。

「いや、漢字に出合ったときの感動は今でも忘れません」と振り返る日本人は、1万人に1人いるかいないかだと思う。

その上に、英語まで覚えなければならない。学ぶことは増え続ける、その分遊びが疎かになる。遊びを削ると子供はバカになる。削ってはならない。

英語が加わった、遊びはけずれない。負荷は増すばかり、これでストレスが起きない児童はよほどタフかあるいはドンかだ。ストレスが限界に達すれば、イジメの手を使う。

では、どうするか。

答えは簡単明瞭、漢字を教えなければいいのだ。

これで時間は確保できる。

その時間を英語に充てることができる。

一挙両得である。一石二鳥である。

なぜなら、ローマ字化すれば、国語の授業で英語を教えることができるからである。

小学校の教師は学生時代に英語を勉強している。小学生に英語を教えるのに、単語3千はいらない、仮定法過去完了はいらない。

漢字でいえば、山、人、川、水、こんなレベルを教えればそれで十分である。

山を書かせる代わりに、マウンテンバイクのmountainを書かせる。
水を読ませる代わりに、ミネラルウオーターのwater を読ませる。

子供たちが日常接しているカタカナ英語を拾って教えても、相当数になる。おそらく1年分はあるだろう。

構文はS-V、S-V-Oなど基本の5個を単純な文で教えるだけ、その代わり、繰り返しみっちり教えることだ。

発音は問題ないか。小学校の教師が正しい発音を児童に教えることが可能か。

これは、次回で。

日本語のローマ字表記(6 )反対論とそれへの反論

チラリとネットを見たら、いくつか欠点が載っていた。紹介して、それに対する反論を試みる。


ローマ字化の欠点 その1
ローマ字のみの世代になるとローマ字以前の文書を読む際に、書き換えまたは読み替えをしなければならない。

反論
ローマ字以前の文書が読みたい人は、漢字やかなを自分で学べばいい。二千年前の日本人の苦労に比べれば屁の河童だ。移行は突然に行われない。たぶん5年から10年は現行の表記とローマ字表記が併用されることになるのではないか。ハングル化が参考になると思う。

字を読む人は字を読むのが目的でなく、その内容を知るのが目的である。書くのも同じ。ローマ字だから読まない、書かないと文句を言う人は口先だけで、この種の人たちは今の漢字・かなの文章である現行表記でも読みもしなければ書もしない。

公文書などは、役所の担当部署が口頭で説明すればいい。(後期高齢者集団の私の島では実際に行われている) 5年もあれば、わずか26個のローマ字。義務教育で習ったのだから思い出せないはずがない。

また若いローマ字のみの世代は、そもそも漢字もかなも知らないわけだから、読み替えることはない。

法律や医学などの専門分野でも、ローマ字化は問題ない。たとえローマ字文書にならなくても、漢字世代の専門家はそのまま読めるし、一般人は法律文書など、漢字でもローマ字でも最初から読まない。

日本国憲法を通読した日本人は果たして何人いるだろう。ローマ字になったからと言って、特に読まなくなるとは考えられない。


ローマ字化の欠点 その2
かな表記に比べて日本語を書き表す上で冗長である。

反論
かな表記は漢字混在を意味していると解釈する。

これは目くそ鼻くそである。漢字が簡潔であればともかく、漢字だって横に長くならない分、四角の升目の中で十分冗長であるではないか。

「簡潔」の画数はいくらか数えてみよう。簡は18画、潔は15画、合わせて33画。KANKETSUは20画。筆記体はどうか。簡潔が一筆書きなら2画あるいは1画になるかもしれないが、果たして何人書けるだろうか、何人読めるだろうか。ローマ字は1画。誰でも慣れれば書けるし読める。ただその必要があるかどうか、私は否定的である。

かなのみの表記を主張する側の考えとすれば、それなりに説得力はある。ただし長さだけに限ってのことだが。

いずれにせよ、文字は書くのでなく、キーを叩く時代になった今、長さにそれほど重要性は認められない。


ローマ字化の欠点 その3
横にしか書けない。縦でも書けないことはないが、可読性に劣る。

反論
なぜ縦書きがなければならないか。横から読んでも「やまもとやま」上から読んでも「やまもとやま」だ。

横書きで済ませられるものを、わざわさ縦にするのは酔狂である。縦書きがあれば都合がいいのは縦長の看板くらい。これさえ、TOKYO をT、,O、K、Y、Oの順に上からならべなくてもTOKYOをTを頭に横書きで不便はない。

英語の出版物の背表紙は、厚手以外すべてこの横書きで、私は、首を横にして読むことはないし、本を寝かせて読むこともしない。


ローマ字化の欠点 その4
社会に混乱を招くなど文化的経済的損失が発生する可能性がある。

反論
辞令を受けてから1週間で転勤などという会社の転勤命令のようなことはない。移行期間を設けるのだから混乱はない。個別的な混乱は混乱とは言わない、たんなる戸惑いである。社会の混乱は針小棒大というものだ。

ハングルはお隣さんのこととして、日本にも先例がある。

地デジ化は数年かけている。地デジはまるでアナログ放送など日本になかったかの様に今やデンと居間にあぐらをかいている。今世紀最悪の裁判員制度でさえ数年かけている。裁判員制度が混乱を招き続けているのは、制度がデタラメかつ道理に反しているためであって、ローマ字化の前例にはならない。新しい制度にはそれなりの準備期間が必要だし、変革にも移行期間が必要であることが何もローマ字化に限らないことを言いたい。

「文化的」漢字の文化とはなんぞや。

日本人は当たり前のように漢字を使ってきているが、漢字は読んで字の如く漢の国、中国の文字である。漢字の文化は中国の文化である。たまたま日本に文字がなかったから、かつ使用料をおおような中国が要求しなかったから使っただけのことだ。(当時の日本人は話すことだけはできた。サルとは違う。我が日本人の名誉のために記しておく)

漢字文化は中国の文化であり、日本の漢字文化は借用文化である。使用禁止になっても日本語は生き続けていく。

田羅地根野

これは「でんらちこんや」ではない、「たらちねの」である。TARACHINENOである。

たとえ「たらちねの」の意味を古語辞典で知ったとしても、田羅地根野の意味が何でなるのか、正解にたどり着くまでかなりの時間が掛かるだろう。私は10年かけてもできない。

漢詩はすばらしい。中国文化はこの漢詩と囲碁に尽きると私は確信している。この漢字存続論者は漢詩が読めなくなる心配をしているのだろうか、もしそうだとしたら、偏見である。えこ贔屓である。

漢詩を中国語で読まない限り、漢詩もローマ字で事足りる。

少年易老学難成

シャオニエンイラオシュエナンチェングと読む日本人はまずいない。大学で第二外国語に中国語を選択した学生のレベルではこの28字の詩は読めない。

しょうねん、おいやすく、がく、なりがたし

と読む。これで問題はない。

SHOUNEN, OIYASUKU, GAKU, NARIGATASHI

と替えても問題ない。

SHOUNENの発音は漢語読みである。このSHOUNENが若者の意味であることは日本人なら誰でも知っている。支障はない。それでも漢字を知りたいというのなら、自分で調べればいいだけのこと。社会が面倒をみる必要はない。

次に「経済的損失」

これを主張する人たちは経済オンチである。たぶん、文化的だけでは物足りないと感じて、ヒョイと付け加えたのであろう。 実際は「莫大なる経済効果」が約束されているのである。

エコカーで大もうけした車屋、地デジで大もうけしたテレビ屋、地震津波で大もうけした土建屋、資本主義社会では、善悪無関係にとにかく変化さえ起きれば万々歳の社会である。変化が起きなければ、起こす工夫をする。エコカー優遇、地デジの他は観れなくなる、(業界の意に従って)政府のやったことである。

ローマ字化は短期的・直接的にはせいぜい紙屋とインク屋と製本屋が潤うくらいだろうが、少なくとも損失にはあたらない。千年の将来を思えば、経済波及効果の方が数千・数万倍大きい。


ローマ字化の欠点 その5
漢字に比べ、読むのにはるかに時間がかかる。

反論
幼稚な主張である。これは慣れの問題でしかない。

漢字を小さい時から習った者は、やさしい漢字、例えば「山」は瞬時に読む。ならば「跋扈」はどうか、「顰蹙」はどうか。

Tokyo、Toshiba、TOYOTAと東京、東芝、トヨタとどちらが速く読めるか。同着である。なぜなら、Tokyo、Toshiba、TOYOTAが見慣れているからだ。

初めから「やま」をyamaで覚えた者は、瞬時でやまを想起する。


ローマ字化の欠点 その6
ルビをふることでローマ字の利点を簡単に取り込むことができるのでローマ字化は不要。

反論
これは欠点というより、不要ということであろう。

ルビは漢字に振る。漢字が読めない者はルビを読むことになる。漢字はただ邪魔になるだけである。龍之介の短編小説の1編でも読んで見ればいい。ルビのありがたさが身にしみるはずだ。

私は今、漱石の「吾輩は猫である」を教材に日本語の復習をしている。ネットのテキストは、ルビが振ってある。実に目障りである。ルビがなければ読めない漢字がでてくると、ルビに頼ることになる。知っている漢字にはルビが目障り、と言って、なければ読めない漢字がでてくれば困る。

なんのことはない、漢字がなければ、そしてルビだけなら、こんな悩みは起きない、あるから悩むのである。 不要なのは、漢字の方だ。


以上で、ローマ字化反対論への反論は閉じることにする。この項は、走り書きである。反対論の根拠のあまりの低さに推敲する意欲が湧かなかったためである。

次回は、英語教育におけるローマ字化の効用を。

日本語のローマ字表記(5) ローマ字五十音図(続)

1.
日本語の発音に不要な子音も外国語をそのまま使う時のために五十音図に加えておく。
Don Quixote
Ludwig van Beethoven

2.
長音は母音を重ねる、あるいはuを付ける。
choofuku; choufuku (重複)

3.
nの分岐はアポストロフィ(カンマ)で仕切る
an’nai; an’icu (案内;安逸)
ge’nin; gen’in (下人;原因)

4.固有名詞は大文字で始める。

5.外国語・外来語は原語が好ましいが、日本語の発音でもよい。(この項は後述)
revenge; libenji
water; uootaa
President Trump; Toranpu daitouryou
Xi Qinping; Shuu Kinpei
Brasil; Brazil; Burajiru

これは一つの提案にすぎない。

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