老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

聊斎志異  胡氏 巻之三 第四篇 易と異

易と異は同じ発音である。写本の当時も同じ発音だったかわからないが、たぶん同じだったろう。写本の時に、易を異に写し換えた聊斎志異を柴田が翻訳したのかもしれない。

憶測がどうであれ、異は間違いである。文脈から、ここの原文の「易」が正しい。

口語訳もそうなっている。

易: あなどる;かろんずる (廣漢和)

(原文)
狐漸靡,紛紛引出,遺刀地上,亮如霜雪,近拾之,則高粱葉也。衆笑曰:「技止此耳。」然恐其復至,益備之。明日,衆方聚語,忽一巨人,自天而降,高丈餘,身橫數尺,揮大刀,如門扇,逐人而殺。羣操矢石亂擊之,顛踣而斃,則芻靈耳,衆益易之

(口語訳・繁体字)
狐兵漸漸抵擋不住,紛紛扔下兵器敗陣而逃。他們的兵器亮閃閃的,走近一看,原來是高粱葉子。大家笑著說:“狐兵的本事就這麼大。”因為仍然怕狐兵再來,主人就更加戒備了。次日眾人正在一起說話,忽然一個巨人從天而降,有一丈多高,幾尺寬,揮舞著大刀就到了大門口,追著殺人。大家用石頭 弓箭不斷攻擊,巨人顛仆倒下死了,原來是草紮的。大家更覺得狐兵容易對付了

(口語訳・簡体字)
狐兵渐渐败退,纷纷逃走,丢弃了一些刀剑在地上,亮如霜,走近拾起一看,都是些高粱叶子。众人笑着说:“就是这么大本事吗?”但仍怕它们再来,加强了戒备。
第三天,家人正聚集在一起议论,忽见一个巨人从天而降,高一丈多,身粗好几尺,挥舞着一把像门扇一样的大刀,追着众人砍杀。众人一见便拿石块打他,放箭射他,一打那巨人就倒下死了。走近一看,原来是一个用草扎的哀杖。众人更加不怕狐兵了

(柴田訳)
みんなは益々異(あやしむ)のであった。

四世同堂と井上靖の従軍日記

四世同堂は島に行く前に読み終えた。

老舎は、私の好みで、学生時代に《老張的哲学》と《駱駝祥子》を魯迅の合間に読んだ。

魯迅の雑文は出来の悪い学生には難しくて、岩波の魯迅選集全巻をアルバイトで手に入れた。語学より内容だとばかり、それを読み続け、原文にじっくり向かったのは、半世紀後の2018年、すなわちこの年になってからである。

どこの国の文学もそうだと思うが、随筆や評論に比べると小説は圧倒的に易しい。

前者が知識人を対象にしているのに対して、後者は大衆を対象にしているから、語彙の面でも表現の面でも、格段の差があって当然のことである。

《四世同堂》を読まなかった理由は、思い出せない。長編にはロシア文学で慣れっこになっていたから、ボリュームに圧倒されたからではないのは間違いない。たぶん、4代にわたる1家族の歴史に興味が涌かなかったからだったと想像する。

今年になって読みたくなったのは、イギリス文学、西欧文学、ロシア文学で長編を読んでいながら、中国文学ではそれがないことにアンバランスを感じたからである。

物語としての三国志、水滸伝、西遊記は子供の頃に読んでしまった。史記は読んだが、大作ではあるが小説ではない。

中国文学の最高峰といわれている《紅楼夢》は、源氏物語の中国版だろう、だから軟弱な小説に違いない、それで敬遠した。

結局、昔馴染みの老舎に決めたのである。

中身はいたって単純。

日本の侵略による北京市民の悽惨さである。

暴行した中国女性の性器をえぐりとって、拷問室の壁に並べるなど、ホントかなと疑いたくなるような日本兵のひどさである。

消毒と称して、流行性疾患の人間を、治療を省いて生き埋めにする、これもホントかなと疑いたくなる。

餓死者の埋葬も困難を極める。

これらを私がホントと疑いたくなっても疑わないのは、井上靖の「従軍日記」を数年前に読んでいたからである。

ただ日本兵の残虐さだけを書き連ねているだけなら、戦争にはよくある歴史の一コマに過ぎない。老舎の偉大なところは、

一つ、自国民の愚かさ・鈍感さを痛烈に非難していること。自業自得論を繰り返し述べていること。

一つ、日本人の一人(主婦)がこの戦争は日本の敗戦で終わるとひそかに英語で中国人に語っていること。

の2点である。

文科省認定の歴史教科書にどのように日中戦争が記載されているか、私は知らない。

たぶん、《四世同堂》の10分の1も載っていないだろう。

4代にわたる1家族の歴史は酒の肴である。本質は日本の侵略である。

尖閣諸島か魚釣島か。

従軍日記と平行して読めば、答は簡単に得られる。


付:
この小説を単なるフィクションと笑い飛ばす政治家や評論家が日本人の中にいることが日本の不幸だ。

我が中国語の劣化

一日でも休むとガクッと落ちるので、時間の長短はあっても微弱電流だけは流している。

今の私には新しい単語(生詞)はほとんどない、初めて眼にしたと思って辞書を開くと、しっかり蛍光ペンのマークがある。

忘れているだけである。

普通の加齢現象の一つであるから悩まないことにしている。八十近くになっても記憶力に衰えをみせない老人・老女もいるだろうが、別にうらやましいとも思わない。

忘れる順番は・・・

1. 4声があやふやになる。
2. 有気音と無気音の区別がつかなくなる。

意味が(忘れて)分らなくなり辞書を引くのは、100語に5語もない。ほとんどが4声と有気・無気だ。

「読む」、「書く」、「話す」、「聞く」のうち、私が使っているのは最近まで「読む」だけだった。ネットで朗読を聴くようになったのは去年である。

4声と有無音は、知らなくても読むことに支障は生じない。

ちょうどネット書店の中古本と同じで、

「通常に読んで頂く分には問題無い状態です」

それでも辞書を引くのは楽しいから引く。しかし、1.と2.の確認だけでは私の好奇心を満足させることができない。

純粋に未知の漢字に出逢うと、手元の辞書6種を動員する。これに割く時間はまったく惜しくない。

3日も過ぎれば忘却ポストに入ることが分っていても、「それでいいのだ」、せっせと蛍光ペンでマークする。

付:
1. 詞でも読む分には問題ない。
2. 既出の漢字は、文の中の意味だけでなく、すべてを読むようにしている。
3. 特に廣漢和辞典は読んで楽しい。

(ネコ出入り口。最初島で作った経験から自作を考えましたが、ネットで安く買えたので、省エネしました。スッキリ快調です)
20180319b.jpg

聊斎志異 

昨日から巻十二に入っています。4月にまたがるのは間違いなし。いずれどこかで中止になるので、急ぐこともありません。

目新しい字がありました。(実際は二度は見ていますが、忘れているので目新しく感じるというわけです)

久しぶりに香坂中国語を引きました。共産主義思想の参考書的辞書ですが(時代の要請で今批判しても無意味です)、質の高さは他を圧倒しています。残念ですが日本では二度と出てこないでしょう。


聊斎志異 三仙 卷十一 第卅二篇

鬮(阄):(廣漢和)1.たたかいとる 2.てどる 3.くじ
 jiu1 (現代汉語)(~儿) 抓阄时卷起或揉成团的纸片
     (新华字典)抓阄时用的纸团等
     (講談社中日辞典)(~儿)くじ
    (愛知中日大辞典)(~儿)くじ
    (香坂中国語)(~儿)[名]くじ・こより又は紙を丸めてつくる


三仙

  一士人赴試金陵,經宿遷,遇三秀才,談論超曠,遂與沽酒款洽。各表姓字:一介秋衡,一常豐林,一麻西池。縱飲甚樂,不覺日暮。介曰:「未修地主之儀,忽叨盛饌,於理不當。茅茨不遠,可便下榻。」常、麻並起捉裾,喚僕相將俱去。至邑北山,忽睹庭院,門遶清流。既入,舍宇清潔。呼童張燈,又命安置從人。麻曰:「昔日以文會友,今場期伊邇,不可虛此良夜。請擬四題,命鬮各拈其一,文成方飲。」眾從之。各擬一題,寫置几上,拾得者就案構思。二更未盡,皆已脫稿,迭相傳視。秀才讀三作,深為傾倒,草錄而懷藏之。主人進良醞,巨杯促釂,不覺醺醉。主人乃導客就別院寢。客醉不暇解履,和衣而臥。及醒,紅日已高,四顧並無院宇,主僕臥山谷中。大駭。見傍有一洞,水涓涓流,自訝迷惘。視懷中,則三作俱存。下問土人,始知為「三仙洞」。蓋洞中有蟹、蛇、蝦蟆三物,最靈,時出游,往往見之。士人入闈,三題即仙作,以是擢解。


三仙 卷十一 第卅二篇

有個書生去金陵趕考,經過宿遷縣時,遇到三個秀才,言談超逸曠達。書生買來酒,與他們談天。三個各自介紹自己的姓名,一個叫介秋衡,一個叫常豐林,另一個叫麻西池。四人開懷痛飲,十分快樂。一直喝到天黑,介秋衡說:“我們還沒盡東道主之誼,先叨擾客人一頓豐盛的酒宴,實在於理不當。我們住的地方距此不遠,請客人前去住宿。”常麻二人也站起身,拉著書生,叫上僕人一塊前去。

到了縣城北山,忽然看見一座院落,門口繞著一道清溪。進入家門,感覺房屋整理得很潔淨。三秀才喊小童掌上燈,又叫人安頓書生的隨從。麻西池說:“過去都是以文會友。現在考期臨近,不能虛度今夜。我有個主意,咱們擬四道題目,用抓鬮的辦法,每人抓一個,文章完成後才可以喝酒。”大家都同意,分別擬定題目。寫下放到案几上,每人抓一個後就在案几上構思寫作。二更沒完,四人都已脫稿,互相傳換品評。書生讀了三秀才寫的文章,佩服至極,抄下文章藏到懷裏。這時,主人拿出好酒,用大杯勸客。書生不覺大醉。主人便領他到另一座院子裏住下。書生醉得來不及脫鞋,穿著衣服倒頭便睡下了。

第二天,書生一覺醒來,紅日高照,四下一看並沒有房屋院落,自己和僕人睡在山谷裏,大為驚訝。見旁邊有個山洞,水從洞口緩緩流出,自己感到訝異又迷惑。看看懷裏,三篇文章都在。下山詢問當地人,才知道那洞叫“三仙洞”。洞中住著蟹、蛇和蛤蟆,最為靈驗,經常出洞遊逛,人們往往會碰到他們。書生進了考場,三個題目就是三仙寫的三篇文章,書生因此高中舉人。


卷十一 三仙

有个书生去金陵赶考,经过宿迁县时,遇到三个秀才,言谈超逸旷达。书生便买来酒,请他们聚谈。三个各自介绍自己的姓名,一个叫介秋衡,一个叫常丰林,另一个叫麻西池。四人开怀痛饮,十分快乐。一直喝到天黑,介秋衡说:“我们还没尽东道主之谊,先叨扰客人一顿丰盛的酒宴,实在于理不当。我们住的地方距此不远,请客人前去住宿。”常麻二人也站起身,拉着书生,叫上仆人一块前去。

到了县城北山,忽然看见一座院落,门口绕着一道清溪。进入家门,见房屋甚是整洁。三秀才喊小童掌上灯,又叫人安排下书生的随从。麻西池说:“过去都是以文会友。现在考期临近,不能虚度了今夜。我有个主意,咱们拟四道题目,用抓阉的办法,每人抓一个,文章完成后方可喝酒。”大家都同意,分别拟个题目。写下放到案几上,每人抓一个后就在案几上构思写作。二更没完,四人都已脱稿,互相传换着品评。书生读了三秀才写的文章,佩服至极,草草抄下藏到怀里。这时,主人拿出好酒,用大杯劝客。书生不觉大醉。主人便领他到另一座院子里住下。书生醉得来不及脱鞋,穿着衣服倒头便睡下了。

第二天,书生一觉醒来,红日高照,四下一看并没有房屋,自己和仆人睡在山谷里,心中大惊。见旁边有个深洞,水从洞里缓缓流出,惊讶得不知怎么办好。看看怀里,三篇文章都在。下山询问当地人,才知道那洞叫“三仙洞”。洞中有蟹、蛇和蛤蟆三种仙物,最灵验,经常出洞游逛,人们往往会碰到他们。书生进了考场,三个题目都是三仙写的文章,书生因此高中了解元。

20180328a.jpg

牆上密排坎窞  ‐ 聊斎志異

牆上密排坎窞

牆(へい)の上には鐵の刺(はり)がびっしり排(なら)んでついてゐた(柴田訳)

私の聊斎志異

ステップ1 繁体字訳を軽く読む(大体の筋が分かる程度が私の限界)
ステップ2 原文の朗読を無料ネットで聴く(さっぱり聞き取れません)
ステップ3 原文を見る
ステップ4 原文を見ながら、朗読を聴く(読めない字に発音記号をつける)
ステップ5 繁体字訳を精読する(単語の書き出し)  
ステップ6 簡体字訳を精読する(同上)
ステップ7 柴田訳を対照しながら、原文を精読する(同上)
ステップ8 単語ノートの作成(後日に回すことが多い)

今朝もこの工程表に従って、《狐女》を読みました。

そして、「牆上密排坎窞」の所では、クライミングウォールの原型を見たようで愉快になりました。

しかし、最後の柴田訳で、アレレ。

坎窞を刺に替えて訳した説明が添えてありました。

註(四)原文には坎窞とあるが、坎窞は穴で、牆上にあるべきでない。多分誤寫であらうと思ひ、刺としておいた。忍び返しなのである。

「上」(shangの4声)は、日本語の上の意味を含めて、英語の「on」です。

講談社中日辞典に、好例が載っています。

墙上挂着结婚照 (壁には結婚の記念写真が掛けてある)

朗文英漢双解活用辞典(Longman Active Study English-Chinese Dictionary)には、
「on」  touching, supported by, hanging from, or connected with
    在・・・上
     a lamp on the table/the wall 卓上/墙上的一盏灯

穴と訳すよりくぼみと訳す方が適切かもしれません。

~~~~~

狐女(原文) 

  伊袞,九江人。夜有女來,相與寢處。心知為狐,而愛其美,祕不告人,父母亦不知也。久而形體支離。父母窮詰,始實告之。父母大憂,使人更代伴寢,兼施敕勒,卒不能禁。翁自與同衾,則狐不至;易人,則又至。伊問狐。狐曰:「世俗符咒,何能制我。然俱有倫理,豈有對翁行淫者!」翁聞之,益伴子不去,狐遂絕。後值叛寇橫恣,村人盡竄,一家相失。伊奔入崑侖山,四顧荒涼。日既暮,心恐甚。忽見一女子來,近視之,則狐女也。離亂之中,相見欣慰。女曰:「日已西下,君姑止此。我相佳地,暫創一室,以避虎狼。」乃北行數武,遂蹲莽中,不知何作。少刻返,拉伊南去,約十餘步,又曳之回。忽見大木千章,繞一高亭,銅牆鐵柱,頂類金箔;近視,則牆可及肩,四圍並無門戶,而牆上密排坎窞,女以足踏之而過,伊亦從之。既入,疑金屋非人工可造,問所自來。女笑曰:「君子居之,明日即以相贈。金鐵各千萬,計半生喫著不盡矣。」既而告別。伊苦留之,乃止。曰:「被人厭棄,已拚永絕;今又不能自堅矣。」及醒,狐女不知何時已去。天明,踰垣而出。回視臥處,並無亭屋,惟四針插指環內,覆脂合其上;大樹,則叢荊老棘也。


卷十一 狐女(簡体字訳)
~~~
墙上密密麻麻地排满了坑窝。狐女踏着这些坑翻墙进入亭内,伊袞也跟着进去。
~~~

狐女 卷十一 第廿三篇(繁体字訳)
~~~
倒是牆上密密麻麻排著小洞。狐女就踩著小洞過了牆,伊袞也學著她的樣子過去了。
~~~

FC2Ad