老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

聊斎志異 《何仙》 ― 原文、口語訳、柴田訳

全12巻の第10巻に入っています。

ネットの朗読に原文がることを知って、第9巻から読み方を変えました。

ステップ1: 朗読を5~6回、繰り返し聴く。
        読めない字に発音を振っておく。
        おぼろげながら、文章全体のイメージが取れる。
       
ステップ2: 原文を読む。
        新字(忘れた字も含む)を辞書で引く。
        ただし全部は引かない。多くて10個程度に留める。

ステップ3: 簡体字白話訳を読む。
        発音の確認を主として辞書を引く。

ステップ4: 繁体字白話訳を読む。
        訳し方を白話訳と比較する。

ステップ5: 柴田訳を読んで自分の取り方の間違いや読み落としをチェックする。
       
第1巻からここまで、ステップ2(ステップ1は無かった)で、話の中身の90%以上、悪くても80%は理解できました。

そして、テップ3でほぼ100%、私自身が納得できる程度までには上げられました。

しかし、この《何仙》は、ステップ2で50%、ステップ4でも80%です。

何度ステップ3とステップ4を往復しても、もやもやが消えません。

ステップ5で、ようやく100%達成。

今日ほど、柴田訳を丁寧に読んだことはありませんでした。

付:
1.漢語古文は字1個がピース1個のジグソーパズルです。センス(連想力・想像力)の悪い者には時間ばかり食われる遊びです。
2.作者のコメント「異史氏曰」が柴田訳にありません。訳者は、興ざめの部分だとし、意図的に削除しています。惜しいことです。
3.日本語と違う意味になっている漢字は、ステップ6として廣漢和で調べることもあります。
4.科挙に落ちた作者の恨み節がここの異史氏曰にも表れています。
5.理解に3時間半、ブログに30分。センスの悪さが光ります。

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何仙 巻之十
  長山王公子瑞亭,能以乩卜。乩神自稱何仙,為純陽弟子,或謂是呂祖所跨鶴云。每降,輒與人論文作詩。李太史質君師事之,丹黃課藝,理緒明切;太史揣摩成,賴何仙力居多焉,因之文學士多皈依之。然為人決疑難事,多憑理,不甚言休咎。辛未歲,朱文宗案臨濟南,試後,諸友請決等第。何仙索試藝,悉月旦之。座中有與樂陵李忭相善者,李固好學深思之士,眾屬望之,因出其文,代為之請。乩註云:「一等。」少間,又書云:「適評李生,據文為斷。然此生運氣大晦,應犯夏楚。異哉!文與數適不相符,豈文宗不論文耶?諸公少待,試一往探之。」少頃,又書云:「我適至提學署中,見文宗公事旁午,所焦慮者殊不在文也。一切置付幕客六七人,粟生、例監,都在其中,前世全無根氣,大半餓鬼道中游魂,乞食於四方者也。曾在黑暗獄中八百年,損其目之精氣,如人久在洞中,乍出,則天地異色,無正明也。中有一二為人身所化者,閱卷分曹,恐不能適相值耳。」眾問挽回之術。書云:「其術至實,人所共曉,何必問?」眾會其意,以告李。李懼,以文質孫太史子未,且訴以兆。太史贊其文,因解其惑。李以太史海內宗匠,心益壯,乩語不復置懷。後案發,竟居四等。太史大駭,取其文復閱之,殊無疵摘。評云:「石門公祖,素有文名,必不悠謬至此。是必幕中醉漢,不識句讀者所為。」於是眾益服何仙之神,共焚香祝謝之。乩書曰:「李生勿以暫時之屈,遂懷慚怍。當多寫試卷,益暴之,明歲可得優等。」李如其教。久之署中頗聞,懸牌特慰之。次歲果列前名,其靈應如此。

  異史氏曰:「幕中多此輩客,無怪京都醜婦巷中,至夕無閒床也。鳴呼!」


聊斎志異 ― 蠟燭一百八,銀朱一千八。

中国語の数え方は日本語と違います。

一百八は180、一千八は1800です。108は一百零八、1008は一千零八となります。

初級中国語の時間に習いました。

それなのに、なぜか柴田訳は百八、一千八のままになっています。

口語訳が原文のままであるのは、中国人が対象ですから当然です。

でも、日本人向けの訳では、百八十、千八百であるべきではないでしょうか。

これからしばらく悩みの種となります。

付:
百八と一を除いているのは、日本語として扱っている証拠です。

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鳥語 巻之九

原文
答曰:「今日所言,不與前同,乃為明公會計耳。」問:「何計?」曰:「彼云:『蠟燭一百八,銀朱一千八。』」令慚,疑其相譏。

白話簡体字
道士说:“今天它们说的同以前不同,它们在为您算帐呢!”县令问:“算的什么帐?”道士说:“它说‘蜡烛一百八,银珠一千八。’”县令很羞惭,怀疑道士在故意讥讽他。

白話繁体字
道士說:“鴨子今天所說的,與以前不一樣,是在替大人算帳呢。”縣令問:“算什麼帳?”道士說:“它們在說:‘蠟燭一百八,銀珠一千八’。”縣令感到很慚愧,懷疑道士是在譏笑自己。

10月1日 ― 朗文英漢 ― 一挙両得

気分としては、9月1日が下期の初日ですが、正式には10月1日。また新たな気分になります。

今日から、ドン・キホーテと英単語の復習に使うことにしました。

使うのは朗文英漢双解活用詞典です。

  inveigh   ― 不記載 
   fraudulent   欺骗性的; 欺诈的; 骗得的
  curdle     (使)结成凝乳; (使)凝结
  dropsy      ― 不記載 

収容語数38,000の学習用辞典であるため、不記載が多いのは仕方がないことです。

出ているものは優先して覚える、出ていないものは後回しにするという方法を取るつもりです。

中国語に微弱電流を流せるのがありがたいです。

ついでに、今日読んだ所から、面白い文句をピック・アップしてみました。

Chapter XX

Ambition breaks not thy rest, nor doth this world’s empty pomp dusturb thee,~

The servant sleeps and the master lies awake thinking how he is to feed him, advance him, and reward him.

On a good foundation you can raise a good building, and the best foundation in the world is money.

As grandmother of mine used to say, there are only two families in the world, the Haves and the Haven’s.

Chapter XXⅡ

If you take a good woman into your house it will he an easy matter to keep her good, and even to make her still better; but if you take a bad one you will find it hard work to mend her, for it is no very easy matter to pass from one extreme to another.

“Thou hast said more than thou art aware of, Sancho,” said Don Quixote; “for there are some who weary themselves out in learning and proving things that, after they are known and proved, are not a farthing to the understanding or memory.”

Now indeed do I know that all the pleasures of this life pass away like a shadow and a dream, or fade like the flower of the field.

ヘンリー8世、フォルスタッフ、黄粱一炊夢、悪妻論、等々、続出。

ドン・キホーテは、読めば読むほど味が出る本です。



聊斎志異 金陵乙 乙は人か狐か


酒屋の主は人で始まる。狐と話をする。終わりは狐になっている。女房が引き取って狐の姿の主の面倒を見る。

不自然な流れである。

柴田訳を繰り返し読んだが、やはり納得できない。

私の感性が鈍いのか。


厭勝

原文の中に「厭勝」があった。現代漢語、中日大辞典に出ていない。廣漢和にはしっかり出ていた。ついでに旺文社の漢和を見てみたら、出ていない。大修館の新漢和にも出ていない。香坂現代中国語辞典には「まじない」とあった。さすがである。旺文社は、「厭」は意味の最初が「おす」で「あきる」が二番目になっている。いい辞書である。

褐色

簡体字白話、繁体字白話、ともに褐色となっている。中国人には褐色で粗末な布であることがわかるのかもしれないが、やはり、現代漢語詞典にあるように、「褐」すなわち、粗布或粗布衣服として訳してもらいたい。柴田訳は、「けおりのきもの」と訳して、賤しい者の著る毛織の著物とていねいな註がついている。

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金陵乙 卷九 第卅五篇

南京有個賣酒的小商人某乙,每次釀好酒,都要加水加藥。因此酒量再大的人,吃了他的酒也不過幾杯,便要爛醉如泥。因此他家的酒得了一個”中山酒”(1)的名號,生意興隆,積了一大筆錢。

一天早起,某乙看見一隻狐狸醉倒在酒糟邊上。他把牠四隻腳捆住了,剛想去找刀,狐狸已經醒轉過來,哀求他道:“請你不要害我的命,你要求什麼,我都滿足你!”某乙便放了牠,一轉眼,牠已幻化成一個人。

那時同巷子孫家的大媳婦被狐狸精迷住了,某乙便問那狐狸知不知情。狐狸道:“就是我迷的。”某乙曾經偷看過孫氏的小媳婦,比大的更漂亮,便要求狐狸精帶他去。狐精起初不願意,某乙再三求牠,狐狸精便邀他去。到一個洞裏,取了一件褐色的衣服給他道:“這是我死去的哥哥留下來的,穿上它便可以去了。”

某乙穿著這衣服回來,家裏人都看不見他;直到穿上平常的衣服時,才又顯出形體。他高興極了,便和狐狸精一道上孫家去。只見牆上貼著一道大符,符上的筆劃歪歪曲曲的像一條盤旋的龍。狐狸精驚慌地道:“這個和尚厲害,我不去了。”回頭就走了。

某乙縮手縮腳地走近一看,果然是一條真的龍盤在牆上,昂著頭像要飛起來的樣子。這才嚇得慌謊張張地逃了回來。原來孫家請了一個遠方來的高僧替他們驅邪,和尚先給了一道符叫去請的人帶回來,他自己還沒有到。

第二天,和尚來了,便搭了一個壇作起法來。附近的居民都去瞧熱鬧,某乙也夾在人群裏看。忽然,他臉色大變,急忙奔逃,好像有誰來捉他的樣子。跑到門外,一跤跌倒地上,便變成了狐狸,周身還穿著人的衣服。人們要殺掉他,他的老婆孩子叩頭懇求,和尚才答應叫她們牽了回去。他家裏每天餵他飲食,過了幾個月也死了。

註:
1.中山酒,又名千日酒,是一種酒勁很強的陳釀。狄希,中山人,能造千日酒,飲之亦千日醉。州人劉玄石嘗求飲一杯,至家醉死;三年後狄希往探,令其家發塚破棺,劉方醉醒,而發墓人為其酒氣所冲,竟各醉臥三月。


七つのステージ 聊斎志異とAs You Like It

蒲松齢は何度か挑戦したが、ついに科挙に受からなかった。

代わりに不合格の「訃報」を受けたわけであるが、その心境を、作品の中の主人公に託し足りないのか、長々とコメントを付けている。

大学受験に大失敗した経験を持つ私には身につまされる語りである。だが、その落胆の度合いはとうてい私の場合の比ではない。

かれは、その落胆を7段階で表している。

7段階といえば、As You Like Itである。

思い立ったが吉日、比較してみた。


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Act 2 Scene 7
 
JAQUES
All the world's a stage,
And all the men and women merely players:
They have their exits and their entrances;
And one man in his time plays many parts,
His acts being seven ages. At first the infant,
Mewling and puking in the nurse's arms.
And then the whining school-boy, with his satchel
And shining morning face, creeping like snail
Unwillingly to school. And then the lover,
Sighing like furnace, with a woeful ballad
Made to his mistress' eyebrow. Then a soldier,
Full of strange oaths and bearded like the pard,
Jealous in honour, sudden and quick in quarrel,
Seeking the bubble reputation
Even in the cannon's mouth. And then the justice,
In fair round belly with good capon lined,
With eyes severe and beard of formal cut,
Full of wise saws and modern instances;
And so he plays his part. The sixth age shifts
Into the lean and slipper'd pantaloon,
With spectacles on nose and pouch on side,
His youthful hose, well saved, a world too wide
For his shrunk shank; and his big manly voice,
Turning again toward childish treble, pipes
And whistles in his sound. Last scene of all,
That ends this strange eventful history,
Is second childishness and mere oblivion,
Sans teeth, sans eyes, sans taste, sans everything.


王子安 卷九 第卅二篇

異史氏說:“秀才考試,有七種比喻:剛入場時,光著腳提著籃子像乞丐一樣。點名時,官員呵斥衙吏責駡,好像囚犯。等到進了號房,每個洞口都伸出個腦袋,每個房間都露出一雙光腳,好像秋後蜂窩的蜜蜂。到考完試出場時,各個神情萎靡不振,天地都變了顏色,好像離開樊籠的病鳥。等到盼望捷報時,風吹草動都心驚肉跳,夢想也虛無飄渺,一會兒作中舉得意的夢想,頃刻間樓閣都落成了;一會兒作落第失意的幻象,瞬息間自己的骸骨都腐爛了。這種時候坐立不安,就像被拴住的猴子。報捷的馬飛快闖入,報條中沒有自己,這時神色,突然變得跟死人一樣,就像是吃了毒藥的蒼蠅,怎麼弄牠都沒有感覺。剛失意時心灰意冷,大罵主考官沒長眼睛,要必把桌上的文具用品都燒掉;燒了還不算,再用腳踏碎;踏碎了也不算,再把這些東西扔到臭水溝裡。從此以後看破塵世,入山面壁修行,如果再有人拿 ‘且夫’、‘嘗謂’這些文章給我看,一定拿起棍棒把他趕跑。沒過多久,考試後的挫折感淡忘了,氣也漸漸消了,手又漸漸發癢了,於是又像一隻傾巢覆卵的斑鳩,重新啣著木片營造巢穴,重新孵卵。這種情況,置身其中的人痛哭欲死,而旁觀者看來,沒有比這更可笑的了。王子安的內心,頃刻間千頭萬緒,看來鬼狐早就偷笑了,所以乘著他喝醉酒時戲弄他。他妻子卻是清醒的,面對這種情況,怎麼能不啞然失笑呢?看起來中舉後得意的滋味,不過就是這樣的短短時刻;那些舉人進士們,一生中也不過經歷了兩三次這樣的短暫時刻罷了,而子安在一天之內都嚐到了,如此看來,狐狸的恩德與錄取他的老師是一樣的了。

付:
1.柴田訳は、異史氏(蒲松齢)のコメントを教訓過ぎて興ざめだとしてほとんどを割愛しています。これを残しているのは、聊斎志異における科挙の重要性を読者に知らせたかったからでしょう。
2.‘且夫’、‘嘗謂’が答案の常用語であるようです。
3.That ends this strange eventful history,
Is second childishness and mere oblivion,
Sans teeth, sans eyes, sans taste, sans everything.
歯は数本しか残っていません。目は白内障の手術でプラスチック・レンズが入っています。この二つはその通りでわかるのですが、taste でシェイクスピアが何を言っているのか、邦訳は、「歯なく、目なく、味なく、すべてなし」と味を当てているのではないでしょうか。
私は味のような中立語ではないと思っています。もともとシェイクスピアは老人には冷ややかです。私は、「歯なく、目なく、品なく、すべてなし」が適当だと思いますが、如何。(追)2017年10月7日のブログにより「品」を「味」に戻しました。
Taste: Mental perception of quality; judgement, discriminative faculty(SOD)

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