老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

死後の世界 - 聊斎志異

私の読書生活における生涯の友である《聊斎志異》はあの世もあれば前世もある。

因果応報は、本人の前世とこの世、この世とあの世に限らず、「親の因果が子に報い」も含んでいる。

私はこの作品を何回読んでも飽きない文学作品として向かい合ってきた。しかし、あの世も前世も信じていなかった。

今は、違う。

あの世はあってもいいと思うようになった。

いじめられた分、思いっきり仕返しするチャンスだと、考えを変えたからである。

信じるか信じないかは問題にしない。

あれば有るでいいし、なければ無くていい。

心臓の半分が壊死したのだから、遠からず私自身で確かめることができるのだ。

付:
1 孔子さまが、「わしゃ、あの世の事はかまわんよ」と言ったとか。思えば、神に関心を示した思想家は中国の歴史にいなかった。
2 前世については、フランス映画「Before the Sunset」だったか「After the Sunset」に面白い話があった。石器時代の人口が1億とすれば、50億のうちの残り49億の前世はどこにあるのかというような話である。

心筋梗塞 - 1回目から2回目までの1週間

退屈の一語に尽きる。

手元に何もない。

島に戻るか埼玉に戻るか、それ以前に果たして退院できるのか、島に戻るとどういう問題が生じるか、埼玉に戻るとどういう問題が生じるのか、頭の中でグルグル回るばかりだ。少しでも螺旋の形があれば、考えがまとまっていくのだが、ただ回るだけだから、すぐに飽きてしまう。モームの短編小説のエンディングを書き換えることがわずかの気晴らしであった。

テレビは千円で観れるが、タダでも観ない。

4人部屋の私と似たり寄ったりの老人かつ生死の境を行ったりきたりする者の出入りが激しく、落ち着かない。

成人になって以来、初めて活字なしの生活をした。

それに加えて・・・

トイレに行けない。排便はベッドに横になったまま。オシメをはかされた。催したらそのまま用をたすようにと言われた。

シェイクスピアの《お気に召すまま》の七つのステージを連想した。第二の子供である。いや第二の赤子である。オシメで始まってオシメで締めるのか。

看護師に頼めば、専用の洗面器ならぬ排便器で用が足せる。オシメよりましなことはその通りだが、終われば、看護師に尻を拭いてもらわなければならない。病人は手術だけではない、下の世話までしてもらうことになる、今までこれに気がつかなかった。

術後4日目だったろうか、一人でトイレに行っていいとの許可が下りたときには、それこそ天にも昇る気分になった。

この状態で2回目のカテーテル施術を待った。

心筋梗塞 ― 初夜 

6月18日夕方、胸の痛みに我慢ができず、島の網小医院に電話した。看護師が残っているので、来るようにとのこと。運転が無理なら、迎えに行くと言ってくれた。

運転はできる状態だったので、自力で医院に行く。

心電図を見たその看護師は、非常に驚いて、即刻救急対応のできる病院にいかなければいけないと、私の反応をまったく考慮に入れずに、連絡船の手配をした。

入院先は石巻日赤。

簡単な検査(短時間だから私がそう感じただけで、複雑な検査がなされたのかもしれない)で分ってしまうほど右側の心臓が壊死していて、そのまま集中治療室でカテーテル。

手術は順調で、死ぬのだけは免れた。

深夜、救急の部屋に運ばれた。

担架に乗せられて、部屋に入るまで、病院の廊下の天井を追った。

ピンク・フロイドの「光」のオープニングのシーンを連想した。

部屋でされたことは、排尿のためのパイプ挿入。

モノが細めにできているためか、看護師が二人試してもダメで、執刀医が呼ばれて、悪戦苦闘してようやく挿入できた。

終わったとき、医師は腰が痛いと嘆いた。

私は、心から謝った。

付:
4~5年前だったか、排尿障害で一度、パイプを入れさせられたことがある。その時はすんなり入った。



死後の世界

夢枕に出てくる死者は、第三者が確認できない。その当人も目や耳で物体として確認できない。夢は幻である。

ところが、幽霊を実際に見たという人がいる。

西丸震哉である。この人は厚生省の役人で、地方勤務のとき、幽霊につきまとわれた。いくら追っ払ってもついてくるので、上司に転勤を願い出た。上司はそれを正当な理由として、即刻配置転換を認めた。

この人の著書を読む限り、発想は奇抜であっても、非常にまともな考えの持ち主である。幻覚に犯されるような人物とはとても思えない。転勤のためのウソをつくような不誠実な人間でもない。

実際に彼は幽霊を見たのである。何回も見たのである。

よく言われるように、「ない」の証明は難しい。「ある」の証明は一つ示せばそれで済む。

もう一人は佐藤愛子である。

このおばあちゃんは、(私もおじいちゃんだが)あの世と交信できる人物を仲間に持っていて、あの世があると信じている。デタラメを言うような人物を仲間にするようなボケおばあちゃんではない。それに交信した内容に曖昧な解釈の余地がないことも認めている。外交文書にあるような読み方によってどうにでも解釈のようないい加減さはない。

この二人の著書を読むと、あの世があると認めないわけにはいかない。

あるとすれば、私もあの世に行くことになる。

あの世でモモやリッキーやメリーや多くの鶏などと再会できるだけなら期待に胸がふくらむが、子供の頃のいじめっ子や宮仕え時代のいじめ上司とも会わなければならないとすれば暗澹たる思いで一杯になる。

死後の世界。

あと1日遅れれば(当日荒天により船もヘリも動かなければ)、死んでいた私は、モモたちと会わなくても、いじめっ子やいじめ上司にだけは遭いたくない、あると認めながらもないものと願うこと、切実である。

付:
ハムレットの父の亡霊をシェイクスピアは本気で登場させたのだろうか。見物人は本気で信じたのだろうか。60年にわたる私の疑問である。確信できる答はまだ得られていない。たぶん本気だろうと憶測する程度である。



心筋梗塞

6月18日、心筋梗塞で石巻日赤に救急搬送。
深夜のカテーテル治療。1週間後に二度目の治療。
これは4時間を越える大変な施術だった。
それからリハビリ。
そして昨日、15日退院。
島に戻ることなく、家族のいる埼玉に直行。
4週間で62キロから57キロに5キロ痩せた。
歩いては、まるで宙に浮いているよう。

網小医院、島の友、島の友の友、網地島ライン、石巻日赤、
感謝の言葉もありません。

少し落ち着いたら、ブログ、再開するつもり。

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