老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

数学 ― 新たなセンチメンタル・ジャーニー

外国語にばかり接していると、突き詰めて考える習慣は身につかない。

分からない構文、単語、誰にも聞けない、教えてもらえない。だから、分からないところは、イマジネーションで補う。イマジネーションと言えば、聞こえはいいが、「いい加減」ということである。

このままでは、いい加減が増殖する。加齢ボケに拍車がかかる。認知症だっていつくるか分からない。問題だ。

それで、始めたのが、高校数学である。

数学はいい。

3でも√3でもいいや、axでもbxでもいいや、こんな問題はない。プラスとマイナスを取り違えただけで、不正解となる。

数年前、数学Ⅰをやったことがあったが、やさしすぎて止めてしまった。

今回は、大学受験の高校生の教科書と参考書をヤフオクで手に入れた。

微積は60年振りになる。三角関数も同じだ。

スッキリ、ハッキリ、曖昧さのない数学が、私は大好きである。


高校数学

危険!近寄るな! ― 老人マーク

先日の高齢者講習会は、大変有意義であった。

普段、オレはそろそろボケが加速されているな、と認識してはいるが、他人の認知症を認識する機会はなかった。

認知機能試験では隣の席には笑顔を絶やさない人見知りのしない老人が座っている。

「4年前、酒を飲んで温泉にはいりましてね。ふらっと倒れて、救急車で運ばれたんです。脳梗塞で右半身が不随になったのですが、半年入院で済みました。
ええ、運転はいつもしています。ただ、記憶力の方は、全くダメになりました」

くどくど繰り返したことの要約である。

この人は、検査の結果が49点未満である。運転実施の前に、別室に呼ばれて、運転のチェックは受けなかったから、それと知ったのである。

どんな試験かといえば、小学2年生以上なら80点以上取れるような問題である。

年、月、日、曜日、時刻の問題。ナポレオンが皇帝に就いた時ではない、家康公の生まれた時でもない。今日の今の時である。

これに、半分しか答えられない人が運転しているのだ。

次は、16個のイラスト。オーロラ、兵馬俑、人工衛星の寝室、安倍首相の横顔、こんな物はない。オルガン、ラジオ、耳、のこぎり、スカート、ベッド、ぶどう、ライオン、タケノコ、てんとう虫、バラ、バイク、フライパン、など。初めはヒントなし、次は「動物は?」、「楽器は?」とヒントが与えられる。

これに、半分しか答えられない人が運転しているのだ。

終わりは、先ず、時計の文字盤を描かせる。時計とわかれば、どんなにデフォルメされていても構わない。それが済むと、「11時15分」の針を書き込む。

これが、半分しか答えられない人が運転しているのだ。

こういう問題もあった。

3 6 4 9 0 2 7 3 8 2 1 1 6 
4 7 3 9 6 1 0 3 2 4 7 0 3

隣同士を足して、答えを書きなさい、ではない。4と6をマークしてください。たっぷり時間を取ったあと、次は1と0を消してください。それだけである。これは小学1年生でもできるだろう。

これに、半分しか答えられない人が運転しているのだ。

49点以上ならば、運転免許は無条件に継続される。

49点と48点は、紙一重。

講習会の認知検査は、あくまでも参考でしかない。医師から認知症の認定を受けた場合のみ、免許更新はできないという。

認知症の運転能力に対する影響力は、科学的・医学的には確証がないそうだ。

たとえ確証がなくても、私は、恐ろしくて、この運転手の近くには寄れない。

老人マークだけでは、その運転手が50点であるかどうか分からない。私のできることは、老人マーク車には無差別に近寄らないことだけだ。

必要条件と十分条件のようなもの。


付:
1.判定基準
  76点以上 記憶力、判断力に心配なし
  49点~75点 少し低い
  49点未満  低い
2.他人事ではない。私も、老人マークを貼ってある。国道407で老人マークを貼ったアルトが結構なスピードで走っているのを見たら、できるだけ敬遠してください。
3.残りのイラストが思い出せません。

高齢者講習 ― 実技編

認知症試験の難関を突破すると、次が実技講習である。

教習所の指導官が同乗して、運転を見てくれる。

これは、ありがたい。

4千6百5十円の価値は十分ある。

3年前は、ゲーム・センターのシミュレーターがあった。今回はない。進化した。

代わりに、縁石乗り上げ、即ブレーキの動作が加わった。

S字、クランク、車庫入れ、車線変更、徐行、一時停止など、無難にこなしたが、この縁石乗り上げは、指導官の手を煩わしてしまった。

私には縁石にタイヤが当たった瞬間に、ブレーキを踏む習慣が身についてしまっているからだ。

縁石は前方の障害物の代表として扱われている。縁石でなくて、子供や自転車だったら、どうだろう。

乗り上げた後のブレーキは、遅すぎる。後の祭りだ。

私は、縁石にタイヤが当たった瞬間にブレーキをかけた。指導官は、乗り上げなさいと指示した。私は、躊躇した。再び、指示がきた。それでも、乗り上げる勇気がなかった。いや、本能が拒否したのだ。最後は半分叱られながら、乗り上げて、ブレーキを掛けたが、なんとしても後味が悪い。

私は間違っていない。教程が間違っている。

前輪が異物に当たった瞬間、ブレーキを掛けること。

講習内容の改善を強く望む。

付:
1.指導官に、今の運転で、新しく免許はとれるだろうか、聞いてみた。きわどい所との答え。縁石乗り上げでもたついたのが評価減になったのだ。
私は自分の運転に問題のないことを確信した。
2.指導官は、こちらから聞かない限り、コメントをださない。黙っていれば、何もアドバイスは得られない。積極的に話し掛けるべし。
3.これからは、一年に一度、誕生日前後に私的に実技の指導を受けようと思っている。少々高くても、受ける価値は十分にある。
4.3人ひと組で実技を受ける。その一人のおばあちゃんの運転はめちゃくちゃ。カックン、カックン、この車ブレーキが効きすぎる、とブツブツ言いっぱなし。クランクでは縁石に乗り上げるは、一時停止では、止まるには止まるが左右を確認を怠るは、こんな運転手と一緒に走っていることに恐怖さえ覚えた。老人マークを見たら、敬遠することだ。私も貼ってあるが。

高齢者の運転 ― 認知機能検査

文字色先月、免許更新に必要な試験と講習を受けた。

最初は、認知機能の検査。前回は73歳だったから検査は受けていない。

高校の仲間が一足先にこの試験を受けた。

絵の記憶で一つ思い出せない、それ以外は全問正解だったが、と悔しがっていた。

私は、二つ。

それで96点。

76点以上は、記憶力・判断力に心配がないとの基準であったから、運転には問題がない。

町に戻って、二日に1度は運転してきたから、心配があるかどうかは、本人でもわかる。

それでも、お墨付きをいただいたのだから、いい気分である。

運転はそれとして、記憶力の衰えは、外国語の時間に現れている。

辞書を引くのは、楽しい。だが、4回も5回も同じ単語を続けざまに引かなければならい状況は、楽しいという気持ちは起きない。

判断力の衰えも、ここ1~2年でひどくなった。

これらは、認知症でなく、加齢現象の一つだそうだ。

諦めている。

試験問題に一言。

問題の中に場所の概念が入っていなかった。
住んでいる住所と電話番号を書かせるといい。

もう一つは、買い物の時のつり銭の計算。これも認知症の判定に有効だと思う。
ごく庶民的に、千円札で410円の買い物をした。お釣りはいくらか。

次回は3年後の80歳。

講習会の終わりに、教官が、3年後にお待ちしています、と励ましてくれたが、免許更新はしないつもりだ。

たとえ生きていても、電動アシスト自転車に鞍替えする。それも、乗るだけの筋力とバランス感覚が残っていればの話である。

付:
4月に申し込んで、3か月待たされた。図書館の閲覧室や病院の待合室も混んでいるが、高齢者に関係する場所は、どこもこんなものらしい。かく申す私も混雑を作っている一人。

プールは温泉か

夏になると泳ぐ。島に居たときは海だった。

ただし、8月初めからお盆明けまでは、中抜けとしている。

水深わずか3メートルの白浜海水浴場は、すぐに温水になってしまい、とても泳ぐ気になれなかったのである。

お盆明けになって、海水温の様子を足で確かめる。生ぬるければ、1週間延ばす。時間はたっぷりある。

本格的に泳ぐのは、9月から10月中頃までである。

東北は寒いと思われがちだが、海水は10月初めが一番気持ちがいい。多分27度くらいだろう。

さて町に戻ってのプール。

市営の50メートルプールの今はぬるくて気持ちが悪くなる。露天風呂のようなものだ。そこで、しばらく振りに市営健康施設の25メートル入った。

ここもやはりぬるい。監視員に聞いたら、通年31度であるという。4月も31度だったとは思えない。屋内温度が低かったから、31度がぬるく感じなかったのだろうか。

市営のプールは、水中健康体操のためを兼ねているので(あるいはそれがメインかもしれず)、水泳のためのプールでないのかもしれない。

それで、市内のスイミング・スクールに問い合わせてみた。水温が28度以下であれば、入会するつもりからだ。

返事は、やはり31度。その内の一つは31度を越えると新しく注水するという。良心的である。それでも、泳げる水温ではない。

今、一つの妥協案を考えた。

泳げなくても仕方がない。せめて水に浸かるだけで我慢しよう。夏、頭のテッペンが常に濡れていないと、私はヘナヘナになるのだ。

週2回、プール通いを続けよう。

いつの日にか、(あまり先ではこちらが先に参ってしまう)、市長の権限で、せめて29度まで下げることを期待しつつ。

高齢者に温水はいらない。昔から「寄りに冷水」いうではないか。

付:
1.21年の島暮らしで、島民(おじいさん、おばあさん)が泳ぐのを見たことがない。島民にとっての場でないのだ。ウニを捕る、海藻を採る、アワビを採る、魚を捕る、仕事場なのだ。トラックの運転手の道路に対する見方と同じだ。ここ市営プールの昼間は、市民(おじいさん、おばあさん)で一杯だ。
2.正しくは、年寄りの冷水。

(お彼岸過ぎの人のまばらな海が懐かしい)
島の海1

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