老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

NHK受信料と最高裁



最高裁が判決を近く下すという。

ヤラセである。

判決は開く前に決まっている。前決である。

そもそも、受信料という日本語がおかしい。

受信してもしなくても、日本の国に居る者はすべて払えということなのであれば、受信でなく人頭税である。世帯単位であれば、家庭税である。

料でない、税である。

ホリエモン先生が、「クソだな」と評したとか。

その通りだから、下品な言葉がふさわしい。

有識者と言われている茶坊主は、それではなんというのだろう。

クソにたかるクソバエだな。

NHKが公共媒体など、クソバエの他誰が認めるか。

噂によれば、総務省が強制徴収の参考にドイツを研究しているそうだ。

わざわざ、ドイツくんだりまでいかなくても、我が国の宗主国アメリカで事足りる。

国営メディアは一つもない。

それでいて、ハリケーンの進路、国内外の動向など、中国や朝鮮の国営放送に劣っていない。

国の権力サイドは、自分の都合のいいように他国を参考にする。

裁判員制度がいい例だ。これはアメリカが参考になっている。むろん、都合の悪い部分は民を排除している。アメリカの陪審員制度の骨抜き版である。

受信機をもっているだけで、「受信料」はない、「受信機保有税」である。

夜店に屋台を開けば、ショバ代をゆするヤクザはまだお上と結託しないだけ、NHKよりまともである。

Shame on you!


付の1:
最高裁の判決は、少数反対、多数賛成でNHKの勝訴。自民の中の良識ある議員でNHKに歯向かう者はいないのか。座席確保に汲々としている野党に正義を期待できない今、残るは我ら民草の反骨のみ。
付の2:
私はNHKの存在を否定しているのではない。受信料でやっていくこと自体に反対しているのでもない。公明正大な任意契約が必要であると言っているのである。

・・・・・

NHK「テレビなし世帯」からのネット受信料徴収案にネット民ざわつく ネットのみは1260円?
7/13(木) 16:30配信 産経新聞

 NHKが、「テレビなし世帯」からも受信料を徴収しようとしている。テレビ放送とインターネットの「常時同時配信」(2019年の実施見込み)の受信料を検討していた同局の有識者会議が、「ネット経由の視聴者」を対象とする課金システムを、「テレビ契約」とは別に設ける方針を、答申案の中で示したのだ。同時配信のニーズすら十分につかみ切れていないなかで、視聴者の理解が得られるのか、早くも疑問の声が上がっている。

■ホリエモンの批判に拍手喝采
 「クソだな」

NHKの新年度予算

国会が全会一致で丸呑みした。反対票ゼロである。

反対票ゼロはいかがわしいから廃案にすることになっているという国があったと昔、聞いたことがある。

そういえば、ヒトラー国会も昭和翼賛国会も全会一致だった。

ディレクターの一人や二人が千万円不正したかどうかを騒ぐのは週刊誌やテレビに任せればいい。こんな出費はへの河童である。

国会が細かい出費に目を通すのは不可能であるし、その必要もない。

あるのは、その収入の方である。

お上のお墨付きをいいことに観ても見なくてもぼったくる徴収制度をどの政党からも異論がでないのは異常というより変態である。

ヤクザのメカジメでさえ、店を構えていない通行人には要求しない。ヤクザ以下、しかも政府のお墨付きとなれば、昔だったら座頭市の世界である。

政府という権力構造がメディアを支配するのは、中国、朝鮮があるが、自由に選ばれた国会議員までが賛成するとは、世界のどこをさがしても見ることができない。

日曜政治討論会という甘いエサに麻痺してしまった野党なんか税金のムダである。

NHK、国会議員、

いらない、いらない、いらない。

NHKは必要か(3) 日曜政治討論会

かれこれ20年もご無沙汰している。時々埼玉に里帰りしたときに、チラっと見るだけである。

時間が惜しいのではない、討論の次元が低すぎるので、見ていて不愉快になるから、チラで切るのだ。

これを毎週見る人が何人いるのか。

選挙期間を別にすれば、100人に1人か2人ではないか。多くても10人はいまい。

10人なら、視聴率10%、民放が喜んで肩代わりする。

あるから見る、なければ見ない。

いや、私には必要だ。

結構、結構、どうぞご勝手に。

しっかり受信料はお払いください。

受益者負担は世間では道理。

恩恵に浴していない者に負担を強制するのは無理。

無理が通れば道理が引っ込む。


付:
どの政党からもNHK民営化の話が出てこない。この日曜討論で自党のPRができるからだろうか。小泉純一郎さんが首相のとき、「NHKといえども聖域でない」と語った。へんてこな人だったが、この一言で、私は彼に一目置くようになった。NHKの経営者、さぞ震え上がたことだろう。

NHKは必要か(3)  国会中継

私は年に数回テレビを見る。観るのではない、「見る」、正確には「目に入る」である。

場所は、病院の待合室。

医院にはテレビを置いていない所もあるが、少し大きい医院は病院と同様、大抵置いてある。

映っているのは、これも大抵NHKの総合テレビである。

そして、予算委員会が開かれているとNHKは中継番組を流す。

何やら総理が立ったり座ったりしている。向かいには右手を上げたり下げたりしながら口をとんがらせている。

パントマイムである。

音声はテレビの真下に来なければ聞こえない程度に抑えられているためだ。

これに対して、順番待ちの患者も付き添いも、一人として聞こえないからもっと音量を上げてくれと受け付け嬢に願い出ない。

一度も遭遇したことがない。私の経験が年に数回でも、20年では結構な場数になる。

そもそも、画面を見ている人がいない。病人にはそんなゆとりはないよ、というのなら、一体誰に観てもらうというのだ。

9時から正午まで午前の部、それから午後の部。5時には閉幕。

昼間働いている青年男女、見たくても見れないのである。

ダラダラ答弁を繰り返す大臣や事務官連中の発言を録画して、夕食後、じっくりチェックしようとする紳士淑女が日本に何人いるか。

この歳になると、病気見舞いが増える。個室でなくても今は各ベッド毎にテレビが備え付けられている。大部屋は見ようとしなくても目に入る。

国会中継が映っているテレビを見たことがない。

本当に誰が見るのだろうか。 思いつくまま(梅原先生調)。

一つ。
後援会の会長か副会長:「オラホのしぇんしぇい(先生)がテレビに映るだってば。見てくれろ」
後援会員:「オラの代わりに見てくれろ。歌舞伎座の券はもうもらったからな」
会長か副会長は本音は見たくないのだが、先生に会ったとき、格好がつかないから、やむを得ず見る(観るではない)。

一つ。
マスコミの新米政治部員。これに説明は不要だろう。

一つ。
番組で何かうまいことを言いたくて必死にネタを探しているコメンテーター。挙げ足をとらなければ食っていけない商売だから、うなずける。

一つ。
総理が何回答弁に立ったかを賭けにする私設馬券屋。

他に需要があるかもしれないが、思いつかないのでこれで止める。

少なくとも、これで「需要」がいかほどのものであるかははっきりしたはずだ。

つまる所、「需要と供給」の関係に落ち着く。公共の福祉などという得体の知れないお化けと違って、誰の目にも明らかな理屈に落ち着く。

需要がないのに供給する商売はどこにもない。私はいりませんと断っているのに、供給するからカネを払えとは、花菱アチャコならずとも「ムチャクチャですがな」。

国会中継は、オン・デマンドにすればいい。私はこのシステムに疎いが、観たい人がいたら、有料で排他的に観ることができるシステムであると読んでいる。排他的・個別的は公共の反対語である。

タイム・ラグを嫌う人には、生中継を、帰宅後じっくり観たい人には録画番組を。

これで「公共」少しも苦にならない。

国会中継は無用である。

NHKは名ばかり公共放送であることの証明の一つ、これにて完。

付:
NHKや裁判所があまりにもふざけているので、遊びを入れておきました。
2.テレビカメラが回ってくると、何やら看板を向ける。至極滑稽(アホ)ですな。

NHKは必要か(2) 公共性 

NHKは公共の福祉に役立っているか

朝の連続テレビドラマは役立っているか、・・・ノー!

素人のど自慢は役立っているか、・・・ノー!

大相撲中継は役立っているか、・・・ノー!

天気予報は7時のニュースは役立っているか、・・・ノー!

大河ドラマは役立っているか、・・・ノー!

選挙速報は役立っているか、・・・ノー!

俳句・川柳の番組は役立っているか、・・・ノー!

囲碁・将棋の番組は役立っているか、・・・ノー!

国会中継は役立っているか、・・・ノー!

野球・サッカー中継は役立っているか、・・・ノー!

五輪中継は役立っているか、・・・ノー!

日曜討論会は役立っているか、・・・ノー!

紅白歌合戦役立っているか、・・・ノー!

フォルスタッフも顔負けのノー続きだ。

それでも、裁判所は、NHKを公共福祉の放送局だと言う。

これらを公共の福祉だというのなら、民放も公共の福祉とえる。NHKに受信料を納めさせるのなら民放にも収めさせなければ不公平である。

裁判所の判事たちは実際にテレビを観てはいないのではないか。絶対に観ていない。観ていたら、NHKと民放の違いが、ただCMがあるかないかだけであることに気が付くはずだ。

実際はNHKも相当な時間をCMに当てている。然り、自社の番組の予告編というCMである。長い番組の合間、合間にチョコチョコ挟んでいるではないか。

だから、少し鋭い裁判官なら、NHKも民放も同じであることにも気が付くはずだ。

もっと鋭い裁判官は、その上のレベルの違いを見抜くはずだ。

それは、「政府を批判しない、権力にべったり、政府に都合の悪い報道はしない、するとしてもすっかり酔いがさめてからにする」、これを見抜くはずである。

NHKは国策放送である。公共の福祉に何の役にも立っていない。

観たい者がいれば、スクランブルをかけて払って見させればいい。観ない者までただ受信できる装置を持っているからというだけで巻き添えにするのは、あまりにもえげつない。

権力を笠に着るとはNHKのことである。

最後に断っておくが、鈍な裁判官も鋭い裁判官も、馬鹿でなはい。NHKのやり方が道理にかなっていないことは先刻ご承知だ。権力の側に立っているから、NHKに事寄せて国民をいじめる快楽を満喫しているにすぎない。

NHK、御用識者、裁判所、総務省の4人組の茶番劇の開幕だ。

木戸銭なんか誰が払う。

払って喜ばせるな。悪代官を抱き込んで場所代をむしり取るヤクザを喜ばせるな。

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