老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

小林旭の北帰行、北帰行の小林旭


強い巻き舌が少し耳に障りますが、北帰行はやはり小林旭でないと。

その彼が、放送禁止用語で引っかかったとか。

ネットも放送の一部なのでしょうか、「キ×××」となっています。これは言葉になりません。読み手に何を伝達したいのか、報道として失格です。

わたしは見た瞬間、「キンタマ」と読み取りました。フジテレビの視聴者に紳士・淑女がいるとは思えませんが、それでも控えるのが穏当でしょう。

下まで読んでいくと、「キンタマ」でなく「キチガイ」であることが分かりました。

「気狂い」が放送禁止用語とは驚きです。日本語を侮辱しています。

以前のブログでも繰り返していますが、言葉は場合により褒め言葉にもなるし謗り言葉にもなります。

言葉は中性です。言葉に責任を押し付けるのはキチガイいやマチガイです。

こんな馬鹿げたルールは愚民製造業のテレビに留めてもらいたい。

そうでなくても、チマチマした日本の言語文化(文学作品)が益々貧困になります。

小林旭さんは謝らない。

その通り、謝る必要はありません。

放送禁止用語なるものを作った贋作文化人や被害妄想グループの日本語破壊工作に負けてはなりません。

小林旭さんの勇気を讃えて、昼には、久しぶりに「北帰行」を聴くことにしました。涙なしには聴けないことが分かっていても・・・

付:
1. 差別は言葉でお茶を濁すものでなく、行政が率先して社会を啓蒙し解消するものです。
2. ネット投稿にしっかりした考えが見えるようになりました。独裁でありながらサウジには経済制裁しない、自分はたらふく核を持っていながら、北朝鮮には持たせない、このダブル・スタンダードが世界に多大な不幸をもたらしている。日本もその不幸の一翼を担っている。こういうのもありました。この小林発言でも、「言葉狩りだ!」「ほかに思いつく言葉はない」は、まともな考えです。
3. バカに日本語を任せておくと、バカも放送禁止用語になるかもしれません。そういう未来は暗くて冷たい奈落の底。
4.頭を下げたアナウンサー、風船のように軽い頭。アナウンサーは美しい日本語の守護神。アナウンサーが堕落したら日本語はおしまいです。もっと自覚してもらいたいものです。

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小林旭が「放送禁止用語」、フジテレビが謝罪 ネットでは「正しい表現なんだから謝る必要ない」の声
10/7(土) 17:26配信 J-CASTニュース
ラスベガスで起きたのは「米史上最悪の銃乱射事件」と呼ばれている。
 昭和の大スター、小林旭さん(78)がフジテレビ系情報番組「バイキング」にコメンテーターとして登場し、アメリカのラスベガスで起きた銃乱射事件に関し「キ×××」という言葉を発したためアナウンサーが神妙な面持ちで謝罪した。

 ネット上では小林さん批判が相次いだが、「言葉狩りだ!」「ほかに思いつく言葉はない」などと小林さんを擁護し、「放送禁止用語」に首を傾げる人が結構多い。

■「無抵抗の人間だけを狙う奴は、バカかキ×××しかいない」

 番組では現地時間1日に起きたラスベガスでの銃乱射事件を取り上げた。犯人はホテルの32階から窓ガラスを割り、2万人が集まったコンサート会場に9分から11分間ほど改造銃で乱射、58人が死亡し489人の負傷者を出した。「米史上最悪」とされるこの事件の感想を聞かれた小林さんは、

  「酷いよね、そりゃぁ赤ん坊をこう捻ってやるのと同じことで、無抵抗の人間だけを狙ってああゆうことをする奴ってのは、バカかキ×××しかいない」

とコメントした。犯人は狩りをする感覚で撃っていて、頭の中には人間としての意識が無い。人間としての意識があったら躊躇して撃てない、とし、自身が撮影の時に本物の銃を使った時のエピソードを話した。そしてCM明けに榎並大二郎アナ(32)が、神妙な面持ちで、

  「先ほどの議論の中で、ですね、精神障害の方に対する差別を助長する発言がございました。お詫びして取り消させていただきます」

と深く頭を下げた。
                (以下略)

仰天、秋場所

横綱の75%、大関の67%が休場していることを今朝ネットニュースで知った。

休場がズルでなく、怪我によるものであることは明白である。

それならば、怪我をなくせばよい。

舞の海先生と八角理事長のコメントがでていた。

1.舞の海先生
力士の大型化が原因の一つであるとしているが、これは解決策の提案ではない。ただの評論家のお題目である。舞の海は自分が小型であったから、かつ、立派な成績をあげたから、大型に意味を認めないのかもしれない。
しかし、格闘技で大型が不利になる種目はない。ボクシングは最初から、柔道はいつのまにか、体重で仕分けされるようになった。
重いのは有利であって、脂肪がダブダブについているだけの力士でも、大関位までは、重いというだけで、昇れたのだ。
白鵬が軽いままでいたら、舞の海レベルで止まっているだろう。

2.八角理事長
この理事長、もう一度中学数学にでている真偽のおさらいをするといい。
命題1.けがをしない人が上に行っている。
命題2.上に行っている人はけがをしない。
これ以上、解説は不要である。


日本の国技である大相撲をこんなコメントを流す相撲協会に任せていられない。

私は、ここで三つ提案することにした。

提案の1.
先ず怪我の発生状況の確認から始める。99%は勝負がついた後である。双方どっと倒れる、その時、脚や足の絡み具合でケガとなる。鎖骨や肋骨、頭蓋骨の骨折は寡聞にして知らない。場所はこれも99%が土俵の内側をAとすると、反A、すなわち土俵の外である。
土俵内の怪我の事象の余事象である。そう、余分な場所で起きているのである。
では、なぜそうなるのか。

答は超簡単(高校生風)、俵のすぐ近くが急斜面になっているからである。

100キロ×2人が高さhからgにより落下すれば、どれほどのショックが人体に掛かるが、相撲協会は調べたことがあるだろうか。
捻挫、骨折の発生がこの程度で収まっているのは日頃の力士の鍛錬、あるいは奇跡と言っていい。

土俵の外を俵から5メートルの緩衝地帯を設けた円にすること。

提案の2.
年6場所はきつ過ぎる。

15日もきつ過ぎる。15日、連続で戦う格闘技が他にあるか。ボクシングは15ラウンドでも1日の勝負。次回まで数ヶ月の弛緩期間がある。
相撲は一瞬の勝負でも、当日はそのための1日となって、神経は休まらない(想像である)。

日本の季節感を尊重して、春夏秋冬の年4場所に縮小する。春は東京、夏は名古屋(大阪の夏は暑いそうだ)、秋は戻って東京、そして締めが大阪。綺麗に揃う。

地方巡業は廃止する。前後の移動と対戦日程、きつくないはずがない。15日働いたら、残りの75日は家族サービスと英気の養い、体の調整に充てる。地方巡業はプロレスに任せればいい。

提案の3.
国技を独占しているNHKから独占権を剥奪する。放送を民間にも解放する。幕間はCMに理想的な時間である。スポンサーがつかないはづがない。私がテレビを観ていた頃、歌舞伎役者の出来損ないのような面をした気の弱そうな芸人が幕間で何か喋っていた。すぐに、ミュートボタンを押したが、CMの方がはるかにセンスがいい。

NHKが断ればそれでよし、続けたければ、民放と同じ立場に立たせればいい。
CMの全収入は力士の健康管理・福利厚生に充てる。

以上。


休場続出は、現場労働者のサボタージュである。経営者への正当な反抗である。労働者に咎はない。経営者は、虚心に己の無策を反省しなければいけない。

付:
1.相撲界で何が起きているのか。産経のこの記者はあまり出来がよくありません。起きていることは休場続出で、言われなくても分かっているのです。なぜか、どうすればいいか、これを記事にしなければ、記者失格ですな。
2.稀勢の里は、10場所分の3敗を達成しました。毎場所12勝の名大関から毎場所3敗の凡横綱になりはてました。
3.横綱の休場、世間ではこれを有給休暇といいます。
4.優勝が懸かっている秋楽だけは、テレビを観に行くことにしています。

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前代未聞 99年ぶりに3横綱、2大関が休場した秋場所 負傷者続出の相撲界で何が起きているのか
 大相撲秋場所は9月24日に千秋楽を迎える。昨今の相撲人気の高さを物語るように前売り券は完売し、連日「満員御礼」の垂れ幕が東京・両国国技館に掲げられる。しかし、その一方で、99年ぶりという異常事態が生じていた。日本相撲協会の看板力士である横綱が4人のうち3人(白鵬、稀勢の里、鶴竜)、さらに2大関(高安、照ノ富士)までが休場した。歴代の理事長は「土俵の充実」を重んじてきたが、秋場所はその言葉から遠ざかる状況。なぜ、いまこれほど負傷者が続出しているのか-。

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 膝や足首など、目立つのは下半身のけが。相撲解説者の舞の海秀平氏(元小結)は「力士の大型化が一つの原因ではないか」と指摘する。


 日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は「休んで強くなれるわけがない。けがをしない身体をつくった人が上にいっている」と稽古不足に苦言を呈する。さらに「器具を使うこともあるが、四股やてっぽうが基本だ。ぶつかり稽古もそう」と基本の徹底を求めた。二所ノ関審判部長(元大関若嶋津)も「準備運動で汗をびっしょりかかないといけない」と警鐘を鳴らす。

9/23(土) 15:30配信 産経新聞


救急車の高額有料化

最近、あちこちの病院に、自分用もあれば家人用もあるが、かなりの頻度で行っている。

待合室はパンフレットとポスターのオンパレードだ。

活字化した日本語を物珍しさから見る。

その一つに事故でも急病でもないのに、タクシー代わりに救急車を呼ぶ馬鹿者が多いので、困っているというような内容のポスターがあった。

消防署に配置されている救急車はレンタカー会社のレンタカーと違って数に限りがある。国道沿いの私の近くの消防署をチラッと横目で見ても、2台しかない。奥に隠れているかもしれないが、それでも数台だろう。

タクシー代わりに救急車を呼べば、馬鹿者はタクシー代が浮くのでウハウハかもしれないが、その間に救急事態の知らせが入っても、消防署は動きがとれない。隣の消防署を頼めばいいと馬鹿者は言うかもしれないが、隣には隣の馬鹿者がいて、すでにタクシー代わりに使っている。

人のことを考えない利己主義者は馬鹿者である。

あるいは、母親は言うかもしれない。子供の大変な病気の予兆かもしれない、そうであるか否かを私は判断できない、だから呼ぶのです、と。「かもしれない」までならタクシーで十分だ。

そもそも大変な病気の予兆かどうかを判断できないような母親は母親の資格はない。

馬鹿につける薬は昔はなかった。

今は、ある。

タクシー料金の10倍を出動毎に請求することである。

馬鹿者は政党助成金に執着する国会議員と同じで、カネに細かい。

生死に関わるかもしれない兆候でない限り、タクシーを呼ぶ。

生死に関わるかもしれない事態を前にすれば、落語の吝嗇噺ならいざ知らず、待ち時間が短く、渋滞道路もスイスイ走る天下御免の救急車を「カネに糸目をつけず」頼む。

救急病院の医師が、これは救急の価値アリと認めれば、10倍の料金は返還される。認めなければ、地方自治体の金庫に入る。

ポスターでいくら市民に協力と理解を呼びかけても、一向にムダ足出動が減らないのは、協力と理解を無視しているのが馬鹿者であるからだ。

救急医師や看護師は、深夜も待機している。寝ずの番である。ただ起きているビルのガードマンとは違う。難しい手術をしなければならない事態がいつ起きるかわからない。問題用紙がいつ配られるかわからない受験生の様な緊張感の中に置かれている。

とても普通の人間にはできることではない。

今日のネットで、酒を出す出店が海水浴場にあることを知った。強い酒を禁止するのは当然のこと、弱い酒でも量が増えれば強い酒と同じことになる。

海水浴は海の水に浴するから海水浴。酒を飲んでも海に入らなければいい、だから酒を飲む、酒を売る。海に入らないのなら山に行けばいい。彼らは山と海の違いすら分からない馬鹿者である。

泥酔した海水浴客は、泥酔運転と同じだ。10倍料金と共に、高額の罰金を科すべきである。向こう5年は、海岸から100メートル以内に近づくことも免停だ。

救急車は、公費で運営されている。公費とは善良な市民の税金である。

それの無駄遣いをただ一枚のポスターで仕事をした気分になっている役所が問題の解決を拒んでいる根本である。

消防署が市営か県営か、私は知らない。どちらの管轄下であっても、救急車の発動を有料化しなければいけない。税のムダばかりではない、出動する消防隊員の本来なくても済む疲労、時に過労を軽減できるのだ。

馬鹿者を非難することがこのブログの目的ではない、馬鹿者の野放しに実質的無為無策の行政を非難するのである。

付:
1.忍耐力とは、わがままな患者に対する忍耐力と低い待遇に対する忍耐力のことです。島では気安さに甘えてわがまま患者で通しました。すいません。
2.ここに戻ってから、しばしば病院の世話になるようになりました。毎回、医師や看護師に私は絶対になれないことを確認します。あの職業に携わるような忍耐力を私が持ち合わせていません。カタログを肩に担いだドサ回りだから勤まりました。
3..親子連れに限りません。馬鹿者を除く全納税者の声であります。
4..夏場にのみ開かれるわが市民プールは酒類の持ち込みは厳禁。当然です。
5.静かになった夜中の浜辺で仲間と酒を飲んで楽しんだのは半世紀前のこと。海に入らなければ、今の若者がそうすることまで禁止しなくてもいいでしょう。ただし10倍覚悟で。

・・・・・

神戸の海水浴場 減らぬ泥酔者8/25(金) 7:57 掲載

今年も泥酔などによる救急出動が多い須磨海水浴場。酒の持ち込みも多く、対応が求められている=神戸市須磨区(神戸新聞NEXT)
 海水浴場健全化のため、神戸市が今年から海の家でアルコール度数の高い酒類の販売を禁止した須磨海水浴場(神戸市須磨区)で、7月13日の海開きから8月22日までの泥酔者に対する救急出動が18件に上ったことが23日、神戸市消防局への取材で分かった。昨夏の全期間の出動(22件)に迫る状況で、海水浴に訪れた親子連れなどからはより厳しい対応を求める声も上がっている。(杉山雅崇)(神戸新聞NEXT)

渡邉竜王 信じる師匠と叱らぬ師匠

囲碁の世界もそうだが、将棋のプロは必ず師匠がいる。

技術指導は普通しない。入門の時に1局、縁を断つ時に記念に1局、合計2局指すだけだそうだ。

それではなぜ師匠がいるのか。

人間形成である。

小学校や中学の教室で一人の担任教師が大勢の生徒を育てる。行き届かなくても教師に責任はない。

将棋の師匠は、一対一の関係で弟子を育てる。

三浦九段の師匠は、弟子を信じた。彼をカンニングするような男に形成しなかったことに自信があった。

方や、渡邉竜王の師匠。対局直前に卑劣極まりない盤外作戦をマスコミを利用して展開した弟子を育てて、恥としない。

恥れば、三浦九段の無実が確認される前に破門しているはずである。

確認の前とは、週刊誌などに他人をドロボー呼ばわりした時点である。たとえカンニングの現場を目撃したとしても、鬼の首を取ったように騒ぐようなことをしたら、破門とまではいかなくても叱りつけるのが師匠としての資格である。

芸能界では弟が不祥事を起こす、息子が不祥事を起こす、するとマスコはここぞとばかり、姉や親をしつこく攻撃する。

兄弟、親子は恣意的な関係ではない。当人の不幸に飽き足らず、親兄弟までも不幸にさせようとするゲス行為である。

師匠と弟子の関係は別である。

それなのに、師匠に監督責任を問うようなことはしない。世間を不幸に導く材料にならない事のためである。

だいぶ前のことである。

米長邦雄が弟子の林葉直子を破門した。

たしか彼女の就位式の晴れ舞台の席だったと思う。華やいだ雰囲気の中で突然、今日限りで破門する、宣告した。

いかにも才気ばしった米長らしいやり方であった。

なぜ破門したのか、説明がなかった。

説明責任などというけったいな物を必要としない、それが師匠というものだから、周りも驚かない。

渡邉竜王の師匠に米長流は必要ない。

ごく普通でいい。

「今日限り、渡邉を破門する」

将棋連盟の新会長の初仕事

これは決まっている。

カンニング騒動を盤外作戦に使った汚物の処理である。

総会の場では渡辺竜王の処分についての発言は出なかったと新会長が語ったとネットの記事にあった。

ネットの記事が正しいか、私は確認できない。だから仮にそう言ったとして話す。

総会の出席者は渡辺竜王と同じ部屋(将棋会館という建物)の中の同業者である。仲間である。将棋を続けている限り、付き合わなければならない。職場は他にない。それで、どうして彼の処分を提案できよう。気まずい思いをしながら、今後20年、30年と誰がやっていけるというのだ。

もしも、渡辺竜王の処分が話題に出なかったという理由で、新理事長が前理事長と同じように汚物処理を怠るようなら、彼は将棋バカ以外に何物でもない。

普通の立場の者が言えない、できない、それでいてやり遂げなければならない事を言い、やるのが権威である。権威は伊達にあるのではない、飾り物でもない。免状授与のボーイでもなければ将棋祭りの慰労会係りでもない。

ケータイの持ち込み禁止令など幼稚園児か小学生相手の「おはなし」である。大の大人が真面目に語るものではない。

日本将棋連盟にいくつもの改革はいらない。

たった一つ、渡辺竜王の永久追放と週刊誌の取材に応じて灰色のレッテルを幇助した棋士全員の対局禁止と降級処分を、理事長の職を賭して実行するだけでいい。

辞表を提出しない理事がいるという。厚顔無恥の連中の棲息する理事会に計っても無意味である。

恥という日本語を知らない汚物は自分から退場しない。今も対局している。江戸時代の勝負師なら切腹しても周りは驚かない。もっとも、対局直前の相手をドロボー呼ばわりするような卑劣漢は、そもそも存在しなかったのだが。

なぜ自分が会長になってしまったのか、させられるハメに陥ったのか、これを考えれば、三浦棋士への謝罪で済ますなどもっての外、汚物処理が自ずと頭に浮かぶはずである。

第三者の参画ではなにも解決しない。NHKの経営委員会や横綱審議会、政府の諮問機関、どれをとっても、イエス・パーソンしか有識者と認められない。

会長の権力行使を引き金にして、ふたたび世間を騒がせ、雨降って地固まるでなければいけない。


佐藤新会長にその勇気があるか。鼎の軽重が問われている。

付:
1.鼎の軽重を問うとは書きましたが、私は新会長にまったく期待していません。大山名人の時代は米長時代を境に過去帳の中に。
2.羽生三冠の細君が週刊誌に乗せられたと語っているそうな。そして週刊誌を恨んでいるそうな。無罪の理由になりません。あることないこと書き放題で、他人を不幸に落とすことで飯を食っている週刊誌の取材に応じたこと自体に罪があるのですよ。

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