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老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

心筋梗塞 - 三日、三月、三年

三日、三月、三年

どこで覚えたのか、覚えていない。
いつ覚えたのかも、覚えていない。
正しい意味も知らない。

退院したのが7月15日、今日で無事3か月を通過した。
それで、無意識の内に浮かんだのが三日、三月、三年である。

私なりに解釈すると、何事も始めて3日目が続けるか止めるかの敷居で、それを過ぎれば、どうにか3か月は続く。ここでまた、続けるか止めるかの敷居となる。同様に3年目も敷居となる。3年すぎれば、晴れてその「何事」が当人と切っても切れない腐れ縁となる。

これを今度の病に当てると、退院後の医師も看護師もいない自宅生活の3日目が第一の関門、リハビリを続けて過ぎた3か月目の今日が第二の関門となる。

背中や胸の所々に鈍痛を時々感じるが、他の病気と同じと思っている。すなわち、目の悪い人は時々目が痛むだろうし、足の悪い人は時々足が痛むだろう。耳の悪い人は耳、歯の悪い人は歯、頭の悪い人は頭(これはないか)という具合である。

とにかく第二の関門は通過した。

明日は近くのがってん寿司に行って、たらふく、と言っても今の私の胃袋にはせいぜい8貫、醤油とワサビをベタベタにつけて・・・でなく、ほんのちょっとで我慢しながら、そして世話になった方々に感謝しながら食べようか。

附:
「三日、三月、三年」が熟した表現かどうか、これ自体もわからないのです。





心筋梗塞 - 同病相憐れむ

心筋梗塞の参考書をAmazonで探していて、偶然見つけた。

三木卓なる名前は聞いたことがない。本になるくらいだから多分名士なのだろう。

1935年生まれで、私より5歳年上。それで読む気になった。

彼は都内の日赤医療センターでバイパス、私は石巻日赤でステン。

この本にユーモアは一つもないが、その真面目さがかえって笑いを誘った。

早めに布団に入って、一気に読んでしまった。

附:
1.笑えたのは退院して3か月のゆとりだろう。この手の経験談は、経験する前に読むのが為になるもの。しかし経験することがわからないのに読む者はいない。典型的な結果論だ。
2.定価1,500円也。新本(しおりのひもの先がばらけていない)なのにAmazonで1円。送料が300円。
3.彼は1994年に入院した。59歳。Wikipediaで調べたら、まだ死亡年が空白になっていた。当時の59歳の平均余命がいくらか知らないが、24年は大したものだ。私の余命2年という胸算用も急に現実味が増してきた。これなら、来年の6月には網地島に行けるぞ。

生還の記

心筋梗塞 - 酒と薬の日々

酒は25度の芋焼酎。年金の受給開始の歳、ビールは買わないことに決めた。年金で高級酒を買うことに抵抗があったのだ。

それに代わったのが焼酎。麦でなく芋がお気に入り。

退院の時、先生から日本酒1合程度なら飲んでも悪い影響はまずないと言われた。

日本酒は16度。1合は180CC。25度の焼酎は110CCが相当する。

先生から大丈夫と言われても、用心に用心で、その3分の1にした。

入院中の4週間と約2か月の禁酒の後だから、2リットル千800円の紙パック焼酎もうまい。もっぱらオンザロックでやる。

薬は6種の錠剤と心臓貼り薬が続いている。

6種もあればその副作用も馬鹿にならない。

それぞれの薬の処方に副作用が注意書きとなってでている。

私の場合は、ひどい便秘である。

運動すれば改善されると言わたが、タケダの生薬に頼っている。

それと立ちくらみである。

これはしばらくじっとしている以外に対策はない。

本来の私には便秘もなければ立ちくらみもあって年に数回である。

よくよく考えると、「本来の私」は過去のものであって、薬と一緒の私が、今の「私」なのだ。

無病息災。

私の場合は、心筋梗塞と腰痛の二病息災が死ぬまで続く。

C'est La Vie. セ・ラ・ヴィ!これが人生さ。

(飲み忘れ防止の「お薬カレンダー」 amazonで見つけました)

薬カレンダー

第九 - 夢にも思わなかった幸せ

先月末の日曜日、市の文化会館に行ってきた。

台風が来るかもしれないとの予報をものともせず、1千席の8割が埋まった。

池袋まで50分、それから演奏会場まで乗り換えやらなにやらで、高齢者にはとても生のオーケストラに接せない。

それが、車(自転車)で5分の市文化会館で聴けたのだ。

O Freunde, nicht diese Töne! から涙が流れっぱなし。

フォーレのレクイエムと組まれていた。

全く申し分ない。

全席自由で3千円。もちろんこれではやっていけない。競輪の補助があるとパンフレットに書かれていた。

興奮冷めやらぬこの1週間だった。

管弦楽:東京ニューシティ管弦楽団
指揮:小崎雅弘
ソプラノ:東城弥恵
メゾソプラノ:成田伊美・津金久子
テノール:高田正人
バリトン:萩原潤そ
合唱:坂戸第九を歌う会


附:
1. 私のCDはジョージ・セル指揮のクリーブランド管弦楽団。昨日、家人のいない昼間、片チャン100Wのバイ・アンプでステレオ計400W。それを-10dBまで上げて聴いた。久しぶりの大音響だったが、日曜の演奏の足元にも及ばない。
2. カラヤン・ベルリンフィルをyoutubeで聴いてみた。超一流も再生装置の音源はしょせん作為。
3. 交響曲の演奏会場は千席くらいが理想的ではなかろうか。来賓席が2席用意されていた。どうせ市長か誰かのためだろう、台風接近で演奏会どころではない。それを察知して、ちゃっかり来賓席に陣取った。さすがベスト・ポジション。ソリストの朗々たる響きを満喫した。
4. 坂戸第九を歌う会の第30回の定期演奏会でもあった。根気よく続けているものだ。頭が下がる。
5. いつか語ったの思うが、レクイエムはフォーレがいい。モーツアルトのは悶死で地獄行きのイメージだ、私に言わせれば。
6.冥途への土産を私に授けてくれた‘偶然の神’と関係各位に心からお礼を申し上げます。

(2018.09.30.午後4時過ぎ。第4楽章演奏開始前。指揮棒が見えなくても問題ないのですね)

第九合唱付



子供は外で

子供が集まって遊んでいるシーンは島にはない。

歩け、歩けのリハビリに愛車(自転車)で2分の公園を利用している。

時々サッカーや野球のボールが足元に来る。決して手渡しはしない。手渡しをすれば、「ありがとうございます」の一言が期待できることを知っていてもそうしない。必ず蹴り返すことにしている。ボールを蹴るチャンスが滅多にないからだ。

ベンチで小休止していると、自分の子供時代を思い出す。

ガキ大将がいた。ベーゴマ、メンコ、ビー玉の勝負に夢中になっていた。三角ベースのゴロ野球があった。

道具や形が変わっても、今眺めている子供たちも同じように遊んでいる。

同じでないことが一つある。

ケンカである。

必ずケンカがあった。つかみ合いもあったが、たいていは口喧嘩である。相手の弱い所は頭であれ足であれ目であれ容赦なく‘差別用語’を駆使してののしった。

そして翌日になるとケロッとして、肩を組んで学校から帰る。

そういうケンカの相手の名前を何人覚えているか。

子供のケンカがなくなったのは、日本全土にわたるものか、ここ一地域の現象なのか・・・。

若い時に、老人がベンチで物思いに沈んでいる映画のシーンを見ると、哀れを誘われたものだ。

その老人と今の私は二重写しになっている。

附:
物思いでなく、単なる居眠りかもしれない。

(ボールを蹴り返しても、空振りかチョロ。子供から失笑をかっています)

第三公園b

第三公園a

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