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老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

よく使われるロシア語1000


目標2000の半分1000は覚えたつもりでいる。

残る1000は覚えにくい単語で、暗記だけに集中していると疲れるしストレスにもなる。

そろそろ短文に入っていい時期である。

ネットに例文の宝庫のような動画があった。

単語集は項目別になっていて、テキストは文法で課が湧かれている。

この1000はそういう分類がない。まったくランダムである。

構わず流していると、覚えたばかりの単語や文法の例文が思わぬ場所にいくつも出て来る。

音声は普通よりやや遅い程度で、日本語に続いて2度繰り返されている。

辞書で詳しく知りたい時は一時停止をすれば納得いくまでいくらでも待ってくれる。

ここの1000の例文を一目で分かるようになれば入門~初球は卒業したことになる。

愚公山を移す。







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猫と暮らせば


長く同居人と暮らしてきてはっきりしたことは、猫は人の思うままにならないということである。

そんなの暮らさなくても分かりそうなものと笑われるだろうが、頭でわかることと体でわかることでは程度がちがう。

先代から一度も替えていなかった畳を25万円也で新調したのが3年前。井草の香りで家の中が包まれた。爪とぎは外でいくらでもできるのに畳で爪を研ぐ。親子でじゃれ合うと興奮すると、めちゃくちゃに研ぎだす。

犬と違って、言っても言うことを聞かない。

去年は、長屋住まいの浪人の借間もかくやと思われるほどズタズタに破れた障子を張り替えた。破ったのはもちろんネコである。どうせ貼り換えてもすぐに破られる。それでも毎日対面する障子、自分でできるのも今の内と、なんとか全部貼り換えたというわけだる。変色した旧障子の暗さが無くなり、部屋全体がすっかり明るくなった。

破られないように1つの枠を通路にした。半年ほどは何事もなく過ぎたが、ある夜、いつもこっそり闖入してくるノラ猫とファンファンが廊下で出くわして、大げんか。ファンファンが逃げまどって、通路にたどれす障子を突き破った。2度来る返しても、まあ少々のことはいいとほっておいたが、冬の風が入ってきて灯油ストーブの暖気がきえてきた。もう体力もなくなったので、応急処置で済ませた。

犬と違って、家の中にいれば外に出せと鳴くし、外に出ていれば家の中に入れろと鳴く。温度センサーで開閉するドアの設置を考えたが、愛とファンファンだけ開いて、ノラ猫には開かないという商品はない。また破られるだろうが、仕方がない。

そして、先週。

パイオニアのRDプレーヤがOpen/Closeしなくなった。長年使ってきたので寿命かとバックアップ用に切り替えた。処分する前にトレーに何もない事を確かめ、ついでにこの現象が老化でなくちょっとした不具合ではないかネットで調べた。

トレーが作動しない原因の一つにネコの毛があることが載っていた。冷却ファンがを空中に舞っているネコの毛を吸い込み、それが回転部分に付着するというのである。

よく見たら、愛の毛が潤滑油でべっとりギアに絡んでいた。愛はスコティッシュ系でふとんに使われる羽毛に匹敵するほど軽い。

ピンセットで丁寧に取り除いたら見事復旧した。

これもネコだからこそ、犬を飼っていた時にはこのような現象は一度もなかった。

犬と暮らしてもこういった問題は起きない。起きても少しも苦痛でないのがネコとの暮らしである。

二匹の同居人と別れる時期が近づいている。

今日は朝から雨。愛とファンファンのために上げておくことにした。

附:犬は分からなくても分かった振りする。猫は分かっていても分からない振りをする。犬は下から見上げる、猫は上から見下ろす。


猫と暮らせば


ネコの毛



紙皿


9月末で訪問介護が打ち切られたのは既報。理由は私が網地島で暮らしていること。それに付随したあれこれは今は記さない。

早いものでハウス・キーパーに頼んでいた食器洗いを自分ですることになってから1か月半が過ぎた。

 “行きはよいよい帰りは恐い”

作るのは楽しいが、食べ終わってからの始末は少しも楽しくない。

周りの人が心配してくれて、紙皿を勧めてくれた。

埼玉の家は非常用に備えているから、私が知らないわけではない。

ただ、紙の器は食事の楽しさが半減される。加えて、使い捨てが気に入らない。

それで便利で安易な紙皿を無視してきた。

しかしそんなことを言っていられない時期がきた。

島に100円ショップはない。アマゾンにはあるが、100円ショップの値段の3倍も4倍するのだから二の足を踏む。

そんな中、今度の副食宅配が紙容器であることに少し前に気が付いた。

ペラペラの100円ショップとは比較にならない程厚くて丈夫である。

食べ終わったら、すぐに洗う。そして干す。

新品ではないが、1回使う分にはまったく問題ない。

たった1度で捨てられる紙皿が、私によってもう1度使われる。

紙は喜んでいることだろう。

私のこのアイデア、自慢していいのではないか。




紙の容器








映画 《ぶあいそうな手紙》


月100ギガのネットになってからプライムビデオを観るようになtった。

最高画質でも1本4ギガ以内なので、20本観たとしても80G、ネット碁のデータ使用量は1局打って40M。

深夜ネコに安眠を妨害されてもタブレットでプライムビデオの時間と思えばなんでもない。

主に1940年代の映画を鑑賞するが、最近の映画もWikipediaで概要をチェックしてよさそうな物は観ることにしている。

その中で驚くようないい作品があった。

ブラジル映画《ぶあいそうな手紙》である。

ストーリーによどみが全然ない。

俳優が主役、脇役全員が適役である。

セリフと動きに無駄がない。

このセリフ、ポルトガル語とスペイン語が“共存していて、言葉の遊びとしても優れモノである。

ヨーロッパ系の映画と同じで、音楽も最小限となっている。ブラジルからサンバ(系統)、アルゼンチンからタンゴ。そしてラストに流れるのが、バッハの無伴奏チェロ。

10月に発見してから、ほぼ毎晩観てきた。

10インチの画面では物足りなくなり、DVDまで買ってしまった。

プライムでDLしているが、いつ期限切れになるかわからないのだ。

12月になったら2022年傑作10選をブログに記録するつもりでいる。その中に間違いなく入るのがこの映画である。

附:
1.エンディングのクレジットの音楽だけはいただけない。まるで3流の韓流ラブ映画の歌謡曲のようだ。映画全体をぶち壊している。私はラストシーンを覚えているから、この低俗歌が流れる前にオフにしてしまう。蛇足とはこのことである。
2.千円也。冷凍副食2食の出費。夕食を削ってでも手に入れる価値は十分にある。
3.ブラジルを舞台にした映画《黒いオルフェ》が若さ、この映画は老い。ブラジル万歳!


ぶあいそう

ぶあいそう裏





法か住民福祉か



そろそろ島の土地と家屋の処分を考えなければならない時期になってきた。

限界集落のサンプルのような離島の山奥に住む気がまったくない子供に私こと親の酔狂の後始末は頼みにくい。

できれば死ぬ10日位前に手放したい。

そうは言っても、10日前が明日か来月か来年か今の私には予知できないのだから、10日前は無意味は設定である。

それで、世間はどうしているのか、例によってネットを検索してみた。

ある市の話である。

屋根と腐った柱しか残っていない廃屋。周りの住民が困った。山奥の1軒屋でない、立派な住宅街の中である。

法律では私有財産を所有者の合意なしに処分できないことになっている。

市はこの物件の所有者に処理を求めるべく調査を始めた。相続手続きが江戸時代からなされていず、相続人が100人を超えていることが分かった。

市の費用は120万円。これは外注費用だろうから、市役所の職員が費やした時間の俸給は含まれていない。

100人の系図がキチンとできあがった。

それでどうなったか。

100人の相続手続きなど不可能である。

結局、市の担当者はインタビューに、

「法律では何もできませんので。」

このルポはこれで終わった。

終わらないのは、周辺住民の苦悩である。

何のために調査したのか、この担当者の口からは出ていない。

法律に従ってやったまでことで、何のやましいことはない、職務怠慢でもない、仕事は十分こなしている。

果たしてそうだろうか。

このルポを見たら普通の感覚の人は腑に落ちないだろう。

私は自称普通の人だから、まったく腑に落ちなかった。

先ず江戸時代から権利移譲がなされていない物件に相続権のある者が10人や20人でないことは明らかである。その氏名、住所を司法書士に委託すればどれほどの費用がかかるか、市納税課の職員は最初から分かっている。

追跡調査のバカバカしさは納税課の専門職員でなくても並の頭なら瞬時に想像できる。

市の担当者は仕事をしたことに疑問を感じていないが、何にも仕事はしていない。

仕事とは、住民の要望に応える事であって、それは至極簡単、すなわちできもしない相続人追跡に職員の時間と費用を掛ける代わりに住民の要望に応じて廃屋と土地を市の費用で整地することである。

100人の相続人の誰かが、法律違反だと市を訴えたら裁判に持ち込めばいい。負けても100万かそこら、勝てば整地にかかった費用を訴えた相続人に払わせる。

これが仕事というものである。

担当者がこの提案をするか、してもその上司が規則を優先して、担当者の提案を抹殺するか、上司が良いと認めても、さらにその上の上司が抹殺するか、一人でも反対する者がいれば、実現しない。

実現しないから現状のまま。この市の対応は住民福祉を無視して法律を守った。住民は相変わらず苦しんだままでいる。


附:
1.私の楽園は相続人が6人いた。その全員の権利放棄を認めさせるために大変苦労した。司法書士にも相当額払った。100人の放棄には100人全員の実印が必要である。市は自分の腹が痛まないからこんなことになる。
2.税金で食っている公務員、準公務員の採用時に、黒澤明の《生きる》を観させることだ。とくに市民相手の職員は必見である。
3.民間企業ではありえないこの手のムダ。黙っていても税金(健康保険料も後期高齢者医療保険料も税金である)で生活が保障されている。
4.ナチの戦犯で常に問題になるのが、「上司の命令には背けなかった」が免罪符になるか否かである。答えは映画《シンドラーのリスト》で。
5.どこの市だったか思い出せない。現在の姿も知らない。ある時点でこのような事態が発生したことは事実である。


(相変わらず“お薬”は毎日頂いている。なんと1週間の短いことよ。下の錠剤はニトロール。心筋梗塞発作時に舌で転がす。)

お薬