老いの一筆

Fair is foul, and foul is fair – Macbeth Act 1 SceneⅠ・・・きれいはきたない、きたないはきれい

このブログ、11月までお休み

ネットがつながらないためです。

11月になっても再開されなければ、本体に変化があったと思ってください。

では、皆さん、ご機嫌よう!

後期高齢者の運転

明日は鶴ヶ島インターに入って、石巻河南まで400キロのドライブ。

思えば、550CCのボロ軽トラで何回往復したことやら。ジムニーでは東北道を130キロで走ったこともある。爆音がなつかしい。

もう齢だ。

アルトでゆっくり走ろう。

100キロを超えないこと、追い越しはしないこと、90分に1回のペースの休憩をとること。

島に着いたら、もうアルトは島から出さない。わたしの運転は島内限定ということだ。

さあ、明日は人生最後の高速道路運転を楽しもう。

     180503天下泰平

ネットのない暮らし

今日でネットとは当分お別れ。

再会は11月の予定。

私の最後の楽園は、電話回線が今もISDNしか受けられない。ISDNってなんのことか普通の若者には分からないと思う。ガラケーの伝で語れば、ガラ電である。

ドコモはエリア外。ソフトバンクは繋がるが、2年縛りのため半年の利用は高くつく。

ネットの代わりに、ブリタニカとニッポニカを揃えた。

これで、大概の検索は可能である。

埼玉にはブリタニカと平凡社、島はブリタニカとニッポニカ。電子辞書に入っているブリタニカは寄木細工のようなもの。全巻揃いは大英帝国の情報力の結晶である。

テレビ無し、新聞無し、ヤフーニュース無しの暮らし。

家人には第三次世界大戦でも起きない限り、ニュースは電話してくれなくていいと言ってある。

今夜のyahooニュースの閲覧でオシマイ。


0426愛の昼寝

島で読む物


島で半年暮らすことを決めてからのここ数週間、非常に忙しかった。

先ず、読みかけの作品。

老舎の四世同堂とOrwellのDown and Out in Paris and London。先週ほぼ同時に読了。

次が、DL&Print。ネットがつながらない敷地だから、半年分の読み物をプリントした。コピー用紙2千5百枚、1ボックスきれいに消化した。

Illiad of Homer(新) 
  Pope版
  Cowper版
  Lang版
  Butler版
  中国語訳版

Great Expectations (Charles Dickens)(新)
遠大前途 (同 中国語訳)

The Grapes of Wrath (John Steinbeck)(新)
憤怒的葡萄(同 中国語訳)

道徳経 

Tales from Shakespeare (Mary and Charles Lamb)
莎士比亚故事 (同 中国語訳)

Sixty-Five Short Stories (S.Maugham)
The Magician (同)

彷徨・吶喊 (魯迅)

聊斎志異 巻之一、巻之二。

イリアドは平家物語と老残游記が対抗馬だった。

Dickensは、デービッド・カッパーフィールドにするか迷った。若い時に邦訳を読んでいたため、未読のGreat~に決めた。

怒りの葡萄も新規である。アメリカ文化は映画であって文学でないとの持論を撤回しようと思ったためである。私にとってアメリカの長編(世界文学では中編の範疇か)小説は初めてである。


道徳経は老子。私のブログの“雅号”はここからきている。静かに読み直しをしよう。

Tales from Shakespeareは気分転換用として。きれいな英語を鑑賞する。歴史劇は選ばれていないのは残念。

Maugham。これも主として気分転換用である。すべて読んでいる。同じ短編小説でもO.ヘンリーの米語にくらべて読みやすい。

彷徨・吶喊は、中国語がしみじみ味わえる。朗読がとてもよい。

聊斎志異。先週、巻之十二を終えた。また振り出しに戻る。これまでとの違いは柴田訳を脇に置かないことだ。自力で原文に当たる、とはいっても白話があるから、2割自力というところか。

以上だが、ありがたいことに、どれも動画か朗読がついている。そろそろ、読むことから聴くことに方向転換を迫られる末期高齢者なのだ。

今回落とした物といえば、シェイクスピア劇、ヘンリ・ライクロフトの私記、方丈記、徒然草。地の糧は、死ぬことが確定した時に家人に郵送してもらう。むろん、棺おけに入れるためである。

これまでの青空書斎の読書生活に比べ記憶力と判断力が衰えた分、白内障の手術のおかげで目が格段に良くなった。

昼は長い。夜も長い。

疲れた目には、昼間は白雲、夜は満天の星が待っていてくれる。

今は、車に積むばかりになっている。

(愛とはしばらくお別れ)
0424愛

私の最後の楽園 - DEAD OR ALIVE

去年の3月家庭の事情で島を出て以来、私は天の川を仰いでいない。

島にいても、月に数回に過ぎないが、玄関を出れば好きなだけ見ていられた。

これを愚痴ると、古い仲間は、夜空を眺めるために都会の便利さを捨てるなんて気が知れないと呆れていた。

私は都会暮らしの便利さを評価している。しかし、その土台は空気と水と夜の暗さと静けさである。

確かに関越道で1時間もはしれば、天の川を観ることはできる。しかし、所詮商業ベースの観光である。

私は、満天の星を生きているうちにもう一度、(来年は欲深というもの)自分の庭でながめたい。

6月に島に戻る。

畳はカビがはえているだろう、柱はシロアリで食われているだろう、敷地は竹やぶになっているだろう、風呂は使えないだろう、もしかしたら雨漏りもするかもしれない。

一向にかまわない、こんなことで人は死にはしない、そもそも死んでも特別に惜しいとも思っていないのだ。

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