老いの一筆

昔、銭湯で年寄り連が湯船につかりながら、政治談義に花を咲かせていました。今は、私がその年寄り。世事・世相を飾り気なしに語り合う伝統を銭湯ならぬネットで守り続けたいと思います。

金融危機 日本はお手本だと

  公的資金を注入して凌いだ先の日本の金融危機対応が、今回のお手本になるから世界は見習えと、真顔で誇る者がいる事を知った。

  あそこで、投機に向ける金を他人の金と自分の金にはっきり区別させておけば、こんな事態にならなかった。

  今回、同じ手口で凌ぐようであれば、数年後、再び、更に大きな危機となって、我々平民を襲うことになる。

  救済措置は応急手当である。抜本的対策は、運用益によだれをたらす人間と組織が二度と復活しないように、運用禁止令をもってバカどもにお灸をすえることだ。さもないと、二度も味をしめた彼らのこと、これから何度でもマネー・ゲームを繰り返す。

  日本のやったことはお手本どころか前車の轍である。

s-a0917海鳥2

Buy now,pay later. と先憂後楽

  歯切れのよいこの英語のコピーは、クレジット・カードというものが日本の庶民に行き渡った昭和40年代にできたものと覚えている。

  庶民の中のやや底辺気味に位置していた私も手に入れた。カードを見せればなんでも買えるので、海外出張では大変役に立った。すなわち使い過ぎたのである。

  その結果、帰りの機内では、使い過ぎた分をどこの経費に充てて、自分の出張手当を無傷で手元に残すかに四苦八苦することが通例となってしまった。

  辻褄合わせを終わらせた後の、ウイスキーの美味は今でも忘れない。

  ささやかなBuy now,pay laterで私は済んだから無事だったものを、これが他人の金を借りてbuy nowであったら、それこそただでは済まされなかったと思う。

  先憂後楽は為政者のあるべき姿ということになっているようだが、「先に苦労をして、後で楽をする」という風に解釈すれれば、立派な処世訓になるのではないか。

  Buy now,pay laterは金融危機の当事者の中だけで生きている。世間では、もはや死語であろう。数十年の寿命だった。それにひきかえ、先憂後楽は千年を経た今も生きている。

  どちらが、人の道にふさわしいコピーか、自明である。

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資本主義の対極 身の丈に合った生き方

  我が家は、秋口に入って、例年通り、蛇屋敷から蜘蛛の巣城に変身した。部屋の中でも歩く所以外は自由に巣を張らせている。テレビとパソコンは正真正銘のwebでつながっている。

  私の敷地は野草園だから、家の中どころではない。それこそ蜘蛛の巣だらけだ。それをよく見ると、母蜘蛛の巣に数ミリの子蜘蛛が数匹乗っていた。隣りを見たら、やはり数ミリの子蜘蛛が懸命に巣を張っていた。六十余年、全く気づかなかった。カエルに感動した歌人が昔いたそうだが、今の私にはそれがよく分る。

  大きな蜘蛛は大きな巣を張る。小さな蜘蛛は、小さな獲物で十分だから、小さな巣を張る。大人になっていくにしたがって大きな巣を張る。そして、大きな獲物を食する。

  身の丈に合った生業をしている姿は、資本主義の根幹をなす“先づけ小切手”の愚かさを私たちに(私にだけではありませんぞ)を教えてくれている。

s-a1009クモ


生きるのがいやになったら、クモを見よう

   生きるのが嫌になったという。そういう人間にしてみれば、活き活き生きている人間は、とても目障りであるかもしれない。想像できる。

  私は、人間であることに嫌気が差すのはしょっちゅうあるが、だからといって、生きているのが嫌になったことは一度たりともない。

  この世に現れた時は、私のように「たまごに目鼻」と紛うほどの器量でなくても、母親は当然のこと、周りのみんなから祝福されたはずだ。

  それがいつのまにか、自分の命ばかりか、他人の命まで巻き添えにするようになる。

  自殺防止対策にコンサルタントは、役に立たない。なぜなら、コンサルタントも自殺願望者にとっては目障りな存在だからである。

  そんなことより、数ミリの蜘蛛をじっと見てみよう。生きることを云々すること自体の無意味さがわかる。

  サイフの中ばかり覗かないで、空の雲を眺めよう。それでも生きるのがいやなままでいるのなら、夜空の星を眺めたらいい。

  自分がこの世にいてもいなくてもどうでもいいようになるはずだ。そうなれば、慣性の法則が働いて、死ぬまで生きていく気になる。

s-a1009ソバの花





金を貸すバカ、借りるバカ

  借りるバカ。これは、人のことを言っているのではありません。独身時代、ボーナスの前借り常習犯であった私のことです。

  金を貸すバカ。これは、私のことを言っているのではありません。消費者金融はもちろん、銀行、保険会社、一部健保組合など、資金運用を仕事にしている人間のことです。

  共産党に「くやしかったら議席を増やしな」の名言を吐いた都知事から、貸す金の無い人間のひがみとバカにされても我慢しましょう。

  ヒトラーをドイツ国民が自由選挙で総統に祭り上げたのは、金を貸すバカと借りるバカが当時のアメリカに充満していたからです。

  資本主義はバカがバカを認め合うことで成り立っているので、こんな主義はさっさとゴミ箱に捨てればいいのです。

  人間社会はバカがいなくても立派に継続してきましたし、これからも継続できます。

  私ですか。借りるバカはこりごり。大いに反省しています。少々、手遅れの嫌いはありますが。

s-a1010浪入田のメリー1